2019年4月22日
独言居士の戯言(第92号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
またもや消費税率の引上げ延期を材料に衆参同日選挙を企むのか
今年10月に予定されている消費税率10%への引き上げが、果たして予定通り実行されるのだろうか、何だか怪しくなってきた。2度あることは3度ある、という言葉もあるが、18日に安倍総理側近の一人といわれる萩生田自民党幹事長代行の発言は、政治家萩生田個人としての発言だ、と主張してはいるものの、それこそ総理の意向を「忖度」して世論の反応を見ようとしたものではないか、総理との間で事前に役割分担をして発言したのではないか、と見る向きも出てくるのも否定は出来まい。
菅官房長官は直ちに否定はしたものの、安倍総理の取り巻きの経済学者などは、消費税の引き上げには反対する向きも多く、なかには今度の消費税の引き上げによって、アベノミクスの成果が全否定になってしまう事を「忠告」する人たちも出ているようだ。後で検討するMMT理論なる物が、アメリカを中心に論議されている事も影響しているのかもしれない。
もともと「いのしし年」は鬼門、日ロ平和条約締結=北方領土2島返還で衆参同時選挙を考えていたのでは???
一方、安倍総理の残り任期2年足らずとなった今、党規で3選に延長したばかりで、さらに4選が無理筋であることは間違いない。残る任期中いつ解散・総選挙を仕掛けるのが一番勝てそうか、という時間軸を考えた時、意外に解散・総選挙に打って出られる局面は多くない。それだけに、今年の参議院選挙と同時選挙にする事は、憲法上の問題はあるとはいえ、十分にあり得るものと見ておいた方がよさそうだ。というのも、統一自治体選挙と参議院選挙が重なる「いのしし年」は、過去自民党が参議院選挙で「大敗」することが多かっただけに、同時選挙にすることによって、統一自治体選挙疲れをした自民党関係者を奮い立たせることを当然考えているに違いない。
当初は、日ロの間で平和条約を締結し、北方領土交渉で2島返還の目途をつけ、それを国民にアッピールするなかで衆参同時選挙に打って出る、という目論見が語られていたことも間違いない。ただ日米安全保障条約の下で、アメリカは米軍基地を日本に返還された北方領土に配備する事は可能になる。この点についてプーチン大統領が指摘するや、大きな壁となって立ちはだかる難問となって交渉が進まなくなったようだ。かくして、この北方領土返還の目途を付けた解散・総選挙の目論見は一頓挫したようにみえる。
トランプ大統領へ北方領土に米軍基地を置かない約束を陳情か!!??
ただ、今月末からのゴールデンウイークにかけて、世界各国を外遊していく際アメリカにも出向き、トランプ大統領とのゴルフも含めて会談するようだ。その時、北方領土の返還に際して、日米安保条約はあるものの、アメリカは米軍基地を設置しないという約束を取り付けて再びプーチン大統領との会談に臨むのではないか、という見通しを、歳川隆雄氏が最新の『週刊東洋経済』のコラム「フォーカス政治」で「注目の安倍・トランプ会談、ゴルフで話し合う『中身』」と題して披歴している。それは、プーチン大統領との間で昨年11月14日に会談した際に、安倍総理から約束した事だと歳川氏は述べている。もはや、日ロの北方領土交渉は先行きが見えなくなっていると報じられているだけに、こうした話が進展するサプライズがあり得るのか、条約上の決まりを首脳同士のやり取りだけで便宜を図れるものだろうか、まさかとは思うがしっかりとした経済週刊誌掲載の記事だけに、少しく注目してみたい。
やはり消費税引き上げ延期を大義名分にした衆参同時選挙では
それでは、一体何を衆参同時選挙の大義名分にしていくのが良いのか、過去の2回の国政選挙の際に使った消費税率の引き上げ延期をもう一度持ち出し、景気がやや陰りを見せ始めているだけに、この機会に3度目の消費税率の引き上げ延期を打ち出すことは十分にあり得ると考えられる。それだけに、萩生田幹事長代行の発言は、そうした奇策を打ち出す際のアドバルーンとして打ち上げたと見ておく必要があるのかもしれない。
枝野立憲民主党代表が、衆議院の選挙での野党側の結束を言い出し始めているのもそうした空気を感じているからかもしれない。消費税率の引き上げに反対している野党側は、いざ衆議院の解散が消費増税の延期を大義名分にした時、どんな態度で戦うことになるのだろうか。経済の見通しの誤りだとか、アベノミクスの失敗だ、と批判したとしても、国民の意識からすれば積極的に野党側に投票してみようか、とはなかなかならないのではなかろうか。
MMT(現代金融理論)の問題点について考える
さて、前号でお約束していたMMT(現代金融理論)について、問題点を指摘したい。すでに、多くのメディアで報じられているように、MMTはアメリカを中心にFRBやECBさらには日銀の黒田総裁といった中央銀行関係者や、サマーズやクルーグマンといった著名なエコノミストまで巻き込んで論戦が繰り広げられている。来年の大統領選挙に向けて、再び民主党の候補者として名乗り上げているバーニー・サンダース氏や、昨年秋の中間選挙において史上最年少で当選したアレキサンダー・オカシオ・コルテス下院議員も、MMTを自ら主張する政策の裏打ちとなる財源論として支持している。MMTなる理論を提唱してきた一人であるニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン教授は、前回選挙でサンダース候補の経済アドバイザーにも就任しており、先述したオカシオ・コルテス下院議員など、民主党左派の経済政策面で連携している事は間違いない。
