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労福協 活動レポート

2019年7月16日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第103号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

「いのしし年現象」が終焉するのか、投票率の低下も予想される

参議院選挙も最後の1週間、選挙戦は今一つ盛り上がりを欠いているように思うのは、争点が今一つ浮かび上がって来ないからだろうか。日曜日の北海道新聞に共同通信社が12~13両日に実施した世論調査結果が掲載されていたのだが、自民党の支持率が6月末に比べて2,2%伸びて31,0%となっていたのに対し、第2位につけた立憲民主党は7,2%で1,8%落ち込んでいたのが目に留まった。さらに、今度の選挙に「関心がある」と答えた比率は64%で4,3%伸びたものの、3年前の同じ時期の調査に比べて5%も低下している。

どうやら今回の選挙は、12年に1回のいのしし年現象が消滅するのかもしれない。投票率も、果たして50%台を超えることができるのかどうか、民主主義の一番の基本となる国民の選挙権行使がこんな状態であることに、危機感を覚えざるをえない。あと1週間、どんな選挙戦が繰り広げられるのか、国民の耳目を集めるような選挙戦になる要素が最終版で打ち出されるのかどうか、注目してみて行きたい。

日本は、北欧ノルウェーの水産業再興に学ぶべき時ではないか

さて、話は一転して身近な問題に触れてみたい。最近スーパーなどで魚を買いに出かけ、サバやタラなど近海ものだと思ったら、なんと北欧のノルウェー産だと知って驚いたことがある。なぜノルウェーなのか、北海道新聞14日付の国際欄でノルウェーの漁業についての記事が特集されていた。「船に漁獲枠 資源回復」「漁期に計画出漁→高値で販売、収入増」と見出しが付けられている。

かつて世界の水産王国として君臨した日本であるが、サンマやスケトウダラなどの日本近海の漁獲が減る中、ノルウェーの水産資源管理が注目されており、北海道新聞の記者が直接ノルウェー第2の都市ベルゲンに出向いてその実態を報道している。

画期的だったIVQ制度導入、船毎漁獲量の厳格化による資源回復へ

ノルウェーにおいても日本と同様、かつては乱獲によって資源が減少、1990年には160万トンと最盛期の半分近くまで漁獲量が激減、70年代後半にはTAC(魚種別の漁獲枠)導入、90年には漁船ごとに漁獲枠を割り当てる「IVQ制度」を本格的に開始する。「IVQ制度」は「漁獲が厳しく制限されるだけに反発もあったが、漁業者は各自の枠が決められたことで競うように取るのをやめた。配分された枠の小ささから廃業や減船も進み、資源は回復。漁獲量は90年代後半に250万トン以上回復した」とのことだ。

漁場という共有地、持続可能性のある仕組みを導入した漁業者たち

資源管理は漁業協同組合で厳格に管理され、漁業者もそれに従っている。結果として、漁業者の収入も増え、経営が安定している背景には、「IVQによる減船や参入規制で枠が一部漁業者に集約されたほか、各自が枠内でより稼げるよう、大きくて価格の高い魚を計画的に取るようになった」事を上げている。このような結果を上げるためには「痛み」も伴なったようで、減船や廃業で90年に1万7千隻あった漁船は2017年に6千隻と激減、漁業者は2万7千人から1万1千人と減少している。そのことによって、はじめて漁業が持続可能性を保つことができ、「共有地の悲劇」から脱却できたわけだ。

日本水産業再興へ、IVQ早急導入で「共有地の悲劇」から脱却を

翻って日本の実態はどうか、昨年12月に水産改革関連法が成立し、政府はTACの対象魚種拡大など資源管理の厳格化を視野に入れるのだが、IVQ導入には漁業者の淘汰を招くだけに水産庁は慎重になっているようだ。

最後に、水産庁出身の小松正之東京財団政策研究所上席研究員の次の言葉で締めくくっている。

「今のままでは日本の水産資源は回復せず、漁業は衰退の一途をたどる。政府はノルウェーなどを参考にし、漁業者に説明を尽くして早くIVQを導入すべきだ」

私がこの記事に注目したのは、海という漁場は公共財=共有地であるが、漁業権が設定され、資格を持った漁民が漁業を営んでいる。その漁獲高全体にはTACが設定されているものの、各漁船はいかに早く漁獲高を上げるのか、という競争になり、結果として公共財が枯渇して持続可能性を喪失しつつあるわけだ。公共財をどのように維持管理し、将来の世代が喜んで漁業が継続できるようにしなければならないのが現役世代の義務ではなかろうか。それができているノルウェーに学び、一刻も早く資源が枯渇しない前にIVQを導入しなければ日本の漁業は壊滅してしまう。漁業者にとって、一人一人の自由勝手な行動は、結果として自分たちの経営を苦しめ、将来世代に夢と希望を残すことができなくなっているだけに、IVQ導入は急務だろう。今まさに「共有地の悲劇」が起きているのだ。

日本財政の破綻からの救済も、同じ考え方で進めるべき時だ

同じ問題は、マクロ経済政策の手段である日本財政についてもあてはまる。日本の財政は毎年毎年の予算において、基礎的財政収支で赤字を出しながら財政赤字が累積し、今ではGDPの2倍を超すまで肥大化し、持続可能性を喪失しつつあることは誰もが認識している。にもかかわらず、「共有地の悲劇」として、現役世代が財政赤字として食いつくし、将来世代へとその付けを回し続けているのが現実だ。にもかかわらず、その深刻な実態に目をつぶり、「今さえ、自分さえ、金さえ」有れば良いとばかりに事態を先送りし続けている。

ノルウェーの石油収益は、国家として蓄積され後世代に継承へ

ノルウェーでは、北海油田から上がる利益を国家予算の中で蓄積し、後世代に残し続けているという。翻って日本で、若し200海里内で石油が噴出し利益が出始めたらどうしたであろうか。きっと、現役世代がこれ幸いとばかりに消尽したに違いない。「共有地の悲劇」を一刻も早く終わらせるためには、国民がこうした事実を知り、嫌がる政治家や官僚に縛りをかけるしか手はないのかもしれない。それは、本来しっかりとした野党がやるべきだと思うが、日本では与党も野党も「臭いものには蓋」をし続けて今日に至っている。

日本財政の酷い現実は、日本の民主主義が未熟であることの証だ

何とも、情けなくなる今日この頃ではある。この点について、前号でも紹介した熊倉正修明治学院大学教授の書かれた『日本のマクロ経済政策』(岩波新書)には、次のような指摘がされている。

「民主政治の本質は、個人の自由と多様性を積極的に受け入れ、一人ひとりが十全に生きる道を保証する、あるいはそれを後押しする社会を築くことだと思う。しかしそれを可能とするためには、全ての国民が積極的に政治に参加できる環境を整備する一方で、政策の決定と運営に直接かかわる人々に一定のルールや規制を課し、それが守られていることを他の国民が監視しつづける必要がある。そのようなしくみは政治家や官僚にとって窮屈で不自由なものかもしれないが、そうした安全装置があって初めて代議制民主主義の本領が発揮され、健全で持続可能性のある政策運営が可能になる。そしてそうした制度や仕組みの必要性が国民の合意として確立した国こそが真の民主社会であり、それを欠く国はいくら豊かであっても未熟な社会だと思う」(237~238ページより)

熊倉教授の著書の副題には「未熟な民主政治の帰結」とある。今まさに「日本の民主政治の質」が問われているのだ。


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