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2019年11月25日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第122号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

書評 デビッド・アトキンソン著『国運の分岐点』(2019年9月刊 講談社+α新書)

デビッド・アトキンソン氏について、日本経済改革への提言が続く

かつて世界的な金融企業であるゴールドマンサックス社において、優れた日本の金融問題専門家として名を馳せたデービッド・アトキンソン氏を記憶されている方はおられるだろう。バブル崩壊後の日本の金融のあり方について、的確な分析と数々の先見的な提言を提示されていたことが懐かしい。今ではゴールドマンを辞め、日本の古美術関係の中小企業である小西美術工芸社の社長になり、日本の伝統的な国宝などの文化財の補修活動に取り組みながらも、日本経済をどうすれば再建・強化できるのか、経済雑誌への投稿や多くの著作を上梓され、様々な提言を繰り広げている。

今年9月発刊の最新の著書『国運の分岐点 中小企業改革で再び輝くか、中国の属国になるか』(講談社+α新書)は、今やベストセラーの仲間入りするほどの売れ行きのようだ。この新書を読了した第一印象として、人口が激減するなかで一刻も早く日本経済を大変革していかなければ、大変な事になると警鐘を乱打されており、結論から言えば、そのためには最低賃金水準を毎年5%ずつ継続して引き上げ、全国一律で2,150円にまで引き上げることの必要性に言及される。それは、日本の生産性(=労働者の賃金水準)の上昇を阻害している中小企業に、生産性を高めなければ生き残れない事を認知させ、人口減少時代には中小企業の統廃合を進める必要性があるからに他ならない。まさに人口減少時代における日本の今後をどうするべきなのか、その問題提起を正しく受け止めるべきだろう。

人口急減する時代、社会保障を賄える経済力をどう確保できるのか

とくにこの書の中でアトキンソン氏が日本経済について問題視しているのは、人口が大きく減少(とりわけ生産年齢人口が激減)するにもかかわらず、支えられるべき高齢者が激増する「国難」が必至の中で、どうしたら現在程度の社会保障水準を維持できるだけの経済力を持つことができるのか、そのためには生産性の引き上げこそが日本にとって不可欠な「国益」であることを強調される。

この生産性とは、日本経済の生み出す付加価値の総額GDPの事であり、減少し始めたとはいえ日本は人口規模が未だに1億人を超えているため、先進国ではアメリカに次いで第2位の経済大国にはなっているが、人口一人当たりではEUのドイツ・イギリス・フランスなどから離されている。労働力不足対策として移民やロボットでは問題の解決にはならないと主張する。他方で日本の人材はWEFの調べで世界第4位、国際競争力でも5位と高く評価されているにもかかわらず、ここ30年近く殆ど経済は成長しておらず、人口1人当たりの生産性(GDP)では1990年の第9位から最近では第28位へと後退している。

企業の時価総額ランキングの低下も著しく、ベスト100社にトヨタとホンダ2社だけというお寒い状況でしかない。もはや、先進国とは言えなくなってきつつあり、このまま推移していけば途上国並みの水準にまで陥ってしまう事すら生起しかねない。その一番の原因は賃金水準が先進国は20年間で1,8倍増なのに、日本はマイナス9%となっている事に求めている。生産性が微増しつつも、賃金が上がらず労働分配率が低下し、所得格差も拡大し続けている。

なぜ、日本の労働者の賃金は上がらないのか、デフレの真因では

では、なぜ日本の労働者の賃金は上がらないのか、アトキンソン氏は企業競争の他に、働く女性の増加、雇用面での規制緩和(非正規労働者の激増)と並んで先進国で最低賃金が最も低い事にあると見る。その結果、日本の個人消費の低下を招き、それが長期「デフレ」をもたらし人口減となり、ますます需要減となってデフレの悪循環へと進む。この悪循環を断ち切るためには更なる生産性を向上=経済成長が必要となる。アトキンソン氏は生産性を高めていくには、ズバリ賃金を上げることだと提言し、日本社会に「賃上げ」を目指す方向へとビルトインさせることが必要で、それには最低賃金の継続的な5%の引き上げこそが必要だと主張する。とくに日本企業の99,7%を占める中小企業357万社こそが生産性上昇を阻んでいる要因と捉え、最低賃金を引き上げることで生産性向上に取り組ませる改革こそが重要だと指摘する。

「1964年体制」が成長期には効果的、だが人口減時代は逆効果に

こうした中小企業が生産性を上げなくさせた要因として、1963年制定の中小企業基本法を上げ、中小企業を保護するべくその事業規模を小さく定義し、様々な税制上の優遇措置などを設定してきた事の問題を指摘する。更に翌1964年はOECDに加盟し「資本の自由化」に踏み出すものの、外資からの乗っ取りを防ぐべく「護送船団方式」を展開したことも日本経済の非効率化をもたらした要因と見ている。

それでも人口増加が進むなかで雇用先を提供できていた時代にはそれなりに有効であったが、人口減へと逆転した環境の下では「規模の経済」「範囲の経済」に限界を持つだけに、成長を阻害する事になっていると指摘する。いくら生産性を上げるよう要請したとしても、中小企業経営者の多くは自ら努力するインセンティブを欠いており、外側からの力で変えていく以外にないとまで主張する。それが、最低賃金の年率5%への引き上げであり、それが実現できない中小企業経営者は退出してもらう以外にはない、とまで明言される。

