2023年9月25日
独言居士の戯言(第311号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
何時まで金融緩和政策を続けるのか、インフレが続く中、日銀の金融政策決定会合に想う
植田日銀総裁になってやや半年近く経過する。アベノミクスの継続として黒田前総裁の下で続けられてきた金融緩和路線の見直しが進むのではないか、と思い続けてきただけに、9月22日の金融政策決定会合で現状維持となった事にやや唖然とさせられた。もういい加減にして欲しい、というのが当たり前の主張ではないだろうか。
世界的に進むインフレを退治するために、アメリカのFRBやECB、更にイングランド銀行などは金利を引き上げ、依然としてインフレ対策を強化する姿勢を強め続けている。日本はインフレではないのか、22日に公表された8月の消費者物価指数の対前年同月比上昇率は3.1%に達していて、日銀が目標としている2%をはるかに上回っている。しかも、政府が余りにも海外からの石油価格上昇率が高すぎるのを抑制する財政措置(石油元売り企業への財政支出による価格抑制策という愚策)を取っていたことを除けば、消費者物価は4%台へと跳ね上がるとのことだ。これで、2%以上のインフレは15か月も継続したにもかかわらず、なぜ日銀は金融緩和策を変更しないのか、多くの疑問の声が挙げられている。
実質賃金の低下が15か月も続く、これでは内需は拡大しない
国民の生活が苦しい中で、インフレを退治することこそ喫緊の課題であることは言うまでもない。賃上げが3%台後半だったとはいえ、約2%分は定期昇給で実質的に賃金水準引き上げに直結するのは2%を切っているのだ。つまり、消費者物価の上昇によって、国民の実質賃金は確実に低下し続けている。これでは内需の拡大が進むわけはないのであり、日本経済の安定的な上昇を阻害していることに日銀関係者はしっかりと目を向けて欲しい。
金融緩和継続は海外との金利差を拡大し、円安=物価高を招く
日銀の理解では、2%の賃上げは海外からの輸入物価がコストに跳ね返ったもので、労働者の賃上げが続く中での内需の拡大によるインフレではないので、何時でも元のデフレに戻っていく可能性を持っている。だから金融緩和政策を辞めるわけにはいかないのだという考えなのだろう。ここで考えなければならないのは、日本の金利と海外の金利差、とりわけアメリカとの金利の格差が拡大し、円からドルへのキャリートレードが進展し、円安が徐々に進み始めていることである。先週末は、1ドルが148円近くにまで売られ、更なる円安が進めば財務省は「ドル売り円買いの介入」に打って出るのではないかと市場関係者はみているようだ。円は日銀でいくらでも「刷れる」わけだが、ドルを売るとは外貨準備という限界があるわけで、果たして日本が海外の投機筋と真正面から対峙してしのぎ切れるのかどうか、まことに心もとない。かつてイギリスがジョージソロスによるポンド売りに対抗できなかったことが思い出される。
黒田日銀は、賃上げが持続可能をインフレ目標に定めていたのか
そんな事よりも、ただでさえ物価が上昇している海外からの輸入品の価格を、円安で国内価格の更なる上昇をもたらす金融緩和政策を撤回することこそが今求められているのではないのか。2%のインフレ目標という政策を打ち出すとき、日本の労働者の賃金水準が持続的に引き上げられることが前提だと黒田総裁をはじめとする日銀関係者は発言していただろうか。30年間近く、日本の労働者の賃金水準は停滞し続けてきたわけで、そのことが日本の内需の拡大を停滞させ、安定した経済成長を阻害してきたことをようやく政府日銀関係者が言い始めたのではなかったか。
新自由主義的な供給サイド重視こそが金融緩和政策の背景だった
その前に考えるべきことは、こうしたゼロ金利を始めとした金融緩和政策は、そのことによる供給サイドを重視する新自由主義的政策に裏打ちされたものだったのであり、金利の低下の下で設備投資が増加するはずだと考えていたのではなかったのか。設備投資は、予想投資利潤率が金利を上回れば起業家はリスクを取って投資するわけで、単に金利がゼロだから設備投資するわけではないのだ。この間の日銀の金融政策をリードしたリフレ派の考え方の誤りにもしっかりと反省すべきだったのではないだろうか。いま世界的な中央銀行をリードしている経済思想はニューケインズ経済学と言われているが、本流であるケインズ経済学とはほとんど無縁になっていると言われている。そうした、経済思想の面からも再検討すべき時に来ていると私はみている。
新自由主義経済政策の行き詰まりが招いた、日本経済の停滞
翻って考えてみたとき、日本で本格的な新自由主義的な経済政策が全面展開されたのは、小泉内閣の下での規制緩和・民営化路線(中曽根内閣の下で国鉄の民営化が始まり)であった。主導したのは経済政策を担当した竹中平蔵氏であり、雇用面での規制緩和による派遣労働者の全面解禁への道を切り開き、不安定な生活を余儀なくされた労働者が増え続け、グローバリゼーションという流れの中で海外への資本投下が進むものの、内需の拡大は進展せずGDPの伸びも停滞したまま今日に至っているわけだ。それでも、企業サイドは経営黒字を確保するようになっても、もっぱら株主や経営者層への利益還元(分配)を重視し続けてきたわけで、労働分配率はバブル崩壊以降低下し続けている。こうした傾向を大きく変えなければ、労働者の賃上げの持続化は進展しない。
今年の春の賃上げは、残念ながら物価上昇率にまで引き上げられなかったわけで、どうやったら定期昇給分を除いて物価上昇率分を上回る賃上げを実現させていけるのか、賃上げ時にインフレ条項の導入など真剣に考えるべき時に来ていると思う。
出来ることから始めるべき、賃金引き上げに向けて最賃の底上げ
残念ながら、日本の労働組合は企業別労働組合が主導しているわけで、企業の動向によって労働組合の行方もほぼ決まるという実にお粗末な実態が主流であることは、これまでも散々述べてきたところである。とりわけグローバル化の進展の下で、海外への資本投下が進んでいることも組合の組織化が及んでいないだけに労働組合の力が低下していく要因ではある。今すぐ、そこから脱皮して産業別の労働者が連帯した戦いを作り上げていくべきだ、という事にはならないことは言うまでもない。考えられるのは、最低賃金の底上げであり、地域包括最賃から産業別最賃、更に新しく全国一律最賃といった底辺の底上げを徐々に進めていくべきではないだろうか。企業の初任給を最賃面から底上げすることで既存の労働者の賃上げを支えていくことが考えられないだろうか。さらに、派遣労働者やギグワーカー、フリーランスといった不安定労働者の賃上げが重要になってくる。是非とも、労働組合側からも自らの賃上げと並んで、低賃金労働者を無くしていく取り組みの重要性を訴えたい。
もちろん、中小企業にとって耐えられない企業が続出することが考えられるわけで、限界企業が淘汰されうることも考え、例えば少し古いものだがスウェーデンのレーン・メードナーモデルの適用ができるような新たな仕組みを制度化していくべきだろう。そこは働く者の職業能力の引き上げが求められるわけで、労使の知恵をくみ上げ、日本での適用を進めていくべき時ではないか。労働力不足が本格的になりつつある今、改革の絶好のチャンスである。