2018年11月26日
独言居士の戯言(第71号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
カルロス・ゴーン会長、金融商品取引法違反で電撃逮捕へ
先週の19日、日産のカルロス・ゴーン代表取締役会長が東京地検特捜部によって突然逮捕されるや、日本やフランスだけではなく世界中に大問題として取り上げられている。羽田空港に到着したプライベートジェットから降り立った直後の逮捕劇であり、まるで映画やテレビドラマの一コマのような出来事に対して、メディアの注目が注がれたことは言うまでもない。ゴーン氏は、日産だけでなく日産の株式の43%を持つフランスのルノーや三菱自動車の会長も兼務する、世界第2位の自動車生産量を誇るグループの最高責任者である。
逮捕されたのはゴーン氏の他に、側近で今回問題視される案件を司っていたとされる、グレッグ・ケリー日産自動車代表取締役の二人であり、逮捕理由は金融商品取引法違反の疑いだとされている。未だ、その全貌は明らかになっていないが、報道されている事実によれば、2011年3月期から2015年3月期の各連結会計年度におけるゴーン氏の金銭報酬が、合計99億9800万円であったにもかかわらず、合計約49億8700万円と約50億円も過少に記載した有価証券報告書を提出した疑いがもたれているようだ。
その後の報道では、これ以外にも直近の報酬額も記載されておらず、加えてベイルートやリオデジャネイロ等に、日産子会社の金を流用して住宅を購入させ自宅代わりとして使用していたことなど、数々の「公私混同」とも言える日産自動車関連の金を流用した疑いが指摘されたとの報道がなされている。果たしてこの事実が会社法の特別背任罪等に該当するのかどうか、今後の捜査の行方に注目が集まる。
22日の取締役会、全会一致でゴーン会長解任と代表権剥奪へ
こうした報道がどこまで正確なものなのか、現時点では未確定だが、11月22日夕刻から始まった日産自動車の臨時取締役会では、ゴーン氏とケリー氏を除く7名の取締役が、全員一致でゴーン氏の会長解任と二人の代表権剥奪を決議している。その取締役会のなかにはフランスのルノーから派遣されている二人の取締役も含め、「全員一致の解任決定」がなされており、「全員が言葉を失っていた」とゴーン氏の行状に対する批判が突き付けられたようだ。もっとも、会長と代表権の剥奪は取締役会で出来るのだが、取締役の解任は株主総会事項のため、やがて召集される臨時株主総会に諮られる事になるようだ。
内部通報、極秘の内部調査(弁護士事務所参加)、司法取引、逮捕へ
逮捕に至る流れの中で、西川社長が記者会見で明らかにしたことによれば、今回の事件は内部通報から始まり、内部調査が進められていたようだ。と同時に、今年6月刑事訴訟法が改正され司法取引が出来るようになった事を受け、検察側は内部の取締役から司法取引による情報を予め入手していたようで、今回の電撃的な逮捕劇に至ったとされる。どんな内容の司法取引が誰との間で為されたのか、未だによくわからない事が多いが、いずれにせよ用意周到に準備されていたことは疑い無さそうだ。
ルノー主導による日産・三菱の資本提携問題が背景にあるようだ
問題は、ゴーン氏が経営してきた日産自動車はルノーと資本提携し、さらにゴーン氏は三菱自動車まで最高責任者を務めてきたわけで、ルノーの株式の15%はフランス政府が所有し、マクロン大統領は今年2月、ゴーン氏に対して日産自動車と三菱自動車の経営統合によってルノー側が実質的な経営権を掌握するようゴーン氏に求めていたとされる。それだけに、ルノーと日産自動車との間の経営統合をめぐる確執が背景にあるのではないか、と見る向きもあり、今後フランス政府やルノーとの関係など、国際的な外交問題が惹起される可能性すら予想される。
単年度10億円の虚偽記載で、いきなり逮捕となるのだろうか
はたして売上高が12兆円を超え、単年度利益が7500億円にも達する巨大企業にとって、有価証券報告書の虚偽記載の内容が単年度で10億円という水準だとしたら、それで刑事訴追されるものなのだろうか。元検事だった弁護士の一人は、この虚偽記載を他の日産幹部も同意していたのではないか、と見てゴーン氏やケリー氏の罪がより重いことはあるにしても、他の経営幹部の責任も本来は免れないのではないか、と見ている。
今回、検察と日産側は、何を司法取引したのだろうか
さらに、今回「司法取引」が切り札になったようだが、日本の「司法取引」は、検察官などへの「捜査の協力」の見返りに刑事処罰を軽減するもので、「捜査協力」とは検察官が知り得ない情報の提供や新たな事実の供述などであり、単なる犯罪事実を認める事ではない。アメリカなどで主流となっている「自己負罪型司法取引」は、日本での今回の導入では見送られている。とすれば、今回の犯罪事実は有価証券報告書の虚偽記載の事実は客観的に明らかになっており、関与に関わった経営幹部の罪も免れないと見るべきと指摘する。
