2023年12月25日
独言居士の戯言(第322号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
この1年間を振り返って、政権交代ある民主主義にほど遠い現実
2023年もあと1週間足らずで終わろうとしている。この1年間を振り返って、何が一番印象として残ったのかを考えてみた。その前に、毎年日本漢字能力検定協会が主催する一文字の漢字で表す「今年の世相」投票の結果が12月12日に行われ、何と今年の漢字は「税」で、2014年に次いで2回目とのことだ。税の問題に力を入れてきただけに、何故、今、『税なのか』があまりピンと来なかった。2014年は消費税の引き上げがあったわけだが、今年はせいぜいインボイスの導入ということが気になったぐらいだと認識していただけに、『税』を選んだ国民との意識の差に「感度」が落ちているのかと思い軽いショックを覚えたところである。
菅直人元総理インタビュー、朝日新聞11月15日の記事に注目
私が今年一番感じた問題は、自民党に対抗できる政権交代可能な野党勢力が存在しないことであり、そのことに触れた12月15日付朝日新聞の「オピニオン&フォーラム」での菅直人元総理大臣のインタビュー記事であった。「民主党政権の光と影」と題して、三輪さち子記者が今年引退表明した菅元総理に対して、市民運動家としてのスタートや民主党と小沢一郎自由党との政党合併、さらには3.11東日本大震災と東京電力福島原子力発電所事故への対処など、興味深い重要な出来事が含まれ大変貴重なものとなっている。
2010年参議選での消費税の引き上げ発言に対する責任を自覚
そうした中で、私自身が民主党政権時代に財務副大臣として税制問題を担当していただけに、注目したのは菅総理が2010年の参議院選挙中に繰り出した「消費税の10%への引き上げ」問題についてのインタビュー内容であった。先ずは三輪記者と菅氏とのやり取りを引用したい。
「――首相となって間もなく迎えた10年参院選。自身の「消費税10%」発言の影響で、連立与党として過半数割れの惨敗でした。責任はかなり大きい」(三輪)
「十分な議論を経て発言したのではなく、弾みで発言してしまった。ミスというには結果が大きすぎますが、失敗の一つです。あの選挙で負けなければ政権を継続できたかもしれない」「後の首相の野田佳彦さんがしぶとく頑張ったけれども衆院選で民主党は負けた。あれは野田さんの責任ではなく、どちらかというと私の責任です」(菅)
その後自民党が復権して「1強多弱」と言われる今日の事態を招いた一つの重大な出来事と、その自らの責任を指摘しているわけで、私自身当時の税担当の財務副大臣の立場にあっただけに、その責任の一端を感じているものの一人である。どういう経過があったのか、あとで触れてみたいと思う。が、このインタビュー記事の最後に「取材を終えて」欄で、三輪記者は「民主党政権に何が足りなかったのか」という点について、「菅氏からその答えを聞くことができず、見出そうとする姿勢もうかがえなかった。非自民党政権にリアリティーが感じられない理由は、そこにあるのではないか」と述べておられる。
インタビュー記事に対する電子版での識者のコメントに注目
このインタビュー記事の朝日新聞電子版には、2名(実際は三輪記者を入れて3名)の方からコメントが掲載されており、大変興味深いやり取りとなっている。最初に西田亮介東工大リベラルアーツ研究院准教授の「解説」を全文転載したい。
「10年参院選、今と異なり当時は鬼門とされた消費増税に言及したことで過半数割れ。政権の足下が固まらないうちに、民主党政権が政権奪取に繋げた衆参で第1党が異なるねじれ国会に逆戻りしてしまい、法案成立コストが高まり事実上、民主党政権の息が止まった。改めてその経緯を振り返ることができる貴重なインタビュー。同時に、今も野党における消費税の議論は未だに定まらない。たとえば「弾み」以外の要因はなかったか、いまはどのように考えているのか等。もう一つ掘り下げがほしい記事でもある」
非自民党政権にリアリティーを感じない理由、菅氏の発言の曖昧さ
さすがに、「掘り下げ不足」を指摘された三輪記者は翌日の電子版「解説」欄で次のように答えておられる。
本誌では触れていないこととして「権力維持のために政策をあとまわしにするということはないのか」と聞くと、菅氏は「権力維持のために妥協するという発想がない」と述べたとのこと。いろいろやり取りがあったが、菅氏側は「ミス」「うかつだった」と語ってはおられたが、そこに至る答えは聞き出せなかったとのことだ。かくして、三輪記者は「ミスをどう乗り越えるか。権力維持のための『知恵』をどう磨くか。そのことに向き合わなければ、次の政権交代に期待も信頼もできないのではないか」、そういう考えから「非自民党政権にリアリティーが感じられない理由」と書いたのだと解説しておられる。
財務副大臣から見た、菅財務大臣時代に消費税増税に傾いた経過
実は、菅直人氏は政権交代直後には財務大臣ではなく、藤井裕久氏が体調を崩され予算案作成後財務大臣に就任されている。2010年1月の年明け早々に、カナダのイカルイトで開催されたG7の財務大臣会合に出席され、ギリシァの財政危機の話を聞いてこられ、帰国直後に私も呼ばれた場でギリシア以上に財政危機が深刻な日本にとって何とかしなければ大変だ、という問題意識を吐露された。私から、財政赤字を解消していくためには歳出カットと共に増税が必要になるが消費税の増税は政権公約で「やらない」としているので、その他の税で考えるしかないのではないか、と答えたことを記憶する。それに対して菅財務大臣は、「消費税」の引き上げが必要ではないか、と述べておられていたのを今でも記憶する。
自民党が消費税増税を参議選の公約へ、
