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労福協 活動レポート

2018年5月7日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第45号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

大型連休も終わったが、政局はどんな動きを展開するのだろうか

大型連休も終わり、今日から再び人々の動きが始まる。地元に帰郷していた多くの衆参国会議員は、どのように有権者との対話を繰り広げていたのだろうか。世論調査を見る限り、安倍政権に対する国民の不信は、なかなか解消されるには至っていないようだ。国会の方は、柳瀬元首相秘書官の国会での喚問を契機に野党側も国会審議に復帰するようだ。今日7日は、民進党が希望の党と合流し新たに「国民民主党」を立ち上げるようだが、それぞれ全員が一致しての参加ではなく、再び小さくなって飛散するグルーブもいるようで、なんともやりきれない野党の実態ではある。

気になる朝鮮半島情勢の行方、アメリカは世界の警察官を辞める一環なのか

やはり、何と言っても当面の国際社会の焦点は北朝鮮を巡る動きであり、6月初旬までには実施されるだろう米朝トップの会談の行方である。5月22日に米韓の首脳会談がホワイトハウスで開催されることになったので、米朝首脳会談はその後になることは間違いない。つい最近トランプ大統領は、日程も開催場所も決まったかのような発言を表明し、予想として板門店が挙げられていたが、本当にそうなるのだろうか。そのこと以上に、今後アメリカが求める核兵器の完全かつ不可逆的な廃止という課題に向けて、きちんとした合意が取り付けられるのかどうか、という事だろう。恐らく、その合意に向けての話し合いは、時間がかかるものと思われる。

詳しい水面下の動きも気になるところだが、一番の問題は、オバマ大統領時代にも顕著になっていた事なのだが、アメリカは既に「世界の警察官」としての役割を実行できなくなりつつあることである。急激に台頭する経済大国から軍事大国へと変貌した中国や、核保有大国でもあるロシア等との役割分担に乗り出しつつあるのではないか、という話がネット情報で飛び交い始めている。つまり、米ソの冷戦の終焉がアメリカ一国の世界支配の完成ではなく、アメリカ一国の覇権時代から米中ロ、さらにはEUも加わった超大国の新しい国際秩序に向けての胎動が始まっているのではないか、という事である。そのことは、外交・安全保障だけでなく、経済の面でも「アメリカファースト」として、「保護主義」を前面に出し始めているし、ドル以外の通貨の世界でも元やユーロのウエイトが徐々に高まりつつある。今回の南北の合意について、裏では中国と話し合い、朝鮮半島はアメリカに替わって中国が関与する事で合意しているのではないか、と予測する向きもある。

70年代末、自民党大転換の問題提起を思い出す、
激動の時代に再びグランドデザインを政党は目指すべきでは

そのような新しい国際社会の動きについて、日本の安倍政権は追いついていけないのではないか、と思えてならない。かつての自由民主党は、1970年代後半に「総合安全保障戦略」「環太平洋経済圏」「田園都市構想」「日本型福祉社会」といつた将来像を、佐藤誠三郎氏や村上泰亮といった保守陣営の論客を取り込み、日本の保守政治の将来像を作り上げてきた歴史を思い起こす。高度成長を経て70年代になれば、豊かになった労働者が失うものを持ち始め、政治意識の中に「新中間大衆」という層が形成されたと分析した。

これに対し、かつての社会党を中心にした左翼(革新)陣営は労資の階級対立による労働者階級意識の高揚=社会主義への道、といつた時代認識が跋扈し、知的ヘゲモニーにおいても明らかに保守陣営に後れを取っていた。まだ、日本社会党が「日本における社会主義への道」というマルクス主義を色濃く纏った綱領的文書に拘泥していた時代であり、公明党や民社党との野党共闘すら上手く展開できなくなって時代でもあった。その社会党が、「道」から「新宣言」を打ち出したのが、1986年であった。西ドイツ社民党がマルクス主義から転換したのが1959年のバードゴーデスベルク綱領の採択だったわけで、実に30年近い「遅すぎた転換」だった。

ちょっと横道にそれてしまったが、今の時代は、それに匹敵する「時代の転換期」であり、内外の激動する時代の「メガトレンド」(ちょっとダサい感じがしないでもない言葉だが)を見極め、それにどのように対応していくべきなのか、グランドデザインが求められている。それは、何も自由民主党だけではない。立憲民主党や7日にも結党大会を迎える国民民主党等、バラバラになっている野党側こそ必要になっているように思えてならない。来年の統一自治体選挙、そして何よりも参議院議員選挙に向けた準備が繰り広げられていくのだろうが、民主党政権の大失政以降、混乱の続く野党側の体たらくこそが安倍政権の存続を招く一因である。それゆえ、短期的な視野だけでなく中長期的な視点をしっかりとさせて、本当に強力な対抗政党を作り上げて欲しいものだ。時代は、まさに待ったなしの状況なのだ。

