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2021年4月12日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第188号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

「チャランケ」とは、アイヌ語で談判、論議の意、「アイヌ社会における秩序維持の方法で、集落相互間又は集落内の個人間に、古来の社会秩序に反する行為があった場合、その行為の発見者が違反者に対して行うもの、違反が確定すれば償いなどを行って失われた秩序・状態の回復を図った」(三省堂『大辞林』より)

G20における新しい動きに注目、国際課税におけるアメリカの転換

バイデン政権の下で、トランプ時代とは打って変わって画期的な経済改革が進み始め、世界の先進国も巻き込む改革の流れが強まり始めてきたようだ。それは、税制改革の流れであり、国際課税の強化がG20において協議され、改革に向けての合意が取り付けられたのだ。4月7日G20財務相・中央銀行総裁会議が開かれ、アメリカのIT企業大手などへの課税を見直すデジタル課税や法人税の引き下げ競争を防ぐための最低税率の導入について、「2021年半ばという時期までの合意を目指す」とした共同声明を採択した。共同声明の要旨を日経新聞で取りまとめたものを次に表示しておく。

貿易面で「保護主義と闘う」と、トランプ政権の保護主義から転換したことを明示しているし、途上国支援の財源としてSDRと呼ばれる外貨調達枠を6500億ドル、日本円に換算して約71兆円増強することも含まれているが、注目は国際課税であり、「2021年半ばまでに国際的合意に基づく解説策に至るように引き続き関与」することに合意したことだろう。

法人税率の引き下げ競争を終焉させ、デジタル課税の推進へ合意

今のところ、こうした分野でのオピニオンリーダーだったフランス等EUをはじめとする先進国からは、アイルランドを除いて歓迎する発言が続いているし、日本も麻生財務大臣はウエブでの参加で合意、下村自民党政調会長も歓迎するとのコメントを発している。ちなみにアイルランドは、1980年代から始まった法人税率の引き下げ競争の先頭に立って進め、企業誘致活動を進めようとしてきたことが背景にあるのだろう。おそらく、経済規模の小さな国にとって、税率の低さを武器に企業誘致や、タックスヘイブンとして国策として低税率を進めてきた国々は抵抗していくのかもしれない。

1980年代以降の新自由主義路線からの決別へ、バイデン政権の動き

考えてみれば、グローバル化の起点となった1980年頃から、世界各国の税制は大きく変貌してきた。サッチャーやレーガンの登場で、「小さな政府」路線が強まり、税制の面ではラッファーカーブに象徴されるよう所得税率を引き下げることで経済刺激政策を採用する方向へと舵を切る。レーガン税制によって所得税率が70%という最高税率だったものが大きく切り下げられ、1986年の改正で28%と15%の2段階へと転換する。法人税率も46%から34%へと引き下げられていく。経済をスタグフレーションから脱却させるため、貯蓄を増やして投資を拡大させ、勤労意欲を向上させていくことによって経済成長が生まれ、税収増になるという理屈が展開されていく。レーガン大統領と共和党の大統領予備選挙を戦ったブッシュ元大統領などは、「プードー経済学」と批判していた代物で、本当に効果があったとは到底言えない。結果として減税分だけ大赤字となり、税による所得再分配機能は大きく低下し、今日に至る格差社会へと道を開くことになる。

小さな国が企業誘致に向けて法人税率を利用してきた歴史があった

この1980年代から始まる経済政策の大転換は、税制の面では法人軽課・所得税最高税率の引き下げ、消費税の引き上げといった大衆課税強化の流れが続いてきたことは周知のとおりだろう。そうした流れの中で、グローバル化した経済の下で、企業を自国内に誘致するべく法人税率の引き下げ競争が展開されていく。その先頭に立ったのが、ヨーロッパの小さな国であるアイルランドだったが、ルクセンブルクやスイスといった国でも様々な企業誘致に力を入れ、ケイマン諸島やバミューダ等タックスヘイブンといわれる国や地域が、富裕層やグローバル企業にとってその存在感を高めて行く。

他方、こうした動きに引きずられるようにドイツやフランスといつた先進国も遅ればせながら法人税率の引き下げを余儀なくされ、世界的な法人税率の引き下げ競争の時代へと入っていくことになる。

