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労福協 活動レポート

2019年2月11日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第82号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

国会は「統計問題」が論戦されているが、重要な課題にも焦点を

国会が始まってやや2週間、予想通り雇用統計問題一色になった感のある野党側の質問ではあるが、日本の抱える深刻な問題は多方面で山積しており、今後の国会論戦の拡がりにも期待したい。ただ、野党側が問題にしている統計修正後の実質賃金問題については、後述するように問題でもあり、政府側は早く正式の数値を明らかにして欲しい。アベノミクスの成果だと思っていたのが、そうはならないことに野党側が攻撃してくることを懸念しているのだろうか。いのしし年に当たり、12年前の「年金記録問題の悪夢」が甦ることへの心配もあるのかもしれないが、「正しい事実に立脚した政策論議」(EBPM)こそ、政府与野党による国会論戦にとって不可欠だ。

国民に重要な厚労省だが、官邸主導で他省庁が跳梁跋扈する危険

それにしてもこのところ毎年のように、雇用や賃金問題が大きな課題となってきており、厚生労働省にとっては社会保障問題と並んで国政を大きく左右する大問題を抱えている。まさに、国民生活に直結する最重要官庁なのだ。こうした不祥事を抱えていると、官邸からの横やりで内閣官房や経済産業省など、安倍総理や菅官房長官の覚えのめでたい役所や幹部官僚が跋扈して、国民の生活よりも企業やグローバル外国資本寄りの方向へと転換させられる事の不安が頭をよぎる。いや、もしかすると今の厚労省の幹部官僚の中にも、官邸筋の覚えの目出度い者が跋扈し始めていないか、色々な情報が飛び交い始めておりやや心配ではある。内閣人事局の弊害をどう改革していけるのか、これまた最重要難問になりつつある。

春闘の闘いへの期待、日本経済の安定にむけて賃金引き上げを

この時期になると話題を呼ぶのが「春闘」であり、働く者にとって一番の関心事項である賃金がどうなるのか、その行方が気になる。それは、働く者にとっての生活に直結する問題であるだけでなく、日本経済の行方にとっても大きな問題になってきている事が、後述するように、色々なエコノミストや経済専門家によって指摘され始めている。先日、連合と経団連の代表の会談がテレビで報道されていたのだが、労働界を代表する連合の神津会長の元気の無さそうな姿が気になった。賃上げこそが労働者の生活の向上だけでなく、日本経済を立て直していくためにも必要なのだ、という強い信念で以て闘って欲しい。安倍総理の主導する「官製春闘」ではなく、本物の労働組合による力のこもった「春闘」の闘いが求められている。労働組合の弱さが、日本経済の安定的な発展の妨げになっているとの指摘を労働界は重く受け止めて欲しいものだ。

かつての「経済整合性論」何時「企業利益整合性論」になったのか

今振り返ってみた時、あの狂乱インフレが襲った1974年春闘で史上最大の賃上げが実現した時、当時の鉄鋼労連の千葉利雄調査部長が「経済整合性論」を提起し、翌年の賃上げ要求を「自制」されたのだが、それ自体は日本経済をスタグフレーションに陥ることなく経済を軟着陸させた一つの要因になったと思う。だが、今は「経済整合性論」ではなく「企業利益整合性論」に陥っていないだろうか。連合の主力単産である輸出主導型の大企業の力は、今では世界の中で大きな存在感を持つことができないでいる。もう一度、労働組合の原点に立ち返って、闘いの強化に努めて欲しい。

デフレと賃金水準の相関関係を指摘する専門家が増えている

平成も終わりになり始めた今日この頃であるが、どうやら賃金が上がらなくなってきたことで日本経済がデフレ的な基調に陥り、経済成長率が極めて低水準の要因になっているとの言説が強まり始めて来たようだ。もちろん、その背景には2005年をピークに人口が絶対的に減少し始め、20~64歳までの生産年齢人口は、一足早く1995年ごろをピークに減少し始めている。そうした右肩下がりの時代に入った日本経済は、これからどうなるのか、どうしたら良いのか、色々と考えるべき課題が山積している。そのことは先進国がこれから辿るであろう高齢社会の抱える諸問題のトップランナーとして、まさにパイオニアとなっているわけだ。

