ホーム > 労福協 活動レポート

労福協 活動レポート

2021年8月2日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第204号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

白川方明前日銀総裁のイギリス貴族院での公聴会発言に注目

少し前のことになるが、前日銀総裁の白川方明氏が今年4月20日にイギリス貴族院の「量的緩和に関する公聴会」に招かれ、日銀の金融政策についての証言を開陳されたとの報に接した。かねて白川氏(以下敬称は略す)は自らの著書である『中央銀行』(東洋経済新報社刊)を書かれた際に、この英語版をできる限り早く出して日本の貴重な経験を世界に広めたいと語っておられたと記憶している。それだけに、イギリス議会において開催された公聴会は、自らの経験と理論に裏打ちされた問題提起の絶好の機会だったと思われたに違いない。残念ながら、日本のマスコミの取り上げることには至らなかったようだが、日銀ウオッチャーともいうべき東短リサーチの加藤出氏らがその内容を詳しく伝えておられ、私自身もその一部を知ることになったわけだ。

日銀を批判した欧米各国、リーマン後に日本に追随し「同じ罠」へ

白川氏は、日本がバブルの崩壊後1990年代にデフレに突入して以降、ゼロ金利政策から量的緩和政策へと移行し続けているわけだが、その日本を批判していた欧米各国もリーマンショック以降後追いし、主要国で金融財政の拡張政策の罠にはまってしまっていることに警鐘を鳴らしておられる。特に、日本は1980年代からG7の中で経済成長率が最低(80年代平均2.5%)で、バブル後には1%未満の低成長へと移行するわけだが、日本のインフレ率は一貫して低かったことに言及。その背景にはグローバル化やIT革命による技術進歩でディスインフレを起き、日本の終身雇用制による低失業率と低い賃金上昇率があった事を指摘する。

白川氏「マネタリスト」の貨幣数量説を「マントラ」と厳しく批判

そうした中で、白川氏は「デフレは貨幣的現象だというマントラ(呪文、祭詞)信者がいる」と痛烈な警句を発せられ、「通貨供給量を増やせばインフレ予想を変えられ、物価は上昇する」というマネタリスト学者や黒田総裁、政治利用した自民党権力側を批判された。日頃温厚なイメージのある白川氏だが、イギリス貴族院において実に厳しい批判の論陣を展開され、どうしてこの内容が日本で報道されなかったのだろうかと思えてならなかった。
政治によるゼロ金利・量的緩和は、選挙に勝てることが先行し、ゼロ金利への移行→財政の拡張が可能に→増税より、有権者の負担が見えにくく、緩和の道を選択することとなり、政府と中央銀行が一体化の罠に嵌る。ゼロ金利→ゾンビ企業が生き続け→低生産性の原因を作り出していると述べられたとのことだ。

引き続き間違った経済理論を正すべく厳しく批判し続けて欲しい

こうした日本の陥ったゼロ金利・量的緩和政策の罠を、今こそ世界に向けて発信していくべき時だと思うだけに、白川氏の名著『中央銀行』の英語版の発刊が強く望まれる。と同時に、「貨幣数量説」なるものが現実には実現していなかった事実を厳しく批判されているわけで、世界的なマクロ経済学の教科書に必ず出てくるヒックスの提起した有名な「IS-LM」分析(のちに自分もその誤りに気付く)の背景にも、貨幣数量説があるという指摘も専門家から出されているやに聞く。この貨幣数量説は、フリードマンらが1980年代に再び前面に提起してきたわけで、引き続き間違った理論を根底から批判し続けて欲しい。

立憲民主党の総選挙向けの経済政策「中間とりまとめ」について、江田憲司氏のインタビュー記事に注目

いよいよ衆議院議員の任期も満了が近づき、それぞれの政党内では候補者問題の調整や選挙協力、さらには国民向けの公約づくりも進められているに違いない。与党である自民党や公明党の動きは、政府が打ち出す様々な政策が展開されており、選挙公約論議自体が表立って前面に出てくることは稀である。そこで今回は、野党第1党として政権交代に向けて準備をしている立憲民主党の選挙公約を取り上げてみたい。その責任者である江田憲司衆議院議員が、インターネット誌『SIRABEE(7月14日)』上でインタビュー記事に答える形で述べていることを中心にみていくことにする。

表題「『1億総中流社会』の復活・・1%から取って99%に回す経済政策」

江田憲司議員は立憲民主党の副代表で「経済政策調査会長」として、今年秋の選挙の経済政策についての「中間とりまとめ」を6月8日に発表している。その中身については、表題として「『一億総中流社会』の復活…1%から取って99%に回す経済政策」であるが、中身は項目が羅列されたレジメ風のA4版二枚程度のもので、文章化はされていないものの、何が打ち出して行きたいのか項目だけでほぼ明確になっている。ちなみに、この経済政策調査会は昨年10月20日に第1回目の会合を開催して以降6月8日の中間とりまとめまで19回の会合を開催し、各界の専門家を招いて勉強会なども含めてかなりの頻度で開催されていたことがわかる。

「需要サイド」「所得再分配重視」で経済の安定・成長に立脚

そこでインタビューにおいてどんな発言を展開しているのか、以下私なりにできる限り忠実に要約してみたい。

自民党と立憲民主党の経済政策の違いとして、自民党は「供給サイド」で立憲民主党は「需要サイド」に立脚、成長か再分配(分配ではない)かについて、成長も再分配も重視するが、自民は成長に、立憲民主は再分配にウエイトをかける。アベノミクスについては、格差を拡大、中間層が底抜けして貧困層が増加、2極分解させたと批判。

