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2021年12月13日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第222号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

来年度与党税制改革大綱策定へ、「賃上げ税制」が柱だが実現は??

岸田内閣になって初めての税制改革大綱が、12月9日自民・公明両党の税制調査会で合意した。政府税調の動きは殆んど話題にもならず開店休業状況であり、事実上この大綱に基づいて来年度の税制改革が進められていくことになる。

一言で言って、この税制改革では岸田政権が目指す「新しい資本主義」とどう関係するのか、良く判らないし、最大の改革課題とした「賃上げ税制」も本当に働く人たちの賃金引き上げに結び付くのかどうか、全く不透明である。

金融所得の分離課税は先送りへ、格差社会に向けて不公平は存置へ

今の日本で一番の問題とすべきは「分配」の問題、すなわち「格差」の拡大問題であり、税による所得再分配機能こそは社会保障と並んで所得格差を縮小していくための強力な武器になるわけで、そのための改革に向けて努力したとは到底言えない。その何よりも証拠は、「所得1億円の壁」と称される問題をもたらしている金融所得税制が一律20%の分離課税となっており、1億円を超えるような高額の配当や株式売買益が、本来の所得税率であれば45%の課税対象になるべきところを、20%の分離課税で済まされているという不公平を是正すべきである。

岸田総理は、自民党代表選挙の際には、「新しい資本主義」を目指してこの「金融所得課税」の改革を公約していたにもかかわらず、所信表明演説では後退し、今回の税制改革大綱でも来年度以降に検討すると後退の一途をたどっている。株式市場に大きな影響があるからとその理由を述べているのだが、安倍政権時代の2015年度に、税率が一律10%から20%へと引き上げられた時には株価の影響の話は出ていなかったし、現実にあまり大きな抵抗・反論もなく進められてきたことを思い出す。

株主や経営者の株による報酬が増えている現実、貧富の格差拡大へ

なぜ、この問題を重視するのか。いま企業は、作りだした利益から株主への報酬として配当の増額や自社株買いによる株価上昇という形での「分配」を強化しており、経営者の報酬も株式を通じてストックオプションなどを支給している。つまり、株の配当や売買益が税率20%であることは、先に述べたことを繰り返すようだが、本来約4000万円(正確には4473万円)を超えた収入があればそれ以上の高い所得は最高税率45%(地方税10%を合わせれば55%)の税金を支払うべきなのに、株式所有に変えることで富裕層の税金を半分以下の35%も安くしているわけだ。

格差社会を少しでも解消していくためには、真っ先にこうした「富裕層優遇税制」を止めさせる必要があるわけで、税の基本的な三原則「公平・簡素・中立」の一番大切な「公平」に欠ける税制改革だったと言えよう。アメリカのバイデン政権でも、こうした金融所得税の改革が進められようとしているわけで、それこそが「新しい資本主義」の「新しさ」の所以ではないだろうか。

「賃上げ税制」を強化するも、働く者の賃上げは実現できない

それでは、今回の税制改正の一番の目玉商品とされている「賃上げ税制」について検討してみたい。結論から言って、この税制改革で日本の労働者の賃金が全体として押し上げていけるかどうか、無理だとみている。もちろん、この「賃上げ税制」を通じて個々の企業の中には、賃上げを進める企業も出てくることはありうるだろうし、経済界に対して3%以上の賃上げを働き掛けてきた(すぐに断られてしまったが)岸田総理にとって、何としても効果を上げていきたいことだろう。

そもそも、なぜ日本の労働者の賃金は上がらなくなって久しいのだろうか。その原因こそ、しっかりと見極め、効果的な政策を取っていく必要があるわけで、賃上げをしたら法人税額を減少しますよ、という直接的な働きかけだけで国際競争を強いられている企業経営者は賃上げを実施に踏み切るものだろうか。なによりも法人税を支払うだけの黒字を生み出せていない赤字企業(中小企業の約6割に達する)にとっては、今回の改正では税によるインセンティブではなく補助金の支給というやり方を取ろうとしてはいるが、税だけでなく社会保険料や退職金などにも直結する賃上げを、補助金が出るからと言って簡単には受け入れるとは思えない。

安倍政権時代に始まった「賃上げ税制」はあまり機能しなかった

こうした賃上げと法人税減税を結び付ける税制改正は、安倍第二次政権になって進められてきたわけだ。それがどれだけ実施されてきたのか、『租税特別措置透明化法』という私自身が民主党政権下の財務副大臣時代に実現した法律に基づき、財務省は毎年その実績を公表している。そのデータから見ると、

となっている。2017年以降は、賃上げ額だけでなく設備投資額の増加も含めたものとなっているため、連続しての実態の評価はできないが、国税庁の調べでは260万社近い企業の5%にも満たない企業数でしかなく、金額としても、せいぜい3.000億円程度となっている。3.000億円が多いか少ないか評価はいろいろとあるが、一般的に企業側からはそれほど役に立つ租税特別措置とは評価されていなかったようだ。

何よりも安倍政権時代以降、賃金はほとんど伸びていない現実

逆に、賃上げの実績から見れば、日本の労働者の賃金はこの間ほとんど横ばいでしかなく、この『賃上げ税制』で日本の労働者の賃金水準引き上げに効果があったとは到底言えまい。ということは、賃上げを目標とした税制なのに、ほとんど効果のない制度でしかなかったことを示しているわけで、本来は廃止すべきものだとさえいえる代物だったのではないか。