連休中に偶然見つけた一冊、
『90年代と社会民主主義』(’90年2月刊『経済評論増刊』号 日本評論社刊)について

既に国際的な動きから、国内の政治の方に話を移しているし、話が半世紀近い60年代から70年代という、かなり古めかしい歴史的な問題にまで言及してしまった。というのも、連休中書棚の整理をしていたら色々と過去の時代の図書・資料が出てきて、思わず読み返してみた。その一冊に『90年代と社会民主主義』(『経済評論増刊』1990年2月20日刊)を見つけ、早速読んでみた。少し茶褐色に変質し始めたページだったが、内容にはいろいろと感じることの多い興味深いものだった。丁度1989年、国際的には天安門事件やベルリンの壁の崩壊があり、国内的には消費税導入直後の参議院選挙で日本社会党が大勝し、翌2月の総選挙でも大きく躍進した前後に出版されたものである。

土井たか子委員長、「高らかに社会民主主義の時代」を謳っているのだが

冒頭には土井たか子社会党委員長が「私たちがめざす社会民主主義とは」という文章が掲載されていて、「世界は社会民主主義が主流となった」「社会民主主義の政策は21世紀をリードする」と声高らかに宣言し、日本社会党は「道」から「新宣言」へと転換し、「階級政党から国民政党へ」「民主主義を高度に発展させる」「市場経済を基礎にした経済運営」「労働、文化、女性の地位など広範な分野の社会の在り方の改革」「たえざる改革の過程こそが社会民主主義」を訴えている。その上で、日本社会党のめざす改革は、第一に経済の改革、第二に地球環境を守る、第三に平和の維持、第四に新しい政治改革、を提起している。

長々と引用したのは、そこには抽象的な「社会保障」という言葉は出て来るものの、「社会民主主義」といえば当然社会保障の具体的な中身について、その充実・強化を中心に据えるはずである。ところが、そうした具体的な内容は殆ど出てきていない。もちろん社会保障に言及すれば財源が問題になるわけで、国民の負担である税・社会保険料の引き上げによる所得再分配政策の充実=大きい政府にならざるを得ないのだが、消費税の創設に反対してきた直後であるだけでなく、理念的にもしっかりと受け止められていないのだ。
何故、今日問題になっている格差や貧困を解決すべき問題として社会保障が前面に出ていないのか

この『増刊』号には、当時の錚々たる学者やマスコミ関係者、さらには政治家や実践家などが登場して社会民主主義の歴史や課題などについて触れておられるのだが、21世紀の今、われわれが直面している深刻な問題とは縁遠いことに驚くばかりである。最近『新・日本の階級社会』(講談社現代新書)でベストセラーになっている橋本健二早稲田大学教授が、5月4日「現代の理論」(電子版の不定期雑誌)で以下のように訴えている事に、社会民主主義とかリベラルと自負する政党には、きちんと答える必要があると思う。

「事態はすでに、手遅れに近づいている。アンダークラスの拡大に歯止めをかけ、すべての労働者に安定した雇用を、やむなく職を失った場合でも不安にさらされることのない社会保障を準備する事は、現代日本の当面する最大の政治課題である。一刻の猶予も許されない」

そうなのだと思う。すでに手遅れに近づいてきつつある社会保障を解決できる政治勢力が残念ながら十分に育ってこなかった事に、自分の生きてきた歴史とも重なってくるだけに、何ともやるせない気持ちになってしまう。

家族(主として女性)や企業に依存した「日本型福祉社会」からの脱却、今でも十分に転換できていない現実

ここで考えたいのは、なぜ日本では社会民主主義が十分に育たなかったのだろうか。一つには、日本の社会民主主義思想がマルクス主義を十分に凌駕するだけの拡がりと強靭さに欠けていたことであり、二つ目には、その背景として日本の雇用を考える時、戦後の高度成長時代には重化学工業大企業中心に、男子・本工労働者・専業主婦といった「安定した雇用・生活環境」が存在してきたことが無視できないのだと思う。大企業は、労働者を学卒一括採用で企業内でのOJTで終身雇用・年功序列賃金制度を採用し、社(住)宅や家族手当など企業内福利厚生制度も充実させ、主として女性が結婚・退職後家庭の子育て・老親の介護にあたることでいわゆる「日本型福祉社会」が厳然として存在した事だと思う。政府は、そうした現実の下で社会保障政策や税制を通じて補完的な役割を演じていればよく、高度成長による税収増を減税で以て国民に戻していくことが中心になり、景気対策として遅れていた公共事業による雇用の拡大も展開されてきたことは人口に膾炙している。

そうした時代の下で、本格的な福祉国家をつくりあげて行こうという要求が強く出始めるのは、高齢社会がひたひたと押し寄せ、出生率の低下という少子化が「静かなる有事」と認識され始め、小泉・安倍第一次政権から福田政権の時代に「社会保障国民会議」へと、自民党の内部での「上げ潮派」から「社会保障重視派」へ政策が転換する中で出てきたように思う。少なくとも、総評から連合へとナショナルセンターが大きく転換しても、労働界から社会保障の転換を目指した動きはそれほど強いものではなかった。少なくとも、私自身が本格的に社会保障問題を勉強し始めたのが、その時だったからかもしれない。

それにしても、既に成長の時代が「成熟の時代」へと転換し始めており、少なくとも1980年代「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われる時代に転換できていればと思うのだが、それは「ない物ねだり」なのかもしれない。

ゴールデンウイークのひと時、そんな歴史を思い出していたが、私の思い過ごしもあるのかもしれない。


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