かくして立憲民主党は、この中間とりまとめの表題にあるように「1億総中流社会の復活」を目指して「所得再分配政策の強化」で取り戻していくことを明言。スローガン的には「再分配なくして経済成長なし」であり、5-6年前からOECDやIMFもこの流れになっており、貧困撲滅で教育水準の向上がイノベーションを巻き起こし成長を取り戻し、消費増加を通じて内需拡大による経済成長が実現し国民生活は安定する。

「需要不足」解消に向け、所得税・消費税減税と「ベーシック・サービスの充実」、財源問題は本当に大丈夫か

そのため、「総需要不足」解消に向けて、消費税や所得税の減税や給付金支給を打ち出すとのこと。消費税はコロナ禍が一段落した段階で時限的に実施し、所得税は1000万円以下の世帯でゼロにするとのこと、税を支払っていない世帯には給付金支給するとのことだ。こうした減税だけでなく「ベーシック・サービスの充実」を目指し、医療、介護・福祉、子育てや教育に重点配分して国民の安心・安全を取り戻すとしている。

こうしたインタビューを読んでいると、本当に立憲民主党に政権を任せていても大丈夫なのか、と国民が再びあの民主党政権時代を思い出してしまうのではないか、と思えてくる。2009年の政権交代時には増税をしないでマニフェスト財源を生み出していくことを打ち出したわけだが、新たに事業仕分けなどを実施しても結果的には新規財源は殆んど出てくることがなく、菅直人総理の下で消費税の増税を打ち出して野田総理に引き継がれ、社会保障・税一体改革の三党合意へと結果したわけだ。この間、参議院選挙に敗北し、党内対立を深めた直接的要因になった事が忘れられない。

富裕層からの金融所得や社会保険料上限の引き上げ、法人税負担引き上げ等が提起されているのだが…

江田憲司氏は、財源問題にも言及され、法人税の強化と株式譲渡益を中心にした金融所得税の強化などで、所得税の減税分と消費税の5%への減税分を確保することを明言されており、増税策が全くないとは言えないし、社会保険料の現行月収上限を引き上げ、所得税の最高税率の引き上げとともに富裕層の負担増も打ち出していることは間違いない。

法人税の負担増に向けて法人税率にも累進制を導入することにも言及されたりしており、フィージビリティやサステナビリティの点で果たして大丈夫なのだろうか、という疑念は消えない。特に、所得や資産の正確な捕捉ができていない日本の現実を前にして、いくら格差の縮小を進めていくという提案をされても、もう一つ説得力はないのだ。マイナンバー制度とあらゆる所得と資産を結び付けていない税制インフラの貧弱さにこそ目を向けていくべきではないか。

ベーシック・サービス重視は良いのだが、財政赤字問題に言及ナシ

もちろん、ベーシック・サービスという形で社会保障や教育を重視していくことの指摘には、もちろん大賛成ではあるが、こういう「社会的共通資本」が赤字国債を発行しながら維持し続けていけるのかどうか、まったくと言ってよいほど財政赤字の問題には目を瞑っていることの大問題がある。少なくとも、プライマリーバランスの黒字化の目途ぐらいは提示するべきではないかと思うのだが、ここはMMT論者の立場に立って一定のインフレが起きない限り(g成長率>r金利)自国通貨建ての国債発行は問題がない、という立場をとっているのだろう。

「All for All」という井手教授の提言はどうなったのか、分断社会を招くのか、「責任ある政治」の提起こそ

さらに、かつて井手英策慶応大学教授が提起されていた「All for ALL」という考え方が完全に無視されているようだ。富裕層まで巻き込んで社会保障や教育を充実させていくことの重要性を指摘されていたわけだが、1%から取って99%へ再分配ではなく、100%から能力に応じて取り100%へと再分配することが必要ではないか、という提起だったと思う。そのことによる社会保障制度がサステナビリティとフィージビリティをより実現できることの重要性を忘れてはなるまい。

こうした経済財政政策に対する疑問に対して、立憲民主党は民主党政権時代に多くの国民から批判されてきた論点だけに、責任ある政策が打ち出される必要があると思う。あと1か月もすれば、解散・総選挙の論議が始まるわけで、政権交代を目指す立憲民主党として「責任ある政治」の実現を目指してほしいと思う。

格差社会を本気で変えようとしているのか、試されているのだ

江田氏の一連の発言などを見ている時、格差社会を本気で改革していくためには「大きな政府」で「信頼される政府」の樹立が不可欠であり、単なる目先の選挙勝利のための国民受けする政策の羅列ではないか、という思いが国民の中には残るのではないか。少なくとも私自身にはそう感じてしまう。

というのも、朝日新聞の青山直篤記者が8月1日の記事「大きな政府、米政権は賭けに出る」の中で書いていたことが、なぜか頭をよぎる。それは、トランプがなぜアメリカ社会の中で大きな支持があったのか、それはアメリカ民主党が富裕層や金融界とも接近しすぎて鼻持ちならない印象が強く「偽善」的に映るのに対して、トランプには「偽善」がないことだと指摘していることだ。

野党である立憲民主党にとって、また有権者にとって心地よいことだけを繰り返しているのではないか、と観られ続けていることも見失ってはなるまい。過去の累積赤字に盲目であり続けることができないことを、誰よりも感じているのが多くの国民だということを自覚しなければ、本当の信頼は勝ち取れないのだ。


活動レポート一覧»

ろうふくエール基金



連合北海道 (日本労働組合総連合会 北海道連合会)
北海道ろうきん
全労済
北海道住宅生協
北海道医療生活協同組合
中央労福協
中央労福協
北海道労働資料センター(雇用労政課)
北海道労働者福祉協議会道南ブロック