2017年12月25日
独言居士の戯言(第26号)
元参議院議員 峰崎 直樹
2017年も残り1週間、今年は色々と思いだす事の多い年だった。今年最後の通信だけに、1年間の政治・経済を中心に振り返ってみたい。
「森友・加計問題」による安倍総理への国民の不信感は増大へ
今年の流行語大賞には、「忖度」という言葉が選ばれた。安倍総理や明恵夫人が絡んだと思われる森友学園や加計学園の土地売却や獣医学部の新設問題であり、直接的な指示はなかったかもしれないが、関係者周りの与党政治家や官僚の側が勝手に「忖度」したのではないか、と言われている。
この「森友・加計」問題は、国会での野党側からの執拗な追求や、マスコミの連続した報道もあり、安倍総理に対する支持率の低下に結び付いたことは間違いない。解散・総選挙においても、安倍総理の応援を遠慮したいと内心では思った候補者が多くいたようだ。解散・総選挙における与党自民党に対する有権者の熱気は感ぜられなかった、と小泉進次郎議員が語っていたことに象徴される。
それでも、総選挙は自民党・公明党で300議席を超える勝利をもたらしたのは、ひとえに低投票率(53%で史上2位の低さ)と硬い保守層・学会員票に支えられ、対抗すべき民進党の分解と希望の党の自滅によって、多くの選挙区で野党候補がバラバラになるなど、野党側のエラーによって辛うじて救われたと言ってよいだろう。まさに、「勝ちに不思議な勝ちは有れど、負けに不思議な負けは無し」という野村克也氏の名言があるが、今回の自民党の勝利は「不思議な勝ち」だったのだ。
国民の政治意識は「3(保守)対5(中間)対2(リベラル)」、投票率が低ければ自民・公明政権は安泰へ
ただ、今の日本の国民の政治意識について、「3対5対2」という数字が出される事がある。どんな選挙でも自民党を中心にした固い保守層が3割、保守に対抗する「リベラル」層が2割、残りが中間層で、50%そこそこの低投票率であれば自民党は負けないというものである。確かにそういえるのかもしれないが、小選挙区比例代表並立制という選挙制度の下でこそ、それが現実化することになる。だが小選挙区での自民・公明候補に対して、野党側の統一候補が実現できれば結果は大きく転換できる可能性はあるわけで、その野党側の統一が困難である限り政権交代は「夢」でしかない。
民主党政権時代のマイナス効果、若者の新党への信頼は低い
特に、2009年から12年にかけての民主党政権時代の、余りにもお粗末な政権運営に対する有権者の厳しい見方は依然として継続しており、とりわけ若い世代の有権者に於いては、「新党」に対する拒否感は相当根深いものがある。民進党から分裂していった「立憲民主党」「希望の党」と、参議院や衆議院の無所属当選者が残る「民進党」のこれからの行く末は、余り希望に満ちた物とは程遠く前途多難である。選挙制度が小選挙区比例代表並立制のままである限り、野党側の結集がどういう形で実現できるのか、来年は全国的な選挙が無さそうなだけに、こうした野党側の動きには注目して行きたい。
内閣人事局による官邸の高級官僚人事の差配、「忖度」の背景
もう一つ、官僚の側の「忖度」についてである。森友学園の土地売却の問題における財務官僚の発言の問題は、先の特別国会でのやり取りに明らかであり、直接の指示がなかったとしたら、やはり「忖度」であったと思われても仕方がない。加計学園の問題についても同様であり、「今年1月20日まで、加計学園が獣医学部新設を申請し続けていたことを知らなかった」と国会で答弁した安倍総理の発言をそのまま信用する人は殆どいないだろう。問題は、各省庁の側の幹部官僚が、「忖度」せざるを得なくなるような状況に追い込まれている事だろう。
2014年、官邸内に内閣人事局が設置され、次官、局長、審議官クラスの約600名の人事について、官邸を中心にした政治家がコントロールできることになり、政権側に異論を差し挟むことができなくなりつつあることを見逃すことはできない。現に、私的な場での発言が原因となった報復的な人事が実施され、霞が関の官僚の生態が大きく転換し始めている。本来「政治的中立」であるべき官僚が、内閣官房長官を中心にした政治家によって人事が歪められていけば、日本の行政は「迷走」していく事は明らかである。これからも続く官僚人事への政治的な介入の強化は、「忖度せざるを得ない人材が多数輩出するわけで、日本の劣化に拍車をかけ続けるに違いない。由々しき事態である。
ラッキー続きだった安倍政権の経済政策、放漫な財政金融依存へ
政治から、経済へと目を転じてみたい。
アベノミクスと称する、何だか怪しい経済政策がスタートして5年が経過しようとしている。毛利元就にちなんだのか、「三本の矢」として「①デフレ脱却を目指した超金融緩和②機動的な財政政策③規制緩和を中心にした構造改革」を打ち出した。要するに、金融・財政を最大限活用した放漫な経済政策を背景に、イノベーションを起すべく規制緩和路線を進めてきたものだ。
とくに、世界経済がEU傘下のギリシア問題が一定の解決方向となり、リーマンショックの傷跡から回復基調になり始め、「円高から円安へ」と転換し始めた中でのスタートとなる僥倖にめぐり合わせたわけだ。結果として、円安の動きが強まり、黒田日銀総裁の進めた異次元の金融緩和もあって、輸出による企業業績の好転、株価の上昇による景気回復ムードも高まり、一時的には物価上昇率の回復も見られたものの長続きせず、目標であった2%の物価上昇には届かないまま今日に至っている。