人口増加のアメリカと減少する日本、単純に比較する事の問題

ただ、人口が減り始めた日本経済を考える時、経済を見る指標としてグロスの総額ではなく、人口一人当たりの数値で以て見て行く必要があると思う。とりわけ、国際比較をする時には、人口が増え続けるアメリカ経済と、人口が減少・停滞し始めてきた日本やドイツなど、単純に比較する事には無理がある。十分に気を付けたい事ではある。

もっとも、最近の傾向として生産年齢人口の減少ではあるが、実際の就業人口は増え続けており、女性や65歳以上の高齢者、さらには外国人労働力の増加が続いている。視点を変えて過去の日本の歴史を調べてみると、就業人口と非就業人口(高齢者以外に子供や専業主婦などが含まれる)の比率はほぼ1対1となって来たわけで、おそらく今後とも女性の就業率は向上し、65歳以上の高齢者の就業率も向上する事は間違いないわけで、就業人口と非就業人口がほぼ1対1という関係は維持していけると考えていいだろう。いや、そのように国の政策を展開していく必要がある。特に、人口減少に対して出生率を回復させていくためには、女性の就業率の引き上げが必要なのであり、子どもが生まれても働き続けて行ける条件整備こそが、何を置いても最優先されるべき喫緊かつ最重要の課題なのだ。

労働力不足なのに賃金水準が上昇しない現実、労働生産性の低下か

ちょっと横道にそれてしまったのだが、問題は雇用統計が示している労働力不足が続いているにもかかわらず、実質賃金水準が増加基調になっていない事の問題である。いま問題となっている賃金統計ではあるが、1990年代以降名目であれ実質であれ、1997年がピークで未だにその水準を超えることができていない。その最大の要因は、労働生産性上昇率の低下にある、と河野龍太郎BNPパリバチーフエコノミストは最新のWeekly Economic Report2月8日号で指摘する。以下河野氏らの分析結果を要約すると、その労働生産性の低下の要因は一般には非正規雇用の増大に求められることが多い。というのも、人的資本の蓄積機会が乏しいからだと見ている。河野氏等は、正規雇用でもコストカットの追及でOJTやOFFJTの機会が減り人的資本の蓄積が滞っているからだと見ている。河野氏は「かつてはアメリカ企業の短期業績主義を批判していた日本企業が、今や近視眼的経営に陥っている」と手厳しい。

労働分配率の低下=一次分配の落ち込みの是正が求められる

なぜ賃金水準が上がらないのか、その原因についての分析を見ると、時間当たり労働生産性の伸びが低下しており、交易条件も円安による原油・物価高による悪影響もあるが、もう一つ重要なのは労働分配率低下によるのではないかと分析されている。とりわけ、労働生産性の伸びが落ちている背景には、先ほど指摘した非正規やパート、外国人といった生産性が低い労働者ばかりが増えてきたことを取り上げておられる。

つまり、河野氏は日本の企業は利益が上がったとしても、株主や経営陣の報酬を引き上げるが、労働者の賃金水準は正規労働者でも横ばい、非正規労働者の大量活用による労務費の削減を進めてきたことを上げ、円安は海外からの輸入物価の値上がりを通じて実質賃金の引き下げとなった事を指摘する。アベノミクスの金融政策が円安をもたらし、株価を始めとする資産価格の引き上げや輸出企業の利益増加をもたらし、所得や資産の格差拡大をもたらしたことになるわけだ。

アベノミクスの財政・金融政策、総需要喚起政策に頼っている弊害

もう一つの要因として、労働生産性の低さの理由として、アベノミクスによる「財政政策や金融政策のアクセルを吹かしたままにして総需要喚起にばかり注力し、成長戦略をなおざりにしているから、資源配分の効率性が損なわれ、生産性上昇率が低迷している」と分析されている。