にもかかわらず、岸田内閣は法人税額の削減額を2割から3割へと増額(中小企業では最大4割、うち5%は教育訓練費増を要件に)することによって賃上げに結び付けようとしているし、収益が拡大しているのに賃上げも投資も特に消極的な企業には租税特別措置の適用を停止する措置を強化する、というペナルティすら付けている。また、赤字企業での賃上げについては、別途補助金を付加していくとのことだ。もっとも、肝心の賃上げ額は、基本給の引き上げだけでなく、現金給与総額の引き上げが対象となっていることに注意すべきだろう。ボーナスも当然含まれるし、残業代の扱いも気になるところである。また、最近ではベースアップというより個別の賃上げが「ジョブ型」と称して重視されると言われており、一部の特別な才能を持った労働者の賃金を大きく引き上げ、その他の労働者は据え置くなど、働く労働者全体の賃金水準の行方が心配ではある。

賃金が停滞し続けた要因は何か、背景に迫る日経「経済教室」論文

ここまでして「賃上げ税制」を強化しようとしているわけだが、はたして企業側はこのようなインセンティブに応じて賃上げに応じていくのだろうか。そのためには、何が日本の労働者の賃金停滞を招いているのか、しっかりと把握する必要がある。

日本経済新聞の『経済教室』欄で、2回にわたって「賃金長期停滞の背景」についての論文が掲載された。12月6日、「製造業・公的部門の低迷響く」(深尾京司アジア研究所長、牧野達治一橋大経済研究所研究員)と7日、「低生産性企業の存続一因か」(神林龍一橋大教授)である。

私が特に注目したのが深尾・牧野論文で、1970年代から10年おきに2018年までの「日本の実質賃金、労働生産性、労働分配率の変化率」のデータを分析されている。

この表を見て、ここ最近の8年間の実質賃金の伸び率がわずか1.2%という低い伸びにとどまっているのは、労働生産性の低下、とりわけ「労働の質」と「資本装備率」の落ち込みによると見ていいだろう。労働の質の伸びの低下はパート雇用の拡大や退職者の低賃金での再雇用を反映していることと、8年間も資本装備率の低下も敗戦時を除きかつて経験のない現象と指摘する。かくして、日本の労働生産性の低下は低い成長率の低下をもたらす。

産業間の実質賃金上昇率の格差、製造業と公的サービス分野はマイナスに注目

ここで注目したいのは、産業間の労働分配率の違いである。製造業の分配率は、00年の62.4%から10年の55.6%、18年の52.9%へと10%も急落し、時間当たり実質賃金も10~18年にはマイナス1.2%下落しているのだ。潤ったのは株主や経営者であり、労働者ではなかったと明言されている。他方、同じ時期の非製造業(公務・教育・医療・介護などを除く市場経済のみ)の労働者の実質賃金は6.9%と増加しているのだが、市場経済分野ではない公務・教育・医療・介護などは、何とマイナス10.5%も低下していることに唖然とさせられる。深尾・牧野両教授は、製造業と公共性の高いサービスを提供する非市場経済部門での実質賃金の引き上げは重要な課題であることを強調されている。

看護師や介護士の低賃金の背景、診療報酬や介護財政の引き下げだ

ということは、製造業分野における賃上げによる分配の是正とともに、公共部門での賃上げが必要となるわけで、公共部門の多くは税や社会保障制度によってその財源内容が決められているわけで、自己負担分を増やすか、税や保険料の引き上げ無くしてそこで働く労働者の賃金を引き上げることは不可能である。岸田内閣が、看護師や介護士の賃金の引き上げに言及しているが、要は医療の診療報酬や介護保険報酬の引き上げを進める以外にはない。それを税や保険料で負担するか、自己負担を引き上げるのか、求められているのはそういうことなのだ。

振り返れば小泉政権の時代から、医療や介護の診療報酬の引き下げが進められ、その結果として看護師や介護士などの賃金も引き下げられてきたわけで、人手不足が顕在化していながらその充足もままならない現実をもたらしていることを直視すべきだろう。

製造業の賃金低下、背景にある「株主第一主義」の是正こそ急務

他方、総労働時間のウエイトが17%にまで低下したとはいえ、ものづくりの主体である製造業分野で求められるのは何なのだろうか。株主第一主義の強化が2005年の会社法改正によって進められたことを指摘したことがあるが、行き過ぎた「株主第一主義」の是正を進めていくことこそが必要になっているのではないだろうか。それこそ、政府が進めるべき重要な課題であり、低すぎる最低賃金の底上げと共に重視していくべきだ。

「円安」政策の持続が日本経済の弱体化と賃金停滞の遠因では??

と同時に、日本企業がイノベーション(技術革新)に向けて果敢に投資する環境の整備の必要性にも言及しているが、そのためには「円安政策」を転換すべきではないか、という野口悠紀雄一橋大学名誉教授間の最新の『東洋経済オンライン』の論文「給料の上がらない日本と上がった韓国は何が違うか」に耳を傾けるべきではないだろうか。もう一つの論文である神林教授の「低生産性企業の存続一因か」論文の背景にも、同じ問題を感じさせてくれる。アベノミクスの下、日銀の進めてきた金融緩和政策は円安と株価の上昇をもたらしただけで、日本の経済力の低下や賃金水準の停滞をもたらし、国民生活向上にとって弊害が大きかったと言えないだろうか。

いよいよ国会での予算委員会が始まる。是非とも本格的な経済論戦を期待したいものだ。


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