もっとも、日本の労働者の賃上げがなぜできなくなっているのか、とくに有効求人倍率が1を超える労働力不足になっていながら賃上げに結び付かない事の疑問は、労働経済専門家もなかなか原因がつかめていない領域であり、アトキンソン氏の提起した日本の産業構造が中小企業による生産性の低さ、それと並行した賃金水準の落ち込みという事だけに求められるのかどうか、今後の調査・研究に求めざるを得ない領域であることは間違いない。とくに、日本の雇用について「メンバーシップ型」と「ジョブ型」の違いが、大企業労働者と中小企業労働者で大きく異なっているわけで、そうした雇用形態のあり方の違いにも目を向けてみる必要性はあると思う。

2060年までに生産性1,7倍に引き上げないと社会保障維持不能へ

さて、本題に戻ろう。日本が抱える「国難」の下で、中小企業や経営者だけの利益という狭い視点ではなく、「国益」として生産性を上げ、少なくなる生産年齢人口で持って今より増える高齢者の社会保障などを賄うために、2060年には今よりも生産性を1,7倍にまで引き上げる以外にないと力説される。もっとも、アトキンソン氏の将来の社会保障財源算定にあたっての前提には、生産年齢人口という20~64歳までの人口が65歳以上の高齢者を支えるという機械的な適用になっており、高齢者の定義が老年学会や老人医療学会で「65歳以上ではなく75歳以上」にすべきだという提言など、支え手の拡大が進むことなどが軽視されていること等、問題があることを指摘しておくべきだろう。ただ、それはこの著書の提起する問題の本質とは別の問題であることは確かである。

大型地震や大型台風の来襲する日本、災害対策出来る経済力は???

さらにアトキンソン氏は、日本が世界の中で特別に地震や津波、大型台風による被害の常襲地帯であることに鑑み、生産性の引き上げによる国の財政力を強くしていなければ、お隣の経済大国中国の属国になってしまう事も強調されている。2011年の東日本大震災や今回の台風19号による大災害は記憶に新しいところだが、今から160年以上前の安政の大地震は、大坂をはじめとする近畿地方を襲った南海トラフ地震と江戸直下型地震が連続して直撃したことを忘れてはならない、と歴史的な記憶に言及されている。お隣の中国の属国というやや過激な表現は別にしても、既に1200兆円にも達した財政赤字を抱える日本にとって、こうした巨大災害の危機に対して十分な国力を持つことの重要性を否定する者はいないだろう。

「連合」が来春闘で最低賃金1,100円を目指す戦いを方針化へ

それだけに、この新書でアトキンソン氏が指摘している問題をどのように改革していけるのか、残された時間は少ないだけに関係者が是非とも読んでほしい著書である。もしかすると、アトキンソン氏の提起する最低賃金の引き上げは、日本の労働組合の全国組織のリーダーの方達に伝わったのかもしれない。というのも、今年の連合の運動方針案の中に「最低賃金の時給1,100円の引き上げ」が盛り込まれたという情報が入ってきた。全国一律にするのかどうか、何故1,100円という数値になったのか、などいろいろと疑問が残るのだが、何はともあれ連合が最低賃金の取組み強化に踏み出そうとすることには賛意を表したい。連合結成から30年、是非とも来春闘で、最低賃金の引き上げを始め労働者の賃上げに全力で取り組んでほしい。

最低賃金引き上げは、経済や雇用に影響が出なかった英国

他方、アトキンソン氏はこの改革案に対して反対の方針を持つ経済界や中小企業経営者達に厳しい批判を展開している。彼らは、最低賃金を継続して年率5%ずつ引き上げ、2060年には2,150円/時にまで引き上げることに強く反発し、これだけ引き上げれば雇用や経済に影響があり、現にお隣の韓国では最低賃金を引き上げたことによって雇用に大きな悪影響をもたらしているではないか、また、そんな賃金を上げれば企業経営できず倒産してしまうのではないか、と言った批判の声についても反論する。

最低賃金を引き上げた先進国にイギリスがあり、ここ20年近い引上げによって2倍以上の最低賃金水準となったが、経済も雇用も何の問題もないことが第三者の専門家達の検証で実証されていること、韓国は年率で20~30%という過度な最低賃金引き上げを進めたために問題をもたらしたことは事実であり、年率12%を超えた引き上げには問題が出ることが実証されていると主張する。12%の根拠は何なのか、この点は明らかではない。

最低賃金引き上げでは企業経営できない経営者はリタイアを!!!???

さらに、この最低賃金の引き上げに対応できない経営者は経営者としての失格であることを告白しているとして、リタイアしてもらう以外にない、とまでアトキンソン氏は断言している。

実に厳しい指摘であるが、いまこそこうして改革を進めていくべき時なのかもしれない。貧富の格差など社会保障の充実には、税や社会保障などの所得再分配政策で対応していく必要性を強調するわけだが、なによりも付加価値の中から賃上げという所得の、一次分配面での格差縮小が先ずは重要であり、最低賃金の引き上げこそ、その重要な支えとなる第一歩なのだ。


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