MMTとは、どんな理論なのか、ニューヨーク州立大ケルトン教授の朝日新聞(4月17日)インタビュー記事より
それではMMTなるものは、どんな理論なのであろうか。ごく簡単に言えば、「独自の通貨を持つ国の政府は、通貨を限度なく発行できるため、デフォルト(債務不履行)に陥ることはなく、政府債務残高がどれだけ増加しても問題はない」といわれている。この説明だと、なんだか日本経済・財政の今の現実を正当化する理論ではないか、と思われる向きも多いと思う。
現に、朝日新聞4月17日経済欄で、ニューヨーク州立大学のケルトン教授のインタビュー記事が掲載されており、記者の質問「日本の経験に注目していますね」に対して次のように答えている。
「日本は有益な実例を提供しています。国内総生産(GDP)比の公的債務は米国の3倍もあるのに、超インフレや金利高騰といった危機は起きていません。自国通貨建ての債務は返済不能にならないと、市場は理解しているのです」
記者はさらに追加して「将来にわたり大丈夫と言えますか」と問う。
「超インフレは極めて想像しがたいですね。超インフレが起きたのは戦争やクーデターの場合などで、民主的な政府がお金を大量に刷って完全雇用をめざした場合は起きていません。マネーの過剰ではなく、モノの不足で起きるのです」
このインタビュー記事は、それ自体なかなか興味深い論点が含まれているのだが、紙数の関係でこのやり取りについてのみ論じてみたい。
本当に、自国通貨建ての債務は返済不能にはならないのだろうか
本当に自国通貨建ての債務は返済不能にならないのかどうか、と言う点であるが、通貨自体は単なる記号であり、国民が通貨を「信頼」して使っているから通貨たり得ているわけで、通貨に対する信認を失えばハイパーインフレが起きることは間違いない。はたして、いくら財政赤字を累積しても自国通貨建てから大丈夫なのだろうか。
財政赤字が発散(債務不履行)しないための「ドーマー条件」について
経済学の歴史の中で、財政赤字が国の財政を発散(=デフォルト・債務不履行)するかしないかに関して「ドーマー条件」と呼ばれる定義式がある。それは、単年度の財政フロー、即ちPB(=プライマリーバランス=税収T-政策的経費G=税収-利払い費)と、財政状況を表す債務ストック指標である公的債務残高Bの対GDP比(B/Y)との関係についてである。これら財政フローと債務ストックは、金利r,成長率gとの関係を介してつながっている。ちなみにYは国民総生産額=GDPの記号である
B/Y、r、g、PB(=T-G) この4つの変数の一体関係は次の式で表される―添え字(-1)は前年度を示す。
この式がドーマー条件とも呼ばれ、この条件式から債務ストック指標である債務残高の対GDP比(左辺)の政策運営は、金利rと成長率gの大小関係と、財政フローであるPBが赤字であるか黒字であるかに依存して決まるわけだ。
具体的には、B/Y-B-1/Y-1が発散しない、つまりゼロ以下であるためには、仮に金利r>成長率gであるならばPBは黒字でなければならない。いま日本のB/Yは2倍を超えており、その債務ストックをフローの財政運営で賄うには相当黒字を確保しなければならないわけで、金利rが成長率gよりも大きければ大きい程、日本財政に与える負荷が大きくなる。
今は成長率1%>金利0%だが、歴史的には金利r>成長率gが一般的
いま、仮にGDP500兆円、債務残高1,000兆円で、成長率1%、金利2%であるとすれば、1,000/500×(2-1)=2兆円、もし成長率1%で金利が3%であれば4兆円という重い金利負担が翌年から毎年のフローの黒字として確保されなければならなくなる。いまは、日銀の異次元の金融緩和でゼロ金利に据え置かれているために、1%前後の成長率でも金利r<成長率rと逆転しているが故にストックからの金利負担は増えていないが、こうした状態は何時までも続けられるものではない。トマピケティの『21世紀の資本』で長期的な統計数値が明らかにしているのはr.>gであり、r<gではないという事なのだ。
それだけに、一刻も早く毎年のフローの基礎的財政収支を黒字化しておく必要があることは言うまでもない。ちょっと数式が入ったりして、難しく思われたかもしれないが、少し具体的に考えて頂くと理解できると思う。
モノの不足だけでなく、貨幣の信認を失えばハイパーインフレへ
MMTの財政赤字がいくら増えても、自国通貨建ての借金であれば財政は破綻しない、という事はこうしたドーマー条件を考えて行けば、間違いであると指摘せざるを得ない。毎年増え続けている赤字額が返済不能となるデフォルトになれば、日本財政だけでなく、日本の社会自体が大きく崩壊していくわけで、第二次大戦直後のあの混乱した社会を再び繰り返してはならない事は言うまでもない。たまたま、今のゼロ金利の下で何とかやりくりできているように見えても、このまま財政赤字を放置し続けられるわけはない。つまり、持続可能性を持たない政策でしかない事を強く指摘しておきたい。
このMMTなる「異端の経済理論」は、まだまだ議論すべきことが多く残されており、今後も引き続き色々な角度から検討してつもりである。