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労福協 活動レポート

2019年3月25日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第88号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

日本経済の抱える問題、労働者の賃金水準が落ち込み続けている

日本経済の抱える問題は様々な観点から指摘されているが、マクロ的な観点から内需の落ち込みが続いている事、特に労働者の賃金水準が伸びるどころかマイナスになっている事を指摘される事が最近多くなってきている。現に今年の「春闘」においても、大手企業を中心に2%台そこそこの賃上げとなったようだが、定昇込みの数値であり実質的には1%前後の物価上昇にも追いつかない低い賃上げでしかない。バブルが崩壊し、小泉内閣の下で本格的に進められた新自由主義路線の下で、貧富の格差はもちろん、教育や健康の格差や地域間格差など日本社会を先行き不透明な閉塞感が大きく覆い始めて来た。人口減少社会の到来は、その事を如実に物語っていると言えよう。

ケインズ「合成の誤謬」に陥った日本経済、大胆な政策転換を

さらに、第二次安倍政権の下で進められた超金融緩和政策によって、円安や株価を始めとする資産価格の引き上げなど、企業ファーストな経済政策は莫大な利益を上げ、その圧倒的多くは配当や自社株買い、さらにはGDPに匹敵するほどの内部留保を貯めこみ、労働分配率はバブル崩壊以降落ち込みが続いている。これでは、人口(生産年齢人口)が大きく減少し始めた日本経済の内需はますます冷え込み、経済の持続的な成長はおぼつかない。個別企業にとって賃金を抑制して利益を拡大する事が合理的な選択のように見えても、それが全ての企業で全面的に展開されれば、需要の停滞から国内経済は落ち込んで行かざるを得ない「合成の誤謬」に陥ることは、ケインズ経済学の教科書に書かれているとおりである。

今や、日本経済はこうした「合成の誤謬」からの脱却に向けて、グローバル化した開放経済の下で、政策を大きく転換させていく必要がある。安倍政権は、時に労働者の賃上げを経済界に要請したりするポーズは取るものの、基本は企業ファーストの財政金融政策を取っているわけで、鵺的なポピュリズム政治と言わざるを得ない。

日本経済新聞が1面トップ、低すぎる「日本の賃金」を特集へ

日本経済新聞3月19日付の1面トップには、「日本の賃金」(上)として3回シリーズの第1回目として、「賃金水準 世界に劣後」「時給、20年で9%下落」「脱せるか『貧者の循環』」と題して日本の賃金水準が世界で大きく取り残されている事を強調している。どちらかといえば経済界よりの論調が強く出がちな日本経済新聞社ではあるが、さすがに1997年から2017年の20年間で、日本だけが残業代込の時給9%ものマイナスとなっている事を「貧者の循環」として問題視している。ちなみに、OECDが調査した民間部門の時給は、アメリカはプラス76%増、イギリス87%増、ドイツ55%増、フランス66%増さらにはお隣の韓国も2,5倍とふえていて、日本は大きく水をあけられている。一体どうなっているのだろうか。このままでは、途上国並みの賃金水準へと落ち込みかねない。

「生産性が低い」から低賃金なのか、「賃金が低い」から生産性が低いのか、
発想の転換を求めるアトキンソン氏

日経紙は背景について、1990年代にバブルが崩壊し金融危機に直面する中、大企業でも本工労働者の賃上げを抑制すると共に、賃金水準の低い非正規社員を増やし続けてきたことによって、一人当たり時間給が減少したと指摘する。企業が人件費の上昇を抑制するのは労働生産性(付加価値)の低迷があり、1人当たりの時間当たり生産性が17年は47,5ドルと先進7カ国の中で最下位、アメリカの72ドル、ドイツの69ドルに大きく水をあけられている。生産性が上がらない以上賃金を上げられない、という主張の下で労働者の賃金が下げられてきたわけだが、果たしてそう単純に理解してよいのかどうか考えてみる必要が出てきている。

最低賃金の引き上げによって、中小企業経営変革の起爆剤に

前にもこの「通信」で紹介したデビット・アトキンソン氏は、「賃上げショックで生産性を一気に引き上げるべきだ」と主張する。その論拠は、低賃金を温存するから生産性低い仕事の自動化・効率化が実施されず、付加価値の高い仕事へのシフトが進まない。その結果、生産性が上がらずに賃金も上がらない。いわば貧者のサイクルに日本は陥っていると分析する。そこで、アトキンソン氏は日本の最低賃金を毎年3~5%台へと引き上げ続けて行くべきだと主張する。低生産性の象徴とされる中小企業に、省力化の設備投資や事業の変革を迫っていく起爆剤となるべきだと主張している。現に、イギリスでは1999年に新たに最低賃金制を導入し、18年で2倍以上に引き上げたところ、低い失業率のまま生産性が高まり、最賃引き上げは雇用を減らすという主張に真っ向から反論されている。ましてや、日本の労働者の人材の質の高さは、世界の第4位というレベルにあり、労働者一人当たり生産性が低く抑えられている事のギャップを指摘する。

最低賃金を引き上げる事には、全面的に賛成である。日本の最低賃金水準は、1人当たりの平均賃金水準の30%そこそこで余りにも低く、日本の労働者の賃金水準を底支えする力を著しく欠いてしまっている。連合を始めとする日本の労働者の賃金交渉力が落ち込んでいる今、最低賃金を底上げして、日本の労働者の低賃金構造を底上げしていく以外に打開の道はないと言えよう。