2010年6月、G20プサン会合における法人税率引き下げ競争中止の提案、不肖財務副大臣時代の最後の国際会議での発言

実は、今から11年前の2010年6月、プサンで開催されたG20の財務大臣中央銀行総裁会議で、リーマンショックに揺れ動く先進国経済をどうするのか、真剣な議論が展開されていた。その会合に、たまたま菅直人財務大臣が鳩山総理辞任後の民主党代表選挙のため出席できず、副大臣である小生が白川日銀総裁とともに出席していた。私自身、かねてより先進国の法人税の引き下げ競争を止めさせるべきだ、と考えていたことを会合の中で主張したわけである。場違いな発言であることは承知のうえで、おそらくこうした国際会議への出席も最後の機会になると思っていただけに、どうしても主張しておきたいと考えたからに他ならない。案の定、私が発言したことへの反応はなく、会議は税に関する論議らしい論議もなく終わったわけだ。

イエレン財務長官の指導性によって国際課税が進展することに期待

それが、今や同じG20の会合において(電話会議で議長はイタリア人)先ほど述べた国際課税についての合意が出来上がったのだ。アメリカのバイデン政権が成立したことが流れを大きく転換させたわけで、イエレン財務長官の指導性が大きく作用したものだとみていい。法人税率の最低基準が何%になるのか、課税ベースはどう設定するのか、といつた詳細はこれからの論議になるのだろうが、次回のG20は7月に開催されるとのことだ。ちなみにアメリカにおいてバイデン政権は、法人税率を今の21%から28%への引き上げを目指しているとのこと、イギリスも法人税率を高めるようで、先進各国の法人税に対する引き上げのトレンドが強まりそうだ。

日本は真剣に国際課税の進展を前向きに受け止めるのだろうか

では、日本ではどうなるのだろうか。安倍政権時代には法人税が高すぎる、として政府税調に小委員会を設置して引き下げを進めてきたわけだが、今回のG20の電話会議の結果を麻生財務大臣は歓迎の方向だと報道されている。本当に、法人税率の引き上げへと舵を切る意思があるのかどうか、これまでの自民党政権の税に対する政策からすればあまり考えられないし、野党側も国会での論戦に法人税率の引き上げ問題を取り上げてきたことはない。

アメリカで進む格差社会への所得再分配政策による是正の動き

アメリカのバイデン政権が、インフラ整備の重要な財源として法人税引き上げとともに、所得税においても高額所得層に絞った最高税率(今は39.6%)の引き上げや、高額所得者(100万ドル以上)のキャピタルゲイン課税を強化(20%から39.6%へ)する方向を打ち出すなど、積極的に税による所得再分配政策の強化・拡大を展開している事には目を見張る思いがある。さらには、GAFAMといった膨大な利益を上げているアメリカのグローバル企業が、世界各国でほとんど税負担を逃れていることに対して、デジタル税の導入による国際社会との協調を進めているわけで、財政支出の拡大とともに、その財源の多くをこうした法人税の引き上げやキャピタルゲイン課税の強化といったところに求めている事には全面的に賛成である。もっとも、バイデン政権が直面している議会での状況は、下院ではかろうじて過半数を確保しているが、上院では50対50という際どい状況にあるだけに、このまますんなりとは行くとはならないのだろう。ただ、明らかに経済政策の潮流が大きく転換し始めているわけで、バイデン政権に対する国民の支持がこれからどうなるのか、来年の中間選挙という壁を乗り越えられるかどうか、大いに注目していく必要がある。

自民党は「こども庁」設置方針、「こども保険」構想はどうなった?

日本においても、是非ともこうした議論を戦わせてほしいものだ。

次の総選挙が半年以内には必ず実施されるわけで、自民党は「こども庁」新設が公約として打ち出されるようだが、かつて自民党内で「こども保険制度の新設」が議論されたことがある。財源無くして子供政策が十分に展開されることはないわけで、財源問題の裏付けをこそ総選挙に提起すべきだろう。野党側も、こうした点をしっかりと論戦して欲しいものだ。

