2021年11月22日
独言居士の戯言(第219号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
【経済欄】企業の内部留保484兆円、異常な水準へ、分配の改善を
日本の法人企業が内部留保(利益剰余金)を過去9年間連続して拡大し続け、2020年度末で484兆円(うち50%242兆円は資本金10億円以上の大企業分)に達したと報道された。これに対して、かつて麻生前財務大臣は「守銭奴みたいなものだ」と2015年1月、東京都内で業界団体が主催した新年賀詞交換会の場で批判して話題を呼んだことがある。麻生氏は「利益が出れば賃上げや配当、設備投資に回すのが望ましいという趣旨だ」と毒舌家でべらんめ調が出ることが多い麻生氏にしては、比較的まともな説明をしたのだが、その後も内部留保は増え続けるのに、賃上げや設備投資には回らなかったことは間違いない。
「賃上げ税制」は安倍政権時代の二番煎じ、何の為の法人税率引き下げだったのか、アベノミクスの失敗だ
岸田内閣になっても、「成長と分配の好循環」を掲げ、賃上げを行った企業を対象に法人税の減税を実施する「賃上げ税制」の促進を表明している。もっとも、この『賃上げ税制』は、安倍政権時代にも同じような制度が導入されたものの、制度の利用は極めて少なかったと言われており、二番煎じとなるだけであまり効果が出ないと見ていいだろう。
そこで高市政調会長は、内部留保金に対する課税を実施し、賃上げしたらその税を減免するというアイディアを打ち出したいようだが、内部留保金は法人税を支払った後の利益剰余金で、それに増税をすれば二重課税になるという批判が出ている。もっとも、そういう批判は所得税を支払っているのに、その後の収入から消費税を支払うことや相続税などもやがては支払い、働く者には二重も三重も支払うことが多いわけで、二重課税ということで問題視することはいかがなものかと思う。当然のように、経済界からも桜田経済同友会代表幹事は「日本全体の企業価値を下げる。理解できない」と強く批判したとのことだ。
アベノミクスによる法人税減税を実施し、30%を切る水準にまで税率を下げてきたにもかかわらず、企業は設備投資や従業員の賃上げに回すことはなく、ただ内部留保し続けてきたわけだ。安倍元総理は、賃上げ要請を経済団体に要望するなど、労働界推薦のリベラル派の総理大臣ではないのかと思うような行動に出たにもかかわらず、本気度が伴うものではなかったのだろう、アベノミクスのなれの果てが、こうした法人の内部留保の増加となって利益の有効活用につながっていないわけだ。バイデン政権にみられるように、税制をめぐる状況は国際的にも「大きい政府」に転換しつつあることを知る必要がある。
株主第一主義の「配当や自社株買い」を見直し、賃上げや投資へ
ここで見落としていけないのは、企業は配当や自社株買いを増やして株主に対してしっかりと、むしろ過剰と思えるほど還元している事実を上げなければなるまい。過去10年間で、最新の財務省の法人企業統計によれば、配当については1.9倍、自社株買いは4.3倍に増加している。金額に直して配当金は14兆円から26兆円、自社株買いは1.8兆円から7.7兆円となっている。
企業経営者は「合成の誤謬」に陥っていることを自覚すべき時だ
なぜこのような企業行動になっているのだろうか。いうまでもなく、企業は株主のものだ、というアメリカ企業社会の考え方が2005年の会社法で明確にされ、最近ではコーポレートガバナンスコードに明記することによって、さらに株主の力が強まってきたことを指摘したい。この間、従業員の給与はバブル崩壊以降30年間横ばいのままであり、非正規労働者を増加させるなど人件費の削減に力を入れてきたわけで、こうした賃金の停滞は人口減少と相まって消費を落ち込ませ、経済のデフレ化の大きな要因にもなってきた。さらに、労働者の将来不安も加わり、結婚や出産にも影響し、日本社会の少子化にもつながっていることも見逃せない。企業経営者は、自分たちが進めてきた労働者の賃金切り下げが「合成の誤謬」をもたらしていることを自覚すべき時に来ていると思う。
アメリカのラウンドテーブルは株主第一主義の誤りを認め方向転換
このような流れは、アメリカ資本主義の影響を強く受けてきたことは間違いない。その株主第一の資本主義の総本山ともいうべきアメリカのビジネスアラウンドテーブル(日本の経団連に相当する)が、2019年に「株主第一主義を修正し、従業員をはじめすべての米国人の利益を追求したい」と株主第一主義の誤りを認め方向転換したことを知らなければなるまい。
残念ながら日本においては、株主第一主義がますます強化され、「海外投資家の間では、日本は最も買収しやすいカモと見なされている。これを欧米並みに戻さなければならない」(岩井克人国際基督教大学特別招聘教授の日経新聞11月16日記事)という指摘や、上村達男早稲田大学名誉教授も「過度な議決権行使に規律を」(日経新聞「経済教室」11月8日付)という株主第一主義の弊害からの脱却を強く主張し続けておられる。現に、日本を代表する総合電機企業だった「東芝」が、「物言う株主」として旧村上ファンドのエフィッシモ等から株主総会で強引に圧力をかけられ、気にいらない経営者の罷免や、残された経営側は自ら東芝の3分割という事態まで進まざるを得なくなるところまで追い込まれ始めている。
岸田内閣の「新しい資本主義」で株主第一主義の転換を進めるべき
