2019年5月6日
独言居士の戯言(第94号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
退位直前、平成天皇・皇后が「高尾みころも堂」に参拝と献花へ
「平成」から「令和」へと変わる一連の儀式が滞りなく終わり、10連休のゴールデンウィークも終わろうとしている。そうした中で、前号では5月1日にメーデーに参加しない初めての経験をしたことを述べたのだが、労働運動にとって厳しい時代を迎えている事には変わりはない。
そうした時、JILPT(労働政策研究・研修機構)所長濱口桂一郎さんのブログを見ていてやや驚いたことがある。それは、平成天皇・皇后両陛下の最後の公務として、4月23日に労働災害で亡くなられた人々を慰霊するため、東京都八王子市にある「高尾みころも霊堂」を訪問されたことを知った。約26万人の御霊を祭る拝殿で供花されたとの報道もあったのに、全く気が付かなかった。この訪問の日は、直前に昭和天皇の武蔵野陵を参拝され、退位に関連した儀式の一つである「昭和天皇山稜に親謁の儀」を終えられた直後だったようだ。
4月28日は国際労働者祈念日で、労働災害死亡者を弔う日との事
実は、4月28日は国際労働者祈念日で、産業(労働)災害などで無くなられた方たちを弔う日とされていて、両陛下は皇太子の時代から何度も訪問されている事を初めて知った。23日の最後の訪問の際に、労災による年間死亡者数の推移の説明を受けられた際に、「ずいぶん少なくなりましたね」と感想を述べ、死亡者を減らすにはどういう努力が必要ですか、と質問されたことを23日付の日経新聞電子版は報じている。
私自身の父親が、海軍工廠で仕事中に片目を失くしているし、母親の弟にあたる叔父が、同じ海軍工廠の後を継いだ造船所のクレーンから落下して死亡しているだけに、こうした労働災害で亡くなられた人たちに思いをいたしておられたことを知り、あらためて底辺で精一杯生き抜く国民の思いに寄り添われてきたことに感謝の思いが募る。ちなみに、高尾みころも霊堂とは、産業(労働)災害による殉職された方々の尊い御霊をお慰めするため、労働者健康福祉機構(労働福祉事業団)が、昭和47年6月に労災保険法施行20周年を記念して建立したものである。濱口所長も指摘されていたのだが、4月28日の国際労働者祈念日には、労働界の代表者は参加してお参りする事があっても良いのではないか、と思った次第である。
『月刊連合』5月号の興味深い対談記事、最低賃金と生産性問題
さて、労働組合の「連合」本部から毎月発刊されている『月刊連合』5月号が送られてきた。表紙に「日本を救う!『最低賃金』×『生産性』」とあり、巻頭対談で「日本を救う鍵は”最低賃金”」と題して、神津連合会長とデービッド・アトキンソン氏の登場である。アトキンソン氏については、日本のバブル崩壊後の金融危機の分析で有名だったが、最近では『日本人の勝算』『新生産性立国論』等の著書を相次いで発刊し、少子高齢化の進む日本をどのように立て直していくべきか、その分野ではベストセラーになっているようだ。
この対談でもアトキンソン氏は日本の抱える課題について鋭く切り込み、何よりも「最低賃金を引き上げで生産性を向上させる」ことを訴えていた。神津会長は、これを歓迎しているわけであるが、一番肝心の全国一律最低賃金制にしていかなければだめだ、と言う話が出て来なかった。今4段階に都道府県別に設定されている最低賃金が、徐々に引き上げられてきていることは確かである。だが、その引き上げ額のテンポは極めて弱く、世界の最低賃金水準のレベルでは、かなり低い。
全国一律最低賃金こそ、中央レベルの交渉で決定すべきではないか
東京をはじめとする大都市部での最低賃金が、地方のレベルよりも相対的に高く、それ故地方の労働者の大都市部への転入を招き、地方の人手不足が深刻化する事への問題指摘はあるものの、制度としての全国一律最低賃金制への意欲が見られなかった。中央レベルでの交渉によって、政府・経営者側に鋭く迫っていくべきだろう。何よりも、労働者の賃上げは内需の拡大をもたらし、日本経済の停滞から脱却させる経済政策としても重要である、という観点をしっかりと確立させていく必要があろう。