デービッド・アトキンソン氏の提言、「成長に賃上げが最善」とは

デービッド・アトキンソン氏は、1990年代の日本経済がバブル崩壊後の金融危機分析で有名となったが、何時しかゴールドマンサックスを辞め今では日本の芸術作品修復等を扱う小西美術工芸社の社長をしながら、日本経済への様々な提言を精力的に実践されている。少し古くなったのだが4月2日日本経済新聞のコラム「エコノミスト360°視点」で、「成長に賃上げが最善な理由」という小論文を掲載されている。実に的確な内容であり、是非とも多くの皆さん方に読んでほしいし、特に日本経済新聞の読者層の中核たる経済人の方達には必読だと思う。アトキンソン氏と言えば、日本経済の問題として中小企業の規模が小さく数も多すぎて生産性が低く、そこで働く従業員が低賃金に抑え込まれていることの弊害を指摘されてきた。それゆえ、中小企業経営者にとってみれば、蛇蝎のごとく毛嫌いされる向きもあるが、そういう方たちにとっても今度のコラム、ぜひとも読んで参考にしてほしい。

労働市場での買い手独占を是正する「最低賃金」の引き上げに注目

このコラムで指摘しているのは、今の世界の経済を支えているのは個人消費で、人口数に消費額を乗じて構成される。人口が減少し高齢化が進む日本ではマイナス要因を受け続けているため、なかなかGDPは増えない。人口が減少する中で消費を維持するには賃上げしかないと結論される。生産性の向上率より賃上げ率が低いと、需要不足でデフレになる。その要因として挙げておられるのは「モノプソニー」と呼ばれる「買い手独占」状況で、労使の力関係では使用者が相対的に強い交渉力を発揮できる状況にあることだという。

製造業からサービス業への転換、労働組合の弱体化のもと、政府の出番によって国民の生活の安定へ

かつての高度成長時代のように製造業が経済をリードしていた時代には、企業規模も大きく労働組合も力が強くなり、職人のスキルも定量化や転用もしやすいので「買い手独占」にはなりにくかったが、現代経済はサービス業が圧倒的に経済の大半を占めるようになるわけで、「買い手独占」が強まる。それは、経済を歪めることとなる。企業規模が小さく、輸出比率が低下し、さまざまな格差も拡大し、サービス業の生産性低下といった日本経済が抱える問題に直面する。世界的にも、こうした傾向が出てきており、「買い手独占」を阻止していくために「最低賃金を段階的に引き上げている」し、補助金なども政策展開されていることを指摘する。ちなみに、バイデン政権は時間当たり15ドルへの引き上げを目指そうとしており、日本の平均902円はOECD内で25位とあまりにも低すぎるし、4段階に分かれた最低賃金の内、最高の東京でかろうじて1013円で最低は792円だ。これでも、安倍政権時代に毎年3%近く引き上げられてきたのだが、コロナ禍の下で足踏みさせられていてまだまだ低すぎる。

経済は自由放任に任せると「合成の誤謬」へ、公的介入が不可避

アトキンソン氏は最後に次のように指摘する。

「最低賃金の引き上げは、短期的には資本家から労働者への利益移転なので、商工会議所などは当然のように反対しがちだ。しかし人口減少化の日本では、賃上げにより個人消費を喚起すれば、まわりまわって個人や企業だけでなく、国も恩恵を受ける最善の政策なのである」

ここで述べていることは、経済学でいう「合成の誤謬」を理解する必要がある。個々の企業にとってみれば賃金を抑制することは、一見すると利益を拡大させるプラスのように見えても、すべての企業が同じことをすれば全体としては需要を低下させ供給過多となり、経済全体にはマイナスに作用する。それを是正するのが政府の役割であり、「最低賃金の引き上げ」はそれに対する有効な方策なのだと。アダムスミスの「神の見えざる手」による「自由放任」では経済がうまく回らなくなるわけで、ケインズの「合成の誤謬」に立脚したマクロ経済の見方を大きく転換すべき問題と言えよう。

日本の政治家は。アメリカのバイデン政権の動きに学ぶべきでは

なんとか、こうした正論が広く日本の経済界全体の合意になってほしいものだ。残念なことに、今年の春闘も賃上げ額は2%に達していないようで、コロナ禍の下でデフレ基調へと日本経済は落ち込む危険性を指摘しておく必要がありそうだ。アメリカのバイデン政権は、イエレン財務長官のリーダーシップの下、「高圧経済」政策を展開しているが、労働経済の専門家だけに最低賃金の引き上げに向けてどんな方策を繰り広げていくのか、注目していく必要がある。


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