日銀の異次元の金融緩和は迷走続き、財政ファイナンスに堕す
とりわけ、異次元金融緩和は「戦力の逐次投入はしない」と明言していた黒田総裁だったが、2015年には国債買い入れ額だけでなくETF,REITの買い入れ額増、さらに2016年1月マイナス金利の導入、9月には短期金利はマイナス10年物の長期金利をゼロとするイールドカーブ・コントロール政策へと転換し、今日に至っている。それでも、目標とする2%の物価上昇には程遠く、人々のインフレマインドへの転換は出来なかったと言えよう。
財政規律の弛緩、景気が良いのに財政赤字に頬かむりの予算へ
こうした金融緩和政策が齎した問題は、実に深刻である。一つは、大量の国債を購入したことによる、財政規律の弛緩であり、国と地方を合わせた国債発行残高は1,000兆円を軽く突破し、実にGDPの2倍を超える異次元の世界に突入している。来年度予算においても、国の一般会計総額97,7兆円の予算のうち、新規発行の国債額は33,7兆円、歳出としての国債費は23,3兆円で、プライマリ赤字は10兆円を超えており、赤字は累積し続けている。政府が公約として掲げてきた2020年度までにプライマリーバランスを黒字にする目標は放棄され、消費税の引き上げは2度にわたって延期され、今年の総選挙では教育費への用途変更すら打ち出され、財政規律は全く考慮されないままである。
これだけの財政赤字を累積させていながら金利が上昇していないのは、日本の抱える個人貯蓄が1000兆円以上の黒字に加え、本来設備投資に自己資本だけでなく借金をしてでも投入するべき民間企業部門が、何と黒字部門になっており、政府部門での累積した1100兆円を超す赤字額を十分に賄えるマクロバランスの中にあることは確かである。それだけに、まだまだ財政危機が直ちに発現するには至っていないものの、GDPの2倍を超える財政赤字が、景気が絶好調と言われる今日になっても増え続けていることは異常でしかない。
累積した財政赤字のツケ、インフレ・タックスによる将来世代へ
この財政赤字は、いつかはどこかで清算させられるわけであり、日銀が買い支えて塩漬けしたからと言って、無くなるわけではない。こつこつと国民負担を通じて返済し続けて行くか、それとも第二次世界大戦後の日本で起きたハイパーインフレによるインフレ・タックスで解消していくのか、とにもかくにも未来世代へとツケを増やし続けているのだ。本当に、こうした無責任な政治を変えて行く必要がさし迫っているのだ。世界経済が、再び落ち込んできた時、日本の経済にどんな悪影響が出てくるのか、予断を許さない。
異次元金融緩和の弊害は、金融機関の収益の悪化問題だ
実は異次元の金融緩和には、もう一つの大きな問題を指摘する声が強くなってきた。それは、金融機関の経営に与える影響である。黒田日銀総裁が、今年11月スイスのチューリッヒ大学で講演した際に触れた「リバーサル・レート」問題である。黒田氏は、21日に実施された今年最後の金融政策決定会合直後の記者会見で、「リバーサル・レート」という用語を使って金融仲介機能に言及した背景について質問され、次のように答えている。
「リバーサル・レートは金利が下がりすぎると金融仲介機能が阻害され、緩和効果が反転する可能性があるという学術的な分析だ。日本の金融機関は現在、充実した資本基盤を備え、信用コストも大幅に低下しているため、金融仲介機能に問題が生じているということはない」(日本経済新聞の要約より)
引き続いて、地域金融機関の収益が悪化している事や、公正取引委員会が地銀の統合を巡って、都道府県内での市場占有率が高すぎれば問題だと指摘したことについて、
「地域金融機関のビジネスを、必ず県単位で見て行かなければならないとも思わない。適切な経営統合を進めるのは、地域の金融サービスが改善するなら好ましいことだ」
このように応えているのだが、明らかに地域の金融機関の経営は悪化しており、その背景には金利による収益がほとんど見込めなくなっていることが挙げられる。メガバンクですら、大規模なリストラを強いられており、体力の落ちる地域金融機関は、もっと厳しい経営状況にある。ハイリスクを求めて、金融機関が暴走する危険性も十分あり得るのだ。
再び金融危機が齎す日本経済の危機、「出口戦略」論議の年へ
こうした金融機関の経営危機が日本経済に与える悪影響は、相当厳しいものになると言われており、日銀の金融政策のもたらしている弊害を無くすためにも、金融政策の正常化こそが切実に求められている。いま日本経済は、いざなみ景気を超える戦後二番目に長い好況の下にあると言われる。そうした好況は長続きをすることは無く、やがて不況に突入するわけで、不況下での金融機関の経営危機が深刻化すれば、日本経済の被る被害は深刻化する。あまりにも行き過ぎた金融緩和策からの「出口戦略」を、来年には議論をしていくべき時に来ている。
日本経済が抱える財政・金融と言ったマクロ経済政策の大転換を進める事こそ、今、一番喫緊の課題であろう。また引き続き、来年の動きをしっかりとウオッチしていきたいと思う。