公務や公的セクターの生産性、公的財源での賃金決定で決まる
さらに、もう一つの対談が取り上げられていて、「生産性運動の歩み、生産性運動のこれから」と題して連合事務局長相原康伸氏と日本生産性本部特別顧問の松川昌義氏の対談である。松川氏は、生産性の三原則として、「雇用の拡大」「労使の協力と協議」「成果の公正な分配」をあげ、とくに「成果の公正な分配」については、「付加価値増大を軸とした生産性改革と『成長と分配の好循環』の創出」を掲げている。ところが実際には分配面での労働者の賃上げが少なく、公正な分配からは程遠いのが現実である。又、松川氏は「公務や公的セクターの役割が非常に重要になってきます」と指摘するのだが、それらの多くの分野では、税や社会保険料によって再分配された公的財源から、いくら働こうと賃金水準が公定されており、結果として支出される賃金が低すぎるが故に、生産性が低いと決めつけられることの問題については何も触れられていない。
労働組合運動の組織率・影響力の低下、国際的なトレンドのようだ
総じて、この4人の対談は興味深いテーマについて論議されているのだが、闘いの当事者である労働組合の力が不足しているせいか、現実の成果が出ていない事に無念さを感じてしまう。そうした時、インターネットで発刊されている最新の『現代の理論』第19巻で、東大名誉教授田端博邦氏の「グローバリゼーションと労働運動(上) 世界的な労働運動の退潮、危機の実相と再生への道」が掲載されていた。日本の労働運動についてはあまり触れられていないが、世界的に労働組合の組織率の低下が進み始めており、さらに協約締結でカバーされる労働者率でも同じく低下している国と,低下していない国の違いなどが生じていて興味深い。いずれ、次号の(下)が出た時に全体としての評価を求めて行きたいが、あの北欧の福祉国家を強固に形成していたスウェーデンやフィンランドといった国々ですら、グローバリゼーションと新自由主義に浸食されている事が指摘されていて、労働問題について深く考えさせられる時代になっている事をつくづく痛感する昨今である。
NHKスペシャル「再生医療の新時代」、札幌医大の素晴らしい成果に感動
5月4日夜9時からのNHKスペシャル、「再生医療の新時代」には感動させられた。病気や怪我などで損傷した臓器や組織を再生させることを目的とした「再生医療」と言う治療法に注目したドキュメントである。取材先は北海道立札幌医科大学であり、事故で脊髄を損傷し、首から下が麻痺して殆ど動けなくなった患者への再生医療が実施される。治療に使われたのは、患者自身の骨髄から取り出した細胞で、これを培養して点滴で患者の体に戻すと、傷ついた骨髄が再生されていく。患者の容態は徐々に回復に向かうのだが、患者の顔色がみるみるよくなっていく姿を見て、家族の驚きと共に喜んでいる姿は実に感動的であった。退院して本州に還った患者が、「札幌に出向いて御礼をしなければ」と語った言葉を聞きながら、北海道民として嬉しくなってしまった。
「予防医療による医療費の削減」というフェイクニュース、
『週刊エコノミスト』最新号の康永東大教授の鋭い指摘
日本の医療は、国民皆保険制度をかろうじて維持しながら、医療関係者の献身的な努力で素晴らしい結果を齎してくれている。この再生医療についても、保険適用への道を開けるとのことだ。多くの国民の健康が、国民全体の健康保険制度によって守られ続けて行けるよう、これからも努力していく以外にない。前号のメールでも指摘したように、いま政府が目論んでいる「予防医療による医療費の削減」なる目標について、今週号の『週刊エコノミスト』誌で康永秀生東京大学教授は、「健康寿命を延ばすために、予防医療は不可欠である。国や自治体は予防医療を更に推進しなければならない」と指摘される。
安倍政権の危険な医療改悪に警戒していく必要がある
「しかし、予防医療は短期的には医療費を少々削減することはあっても、長期的には医療費を抑制できず、逆に医療費を増大させる可能性がある」と指摘されている。政府・経産省が狙っている医療費の削減という目的のために、間違った事実を基に政策を展開する事は決して許される事ではない。これからの安倍政権の社会保障政策については、絶えずウオッチし続けて行く必要がありそうだ。