
2025年2月10日
独言居士の戯言(第373号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
石破首相訪米、初の日米首脳会談、まずまずの成果に一安心だが
石破首相が7日、アメリカトランプ大統領との初の日米首脳会談に臨んだ。これまでトランプ氏が、メキシコやカナダ更には中国を対象に関税を引き上げる動きが進む中での訪米であり、時期的に適切なものであるのかどうか、与党内からも国会開会中の忙しい時期に、わざわざ出向くことの是非が問題視されていたようだ。まだその会談の結果の詳細は不明ではあるが、共同記者会見の模様などを見る限り、両首脳間のケミストリーは当初予想されていた者とは違って、それ程「対立」するものではなく、比較的(否、予想以上に)うまく会談が進んだようにみえる。
トランプ政権、対中国戦略にとって日本の価値の大きさに注目か
日米安保の適用問題など、建運事項についてはおおむね相互理解に達したようで、懸案であった日本製鉄のUSスティール賠償問題について「所有ではなく投資」としての認識で一致したとの報道があるが、それを受けてどう進展させていけるのか、依然として不明な部分は残る。こうした予想以上に上手く進展した背景には、トランプ氏が中国を意識した世界戦略を考えるうえで、日本の持つ戦略的重要性を強く意識したこともあるのではないだろうか。
貿易赤字削減に向け、対日関税引上げや防衛費増は諦めていない
最大の懸念材料であったのはトランプ政権側が、「アメリカ第一主義」をどう日本に対して適用してくるのか、依然として予断を許さない面が残る。今回の訪米ではまだ日本への関税化までの踏み込みは見えなかったが、日米間の貿易赤字額から見ると中国やメキシコ、カナダに続いてEUが大きいようで、その次あたりに日本が対象になるのではないかと見られている。今回の石破訪米でも貿易赤字がある限り、日本に対する関税引き上げを進める考え方に変わりはないと明言している。甘い期待は持つべきではなかろう、なにせ相手は手強い「ディール」屋なのだ。
国際的ルール放棄、わがままなトランプへの石破外交の戦略は
それにしてもトランプ氏の関税を使っての交渉のやり方は、1期目とは異なりかなり用意周到に準備されているようで、世界各国のリーダーたちには戦々恐々とした気分をもたらしているようだ。明らかに「自由貿易」路線からの逸脱が進んでいるわけで、今回の日米首脳会談での論議の詳細が気になるところではある。日本にとって自由貿易こそが「国是」ともいうべき重要な原則であることは間違いないわけで、石破首相としても言うべきことはきちんと言わなければならない点だろう。
さらに中東のイスラエルとガザの戦闘問題では、「ガザをアメリカが所有する」といった国際法に反する「とんでもない暴言」すら打ち出すなど、傍若無人な振る舞いが目につく。ただでさえグローバルサウスの国々におけるアメリカの信頼は落ち込んでおり、中国やロシアとの結びつきを強めている国々が増え始めているだけに、国際社会でのアメリカの存在感の低下が懸念される今日この頃ではある。日米同盟を基軸としてきた日本だが、これから進むであろうEUとの協議などでの身勝手なアメリカの行動をどう是正していくべきなのか、EU各国などとしっかりとした対応が求められているのだと思う。石破外交の在り方が本格的に試され始めているようだ。
25春闘の始まり、賃上げと好景気の好循環になっているのか?
さて、これから3月に向けて「春闘」が始まる。既に鉄鋼関係大手企業労働組合は15.000円の賃上げを要求するなど、昨年以上の賃上げが実現するかどうかに焦点が当たっているようだ。過去2年間、率にして定昇込みで約5%の賃上げとなったわけだが、背景には物価上昇と人手不足があるという指摘がなされることが多い。特に日銀は、昨年の春闘結果について賃金と物価の好循環が始まったのではないか、という指摘をしている。
門間一夫氏のコラム「人手不足なのになぜ実質賃金が上がらないのか」は興味深い問題提起だ
この点、日銀OBであるエコノミスト門間一夫氏は、1月21日発信の「経済深読み」という定期コラム欄で、『人手不足なのになぜ実質賃金が上がらないのか』と題して春闘における賃金と経済成長の関係について問題提起をされている。確かに物価上昇は賃上げに大きく影響していることは確かではあるが、人手不足を反映できているかどうか、疑問だと問題提起される。というのも、もし人手不足まで影響しているのであれば、賃上げ率は物価上昇率を上回り実質賃金が確実に引き上げられなければならないはずだが、現実には過去3年間は実質賃金の引き上げにまで至っていないことを指摘される。物価と賃上げの好循環になっているのかどうか、単に賃上げ分を価格に上乗せしているのであればそれは好循環とは言えないわけで、やはり賃上げが好循環になるためには「成長=付加価値の向上」しなければならないことを強調されている。
経済成長実現のために必要な「4つの制約」を突破できるのか
そう考えると、成長を実現するためには次の4つの制約を突破する必要があることを指摘、
①人手不足でも賃金が上がりにくい制度上の制約(保育・看護・介護・公共交通の運転手など)
②個人のステッブアップに必要な再教育にかかる費用や時間
③(特に余り気味の人々に対する)人的投資への企業側の熱意の不足
④その背景にあるとみられる国内成長期待の弱さなど
これらの課題をクリアーすることの困難さを考えるとき、安易に「賃金と物価の好循環」という表面的な観察で喜んでいる場合ではない、とも論難されている。
賃金を上げるには「労使の力関係」がモノをいうのではないのか
私など、昔の賃金論では「労使の力関係」を持ち出し、今のように労使の円満な話し合いだけで決めている限り、なかなか思うような賃上げは実現しないのではないかと思ったりする。やはり、労使の力関係が大きく作用しているのではないかと思えてならない。労使の力関係とは、産業民主主義ともいわれていたことも思い出させるが、より直截的な言い方をすればストライキをかけて戦いとるものなのだろう。でも、今ではストライキは「死語」になっているし、企業別労働組合という労働者の「連帯」に欠けた構造的存在は、一体どんな役割を果たしているのだろうかと思うばかりである。