こうしたなかで、株式会社は定款で定められた会社の目指すべき社会的役割を中心に、「自分よし、相手よし、社会よし」という精神で運営していくべき時ではないだろうか。岸田内閣は、新しい資本主義を目指した改革を進めようとしているわけだが、企業統治の改革については『4半期別企業会計開示』は明記されているが、肝心の株主第一主義の改革こそ進めていくことで労働者の賃金引き上げによる労働分配率向上を進めていくべきではないか。それこそが分配面での改革につながり、「新自由主義からの脱却」の王道だと思うのだが、どうだろうか。
【政治欄】毎日新聞の名物コラム「熱血 与良政談」を読んで
毎日新聞の与良正男専門編集委員の書くコラム「熱血 与良政談」はいつも面白い。11月17日付夕刊は、総選挙後の政治を展望した「うごめく『安倍・維新』連合」で、維新は総選挙で41議席と4倍近く獲得議席を伸ばし、最新の世論調査で立憲民主党よりも支持率が上回るものも散見されている。
このコラムで、与良氏が指摘しているのは、維新がさっそく自民党に憲法改正を呼びかけたことを取り上げ、これからも岸田政権に対して安倍元総理側と連携して様々な難問を提起していくことを予想されている。考えてみれば、維新の立ち位置は規制緩和による「小さい政府」を追及する立場であり、一番新自由主義に近いと考えていいだろう。安倍氏とどこまで考え方が一致しているか定かではないが、岸田総理が宏池会の伝統にのっとり「リベラルな路線」に立ち返ろうとしたときに、維新・安倍連合が動き出さないとも限らないわけで、まさに維新の動きには要注意すべきなのだろう。
「維新」は新自由主義であり右翼「ポピュリズム」政党ではないか
私は「維新」は右派のポピュリズムに近い政党とみているのだが、どのような政治を展開していくのか、さっそく国会議員の「文書通信立法滞在費」100万円問題でその性格をいかんなく発揮しているように見える。これからも、公的分野の縮小を中心に政局を動かすことが予想されるわけで、来年の参議院選挙に向けた戦いは既に始まっているのだろう。
はたして、国民民主党が維新と国会での共闘を組むことになるわけだが、どこまで一致した行動がとれるのか、なかなか行く先は見えない。大阪を基盤にして全国展開していく維新と、「連合」傘下の民間大企業労働組合が主な支持基盤となっている国民民主党が手を組んでいけるのかどうか、なかなか見通しづらい。国民民主党の立ち位置を考えた時、自民党右派と同じか更に右に位置することへの抵抗は相当強いものがあるとみているのだが、どう折り合いをつけて行けるのだろうか。
とはいえ、衆議院選挙の小選挙区で当選した国民民主党議員は労働組合の力だけに頼っているわけではなく、自らの支援組織を構築できるだけの力量を持っており、案外政治的にはフリーに動けるのかもしれない。
野党共闘は中道左派ブロックで闘うべき、小選挙区制度では不可欠
一方、私がこれからの政局を考えたとき、「リベラル陣営」の共闘問題に注目していきたい。もちろん、共産党との共闘が今後も展開されるのかどうか、立憲民主党の代表選挙での大きなテーマになることは間違いない。私自身は、共産党を含めて中道・左派ブロックを包含しない限り今の選挙制度では小選挙区での勝利はあり得ないわけで、それを追及していくべきだと思う。もちろん、共産党には党名変更などを含めて大いなる政治的な大転換を進めて欲しいと思うし、何時までも「革命」路線ではあるまい。デモクラシーの中でどのように国民の支持を得ていけるのか、ヨーロッパの旧共産党に学んでほしいと思う。だが、なかなかそれぞれの政党には歴史と伝統があるだけに、一筋縄ではいくまい。
「れいわ新選組」の動向に要注意、左翼「ポピュリズム」政党では
それ以上に注目したいのが「れいわ新選組」の動向である。今回の選挙で3議席を確保したわけだが、東海ブロックでの比例で1議席を獲得できていながら小選挙区での法定得票数に達していないため公明党に議席を譲った形になったわけで、本来は4議席確保していたわけだ。
維新が「右派ポピュリズム」とすれば、れいわは「左派ポピュリズム」であり、政策の面でMMT理論や消費税の廃止、ベーシックインカムなど、これからもリベラルグループの政策統一を困惑させることが十分に予想される。山本太郎代表の持つ弁舌の鋭さや解りやすさの国民に対する影響力は大きいし、何よりも前回の参議院選挙で自身が党代表でありながら比例1位ではなく3位につけ、二人の障碍者を国会に送り込んだことは、実に爽やかだったと思う。また、今回の東京8区での野党共闘優先で小選挙区からの立候補を辞退し比例に回った時の潔さなど、今の野党リーダーの中で傑出していて、なかなかのものだと見ていいだろう。衆議院での3議席と参議院の2議席へと歩を進めたれいわが、来年の参議院に向けてどのような戦いを見せるのか、その危険性も含めて注目しておく必要がありそうだ。
立憲民主党は「どんな政党」なのか、立ち位置の明確化が求められる
これからの立憲民主党の代表選挙で誰が選出されるのかまだ確定できていないが、左右のポピュリズムに対して、どのように対処していくべきなのか、なかなかの難問だと見たが、どうだろう。立憲民主党がどういう政治的立ち位置なのか、そこがしっかりしていないと空中分解させられてしまう危険性も大いにあると思うだけに、真剣な論戦が期待されている。私自身は、再分配政策を軸にした社会保障や教育を重視した社会民主主義を基本にしてほしいと思う。