2018年12月17日
独言居士の戯言(第74号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
16日、民間税調主催「国民のための2019年度税制大勉強会」出席
今週号が日曜日になっているのは、250年を記念したからではない。14日に自民・公明両党による「平成31年度税制改正大綱」が取りまとめられたことを受け、16日の午後13時から「民間税制調査会」主催の「国民のための2019年度税制改正大勉強会」が青山学院大学の14号館14509教室で開催される事になった。実は、小生にその会合で「基調講演」の大役を仰せつかったため、上京することと相成った次第である。その講演のレジメを作成するなかで、あらためて「消費税の引き上げ」という「政権を揺るがす大問題の扱い」を、直接的には、民主党菅政権が軽々しい判断で誤ってしまった事の無念さを再認識させられた。
以下、少し長くなるが、民主党政権時代の税制改革の動きに触れながら、消費税が如何にして今日に至ってきたのか、今後どうなろうとしているのか、思うままに述べてみることにしたい。
民主党政権と消費税について、政府税制調査会の改組と『平成22年度税制改革大綱』の策定に全力投球
今から9年前の2018年12月、政権交代直後に『平成22年度税制改革大綱』を策定し、当時の政府税制調査会の企画担当主査として、現在国民民主党代表代行の古川元久代議士(当時は国家戦略室担当で政府税調の企画担当)と一緒に文案を策定したことを思い出す。その時、政権交代したことを受け、それまであった学者・専門家だけでなく、各界各層の代表者も加わった「政府税制調査会」なるものを廃止し、財務大臣を会長とする内閣の中に政治家だけが論議し決定していく「政府税制調査会」を組織、10月にはその手続きを終了させていた。当時財務副大臣で主税局を担当していたので、政府税制調査会の企画委員会主査となり、税制改革の実務の責任者として改革に着手することとなったわけだ。
すでに、民主党が政権交代直前の野党時代に「民主党の税制改革大綱」「税制改革アクションプラン」を策定しており、そこで掲げてきた改革案を政府方針に転換できるのだ、と言う高揚感に浸りながら、それまでの税制改革大綱とは異なり、技術的な分野は別にして、基本的な方針はすべて政治家の手で文案を作り上げて行った。「である」調から、「ですます」調へと文体も変え、国民に民主党政権になってどのような税制を変えて行くのかを、分かりやすくかつ格調高く書き上げたつもりである。
民主党政権獲得にむけ、増税論議はタブー視されたマニフェスト
だが、消費税の扱いについて、野党時代の民主党は、公約を実現するために必要な財源16.8兆円は無駄を省くことを基本に増税することなく捻り出す、という今では誰も信じられないようなトリックまがいの公約を打ち出していたわけだ。これが後々大問題になって、政権の座を失う一つの原因になった事は言うまでもあるまい。私自身民主党内で、ただ一人「増税」の必要性を主張していたものの、まさに「衆寡敵せず」の状態に於かれていた。
当然のことながら消費税の引き上げは公約していないため、この大綱でもほとんど触れていない。基幹税の所得税については所得控除から税額控除を飛び越して「子ども手当」に取り込むため、扶養控除の廃止に汗をかいた事や、法人税関係では租税特別措置がどのように役立っているのか、誰が一番利用しているのか、といった事を狙いに「租特透明化法」を策定し、今日まで法人税の租特利用実績の公表(残念ながら企業名公表ができなかつた事が悔やまれる)が進められている。扶養控除も中途半端だったが、一番残念だったのは「配偶者控除」の廃止がその後ほとんど議論さえできなかったことだ。公約になかった消費税引き上げ問題が、直ぐに政権を揺るがす大問題として浮上してきたためと見ていい。
『平成22年度税制改革大綱』は民主党税制改革のベンチマークに
