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労福協 活動レポート

2021年4月19日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第189号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

スポーツの世界で進む「オープンシェア革命」に注目すべきでは

4月14日、NHK総合テレビの「クローズアップ現代+」で放映された「『野球に革命』 極意を公開してシェア、育成のヒント」は、プロ野球だけでなく陸上競技はじめスポーツの世界での新しい動きとして注目すべき番組だったし、見方を変えればビジネスの世界はもちろん政治の世界にも共通する問題提起でもあった。

ダルビッシュ投手が語る「情報共有」しないと学べないという言葉

冒頭、アメリカメジャーリーグで昨年最多勝投手に輝いたダルビッシュ投手が登場し、自分の投球するすべての情報を開示していると述べていた。なんで秘密にしておかないのか、種明かしをすれば他のチームメイトに研究され、自分が苦しい立場に追いやられるのではないか、と考えてきただけに、印象としてはショッキングなイントロだった。ダルビッシュ投手曰く、自分の投球を明らかにして他の投手も学んでほしいし、野球界のレベルを大きく底上げしていくことが、さらなる野球のレベルアップへとつながり、それがまた野球の魅力を高めて行くようになるべきだ、と述べていた。「共有しないと学べない」とも発言し、去年のサイヤング賞に輝いたトレーバー・バウアー投手も同じ考え方に立っているとのことだ。

大リーグだけでなく日本のプロ野球界でも情報専門家の知恵の活用

大リーグ機構では、すべての投球内容等をデジタル化とともに情報公開しており、投手でいえば、スピード表示だけでなく回転数や上下左右の変化数値などが明らかになっている。投打の二刀流で大活躍している大谷翔平選手の投げるボールについても球の回転数は300回以上増え、球が1個分浮き上がる(ホップする)ようになったことなどが映像化されている。さらに投手だけでなく、打撃部門でもホームランの増産につながる「フライボール革命」がすすんでいる。

こうした動きは、大リーグだけではなく、日本のプロ野球でも取れ入れられ始めている。横浜ベイスターズは、元銀行マンや技術者などITやAIをはじめとする専門家をコーチ・スタッフを採用して選手の能力を改革し、成果を作りあげつつある。こうした動きがプロ野球界全体にも広がるに違いない。

青山学院大学の原晋教授も「公共知」にすることの重要性を指摘

野球界だけでなく、陸上競技にも広がり始めていることも放映された。青山学院大学の陸上競技、とりわけ駅伝での躍進の背景に迫っている。原晋監督が登場し、独自の走りに特化した体幹トレーニング方法を公開したことを取り上げる。その理由として、陸上競技業界が自分たちの狭い中だけで努力している事では業界全体の発展もないし、監督のスキルアップもない。自分の頭脳と技術力を「公共知」とすることにより、さらにレベルアップしていくべきだと考えたとのことだ。結果として、青山学院陸上部には優秀な人材が集まるようになったという。

伝統的な経験と勘に頼る指導ではついて行かないし、やる気も出てこない

高校野球でも、広島の武田高校が取り上げられ、筋力トレーニングと野球との関係を科学的に結びつけ、高校生に目標となる筋力アップ方法を義務付け、成果を上げ始めていることも紹介されている。経験や勘に頼り、トレーニングの理由や目的を知らされないのが今までの高校野球の伝統だったと批判、課題と成果の見える化がモチベーションを高めること、データのオープン化による生徒の努力目標明確化が、大きな成果として結実しようとしている。最後に、指導者の本音までみんなが共有することで、評価がガラス張りになり、選手の目標に向けたやる気や頑張りが出てくるようになったという。とりわけ選手起用についての情報すらオープン化され始めているのには、そこまでやるかと率直に驚かされた。

スポーツ界だけでなく、ビジネスにも「情報公開=極意の公開」こそ

ここで再び原晋監督の登場、指導者の役割は、監督の経験則だけでは発展はなく、選手たちも理論性があり、納得すれば努力するとのことだ。

ダルビッシュ投手は、技術の共有は野球界全体のためになる、だから情報を共有するのだ。

こうしたスポーツ界の新しい改革の流れは、スポーツ界だけでなく、ビジネスの世界でも通用する改革課題なのかもしれない。いや、社会のあらゆるところで必要な改革なのかもしれない。キーワードは「情報公開=極意の公開」なのだろう。その流れに乗り遅れてしまえば、落伍してしまうほどの激流として迫ってきているのかもしれない。