今回の日産経営幹部と検察官との間にゴーン氏、ケリー氏のみを処罰の対象とし、他の会社幹部は処罰しないという「合意」が成立したのだとすると、「捜査協力と処罰軽減の合意」ではなく、「ゴーン氏、ケリー氏だけを狙い撃つ合意」だったのではないか。それは「日本版の司法取引」とは異なるもので、許容範囲を超えているのではないか、とも指摘している。
マクロン大統領とゴーン氏の約束、ルノー有利の資本統合へ
今回のゴーン氏・ケリー氏逮捕の流れを見る時、今年2月のゴーン氏がルノーの会長を留任する際、マクロン大統領から日産・三菱をルノーが完全統合するように求められ、ゴーン氏が3月、「日産とルノー、三菱自動車3社の資本関係の見直しに言及」。さらに、今年9月には、ルノー優位がさらに強化されかねない経営統合問題が具体的にに浮上、日産幹部の間に危機感が広がったようだ。他方で今年5月、日産の最高財務責任者(CFO)が日本人に交代した事に伴い、ゴーン会長の不適切な支出が次々に明るみに出てきた。それまでもゴーン会長の会社資金を不当に使っている疑いは以前から浮上していたものの、絶対的な権力を持つゴーン氏には社内からはモノが言えない雰囲気があったとされる。
危機感を持った日産側の経営陣は、ゴーン容疑者の不適切支出の調査チームを極秘に立ち上げ、大手弁護士事務所も加わり本格化する。ゴーン氏は9月に日産の取締役会でルノーとの資本関係見直しを提案する。恐らく、今回の逮捕劇は、日産が(三菱自動車も)ルノーに吸収・合体される事を阻止するためのものだったのではないか、と十分に想定されるわけだ。
危機感を抱いた日産経営陣、政府も巻き込んだ『国策捜査』では?!
恐らくは、「司法取引」に持ち込むことと並行して、経産省だけでなく総理官邸にも日産側からの情報提供が為されていたことを十分に伺わせてくれる。日本の自動車産業を守るため、政府・自動車業界を巻き込んだ『国策逮捕』ではなかったか、と思われて仕方がない。もちろん、まだまだ今回のゴーン氏逮捕の全貌は解明されておらず、軽軽な判断は慎まなければならないわけだが、有価証券報告書への10億円程度の誤記載や会社資金の流用問題といった、巨大な世界的企業にとって比較的軽微(?)と思われる金額での逮捕には、多くの疑問がぬぐえない。これまでは、赤字を隠蔽する粉飾決算による犯罪だったが、今回は不記載によるもので、10億円単位での逮捕は初めてのケースなのかもしれない。
脱税問題の行方に注目、OECD加盟国の情報交換が始まった
これからの展開の中で、注目しているのが脱税の問題である。日本が加盟しているOECDが2014年に参加国間で、非居住者が所有する口座の氏名、住所、残高などを相手国に年1回交換する仕組み(CRS)を策定、日本の国税庁は今年10月31日、日本人や日本の法人が海外64カ国・地域に持つ55万件の金融口座を入手したと発表している。ということは、先進国間での税務当局間では自国民や海外子会社の口座情報を通じて、完璧なものかどうかは別として「脱税摘発の有力な武器」を持つことができているのだ。
日経新聞11月8日付、日産子会社のタックスヘイブン200億円申告漏れ報道、22日報道ではゴーン氏関連の自宅購入費と報道へ
じつは、今年11月8日付の日経新聞において、「日産自動車が東京国税局の税務調査を受け、タックスヘイブン(租税回避地)の子会社をめぐって2017年3月期の税務申告で200億円強の申告漏れを指摘されていたことが7日、同社や関係者の話でわかった」と報道されていた。その後、この案件は国税不服審判所に持ち込まれ、係争中のようだ。つまり、ゴーン氏の海外口座、日産関係の海外口座もこのシステムによって、既に調査は終わっており、その結果としてパリやアムステルダム、ベイルート、リオデジャネイロのゴーン氏専用の高級マンションの存在がメディアで報道されているのだ。11月22日付の日本経済新聞電子版によれば、ゴーン会長の「自宅」購入で、日産の子会社がタックスヘイブンなどの会社に投資資金を移していることが報道されている。
この情報の一部は、「メディアウオッチ100」というインターネット情報誌(週3回刊)に、元朝日新聞記者今西光男さんが書かれた11月21日の記事「『ゴーン逮捕事件』で気になること、気づいたこと」を転載させていただいているのだが、今後の脱税関係の動きにもしっかりと注目していきたい。もちろん、フランスとの3社連合の行方についても、注目していく必要があることは言うまでもない。