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労福協 活動レポート

2018年10月1日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第64号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

権丈善一著『ちょっと気になる政策思想~社会保障と関わる経済学の系譜~』
(2018年8月勁草書房刊)の読後感について

著者である権丈善一慶應義塾大学教授を知るようになって、やや15年近くになろうとしている。2004年夏、民主党時代の年金問題についての学習会からだったと記憶する。以降、その時々に発信される「勿凝学問」(既に398号まで発信されている)を読み、さらに「再分配政策の政治経済学」シリーズの第1巻から第7巻までの社会保障に関する著作と、最近発刊された『ちょっと気になる社会保障』『ちょっと気になる医療と介護』の2冊にも目を通し、すっかり権丈ファンになってしまっていた。最近では、「勿凝学問」に替わってツイッターやフェースブックなども頻繁に発信されており、手軽に素早く大量の情報が発信されており、歳のせいか、追いつくだけでもなかなか大変になっている今日この頃である。

印象に残っている『三田商学研究』に掲載された2つの論文、
今回の『ちょっと気になる政策思想』はそれを敷衍したものへ

そうした長いお付き合いの中で、2つの論文が私の頭の中に印象深く残ってきていた。それは、権丈先生が所属されている慶應義塾大学商学部の理論誌『三田商学研究』に掲載された「社会保障と関わる経済学の系譜序説」(2012年12月、第55巻第5号)と「社会保障と関わる経済学の系譜(1)」(2013年2月、第55巻第6号)であった。経済学部を卒業したことになっていながら、満足な経済学の勉強をして来ていない小生にとって、アダム・スミス以来の経済学を「左側の経済学」と「右側の経済学」に分類され、それがどのような流れで以て変遷し、今日の経済思想となってわれわれの政治・経済・社会保障政策を動かしてきているのか、見事に分析・整理されていたのである。私の今の立ち位置は、もちろん左側の経済学であり、社会保障を重視するリベラルな政策はマルサスからケインズを経て今日に至っているわけだ。(ちなみに、マルクスについては権丈先生の分類された系譜図には出て来ない。生産力と生産関係の矛盾を指摘したマルクスは、供給サイドを重視しており、やはり右側に属するのかもしれない)

待望の「社会保障に関わる政策思想の背景」を分析した
「ちょっと気になる」シリーズの第三作(最終作?!)、書評ではなく感想を

この2つの論文は、どのような形で出版化されるのか、期待をしつつ待ち望んできた。今回、『ちょっと気になる政策思想 社会保障と関わる経済学の系譜』(先ほどの2つの論文は、それぞれ《理論編》として「第2章」「第3章」として収録されている)として勁草書房から「ちょっと気になるシリーズ」の3冊目として発刊されたことを心より喜び、ぜひとも多くの方たちに、いま目の前で繰り広げられている政治・経済・社会保障などの動きの背景について、正確な理解をして欲しいと思う。今回、この本を「チャランケ通信」でもって「書評」という形でご紹介しようと考えたのだが、内容が理論だけでなく、政治・経済・社会保障など多方面にわたっており、むしろこの本を読んだ私の紹介・感想という形で皆様方に関心を持っていただければ、と思う次第である。

『手にした学問が異なれば答えが変わる』のが経済学(社会科学)だ

権丈先生は「はじめに」のなかで、これまで「再分配政策の政治経済学シリーズ」と「ちょっと気になる」シリーズに出てくるテーマ、すなわち「社会保障・経済政策」「財政・金融論」「公的年金保険論」「医療介護の一体改革」「子育て支援」について、それぞれのテーマの中に基礎となる考え方として『手にした学問が異なれば答えが変わる』という話と、『社会保障と関わる経済学の系譜』の話が出てくるわけで、分野別の話をできるだけ抽象化していく作業を取るつもりだったようだ。だが、それらの作業を諦め、今回の著作のように、《理論編》と《応用編》に分けて、全体として政策思想が個別のテーマごとに理解できるよう配列されている。

すなわち、最初に《応用編Ⅰ》として「第1章 社会保障政策の政治経済学――アダム・スミスから、いわゆる”こども保険”まで」を持ってこられ、次いで「理論編」に「第2章 社会保障と関わる経済学の系譜序説――サミュエルソンの経済学系統図と彼のケインズ理解を巡って」「第3章 社会保障と関わる経済学の系譜」を配置されている。おそらく、この《理論編》こそ、権丈先生が一番強調したいと思われていたのかもしれないが、いきなり経済学説史を正面から論ずるよりも、導入部として社会保障と経済学との歴史的な関係から入り、その上で理論展開され、ふたたび《応用編Ⅱ》の順にした方が理解しやすいと考えられたのであろう。