生産性の低さの問題は、単に企業レベルの問題だけでなく、一国全体の労働人口や資本設備の伸び率と並んで「全要素生産性の伸びの低さ」が指摘されている。全要素生産性とは、一国の成長率から労働投入量の伸び率と資本設備投入量の伸び率を差し引いた残差であり、その中身は「よくわからない」というのが経済学教科書の記述である。どうも、イノベーションの結果が大きく左右しているらしいと見られている。

どうしたら生産性の向上が可能か、恒常的な最低賃金の底上げを求める
デビッド・アトキンソン氏著『日本人の勝算』

では、どうしたら日本の生産性は向上できるのだろうか。ここで言う生産性は国民一人あたりGDPと考えていい。河野氏と同じように日本の生産性の低さを問題にしている論者にデビッド・アトキンソン氏がいる。かつてゴールドマンサックス社に所属し日本の金融危機分析で辣腕をふるったアトキンソン氏だが、日本の現在までの30年間の推移を見て「経済の低迷、それに伴う子供の貧困、地方の疲弊、文化の衰退—–見るに堪えなかった」と言われ、最近では精力的に日本経済再建への提言を出し続けておられる。最新の著書『日本人の勝算』(東洋経済新報社刊)については、かなり売り上げも伸び好評のようだ。

日本の最低賃金水準は低すぎる、時間当たり1,400円が妥当と主張

問題の指摘についての分析は、河野氏とあまり大きな差はない。どうしたら日本経済の難問である人口減少と高齢社会を克服できる成長力を獲得することができるのか、アトキンソン氏は「継続的な最低賃金の引き上げ」を特効薬として指摘される。つまり、日本人の労働力としての優秀さに比較して余りにも低い賃金水準にあることが、日本経済の停滞を招いていると分析する。最低賃金を国際的なレベル(一人当たり国民所得の50%=時間当たり1,400円)にまで引き上げ、経営者が低賃金に安住している状態から抜け出て、生産性の向上に努力するように仕向けて行くことが必要だと説いているのだ。この問題提起については、紙数の関係で十分に触れることができないのだ、今後機会を見つけて順次触れていく事にしたい。

ピケティ氏は、先進国の成長率は1~1.5%に収斂、それでも経済社会は大変革をもたらす事を主張

ただ、一つだけ問題指摘しておきたいのは、国民1人当たり生産性の伸びを産業革命以降300年近くに亘って調べたトマ・ピケティ氏の『21世紀の資本』によれば、先進国の成長率はだいたい1~1.5%に収斂しており、4%程度に跳ね上がったのは1950~70年の第二次世界大戦後の英国を除くヨーロッパと日本だけであった。それは、戦争による破壊から立ち上がり、アメリカやイギリスの模倣によって追いつく時代には高い成長が確保されたのだが、追いついてしまうと1970~以降は1~1.5%に収斂していると分析している。つまり、もはや高い成長率を追い求めたとしても、人間のイノベーションを起す力には限界があり、せいぜい1~1.5%程度の成長があれば御の字といわなければならないわけだ。もっとも、ピケティ氏は、1%の成長が毎年続いたとき、世の中は大きく様変わりする事を強調している。

日本は「良いものを安く」ではなく「高く」、
国際社会で「独占的市場」で価格支配力を持てる力こそ確保すべき時だ

アトキンソン氏は、これから日本の人口減少の下で、今の日本のGDPを高い成長率で引き上げなければ高齢者の社会保障や財政赤字を賄えないとみている。低すぎる賃金水準を最低賃金の継続的な引き上げによって底上げしていく事には大賛成なのだが、高い成長率を実現させていく事の是非について、そうなればよいことは言うまでもないが、高い成長率を執拗に追い求めることの弊害が懸念される。ただ、日本の企業が「よいものを安く」ではなく「良いものを高く」売れる立場へ、もっと言えば、海外との競争では「独占的な市場が確保でき、価格支配力がもてるような商品」を創り上げられるかどうか、それこそが求められているのだと思う。途上国にでもできる商品しか作れないようでは、日本の高い賃金水準を確保できなくなることは言うまでも無かろう。


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