2018年10月29日
独言居士の戯言(第68号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
租税法の権威、金子宏東大名誉教授に文化勲章受章決まる
秋の叙勲者の発表が始まっている。その中で、文化勲章の授章者が26日公表され、租税法の権威である金子宏東大名誉教授の名前があることを知り、私自身心の底から嬉しく思った。マスコミ各紙が報道したように、金子先生は課税要件の理論的解明という課題に初めて取り組まれ、数多くの業績を残された碩学であり、税制に関与している者なら、誰もがその存在を知らない者がいない。それだけ、高く評価される文字通り租税法の第一人者である。
すでに、2012年に文化功労章を受章されているが、租税論の分野で文化勲章を受章されたのは、おそらく初めての事ではないかと思う。87歳というご高齢ではあるが、今から5~6年前、文京区の早稲田界隈にお住まいがあり、私自身が内閣官房参与時代に住んでいた早稲田公務員宿舎の近くで、散歩されていた金子先生とばったりお会いし、実に矍鑠としておられたことを思い出す。
金子先生の提唱された「国際人道(連帯)税」、世界に広がりつつある
じつは、金子先生の業績で忘れることができないのが「国際連帯税」である。1998年『税研』9月号で「国際人道税(国際連帯税)の提案」という短いエッセイを寄稿されたのが始まりである。このエッセイは、同じ年にハーバード・ロー・スクールのオリバー・オルドマン教授の強い勧めで、アメリカのタックス・ノーツ・インターナショナル誌に英文でも発表されている。この「国際人道税」の提案は、提案者の日本ではなく、フランスで「国際航空券税(国際連帯税と通称されている)」として2006年導入され、現在ではお隣の韓国も含め世界の10数か国で国際航空券税が導入済みである。
私自身、2006年にストラスブールで開催された日本・EU国会議員交流の一員としてフランスを訪れた際、フランス外務省に出向きその仕組みについて学んだことを思い出す。当時は、未だ金子先生がこの「国際連帯税」の生みの親だとも知らず、早速日本に帰って国際連帯税の実現を目指す議員連盟を作ったわけだ。(初代会長 津島雄二元厚労大臣)
河野外務大臣も国際連帯税導入に前向きへ、国連の場でも公言
なんと、国際連帯税の提案は、当初外務省も疑心暗鬼でODAを削減されるのではないかと心配したようで、やや後ろ向きだったように思う。だが政権交代をして鳩山政権の下で財務副大臣に就任した時、「平成22年度税制改革大綱」のなかで国際連帯税の導入を税制改革プログラムで改革の一項目として取り上げ、政府税制調査会の専門家委員会の中に「国際課税小委員会」を設置し、その場に金子先生をお招きし、先生から国際連帯税に関する問題意識を聞く機会を持つにまで持って行くことができた。
残念ながら、民主党が政権を失ってしまい、国際連帯税の実現を目指す動きは一頓挫し、辛うじて国際連帯税の実現を目指す議員連盟の活動が現在まで継続している。航空券連帯税についても、日本航空の破綻や全日空の業績不振などもあり、民主党政権時代に導入に至らなかったことはかえすがえすも残念な事であった。
ところが、河野外務大臣が就任する前後から、国際連帯税に関して積極的な対応がすすめられ、今年の国連総会の場でもその必要性に言及(下のカッコ内を参照して欲しい)する事になるわけで、ようやく金子宏先生の思いが20年以上経過して国際社会でのアッピールにまで実現できたわけだ。
「新興する課題と変化するパラダイム」に関する会合が行われましたが,国際連帯税を含む革新的な資金調達が必要だ,少なくともこの問題についての議論をする必要性に言及しながら,SDGsを推進し,国づくり,人づくりに日本として貢献をしていく考えを示しました。
議長から,やはりこの国際的な連帯税,政府を経由してODAとしてサポートをするのではなく、なんらかの直接必要なところに財源としていく国際連帯税というものに非常に興味を示されました。…(後略)…(国連総会での河野外務大臣の発言から)
国際連帯税の要望がありながら、国際観光旅客税を導入する暴挙!!