《応用編Ⅱ》では、「第4章 合成の誤謬の経済学と福祉国家」「第5章 公的年金の政治経済学」「第6章 研究と政策の間にある長い距離QALY概念の経済学説史における位置」「第7章 パラダイム・シフトほど大層な話ではないが切り替えた方が望ましい観点」「第8章 医療と介護、民主主義、経済学」と続く。さらに、強調しておきたいのは「知識補給」という優れたコーナーであり、大変参考になる知識が含まれており是非とも目を通して欲しい。

専門書だが、丁寧に読んで行けば世の中の見方が一変する力を持つ

それぞれの章ごとの内容を、詳細にわたって解説する愚はやめておこう。余りにも多くの論点を含むため、紙数が多くなり過ぎる。この際ぜひとも、直接論文に接して理解を深めて欲しい。経済理論特有の難しい数式が多く出てくるわけでもなく、今現実に政治の世界だけでなく、経済や社会保障の動きなどに焦点を当てて、その背景にある政策思想と問題点、解決のために何をしなければならないのか、誰に遠慮することもなく歯に衣を着せずに展開されている。丁寧に読み進んで行けば、世の中の出来事に対する見方を、大きく変えてくれるに違いない。

私が読んで一番感じたことは、この本の「おわりに」の中で権丈先生が述べておられる次の事こそが、肝腎な事なのだろうと思う。

「僕はよく、社会保障をたとえて、大会に浮かぶ小舟という話をしています。社会保障というのは、大海、つまり財政金融政策と人口構造の上に浮いている小舟のようなもので、小舟の様子は、大海の有り様次第なんですね。だから、社会保障の研究、制度設計を考える際には『財政は分かりません、金融は分かりません、経済が分かりません』ではあってはならないわけです」(288頁より)

社会保障は財源が重要、民主党政権の出鱈目なマニフェスト財源、
実現可能性こそが公共政策で不可欠になる

社会保障という制度は、それを充実させるためには財源問題が重要になる。財源の裏打ちを欠いた政策は、何の意味もないだけでなく、歴史的に大きな禍根を残すことにつながる。その典型例として、民主党政権が、増税をしないでマニフェスト実現に必要な財源16,8兆円を既定経費から捻出して賄う、という出鱈目な公約が不信感をもたらし、結果的に国民の信頼を失墜する一つの致命的な要因になった事を考えただけでも明らかであろう。実行可能性の問題と並んで、最近では持続可能性の重要性についても権丈先生は強調される。

最近では「持続可能性」の重要性を指摘、安倍政権の出鱈目な財政・金融政策を批判、
「ドーマー条件」逸脱の日本財政は維持不可能

その背景には、民主党政権の時代に自民党も含めて賛成してきた「社会保障・税一体改革」を、政権側の勝手な都合で簡単に先送りしたり無視している安倍政権に対する批判があると見ていい。とくに、赤字国債を発行しながら「給付先行型福祉国家」を継続していることは、持続可能性を持たない事を論証されているからに他ならない。一国の財政が持続可能であるためには、「ドーマー条件」が確保されていなければならず、税収で以て政策経費が賄える基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化と、国債残高がGDPの2倍を超す日本では、成長率が長期金利を上回ることは短期的にはともかく、中期的には有りえず、財政破綻を招かないためには国民に負担を求めて行く以外にないことも強調されている。

「完全雇用余剰」を理解しない日本の政治家の出鱈目さ、
早く是正すべきは「給付先行型の福祉国家」ではないか

かくして、「Warm Heart but Cool Head」でなければならない事を強調されている。ともすれば、国民に受けの良い公約を乱発する政治家だが、国民の本当の生活の安定を図るためには、時に厳しい現実を踏まえた苦い政策も必要なことを進めて行くべきことを強調されている。いま、日本経済は「絶好調」だと言われ、失業率も大きく低下し、完全雇用状態にある。こうした好況期には、財政は赤字ではなく黒字でなければならい、というのが正しい税・財政政策である。それは「完全雇用余剰」と言われるもので、不況期になれば黒字分を拠出して内需を拡大し、好況になれば、黒字をつくり出しておくわけだ。

だが、日本の政治は、未だかつて景気が好調な時に財政黒字をつくり出したことは無く、増えた増収分は、引き続き支出の増加に使うのが当たり前になっている。こうした事の改革が進められない事が、今日の構造的財政危機をもたらしているわけで、「給付先行型福祉国家」を早く是正していく事と並んで、「完全雇用余剰」が実現できる税・財政構造が必要不可欠な政策と強調される。そこまで日本の政治家は、持続可能性について危機感を持っているだろうか。是非とも、この書を手にし学んだ皆さんは、政治家に実現可能性とともに、持続可能性を問うて欲しい。それとともに、この『ちょっと気になる政策思想』をもっともつと多くの仲間に広げることが、日本の民主主義を安定化させる道でもあることを強調しておきたい。


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