順調以上に進むバイデン政権の政策転換、今回は「反トラスト」の戦い=「資本主義的」民主主義を自由な民主主義へ

バイデン政権は、一国主義的なトランプ政権とは打って変わって国際協調に転換し、順調なスタートを切っているようだ。特に、これまでも指摘してきたように、内政面ではコロナ対策の切り札とも言われているワクチン接種も予想以上の速さで進められているとのことだ。また一部の富裕層を除くコロナ禍で呻吟している多くの国民には、一人当たり1400ドルの給付金支給を含む総額1.9兆ドル、日本円に換算して約200兆円という巨額の財政支出を決め、更にインフラ整備や公共事業への支出も2兆ドルの規模で策定しており、イエレン財務長官主導の「高圧経済」政策が展開されている。FRBのパウエル議長もこうした考え方を共有しているようだ。

格差社会のもたらす民主主義の劣化、再分配政策の強化で回復へ

特に、この政府支出の財源については、法人税率の21%から28%への引き上げや、所得税においても富裕層の税率引き上げや、100万ドル以上の所得のある高額所得層の株式のキャピタルゲイン課税についても、税率を20%から39.6%へと引き上げる方針を打ち出そうとしている。これらの税制改革や財政支出は議会の議決が必要になるわけで、共和党がすんなりとは引き上げを容認するとは思えないし、民主党内にはそうした方向への批判的立場をとる議員もいるとのことだ。それだけに、こうした法案の行方がどうなるのか、今後のアメリカの動きに注目したい。間違いないことは、格差社会が深刻化しているアメリカにおいて、社会保障や税制による所得再分配機能の強化へと大きく舵を切り始めたわけで、見方によっては、1980年代のレーガン時代から始まった新自由主義的な流れの本格的な終焉を迎えようとしているのかもしれない。

巨大プラットフォーマーGAFAMとの戦いに向けた大統領補佐官ティム・ウ―教授の任命に注目

こうした動きは、税財政だけではない。3月5日、GAFAMと呼ばれる巨大プラットフォーマー企業に対するメスを入れるべく、テクノロジー・競争政策担当の大統領特別補佐官にコロンビア大学のティム・ウー教授を任命した。反トラスト法の専門家であり、バイデン政権が本気でGAFAMとの戦いに踏みこもうとした人事とみられている。既に2020年10月、アメリカ司法省は反トラスト法に違反しているとしてグーグルを連邦地裁に提訴しているし、12月にはフェイスブックも同様の容疑で提訴されている。EUにおいても欧州委員会はデジタル分野における複数の規制案を発表し、GAFAMを標的にしていることは間違いない。また、日本においても今年の2月、「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」が施行されている。日本国内ではあまり政治的な争点になっていないようだが、民主主義の在り方にとって実に大きな問題として注目していくべきだと思う。

ティム・ウー著『巨大独占の呪い』出版、反独占の戦いの重要性指摘

今回任命されたティム・ウ―教授は、最近になって『巨大企業の呪い』(秋山勝訳 朝日新聞出版2021年刊)を日本でも翻訳出版されている。副題として「ビッグテックは世界をどう支配してきたか」とあり、まさに反独占(反トラスト)の戦いの旗手としてのウ―教授を、バイデン政権に取り込んだ意気込みが伝わってくる。この『巨大企業の呪い』を一読して、実に重要な課題にバイデン政権が挑もうとしており、イエレン財務長官の「高圧経済」政策課における再分配政策重視とともに、ティム・ウー特別補佐官の「反トラスト=反独占」政策によって、アメリカ経済の正常化が進み、アメリカの「資本主義的」民主主義の是正に向けた第1歩が進み始めるのではないかと希望を持たせてくれる。

オバマ時代の副大統領だったバイデン氏について、「古ぼけたジョー」と揶揄されるどころか、ルーズベルトのニューディールに匹敵するような勢いを感じさせてくれると私自身は思い始めている。置かれた状況は厳しく、すこし買いかぶりすぎかもしれないが、そんな意気込みを秘めているように思われる。今少し注目し続けていきたい。

第二次世界大戦、ナチスや日本軍国主義の独占資本との繋がり

さて、この『巨大企業の呪い』の中で、専門家の目からすれば当たり前の歴史的事実なのかもしれないが、実に興味深い問題の指摘が的確に分析されていることに感心させられた。それは、アメリカやイギリス、更にはドイツを中心にしたEUにおける反独占の歴史的な戦いと、第二次世界大戦におけるドイツの独占企業とナチスとの結びつきや日本の軍国主義と財閥との結託など、独占が支配する資本主義の下では民主主義も押しつぶされてきたことにも言及している。その深刻な反省の中で再出発し、戦後資本主義の繁栄が進む中で、再び新自由主義の支配の下でグローバルな独占企業体が跋扈して今日に至っていることを、その思想的背景も含めて具体的に分かりやすく分析されている。