この『平成22年度税制改革大綱』は、その後の民主党政権の税制改革のベンチマークとなり、納税者権利憲章の策定にまではあと一歩のところで参議院選挙で敗北し、衆参の捻じれによって策定にまでは至らなかった。ただ、やや半世紀ぶりに「国税通則法」の大改正が平成23年11月に実現でき、税務調査の事前通知、処分の理由付記、更正の請求期間を5年に延長し納税者側の不利益解消など、税務に携わる方たちにとって大きな改革がなし遂げることはできた。かくして民主党政権における3年3か月、政治家で組織してきた政府税制調査会の場で多くのやりがいのある仕事をさせて頂いたことを、今は懐かしく思い出す。
民主党政権の最大の難問は、消費税の引き上げ問題だった
ただ、民主党政権時代に直面した一番の問題は消費税の引き上げであり、菅財務大臣時代から消費税引き上げに向けた任務も加わる。菅直人氏は、財務大臣から総理大臣になって唐突に「消費税の10%への引き上げ」を参議院選挙に向けて打ち出してきた。結果としても参議院選挙で敗北し、自民・公明両党を中心にした野党が参議院で多数となり、ねじれ状態となって物事が決まらなくなる。再び1年足らずで政権の交替を余儀なくされ、代表選挙の結果野田佳彦財務大臣が選出されて行く。消費税の引き上げに向けて、野田総理はブレることなく決意し、代表選挙を制したのだ。
歴史的な「三党合意」、社会保障・税一体改革の実現で合意へ
以降、野田政権になって、民主党内での激しい議論と小沢グループの民主党からの離脱という痛手を受けながら、なんとか消費税引き上げの党内承認を経て、歴史的な民主・自民・公明の「三党合意」に漕ぎ着け、総選挙による民主党の大敗を受けたものの「三党合意」を受けた「社会保障制度改革国民会議」の設置、そして10%への消費税率の引き上げと消費税の使途を「年金・医療・介護・子育て」の4分野に限定する事を決定したわけだ。
「三党合意」の伏線だった、菅内閣の下で与謝野馨大臣実現へ
この間、菅内閣時代に、自民党内で「上げ潮派」に対抗して「財政再建派」の中心になって努力されてきた与謝野馨元財務大臣を、菅内閣の社会保障・税一体改革担当大臣として迎え入れてきたことは、後の「三党合意」にむけた民主党としての布石にもなったもの見ていいだろう。当時、民主党内で、「社会保障・税一体改革」を取り仕切るだけの政治的・政策的力量を持った政治家はいなかったことの表れでもあったわけだ。与謝野大臣の秘書官には今の経済産業省事務次官となる嶋田隆氏が就いた事に、当時なぜ経産省出身者なのかな、とやや違和感を感じたが、与謝野大臣が通産大臣時代の秘書官だったことがあるようだ。
自民党内の「政権交代」、谷垣総裁から安倍総裁への転換が転機に
ここで自民党総裁選挙によって、「三党合意」の責任者であった谷垣総裁から安倍晋三氏へとリーダーが変わり、総選挙の結果総理大臣へと就任する。ここで官邸の主が、「三党合意」や「社会保障・税一体改革」に全く関与していなかった安倍氏に代わっただけでなく、総理秘書官も大きく転換する。一言で言えば、財務省・厚労省で支えてきた「三党合意」路線が、経済産業省を中心にした陣容へと転換し、規制緩和派やリフレ派と称する学者・専門家たちが総理を取り巻き、「アベノミクス」なるモノを展開し始める。
安倍総理ほど、消費増税を政局に使いまくった政治家はいない
消費税の先行きに暗雲が垂れこみ始めたわけだが、最初の2014年4月からの8%への引き上げは進められたわけだが、そのことが経済の悪影響をもたらしたという「一大キャンペーン」が張られ、以降、消費税の10%への引き上げが、政局に最大限有利に利用されていく。衆議院の解散の根拠として「消費税引き上げの延期」、さらに2016年の参議院選挙でも「消費税の引き上げ延期」が使われ、3度目は2017年総選挙において、消費税の引き上げを幼児教育の無償化にまで拡大させることを打ち出し、国政選挙での勝利に国民の素朴な「租税抵抗」意識を最大限活用して今の総理の座を継続させてきている。
与党の来年度税制改正大綱、これほど理念のない大綱はめずらしい
