2021年11月15日
独言居士の戯言(第218号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
伊東光晴京大名誉教授が米寿で元気に「講話」された記録を入手
前々回のチャランケ通信第394号を出した際に付けているメールのリード文に、今年94歳になられた伊東光晴京都大学名誉教授の毎日新聞に書かれた最新の書評を見て、今なお健在であることに驚いたことを書いたところ、何人の方からいろいろと健在ぶりを示す資料などを送ってくださったりして、自分の情報不足を痛感させられた次第である。
その資料の一つとして、6年前の2015年11月19日、伊東名誉教授が88歳の米寿の時に如水会館で開催された「三木会」という一橋大学卒業生を中心にした集いの「講和」の講演記録が送られてきた。題して『時論の中で、経済と経済学を考える』で、主催した「三木会」は「正確を期すよう記録するとともにできるだけ臨場感を残すように努めたため、やや『詳録』に近いものになっている」とのことだ。それを読んで、改めて88歳とは思えないようなウイットに富み、知的好奇心を大いに刺激されたことに軽い感動を覚えた次第である。ようやく77歳の喜寿を過ぎた小生にとって、88歳の米寿の伊東名誉教授の講演は貴重なものであった。この講演記録は、多くの方達に読んでもらいたいと思うので、添付資料にして付けておきたい。
トニーブレアに対する厳しい指摘、何とタックスヘイブンにも関与
この「講話」やその後の質疑のやり取りの中で、是非とも取り上げたいと思ったのがイギリス首相を務めた労働党のトニー・ブレアに対する伊東名誉教授の鋭い批判である。彼は、サッチャーの進めた民営化を継承し、サッチャーの落とし子ではないかと揶揄され、かれの首相退任後の生き方について次のように批判されている。
「ブレアは、首相を辞めてどうしましたか。アメリカの投資銀行に年2億数千万円で雇われているのです。顧問で。労働党の中にあるインテリ、フェビアン協会のヒューマンな心がどこにありますか。イギリス労働党は彼によって、私はダメになったと考えております」
この指摘を読んだとき、一番最近のタックスヘイブンの記録を報じた新聞報道(10月4日付朝日新聞「ブレア元英首相ら各国首脳…タックスヘイブンに関与 パンドラ文書」)で、トニー・ブレア氏がタックスヘイブンを利用していた事実を読んだ記憶がまざまざとよみがえってきたのだ。なぜ、どのようにタックスヘイブンを利活用したのか、脱税したのかどうかはブレア側の反論などもあり今一つ明らかではないものの、トニー・ブレア氏の名前が出ていたことは確かであり、「インテリ、フェビアン協会のヒューマンな心」が失われていたことを示す証拠なのだと改めて思った次第である。その慧眼の確かさに改めて驚かされる。
ノーベル経済学賞について、選考委員のとんでもない発言に納得
もう一つの是非とも引用したいのは、私自身が関与しているある同人情報誌(『メディアウオッチ100』)にノーベル経済学賞についての由来について触れ、ノーベルの子孫の方達がノーベル財団に対して経済学賞についてはノーベル賞の対象から外すように求めたことを指摘したことがあり、日本人でまだ受賞できていない経済学賞の問題に触れたことがある。それに対して、日本の経済が今日の様な低迷した状態である限り、日本人からの受賞者は出ないのではないか、という趣旨の指摘を受けたことがある。あまり、反論することもないと思っていただけに、ちょっと心の片隅に残っていたのだが、この講和の中では会場からの質問で「日本人がノーベル経済学賞をもらう可能性はあるのか」という問いに対して、伊東名誉教授の答えの中での次の指摘を引用しておきたい。
「ノーベル経済学賞は、スウェーデンの銀行が作ったものですが、極めてイデオロギー的な原則がある。選考委員が京都大学にやってきたときそれを知りました。都留重人、森嶋通夫、宇沢弘文は棚上げだという。森嶋通夫はイギリス労働党の支援者だから駄目だと、都留重人はガルブレイスと同じで、銀行が拒否した。スェーデンは福祉国家の典型です。それに反対な銀行がアメリカの反福祉国家の経済学者-市場主義者を選んでいるのが経済ノーベル賞です」
実に筋の通った説明であり、何よりも選考委員から直接聞いた話となっていて、私自身なにも付け加えるべきものはない。
日本経済の成長率が停滞している事への的確な指摘、イノベーションの模倣から独走への転換の難しさ
これ以外にも多くの論点について、実に分かりやすい経済学上の問題点に触れておられ、会場の参加者たちをぐいぐいと引き込む力に感心させられた次第だ。あえて一点だけ言及したいと思う。それは特に、今の日本にとっての最大の問題の一つである、日本の経済成長率が停滞していることの原因についてである。会場からの質問に答えられた中で、ハロッドの成長論を引用されながら人口減少社会における需要の落ち込みとともに、先進国(多くはアメリカ)の技術を模倣することによって高度成長をけん引してきたイノベーションが一巡した後では、新しい独創的なイノベーションはなかなか出にくいわけで、ゼロ成長近傍が今の日本の自然(潜在)成長率なのかもしれないとの指摘に納得させられた次第である。トマ・ピケティの『21世紀の資本』において、先進国の国民一人当たり実質成長率が1-1.5%程度に収束していることの指摘を思い出させられたのだ。
是非とも、一読をお勧めしたい。