アメリカにおける巨大独占の分割がその後の新興企業の興隆の礎に

圧巻は、アメリカにおける巨大な独占であったATTやIBM、更にはマイクロソフトといったガリバー企業が反トラスト法で提訴され、ATTは分割されIBMは法的決着がつかなかったものの、その後この裁判による影響があったのだろう、高圧的な支配をやらなくなり、マイクロソフトも独占的市場支配を弱めていくことになる。ところが、そのことが結果として新しい分野のIT企業の飛躍へとつながり、今日のアメリカ経済の躍進へと結果する。しかし、そのグローバル化したプラットフォーマーであるGAFAMによる独占の弊害をもたらしたことに言及し、それを再び厳しく追及していかなければアメリカ民主主義自体が存続できなくなってきている危険性を指摘する。新自由主義という経済思想が、ここでも壁となって大きく立ちはだかっていることを知る必要がある。

なぜ日本はIT分野に立ち遅れたのか、第5世代のコンピューター化の失敗、通産省指導の産業政策という誤り、中国も同じ轍へ

一方、日本がなぜIT分野での立ち遅れをもたらしたのかについても言及している。1980年代には、アメリカを凌駕する勢いで成長してきた日本だが、第5世代のコンピューター計画を当時の通産省と一体になって推進したことが頓挫し、その後のイノベーションが停滞して経済の落ち込みを招いたことを指摘する。つまり、国家権力と一体になった経済という仕組みが失敗の原因なのであり、今の中国が政府の指導の下での経済発展を進めていく日本の間違いと同じ道を辿ろうとしている事への批判的な視点を提起する。ソ連が結果として敗北したことも、ある意味でその象徴と考えておられる。

この問題は、デモクラシーと経済発展という問題に直結し、中国が権威主義的な政治体制の下で経済を発展させているようだが、自由な民主主義による経済発展こそが望ましいものであり、そのためには独占的なグローバル企業による正しい競争ができなくなってきているだけに、その弊害を除去していく必要があることを強調。それができなければ、中国との経済競争に勝てないことも覚悟しなければならないとまで指摘する。

巨大な独占企業による政治の支配、資本主義的民主主義こそ問題だ

とくに、巨大な独占的企業はその財力を利用して、政治権力に介入し自らの独占的利益を維持・確保できるよう政治工作を展開する。アメリカにおいては、業界団体や独占的企業の利益を守るべくロビー活動が激しく展開されている事は周知のことだろう。2010年代初頭に最高裁が下したシティズン・ユナイテッド判決により、企業の政治献金の上限が外されてしまったのだ。民主主義が金で動かされてしまう事態へと大きく捻じ曲げられてきたわけで、それを無くするためにも巨大独占企業の解体という問題に向けて全力を挙げていかなければならないことを指摘する。「資本主義的」民主主義を『パブリック』民主主義へと大改革しなければならなくなっているのだ。

中国の権威主義的資本主義に克てる自由な民主主義的資本主義を

ティム・ウー氏が担当するこれからの反独占の戦いは、容易な道ではないが、それをやらなければ自由民主主義体制はさらに危機に陥り、デストピア資本主義が支配する暗黒の時代への道が待っているのだろう。中国を始め「権威主義的」政治体制との競争にも敗北させられるかもしれない。それだけ、歴史的に重大な影響を持っている反独占の戦いが始められなければならなくなっているわけだ。

日本の独占的企業の弊害への問題意識は乏しい、民主主義の劣化

日本におけるこうした問題意識は永田町界隈では実に乏しい。日本を代表する世界的な巨大企業を、その巨大さ故にもたらす弊害を指摘し、正面から巨大さを分割する戦いを予想することすら難しいことなのかもしれない。日本を代表するチャンピオン企業は、ナショナリズムの観点からも国民の間にはその存在を誇らしく感ずる素朴な気持ちが強いだけに、風車に向かって戦うドン・キホーテとみえてしまうのだろう。

アメリカの独立の出発はボストンティパーティ事件から、イギリスの独占的権益からの離脱、戦前の独占企業分割の歴史も

でも、アメリカがイギリスからの独立のきっかけとなったボストンティーパーティ事件は、イギリスによる植民地だったアメリカにおけるお茶の独占販売への戦いから始まったわけで、独占に対する国民の批判的な意識は、日本と比べ物にならないくらい強いものなのだろう。19世紀末の金ぴかの時代においても、スタンダード石油やUSスティールといった巨大独占の分割に向けた反トラストの戦いの歴史にまで、思いを致すべき時なのかもしれない。その戦いの上に、今日の経済繁栄が築かれたことを忘れることはできない。

民主主義と資本主義の在り方への挑戦へ、バイデン政権の健闘を

ティム・ウー特別補佐官のこれからの困難な戦いの勝利を心から祈念しておきたいし、日本における独占の支配に対する戦いの前進に向けて、これからも問題提起し続けていきたいものだ。金による政治・行政の壟断をどう防ぐことができるのか、課題は「政治と金」でもある。

何はともあれ、この『巨大企業の呪い』は一読をお勧めしたい好著である。


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