2023年11月27日
独言居士の戯言(第319号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
最先端半導体企業ラピダスの北海道への工場新設をどう考えるか
北海道にとって、国への依存から脱却できる自立経済をどう作り上げていけるのか、長い間の大きな関心事項であり、基幹産業である農林水産業から製造業、更には情報通信がリードするサービス化経済へとどう飛躍していけるのか、大きな課題となっている。もっとも、最近では円安効果もあり、観光業が大きなウエイトを占めるようになってきており、コロナ禍が終焉しただけに今後の期待は大きい。
こうした中で、産業のコメと言われる先端産業を支える半導体の最新鋭製造拠点を千歳市に作る話が進み始めた。この分野の世界的な巨大企業である台湾のTSMCの工場が熊本にできる話は聞いたことがあるが、国産の次世代先端半導体製造企業ラビダスの工場を誘致することが決まり、地元千歳市はもちろん北海道全体としても大いに期待に胸を膨らませているのが現実だろう。というよりも、かつて1990年頃には、半導体シェアが50%にあと一歩という「半導体王国」だった日本が、今や10%を切るまでに凋落しているわけで、ラビダスが予定通りうまく行けば、「半導体王国日本」の再来となることも夢ではないわけで、日本の経済界にとっても大変うれしい出来事になることは確かではある。
ラピダスは経産省主導で最先端半導体2ナノを目指すのだが
北海道新聞が11月22日付1面に、「ラビダス効果最大18.8兆円」『14年間 道内総生産11兆円増』という大きな活字が躍った事に、期待を持った道民も多かったに違いない。この数値は道経連など道内経済団体でつくる「北海道新産業創造機構」という団体が、ラビダスの千歳市進出がもたらす波及効果を試算したものである。既に工場建設は始まっており、9月1日の鍬入れ式にはラビダス関係者や北海道知事はもとより、西村康稔経済産業大臣も列席したことにラビダスなるものの性格が示されている。というのも、こうした先端半導体業界における世界の水準から観て日本企業の存在は極めて低く、台湾のTSMCや韓国のサムソンはデジタル機器の頭脳に当たる「ロジック半導体」のレベルで3ナノというハイレベルの生産にまで到達している。ちなみにナノというのは1メートルの10億分の1で、今の日本企業で作れるのがせいぜい40ナノレベルでしかないのに、ラビダスはいきなり世界で誰も実現できていない2ナノに挑戦するとのことだ。
どうやらこのアイディアは、IBMが日本の経済産業省に持ち込んだ案件のようで、同省はこの機会を逃したら日本の半導体の復権はあり得ないと判断し、最初は東芝を始め日本の企業に話を持ち掛けたものの、この先端半導体の分野で必要となる投資額は100億円単位ではなく1000億円単位と巨額になるだけに、話に乗る企業が出てこなかったようだ。今の日本の企業がリスクを取って設備投資に力を入れなくなっていることの一つの事例なのかもしれない。
ラピダスへの国の支援は1兆円超、大企業8社の出資は73億円
そこで、経産省として国の経済産業政策としてラビダスを設立し、世界の先端半導体のトップを目指すことへ転換。ラビダスに対して、今年の補正予算で3.300億円の補助金を支出し、さらに最大で6773億円の積み増しを計画しているとのことだ。それだけでも1兆円を超す投資額となるわけだ。対照的に、トヨタやNTTといった大企業8社からのラビダスへの出資は合計で73億円と完全に腰が引けている。一説にはラビダスが必要とされる投資額は今後5年間で5兆円と巨額になると見込まれており、経済産業省が強引に設立して進めようとしていることだけは確かだろう。
もちろん、背後には中国を意識した経済安全保障の観点を前面に打ち出し、台湾や韓国の後塵を拝している日本が半導体王国復権を目指して経産省主導でつくり上げようとするものだ。背後には中国との経済競争に打ち勝とうとするアメリカの意図を感じさせてくれる。はたして、この経産省主導の先端半導体企業育成という大事業が成功するのだろうか。
熊本へのTSMC工場新設にも1兆円超の補助金支出、経産省主導
もう一つ、新聞記事に注目したのが朝日新聞の11月21日「(TSMCの衝撃:1)半導体参戦、今しかない 自民党・甘利明氏」である。ラビダスではなく、世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)が熊本に建設中の工場進出に対して、大型の補助金を付けて誘致したことを取り上げている。最初の工場は来年から本格稼働し、さらに第2工場の建設にもより微細化を進めた高性能半導体が生産される予定とのこと。両工場合わせてTSMCに対しても1兆円近い国の補助金が支給されるとのことだ。甘利氏は「半導体を制する者が世界を制する」と安倍元総理や麻生副総裁などと2年前に「半導体戦略推進議員連盟」を立ち上げてきたことを述べている。自民党「商工族」のドンと言われる甘利氏だが、その力の入れようは、半端ではなさそうだ。