もちろん、その実現に向けた道のりはまだまだ容易ではないが、航空券連帯税の導入は既に進んでいるわけで、日本も時間をかけてでも粘り強く導入すれば良いと考えられていた。だが、なんと昨年の税制改正において、「国際観光旅客税」なるものが創設され、航空機や船舶による日本からの出国に際して1回につき1,000円を徴収するというものだ。これは、観光振興に充てるとされているが、明らかに国際連帯税という類似の考え方がありながら、それを無視した暴挙と言わなければならない。
というのも、国境を越えた課税権は主権が確定できないために明確ではなく、国際的に必要とされる貧困・感染症対策などへの拠出をするべきものなのであり、日本の観光業のインフラ整備のための財源づくりなどは一般会計から支出されてしかるべきものだろう。なんとも残念なことであり、今後の国際連帯税議連の活動と河野外務大臣らの努力に期待したい。
2011年11月、国税通則法大改正実現、金子宏先生も支援側に
国際連帯税以外にも、金子宏先生との関係で忘れられないのが「納税者権利憲章」の作成に向けた「国税通則法」の大改正問題である。
納税者権利憲章の策定にむけて、これまた政権交代直後の平成22年度税制改革大綱の中に書き込むことができたものの、財務省・国税庁の抵抗は極めて強いものがあった。それでも、当初は政権交代直後であり、仕方がないと観念したのだろうか、当時の主税局長他関係者たちは「納税者権利憲章」の原案を作成し、しかもその権利条項は法律と結びつけた本格的なものにすることで財務省内的にはおおむね合意していた。
ところが、2010年の参議院選挙で民主党が敗北し、参議院では与党が過半数割れになる「ねじれ国会」となったため、当初予定していた納税者権利憲章は日の目を見ることなく「お蔵入り」となってしまった。それでも、国税通則法の改正については、税務調査の事前連絡や処分の理由付記、さらには納税者側の修正申告である更正の期間と課税当局側の更正の期間が、著しく課税当局側に有利になっていたものを是正するなど、納税者権利憲章にまでは至らなかったが、国税通則法の大改正を勝ち取ることができたのだ。
この改正にあたって、前号で触れた仙谷由人官房副長官の大きな支援があったことを触れておいたが、金子宏先生が大変大きな関心を以て支援して下さったことを知ることになる。それは、この大改正が法案として可決された2011年11月30日に、改正に関わった関係者が一堂に会して、ささやかなお祝い会を開催する事になった。仙谷由人副官房長官ももちろん参加されたが、金子宏先生も参加して下さり、温かい激励の言葉を頂戴したのだ。
金子先生から最新の著書を戴く、はさまれた栞の言葉に感激
金子先生は、その後、毎年のように税制改正が行われ、それを組み込んで作成される有斐閣法律学講座叢書『租税法』第17版と『租税法理論の形成と解明』(上・下巻、有斐閣刊)を、小生に送って下さったのだ。その中の栞に「峰崎先生 敬意を込めて 金子宏」と書いてくださったことを忘れることは出来ない。これ以上ない温かいご対応に、ただただ感謝する以外にないわけで、この場をお借りして、金子名誉教授が国税通則法の大改正に関わられた事実を記録として残しておきたい。それだけに、金子宏先生の文化勲章受章には、あらためて心からのお祝いを申し上げたい。
不安定な国際株式市場、ここ1カ月の株価下落で770兆円失う
前々回の本通信で指摘した、10月に入って続く国際的な株式市場の不安定な相場が、なかなか終わりそうにない。先週末の東京株式市場は、一時21,000円を割りこむまで下落し、ニューヨーク市場の方も、ダウ工業株30種平均は反落し、前日比296ドル安の2万4688ドルとなった。今週がどのような展開を示すのか、今年10月の株式市場はリーマンショック以降では最大の下げ幅を記録するのではないか、と予測されている。世界市場で株価の下落は、何と770兆円にもなると推計されている。10年近く続いた好景気の動きに警戒感が出始めている事や、米中貿易戦争によるコストの上昇など、アマゾンやアップルといったハイテク株などが警戒され売られたようだ。
アメリカはバブル時だけ完全雇用実現へ、今回もバブルの崩壊か?!
そうした実体経済と並んで、アメリカではFRBが利上げを着実に進めてきており、長期金利の引き上げが株式市場に一定程度影響し始めているのかもしれない。トランプ大統領は,FRBの利上げを名指しで非難しているものの、パウエル議長を始め連銀の理事たちは、雑音に耳を傾けることなく金融政策を進めているようだ。アメリカの株価の水準はバブルといっていい水準だとも言われており、PERは20倍で日本のそれは15倍程度であり、日本株は割安感が手でいるようだ。もっとも、日本の株式市場は、ほとんどアメリカのドル/円の為替レートに振り回されていると言われ、今後のアメリカ市場の動きには十分に注目していく必要がありそうだ。
そうした動きについて、BNPパリバの河野龍太郎氏は過去20年近いアメリカの株価の動きと失業率などとの関係を調べていて、「Weekly Economic Report」(10月26日号)に次のように分析されている。
「まず、米国経済は、バブルを作る事でしか、もはや完全雇用には到達できなくなっているというのが、筆者(河野氏)の数年来の仮説である」
として、2000年のドットコム・バブル、2005-2007年のサブプライム・バブルの時だけしか完全雇用になっていない図表を示し、今回完全雇用状態にあるのもバブルになっているからだと見ている。
完全雇用になっても賃金が上昇しなくなっている現実こそが問題
つまり、バブルによってのみ総需要がかさ上げされ、景気の最終局面では資産市場の行き過ぎ(金融不均衡)が起きていると見ている。こうなる要因の一つとして、1990年代から始まった労働節約的なイノベーションが続き、労働分配率が趨勢的に低下傾向にあることを上げ、支出性向の低い高額所得階層の所得が上昇しても、支出性向の高い中間層の所得が落ち込むわけで、完全雇用になっても、賃金上昇が抑えられ、インフレは加速しない。緩和的な金融環境が続き資産価格ばかりが上昇する、即ちバブルを招いてしまうわけだ。今、アメリカの株式市場で起きている事は、そうしたバブルの崩壊への道ではないか、と思われているようだ。今週は、日銀の政策決定会合が開催される。どんな景気認識が為されるのか、注目したい。