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労福協 活動レポート

2019年10月14日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第116号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

消費税引き上げと安倍長期政権の功罪、牧原出東大教授への疑問

『週刊東洋経済』最新号の「フォーカス政治」というコラム欄に、牧原出東京大学教授が「消費増税後こそ問われる将来構想を国民に語る政治」と題して、10月1日から10%へと引き上げられた消費税について、安倍政権の役割や今後の展望について触れておられる。当時の改革過程の中にいた者の一人として、看過できない問題があると考え、この場を借りて指摘してみたい。

牧原教授は、最初に今回の消費税増税が実現されたことに関して2つの意義があるとされ、一つは過去の増税時に比べて駆け込み需要が少なく経済への短期的な影響も少ないこと、第二に政党政治の枠組みからみて、第2次以降の安倍政権は、時間をかけながら野田政権末期の社会保障と税の一体改革における「三党合意」を守ったことを上げておられる。経済への影響がどうなるのか、まだその結果は俄かには判断できないので、コメントは避けたい。

「三党合意」相手の民主党消滅で、簡単に破棄できる訳がない

問題は、二番目に指摘されていた政治的枠組みからの意義についてである。安倍政権が短期で崩壊していたら、2014年の5%から8%への増税までは何とか持ちこたえたかもしれないが、10%への引き上げは雲散霧消してしまったと予想している。というのも、「三党合意」の相手となる民主党が消滅している事を上げている。廃棄という手段もあったが延期というスタイルに二度も固執したことは、三党合意に大きく拘束されていたことを意味していると見ておられ、総じて安倍政権の消費税増税実現プロセスを好意的に評価されている事が気になる。

安倍政権の延期と軽減税率導入等で、2兆円社会保障支出削減へ

というのも、安倍総理自身は「三党合意」には全くと言ってよいほど関与していなかったし、軽減税率の導入を公明党のごり押しで進めることを合意した際に、軽減税率導入に反対されていた当時の野田毅自民党税制調査会長を、解任してまで押し通したこと。さらに「保育園落ちた、日本死ね」というある女性の発信したブログが炎上した事を受け、「三党合意」に含まれていなかった幼児教育の無償化にまで使途を拡大させたことにより、併せて2兆円近い社会保障財源が縮小させられてしまったことになる。軽減税率の導入は、消費税の逆進性対策にはほとんど効果がなく、今後食料品や新聞代に続く軽減税率対象品目の拡大が進むことは容易に想像できる。まさに、単一税率の良さを失わせた「改悪」だったことを正しく見ておく必要があるし、各業界からの軽減税率の対象商品を求める陳情に、税制改正のたびごとに対応が迫られる事になることも必至だ。幼児教育の無償化には、待機児童ゼロの方が先ではないかという批判が付きまとう。

「三党合意」は法律、その重みは政府を拘束し簡単には消せない、
安倍政権は、消費増税延期を選挙戦術に2回も使用しただけだ

さらに、安倍政権が長期政権だから増税できた、という解釈にも違和感が残る。「三党合意」は、三党だけの口約束ではなく、法律に書き込まれていて立法府を拘束し、法改正しない限り政治・行政を拘束していくわけで、法改正を進めるだけの「大義名分」が経済に悪影響を与えるから、というだけで白紙に戻すことにはならない程の大課題だったわけだ。もっと言えば、一度決まった消費税引き上げを延期することを争点にし、嫌税や厭税気分が多い国民の意識に安易に依拠しながら選挙戦術として巧みに使ったのが真相ではなかったか。安倍総理に、消費税の引き上げを止めるだけの政治的決断力があったとは思えない。本来の政治家であれば、たとえ苦い薬でも国民にその必要性を訴えていくべきであり、それを放棄し国民の甘えに依拠する事はまさにポピュリスト政治家でしかない。政権担当期間が長いことを以て、政治家として良しとするわけにはいくまい。

「全世代型社会保障検討会議」への甘い見方がなぜ出てくるのか?!

この点について牧原教授は、安倍政権が9月にスタートさせた「全世代型社会保障検討会議」について、今後の社会保障の見通しと財源確保について検討する機会が到来した、と意外に楽観的な見通しを打ち出されている。安倍総理は既に消費税の10%以上の引き上げは当分必要がない、と公然と述べておられる中での社会保障制度改革がどのようなものになるのか、直ぐに分かりそうなものだが、やけに期待を持たせるような書きぶりが気になる。少子超高齢社会を迎える日本にとって、財源問題こそが極めて重要な課題なのであり、MMT理論などが登場し始めた今日、国民の将来を見据えた本物の責任ある政治家こそ今必要になっているわけで、ポスト安部の姿が見えない今そうした願望は空しい戯言なのかもしれない。