経産省主導の情報通信業界再編は、失敗の連続ではなかったか
こうしてラビダスといいTSMCといい、巨大な補助金の支出により先端半導体への投資が経済産業省主導で進められているわけだが、本当に成功するのだろうか。かつて、半導体分野で行き詰まった日本の企業(日立、NEC、三菱電機)が経産省主導で統合させられた「エルピーダメモリ―」の失敗や経産省の外郭団体NEDO主導による次世代半導体の開発計画の失敗など、政府(経産省)主導で何度も計画を持ちあげ、その度に多額の国費が投じられたが成果を上げられることなく失敗してきた歴史がある。その反省もなく、巨額の国の財源を使って投資をして失敗した時、その責任は誰がどのようにとるのであろうか。
租税特別措置による税の減免も本当に効果が上がっていたのか
私自身、議員時代に税制調査会を中心に活動してきた者の一人である。何時も、年末になると各省庁からの税制改革要望をヒアリングしてきたのだが、経済産業省は『租税特別措置』を主導する官庁として各業界・企業からの税制要望を取りまとめて減税要求を進めてきた。いつも、減税による経済的な効果を強調して要求を通そうとしてきたわけだ。1年前のあるシンクタンクの推計では、税制面での減税額が総額で1兆2000億円程度と見込んでいる。本当にその租税特別措置が効果があり、日本の企業や業界が国際的な競争力を発揮することに貢献してきたのだろうか、という疑問を常に持ち続けてきた者の一人である。
若し、それが実現していれば、今のような日本経済の国際社会での落ち込みは生じていなかったのではないだろうか。経産省等からは一貫して「租税特別措置は効果があった」と税調の場で述べてきたが、客観的なデータは殆んど提示されることは無く、業界団体などによる主観的な調査と称するものが大半だったと記憶する。どだい、政府が補助金を付けたり、租税特別措置によって、その産業が強くなったことがあるのだろうか。先進国に追いつくまではありえても、独創性が要求される時代へと転換した後はほとんど効果がなかったと見ていい。
ラピダスが成功できる可能性があるなら民間企業主導になるはず
今回のラビダスについても、それが本当に成果を上げられる(あるいはその可能性が高い)のであれば、大手企業がリスクを取ってでも投資を進めていくはずである。資金は日本経済には潤沢にあるはずであり、資金不足は問題にならない。本来の企業経営者であれば、そうしたチャレンジこそが企業にとって一番必要かつ重要なことであることは言うまでもないだろう。
通産省から経産省へ、安倍第2次政権から首席補佐官を占拠、
岸田政権でも継続へ、その結果を総括すべき
それにしても、経済産業省はバブルが崩壊した1990年以降、補助金や租税特別措置などを駆使して日本の産業を強化すべく努力はしてきたのだろうが、もはや国が成長する産業や企業を育成できることができなくなっているにもかかわらず、橋本龍太郎内閣の下で進められてきた中央省庁改革によって通商産業省から経済産業省へと名称が変わったことを受け、経済政策全般にまで口をさしはさんできた歴史がある。その結果、時の内閣総理大臣補佐官として安倍総理時代の今井尚哉氏、さらに岸田内閣では島田隆氏が就任しているがいずれも経済産業省生え抜きのエリート官僚である。彼らが実質上の経済政策の中心となって差配してきたわけで、その結果が今日の日本経済の低迷をもたらしていることもきちんと見ておく必要があるだろう。アベノミクスを総括する時、背後の経済産業省主導の動きにも十分に検討の素材とすべきだろう。
ラピダスは成功できるだろうか、経営は責任を持った民間で
もう一度、北海道千歳市に2ナノを目指した最先端半導体工場を創り始めたラビダスについて考えてみたい。そもそもIBMから持ち込まれた最先端半導体技術を駆使できる人材が日本にいるのだろうか、さらに、今から5年後に2ナノの最先端半導体が提供できるようになった時、供給過多となって上手く経営をやっていけるのかどうか、などなど難問が待ち受けているに違いない。果たしてそれ等の難問を解決して軌道に乗れるのかどうか、誰も解らない。問題は、そうした結果に対する責任を誰がきちんと負うことができるのか、ということにある。今の国会で審議されている補正予算には、ラビダスやTSMCの熊本進出工場などへの補助金が2兆円近く盛り込まれて動き始めようとしている。国債を発行して政府が先頭に立って先端半導体業界を牽引していくわけだが、補助金支給の際にブレーキ役を果たす制限条項がないのが日本の特徴だとのこと。無責任の極みとならないように祈るばかりである。