政府内で検討中とされた「全国一律最低賃金制」、
労働界・野党はしっかりと注目していくべきだ

すでに、政府の内部では最低賃金の引き上げの動きがあることを、3月7日付の北海道新聞夕刊は教えてくれた。見出しは4段組みで「最低賃金一律化を検討」、小見出しで「政府、業種別に 今夏にも導入」とあり、引き上げというよりも、この4月から導入される外国人受け入れ拡大後に、地方に人材を定着させることが前面に出ている物となっている。それ故、介護や建設といった外国人材拡大の14業種の最低賃金設定にも言及している。自民党議員連盟会合で厚生労働省から提案したものと報じている。

おそらく、共同通信を通じて配信された記事なのであろう。全国的に一定の反響があったようで、直ちに菅官房長官はその日の午後の記者会見で、政府としては決定した事実はなく厚生労働省の担当者レベルでの見解に過ぎない、と否定的な発言だったようだ。ただ、全国一律最低賃金制の要求は、かつてこの制度が導入されるときの総評の要求でもあったわけで、国際的にも連邦制を取っている国は別にして全国一律最低賃金制が当たり前であることは言うまでもない。

今や魅力が喪失しつつある日本の賃金・労働条件の引き上げを

ましてや、今回外国人が14業種とは言え日本国内で自由に移動できることになるわけで、スマホによって賃金水準を始めとする労働条件についての情報が素早く流通する時代であるだけに、全国一律にしなければ地方の労働力不足は解消することは困難であることは間違いない。さらに、日本の賃金水準の低さは途上国からの「移民」労働者にとって魅力の低いものになりつつあり、それだけに最低賃金の引き上げは不可欠なのだ。

現役労働者の賃金水準の引き上げにも最低賃金底上げが重要

それにしても、こうした動きについての労働界や野党側の敏速な動きが十分に伝わってこないのは何故なのだろうか。連合を中心にした労働組合は、組織の多くが大企業正規労働者中心だけに自分たちの雇用先である企業ファーストの考え方が優先され、未組織となっている非正規や大部分の中小企業労働者の低賃金の底上げが、極めて弱くなっている事を痛烈に反省すべきではないだろうか。技能系の外国人労働者が導入される事となる4月以降、彼らの賃金・労働条件を法的に安定的なものへと引き上げて行く闘いを展開していくことが、自らの賃金や労働条件の引き上げにもつながっていくことになるわけで、大いに頑張って欲しいのだ。

14業種の産業別・職種別最低賃金水準の闘いを始めるべきでは

また、野党側に対しても、入管法の改正などによる外国人労働者の受け入れに際して、14業種の最低賃金の法制化を義務付ける付帯決議を勝ち取ること等、大いに検討して欲しかったと思う。いまや、日本の労働者の賃金水準が、1997年のバブル崩壊に伴う金融危機以降国際競争力の名のもとに名目賃金水準すら下げられてきたことによる先進国最低に落ちてしまったことが、日本経済の安定した成長を妨げている一つの大きな要因になっているだけに、労働界に暖かい風が吹き始めていると考えるべきだろう。

世界的な金余り、企業は株主に配当・自社株買いを急増へ

他方で、今の世界経済の現実について、いかに企業が株主に回すお金を増やしているのかを指摘する報道も出てきている。

3月21日付日本経済新聞の1面で「世界の株主還元10年で2倍 今年度265兆円、設備投資越えも」と大きく報道されている。19日付の1面トップが「賃金水準 世界に劣後」と日本の労働者の賃金の低さを厳しく指摘していたことを考える時、解決するには所得分配の是正や再分配政策の強化が必要ではないか、と素直に理解できるのだが、日経新聞の読者はどのように受け止められたのだろうか。

このデータはQUICK・ファクトセットで継続比較可能な世界100か国、約1万5千社の数値を集計したもので、2018年度には配当と自社株買いの合計値が2兆3786億ドル(約265兆円)となり、10年前の08年に比較して倍増する見通しだと報道している。さらに、世界の設備投資額にも匹敵する規模に膨らんでおり、金融緩和で資金が大量に出回っている所にこうしたお金が資本市場に配分することでカネ余りを増幅しているとも指摘している。

設備投資の質の変化、産業構造転換で大規模設備投資の減額

それにしても、世界経済が順調に発展してきたとされているし、特にイノベーションもGAFAなど情報通信産業での躍進を支えるための設備投資も進められているのではないか、と思う向きもあるだろう。ところが、世界経済をけん引する産業が交代し、モノ作りからデジタル技術へと転換した。企業は鉄鋼など素材や自動車・電機など加工組み立てから「GAFA」に代表される巨大IT企業群に移り知識集約型の多くは大規模な生産設備を必要としないのだ。こうして、巨額な利益を、株主や経営陣に振り向ける以外に有望な投資先がないということになっているわけだ。

AIによる新しい格差社会の出現、民主主義の危機を招来、
G20議長国日本は国際社会の新ルールづくり主導を

かくして企業部門には株主に還元を増やしても使い切れないお金が積み上がり、何と17年度には5兆ドルを突破したと報道されている。もちろん、こうした情報通信産業を支えている労働者には、他産業に比較して相対的に高い賃金が支払われているものの、その他の産業ではモノづくりを担った製造業が衰退し、多くのホワイトカラー労働者はAIに取って代わられつつあり、従業員数の削減と賃金水準の引き下げが進められる。格差社会の蔓延の下、民主主義を支えてきた中間層の没落が、左右のポピュリズムとなって政治が不安定化し始めている。

こうした、構造は明らかに人類にとって望ましい物とは言えないわけで、世界的な英知を集めて、どのように国際的な経済ルールを創り上げて行くのか、G20の議長国である日本が国際社会をリードしていくべき時を迎えているように思われる。


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