2024年12月9日
独言居士の戯言(第368号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
「失われた40年」という冷酷な現実、門間一夫氏の問題提起
外資系メディアである「ロイター通信」電子版コラム(12月3日付)「円安が暗示する『失われた40年』」という表題で、門間一夫みずほリサーチ&テクノロジーズエグゼクティブエコノミストが寄稿されている。実に興味深い視点を提起されており、是非ともわれわれ日本人として今直面している現実を考えなければならないと思い紹介していきたい。
「失われた30年」という言葉はよく聞いたことがあるが、「失われた40年」は初めてであり、それ自体かなりショッキングな事ではある。こうした言葉は、1990年頃のバブル崩壊以降、日本経済低迷が続いていることに対する経済の専門家たちがつけた言葉で、端的に言えばデフレからの脱却に苦しみ、デフレ脱却以降もGDPの伸びが1%にも満たない低レベルに推移し続けてきたことを表現している。門間氏は、当時のGDP伸び率の数値を提示される。2019年の実質GDPを100とすると、今年7~9月期のそれは101でほとんど変化しておらず、この約5年間の平均成長率はわずか0.2%という低水準でしかない。この低レベルの下でありながら、人手不足は深刻化し賃金や物価が上がり始めたわけで、潜在成長率は政府や日銀の想定している0.5~0.6%より低く、マイナスになっているかもしれないと観ておられる。という事は、1990年を起点とすれば2024年は34年目にあたっており、失われた30年どころか「失われた40年」に向かって一段とレベルダウンし続けているとの見立てを示しておられるのだ。
日本の株価「失われた20年」で終え、企業業績向上し今や急上昇
生産年齢人口が減少し、資本の伸びもかつてのような設備投資には勢いがなく、全要素生産性の中核をなすイノベーションもあまり進展していない中で、日本経済の成長する力が落ち込んでいることは、ある意味では仕方がないことだと私自身は思い続けてきた。むしろ、生産年齢人口一人当たりに換算すると、日本はアメリカやEU諸国とそん色ないレベルで推移しているわけで、グロスの日本経済の成長率低下にはそれほど悲観しているとは思っていなかった。根源には、人口減少の急速な進展があるわけで、それをどうするのかが大問題だと思っていた。
一方で門間氏は、「着実に強まる日本企業の稼ぐ力」という事実を指摘される。それは、日本の株式市場を構成する主要企業の価値の増大である。それは、株価の上昇となって、日夜報じられている通りである。バブルが崩壊した直後の株価は1万円の大台を割り込み、2010年でさえ9000円台でしかなかったが、2019年には2万2000円に到達、最新の株価はその1.7倍で3万5000円を超え、2010年の水準からは4倍近いところまで上昇している事実を指摘される。
日本経済の停滞と日本の上場企業群の利益拡大というギャップ
かくして、日本経済の「失われた40年」という厳しい現実とは裏腹に、日本を代表する企業群は「失われた20年」でストップを打ち、日本のGDPとは異なった上昇軌道を描いて今日に至っている現実を指摘される。普段は何気なく聞いている「株式相場」だが、こうした事実を知れば、同じ日本経済を構成しているのに、有力企業部門と日本経済全体とのギャップの大きさに唖然とさせられる。
アベノミクス「第3の矢、経済構造改革」は進展していたとは!!
門間氏は、日本を代表する企業部門は過去20年近く「海外展開を強化し、日本経済が成長しなくても利益の成長ができる体質に変わった」わけで、アベノミクスの「第3の矢である」構造的な改革が進展したのだと指摘される。その証拠として、「スチュワードシップ・コード」(機関投資家の行動指針)や「コーポレートガバナンス・コード」(企業統治指針)が設定され、かつてのような株式持ち合い構造がなくなる中、企業をいかにして悪質なM&Aから防いでいけるのか、グローバル化した経済競争環境の下、日夜内外の株式所有者からの眼を意識し、緊張しながら企業経営を進めていく必要性が出ていることも指摘されている。
日頃、株式所有から無縁な小生などにとって、初めて知る資本市場改革の現実をまざまざと知ることができたわけで、こうした日本を代表する企業群とそれ以外の大部分の中小企業や日本の生活者が直面する現実との落差に驚かされる。それが、株価の4倍近い上昇とGDP成長率の停滞となって我々の眼前に現出しているわけだ。
日本経済をどうしたら良いのか、ハンディを乗り越える「振り切れた成長戦略」と「人材立国」
では、日本企業と日本経済の「二つの日本」が共に成長していくためには何が必要なのか。門間氏は次のように問題提起される。
「国内での投資や賃上げが株主リターンを高める近道になる、と企業が思えるようなビジネス環境を、経済政策によって日本国内に作るしかない」
日本にとっては、人口減少・高齢化という不利な条件がある中で、そのハンディを跳ね返すような「振り切れた成長戦略」がないと、改革マインドに溢れた企業の力が国内では生かせられない、と指摘され、台湾のTSMC(台湾積体電路製造)の熊本誘致による経済効果を指摘され、中途半端ではない思い切った産業政策の展開や、教育レベルの向上に向けた「人材立国」への展開(海外からの優秀な人材を吸引できる場づくりも)の重要性にも触れておられる。
果して、政府による政策がどの程度機能することができるのか、あまり期待できないものという「固定観念」にとらわれていたのだが、ここまで落ち込み始めた以上、努力していくことに期待する以外にはないのが現実なのだろう。
「円安」とは、日本経済の弱体化の「シンボル」だったのでは
今まで、なんとなく「円安」になる日本を見ていて、「円安」は国内物価の上昇をもたらしてはいるものの、輸出企業には有利に働いているので、そうした企業側の利益に沿った国の政策ではないか、と一面的に理解していた。実は「失われた30年」から「失われた40年」に向けて、転がり始めた日本経済全体の実力が弱体化しつつある「シンボル」となっていたことを知ることができた。
日銀の金融政策決定会合、金利差だけで円安防止は不可能では
今月中には日銀の金融政策決定会合が開催される。そこで植田総裁は金利の引き上げに踏み切るのではないか、と経済関係の専門家たちは予想をしておられる。日米の金利差によってドルと円の価格が決まる側面に焦点を当てておられるのだが、日本経済の総合的な力量の低下こそが「円安」トレンドの背景にあることを忘れることはできない。今のまま進めば、円安の一層の進展によって輸入物価の上昇=インフレの定常化となって国民生活に打撃を与えることは必至なのであり、どう経済的な再建策を打ち出していけるのか、難問ではあるが日銀にだけ「円安」対応を任せることなく、当たり前のことなのだろうが政府も含めて国民すべての英知を絞り出していく必要がありそうだ。