2018年10月8日
独言居士の戯言(第65号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
「チャランケ」とは、アイヌ語で談判、論議の意、「アイヌ社会における秩序維持の方法で、集落相互間又は集落内の個人間に、古来の社会秩序に反する行為があった場合、その行為の発見者が違反者に対して行うもの、違反が確定すれば償いなどを行って失われた秩序・状態の回復を図った」(三省堂『大辞林』より)
第4次安倍政権、多難の船出へ、レームダックへの道スタートか!?
自民党総裁選が終わり、組閣を終えた第4次安倍新政権がスタートしたものの、世論の反応は安倍政権にとって極めて厳しいものだ。組閣後に実施された新政権に対する支持率は、共同通信で46,5%と9月に比較してマイナス0,9%、読売新聞は50%と前回と同じで横ばいとなっており、御祝儀相場は期待できず、その船出は順風満帆とはいかなかったようだ。背景には、森友問題を中心に安倍総理や麻生財務大臣などに対する国民の不信感はぬぐえず、安倍政治に対するどうしようもない程の不信感を持った根源的な批判が、無党派層を中心に沈殿しているようだ。
安倍政権にとって、3期3年間を全うすれば日本憲政史上最長の政権担当期間になるわけだが、事態はそれほど簡単ではなさそうだ。つまり、次の総理総裁は無いという「レームダック」状態に陥るわけで、どのような求心力を保てるのか、自民党内だけでなく国民の民意の動向にも眼を向けて行く必要があろう。ただでさえ、「他に適当な政治家が見当たらない」から支持を受けている安倍氏なのであり、来年の参議院選挙あたりで負けたりすれば簡単に総裁交代となるのかもしれないのだ。政治は生きた人間が進めているわけで、何が起きるか解からない。これからの政局の行方に注目したい。
大型台風を物ともしなかったオール沖縄の力、県知事選挙の勝利
一方、沖縄知事選挙の結果も、与党側が全面的に応援した佐喜眞氏が惨敗し、来年の統一自治体選挙から参議院選挙に向けて暗雲が垂れこみ始めている。大型の台風が投票日直前を直撃する中で、投票率があまり下がらなかったことや、無党派層が棄権することなく投票に動いたことなど、玉木候補当選の背後には、オール沖縄の政治勢力の結集という、故翁長県知事知事の思いが大きく貢献したのだろう。
問題は、野党側が沖縄知事選挙と同じようにオール野党が統一した闘いが展開できるかどうか、ぜひともその力を発揮できるよう期待したいものだ。もっとも、何処にも行きようのない支持政党の無い層は、簡単には特定の支持勢力として固まるようには見えず、民主党政権崩壊の後も漂流を続けているようだ。新しい政治リーダーの台頭を待ち望んでいるのだろうか。今こそしっかりとした政策思想に裏打ちされ、政権を担いうるような政治勢力が必要な時代であることは確かだろう。
安倍政権の社会保障改革、経産省主導の未来投資会議で論議へ
さて、安倍政権の組閣が終わってこれからの問題を考えた時、社会保障改革が大きな問題として浮上してきた。安倍総理は、2日内閣改造後の記者会見で、少子高齢化を最大の課題に掲げ、「全世代型の社会保障改革」に今後3年間で取り組む考えを強調している。その際、担当大臣として茂木敏充経済再生大臣に兼務させるようだが、議論を社会保障が主管の厚生労働省ではなく、経済産業省主導の未来投資会議で進めていくことに関心をもった。
もちろん、未来投資会議の議長は安倍総理ではあるが、議長代理に麻生副総理・財務大臣、副議長に茂木大臣と菅官房長官、それに世耕弘成経済産業大臣の3名、その下の議員12名のなかの一人として根本匠厚生労働大臣が参加しているわけだ。さらに言えば、政治家以外の民間人としての議員は7名参加しているが、東大総長の五神真氏と竹中平蔵東洋大教授以外は、すべて経済界出身者で占められている。もっとも竹中氏も、パソナの役員を兼務しており、考え方からしても経済界の代表と見て間違いない。
民間企業人の方達は社会保障をどうしようと考えているのか?