そして、いよいよ来年10月に迫った「消費税の引き上げ」を前にして、与党の「税制改正大綱」が策定されたわけだが、一言で言って「消費税引き上げのための何でもあり改正」でしかなく、「人生100年時代の少子高齢社会」における国民の安心できる税制改革や「所得・資産・地域など格差の拡大する日本」をどう改革していくのか、「グローバル化したデジタル社会」における公正な税制改革のあり方など、迫りくる「ポスト平成」時代の展望は何一つ明確になっていない。これほど理念(骨)の無い「税制改正大綱」は、近年あまり目にしたことがない。
消費税の引き上げ対応だけでなく、参議院選挙対策も前面に
この「消費税引き上げ」問題だけでないもう一つの伏線が、来年の参議院選挙である。この来年の坂議員選挙は普通の参議院選挙ではなく、12年に1度、つまり干支でいえば「いのしし年」であるが、この年は4月に統一自治体選挙が行われた直後の7月に参議院選挙が実施される。この「いのしし年」は、自民党が過去連続して痛い敗北をし続けているのだ。朝日新聞の政治記者だった石川真澄氏が言い出され、名付けて「いのしし年現象」は、自民党の国政選挙で運動してくれる市町村議会議員たちが自分たちの選挙で疲れ果て、その直後の参議院選挙には力が入らなくなるから自民党が敗北すると解釈されている。
現に、2007年には、安倍第一次政権の下で自民党は大敗北しており、その後の国会は衆参で多数派が異なる「ねじれ現象」を発生させ、政局は大きな転換期を迎える。遂に、2009年の総選挙で民主党大勝利することで歴史的な政権交代にまで進む大きなきっかけになったものである。それだけに、安倍総理にしてみれば、3期目の仕上げとして7月の参議院選挙では、何としても勝利する事が「レームダック」化を防ぐためにも、どうしても必要になるわけだ。
かくして、消費税の引き上げを経済に打撃を少なくするためと称して、何でもありの予算編成をすることが罷り通ろうとしているわけで、日本の社会が抱えている重大な課題をどのように解決していくのか、といった格調高い目標をもった予算編成や税制改革にならない事は、ある意味では当たり前の事なのだろう。
平成から始まった消費税、平成が終わる今基幹税の首座へ、次の時代は「消費税の堕落」の時代へ転落するだろう
1989年4月、まさに平成元年から始まった消費税だが、平成が終わり新しい元号の下での消費税の旅立ちは、10%への引き上げに伴い基幹税の首座の地位を獲得することとは裏腹に、消費税としての堕落の道を歩み始めることとなる。それは、軽減税率の導入による税制の堕落であり、「公平・簡素・中立」の全ての税の原則からの逸脱が始まろうとしている事だ。
まず「公平」性を狙いとして設定された軽減税率だが、食料品を軽減税率の対象にすることにより低所得者に配慮しようとしているわけだ。ところが、高額所得層の方が軽減のメリットが大きく、逆進性対策としてあまり機能しない事はEU諸国では周知のことだ。なによりも、何が該当する食料品なのか、その扱いを巡って未だに売り上げの現場での混乱は続いている。
次の「簡素」については、一番の問題だろう。何よりも普通の消費者や小売店に於いて分かりやすくなければならないわけだが、単一税率時代の分かりやすさは失われていく事は間違いない。
最後の「中立」だが、もともと「中立」は経済行為に混乱を招かない事だとされていた。ところが、価格設定における歪みがもたらす弊害は、確実に経済活動を困惑させていく。世の中の経済活動は、様々なイノベーションによって分類が実に難しい商品が出てくるわけで、それが課税か、非課税か、軽減税率かによって売れ行きにまで影響が及ぶことは必至である。
消費税の軽減税率の導入は、税の持つべき三原則「公平・簡素・中立」総てに逸脱する「世紀の大失政」だ
かくして、租税の持つべき重要な三原則「公平・簡素・中立」に抵触する消費税の軽減税率こそは、基幹税の首座を占めるだけに大問題である。と同時に、いまは「食料品」と「新聞」に限られているが、何時政治的な圧力によって他の商品に拡大されていくのか、これまた深刻な問題なのだ。単一税率であることによる消費税の良さを、一瞬にして消し去る「軽減税率」導入による「堕落」は、この税による国民生活の安定・向上を図ろうとしてきた者にとって、「世紀の大失政」と思わざるを得ないのだ。