抱き着き路線の菅財務大臣、税制調査会専門家委員会(神野直彦会長)に諮問へ
その後、通常国会が開催され、自民党の参議選に向けた政策の中で消費税の引き上げ10%が打ち出されたことが判明した直後、菅財務大臣から呼ばれ、「われわれも消費税の引き上げを打ち出すべきだ、自民党が打ち出しているので同じことを言えば争点にはならない」とまで言及され、私は与党と野党では同じ提案でもその重みが全然違ってきますよ、と否定的な態度を表明した。菅財務大臣は、それでも自説を曲げることがなかったので、旧政府税制調査会を廃止した後に設置した『税制調査会専門家委員会』の場で、今後の税制改革の方向性について基幹税である所得税、消費税などの引き上げに向けた提言を出してもらうようにすることで合意し、神野直彦東大教授を会長とする税制専門家委員会を設置し大車輪で4月までに答申案を出していただき、消費税の必要性についても言及することとなった。
財政健全化への正義感・責任感に燃えていた菅総理の増税発言
ただし、消費税の引き上げをやらないと言って総選挙で勝利していただけに、消費税の扱いはくれぐれも慎重に扱うべきことは言うまでもなかったのだ。だが、菅財務大臣には何時かは消費税を増税することによる財政健全化を図らなければならないという「使命感」「正義感」が充満していたことは確かであり、鳩山総理からバトンタッチを受けた直後の参議院選挙での唐突な「消費増税」発言となって民主党に大きな打撃を与えたことは事実である。
小熊英二教授「自民党でないものを志向するだけでは限界」と指摘
こうして菅総理が消費増税発言に至る経過を振り返ってみたとき、何が足りなかったのであろうか。政権交代という点に関していえば、1995年の非自民8頭立ての政権交代は社会党の政権からの離脱であえなく潰えてしまったわけだし、2009年の本格的な政権交代までには一連の政治改革の法案もあり、小選挙区制比例代表並立性の導入という選挙制度の改革の衝撃は大きく左右したことも間違いない。ただ、もう一人のコメントを提起しておられる小熊英二慶応義塾大学教授のコメントには「自民党的でないもの」を志向するだけでは、政権交代までは実現できてもその後がもたない、というのが事の本質ではなかったかと的確に分析されている。と同時に、民主党政権の何が悪かったのかを尋ねる前に、「私たちは政権に何を期待するのか」を考える方が実りがあるように思う、と述べておられる。つまり、「お任せ民主主義からの脱却」を有権者に説いておられるのだ。
政党はどんな政権を作り上げるのか、骨太な政策理念が不可欠では
私は、小熊教授の提起されることに理解はしつつも、主体である政党や政治家の側にとって、どんな政権を作り上げていくのか、という骨太な理念が存在していないことの是正を進める必要があることを強調したい。
今、自民党政権の支持率が低下し、内閣支持率と自民党支持率を合わせても50%を切る危険ライン(元自民党幹事長で参議院のドンと言われた青木幹雄氏の指摘)にまで落ち込んでいるわけで、立憲民主党の泉代表は「政治改革という点での野党共闘の呼びかけ」を打ち出している。今のところ、どういう展開を取るのか定かではないものの、選挙共闘にまで持ち込むことはなかなかむつかしそうである。なによりも、世論調査では野党側に政権交代を求める声は過半数に到達していないで伸び悩んでおり、それをどう国民の間にリアリティーのあるものに転換させていけるのか、これこそが当面する大きな課題ではないだろうか。
格差社会の是正、ジェンダーギャップの解消、地球温暖化対策重視に向けた政党こそ
私自身は、政党として持つべき理念(外交・安全保障は徐く)として、格差社会を解決しうるために所得再分配を軸にした政策とともに、これまで十分に意識されてこなかったジェンダーギャップの解消を政治・経済・社会のあらゆる分野ですすめ、地球環境保全に全力を挙げていくべきだと思い続けている。やや抽象的ではあるが、今回問題として取り上げた「消費税」については所得再分配を進めるために必要な税制にすべく、税収を社会保障目的のために使っていくことを重視すべきである。民主党政権の最後に実現した『税・社会保障一体改革』で実現できたように「負担と給付を合わせて考えていくべき」ことを主張したい。
もちろん、所得税に関してもその累進性を生かしていくために金融所得も含めた課税ベースを拡大していくことなど、改革すべきであるが、最高税率をいくら高くしても税収自体はそれほど多くならない。それよりも今後注目すべき税制としては、相続税を重視していくことではないだろうか。これから人口が減少していく社会で残されていく遺産に着目し、社会保障の充実による遺産の増加という視点を重視し、その遺産の一定部分を社会保障財源として活用していく目的税を考えていくべきだろう。
同じ過ちを繰り返してはならない、過去の事例から学ぶべきだ
少し、筋道を外れてしまったが、菅直人氏のインタビュー記事は、今年1年を振り返った時、今の野党にとって何が一番求められているのかを示してくれたインタビューではなかったかと思えてならない。こういう過去の事例を振り返ることなく、ただ全体としてまとまればいいのだ、という提案なども耳にするわけだが、また同じ誤りを犯してしまうのではないかと思えてならない。
政治とカネの問題について議員の時代から思い続けていることの一つに、政党のシンクタンク機能の強化という点がある。政党助成法で提供されている財源の使途として「政策機能の重視」を積極的に進め、専門家の英知を結集してフィージビリティ―のある政策作りを進めていくべきではないだろうか。それこそが政権交代のリアリティーを国民が感ずる一つの要因になると思うわけで、今後とも是非とも重視して欲しい課題の一つである。