こうした枠組みの中で、社会保障がどのように語られ、論議が展開されていくのだろうか。民間企業の方達は、一般的には利益を増やそうとして労働者の賃金や税・保険料負担を出来る限り少なくするよう行動する。民間経済人は、経済の大きさは投資(供給)が決めると考え、投資(供給)を拡大するためには政府の規制や制度が少なくなるよう「小さい政府」を志向する。そうした考え方は結果として「合成の誤謬」をもたらし、成熟した経済の下で人口減少も加わり内需が縮小、投資も低迷し経済は停滞(デフレ)へと落ち込んでいく。ところが民間の経済人の方達の多くは、規制緩和が足りないから、未だ政府が大きすぎるから上手くいかないのだ、と主張するわけだ。
経済安定化にとって社会保障制度の充実は大きな役割を果たす
ここで考えなければならない事は、経済が活性化するためには「需要」が拡大していくことが必要なのであり、経済界の嫌悪しがちな社会保障には、成熟した資本主義経済の下で、慢性的に需要不足に陥っている経済を安定化させる重要な役割がある。日本ではこの社会保障のレベルが貧弱なうえに、規制緩和と称して労働者の非正規化と低賃銀化によって、中間層の厚みをますます薄くする方向に舵を切ってきたのだ。それ故、80年代後半のバブル崩壊後に顕著に見られるように、長期にわたって消費が弱く(投資も結果として落ち込む)、人口減少も相まって期待収益率の低下が進んでいく。それが今日の日本経済を悩ませている成長の停滞を招く根本的な原因だ、と捉える立場からの議員が誰もいないのだ。
労働界の代表は、一段階下の「政労使会議」への参加に留まる
本来であれば、労働界の代表が議員として参加していれば、こうした立場に立った政策反映も期待できるのだろうが、「未来投資会議」の正式の議員のなかには誰も参加していない。何と、「政労使協議会」が「未来投資会議」の下に設置され、その中の4名のなかの1人に神津里季生連合会長が入っている。ここでは何が議論され、どんな位置づけなのかよくわからないのだが、少なくとも労働者代表は一段階下の位置づけでしかない。
それが、今の日本の労働界の力の現実なのかもしれないが、こうした中で、どんな社会保障政策が展開されていくのか、容易に予測がつく。財源難を理由にして、毎年のように社会保障費の自然増が抑制され、社会保障水準の切り下げが続く。その流れが加速化される事はあっても、社会保障の充実・強化が進められることは無いだろう。
あの三党合意から離脱したのは何故なのか、社会保障重視の経済政策思想の拡がりを創りだそう
考えてみれば、あの民主党野田政権の下で、自民・公明両党も加わった3党合意によって消費税を10%に引き上げ、社会保障費の純増にも使う事が可能となったのが6年前の事だった。社会保障を担当する厚生労働省は、水を得た魚のように躍動していたことが思い出される。そこから安倍政権の誕生となり、経済産業省主導へと事態は大きく暗転してきたわけだ。
もちろん、この会議だけで社会保障制度の改革が進められるとは思わない。社会保障制度について、本来厚生労働省の社会保障制度審議会の場もあるのだが、内閣全体が経済産業省主導で進められてきた中で、社会保障の充実こそ日本経済を安定化させる重要な役割である、という考え方は絶対に出て来ない。それは、そういう経済政策思想をしっかりと持った政党が政権を担う事によって転換できるわけで、本来労働界をバックにした社会民主主義勢力こそがその担い手でなければならない。アメリカでは、今社会民主主義的な政策を持った政治家が、民主党の次の大統領候補にまでノミネートされる可能性すら生まれようとしている。今後どう展開して行くのか、注目して行きたい。
「今の政権は『経済産業省政権』」と喝破した竹中平蔵氏
そうした中で『中央公論』10月号の特集《安倍三選のアキレス腱》において、未来投資会議の議員の一人である竹中平蔵氏が、「アベノミクスには更なるブレークスルーが必要だ」と題して、土居丈郎慶應義塾大学教授からインタビュー形式で発言している。竹中氏はかつての小泉政権時代の経済財政諮問会議の経験を高く評価しつつ、今後の未来投資会議の行方などについてもかなり自由奔放に発言している。そうした中で、次のように述べている事に注目した。
「竹中 私は今の政権はものすごく特徴のある政権だと思っています。一言で言えば、経済産業省政権です。経済財政諮問会議は、財務省にどうしても引っ張られます。だから、経済産業省の人達は違う場所で政策形成に影響力を及ぼしたいと考え、それで産業競争力会議、今の未来投資会議が生まれたわけです」(『中央公論』10月号49頁より)
まさに、その通りであろう。安倍政権になって以降、顕著(露骨)に経済界の利益を代表する形で経済産業省が前面に出ているわけで、安倍首相の首席秘書官に経産省官僚今井尚哉氏が依然として担当していることも見ても明らかだ。高度成長期の通商産業省は、アメリカという先進的モデルを模倣した産業政策を推奨してきたわけだが、今では模倣ではなく独創的なイノベーションが求められる時代だ。その独創的なイノベーションが、どうしたら起こせるのかは、国(官僚)の産業政策では役に立たない事は言うまでもない。民間の方達の、それこそしのぎを削る試行錯誤の中で生まれてくるわけだ。
かくして必要性の無くなった官僚が、総定員法の枠の中で呻吟する他省庁の管轄にまで入り込んでいくことが多くなってきており、未来投資会議もその一つのプラットフォームになっているわけだ。通商産業省から経済産業省へと改名し、「経済」が入ったことにより他省庁へと縄張りを拡げ易くなったのだろう。竹中平蔵氏は、その事を明確に語ってくれている。
社会保障制度をどう充実・持続させていけるのか、今後の課題だ
社会保障制度の改革が経済産業省主導で進められることは、経済界の利益を損なわないで国民皆保険制度の根幹にメスを入れたり、中間層の安定した生活を形成する不可欠な制度(社会的共通資本)をズタズタにするのではないか、という事を心配させてくれる。そうならないためには、しっかりとした社会保障にしていくための経済・財政に関する政策思想を政治の場で前面に出して、安倍政権と対峙して行く必要がある。野党側には、そのことの重大性に目を向けて欲しいものだ。