政権が短くても、日本の社会保障財政を真剣に考える政治家が存在、
平成21年度税制改正法「附則104条」の持った威力と与謝野大臣

それと関連して問題だと感じたのは、次の件である。

「福田康夫政権が社会保障国民会議を立ち上げ、消費増税の可能性を含めて社会保障制度のあり方を総合的に検討したが、政権が短期で瓦解したため、課題を残しながらも直接の継承先を見つけられなかった」

と叙述されている点である。

この時の『社会保障国民会議』報告書は、次の麻生政権時代に「安心社会実現会議」にも継承され、なによりも平成21年度税制改革関連法案の「附則104条」として、消費税の10%への引き上げを社会保障財源に充てることが明記されている。この「附則104条」こそが、民主党政権をも大きく縛り、消費税の引き上げへと菅政権から野田政権へと導いていく大きな役割を果たすことになったわけだ。しかも、菅内閣の下で自民党を離党された与謝野馨議員を担当大臣として招聘し、「三党合意」として「附則104条」に基づく消費税引き上げ法案に結実させていったことを触れなければなるまい。ちなみに、与謝野馨氏は、麻生内閣の財務大臣でもあり、附則104条を書き込むことに情熱を注がれたことを知る人は知っている。

消費税導入から定着そして増税へ、与野党政治家の努力の存在こそ

つまり、安倍政権がようやく実現した消費税率10%への引き上げは、こうした福田政権から続いた歴代政権の過去の積み重ねがあったからであり、もっと言えば1979年の大平総理の打ち出した「一般消費税」導入以来の努力のたまものだったことを上げなければなるまい。自民党内での消費税の導入による社会保障財源への充当という道筋を引いた政治家たちが、綿々と引き続いた事の重要性を政治学者の牧原教授には是非とも深く理解して欲しいと思った次第である。

ちなみに、附則104条の中身について、私自身が麻生内閣に対して「質問主意書」で具体的な中身について質してきたし、参議院の予算委員会や財政金融委員会でも与謝野大臣に質問をしてきた経過がある。さらに、鳩山内閣の財務副大臣として主として税制改革を担当した際、藤井裕久財務大臣に「附則104条の扱いをどうしましょうか」と尋ね、その時の藤井大臣の答えが「そのままにして置こう」という事だったことを記憶している。

こうした流れを考えた時、消費税の引き上げと社会保障の充実を実現させなければならないと考えた与野党の政治家の存在が重要だったし、これからもますます重要になることをあえて強調しておきたい。

日本の保守・革新の基準は安全保障問題に、冷戦後も未だ存続へ??

考えてみれば、日本の政治的イデオロギーが、第二次世界大戦後の冷戦時代を迎え、日本は日米安全保障条約を締結し、その後憲法第9条の戦力放棄と自衛隊の創設というなかで、安全保障・外交問題が保守と革新の基軸となってきた。冷戦終焉後も、未だに左右軸は安全保障の立ち位置と考えている人たち(その多くは中高年齢層)が多く残っている。

日本社会党は社会保障重視の「大きな政府」を目指したことは無い

一方、経済的な社会保障・財政問題についてはヨーロッパ先進国と違って与野党の対立軸にはならなかったことが日本の政治的な特徴になっていた。社会党が社会保障を重視し、大きな政府を目指そうとしていたとは到底言えないし、自民党が自立自助の精神の下で小さな政府を目指していたとは言えなかった。国民皆保険による医療保険や年金保険の創設は、1960年代初めの事であり、安倍総理の尊敬する岸信介総理の時代にまで遡る。

自民党は「日本型福祉社会」論で「企業と家庭(女性)」依存へ

さらに、福祉元年と言われた1973年は、田中角栄総理の時代だったのだ。ただし、それでも日本の社会保障制度の水準はヨーロッパの福祉国家から見てレベルは低かったが、「日本型福祉社会」論によって大企業を中心にした「企業」と女性を中心にして「家庭」が支えながら高度成長を支えてきたわけで、バブル崩壊後の企業活力の落ち込みと女性の社会的自立というなかで「日本型福祉社会」がカバーできなくなって今日の格差社会に突入する。

「れいわ新選組」財源論抜きで経済問題を対立軸へ、民主党の二の舞では

かくして、経済的な社会保障制度の陥穽に落ち込んだ日本社会を、れいわ新選組が登場し、経済的な課題こそ今の日本の政治が解決すべき大問題だと主張し、財源問題の違いを無視すれば思わず賛成したくなる主張が一定のブームを起こしかねない勢いを持って登場してきたわけだ。自民党も民主党も手抜きをしてきた「左派」のポジションに、れいわ新撰組が登場しようとしている。今後の政局を見た時、この「れいわ新選組」とどのような立ち位置を占めて行くのか、日本の政治のフォーカスはそこにあると見て間違いあるまい。


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