2019年12月2日
独言居士の戯言(第123号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
「ロスジェネ手当が欲しい」という悲痛な叫びにどう応えるのか
少し前の事だが、私たちが住む日本の社会にとって、切実な問題を提起している記事が目に付いた。「非正規シングル女性の悲鳴『ロスジェネ手当がほしい』」という朝日新聞電子版11月23日付の記事である。真鍋弘樹編集委員の書いたこの記事は、具体的なロスジェネ世代の職場遍歴を含めて独自に取材したようで、今の日本の多くの非正規労働者の現状の一端を切り取っていると見ていい。冒頭において、30~40代のシングル女性たちが抱える老後不安に言及、超高齢社会の主役となる女性の足元に「老後レス」の不安が忍び寄る、と述べ、次のようなメールが取材班に寄せられたという。
「子ども手当のように、ロスジェネ手当を出して欲しい。時代が悪かった、というだけでは見捨てられるのはごめんです」
人間だれしも40代以降になれば自分の老後の生活がどうなるのだろうか、と考え始める。この記事に出てくる女性のように、様々な資格は取ったものの非正規労働者として転々と仕事を変え、今の年収は280万円程度だという。老後の生活を支える公的年金は、明記はされていないがおそらく国民年金でしかなく満額でも6万台半ばしか支給されないことになる。年金は防貧機能を持たなければならないのに、この程度のお粗末な支給額では「防貧」は無理だろう。では、どれだけ預貯金が蓄えられるのか、心もとない。何とかして欲しい、という切実な訴えが「ロスジェネ手当」という叫びに結び付くのだろう。
労働力不足に直面する日本、労働力を粗末にすることは許せない
たまたまバブル崩壊後に就職難の時期にあたり、不安定職場を転々とさせられ老後生活の展望すら開けないでいるわけで、かなりの数のロスジェネ層の方達(その多くは女性)が、不条理極まりない状態に置かれている現実を直視するべきだろう。
こうした現実に対して、どうやってこのような人たちの生活を改善していけるのか、真剣に考えるべき時だと思う。考えるべきは、自ら努力して働いてきた労働者は実に貴重な人材であり、このような有能な労働力を非人間的な低労働条件で粗末に扱うことは、労働力不足と言われる日本において在ってはならないことだと思う。そうした中で切実な問題は老後生活の行方であり、生活を支える重要な柱となるのが公的年金制度である。今特に緊急の課題は公的年金制度の改革である。というのも、ロスジェネ世代が50代に突入するのも間近なことであり、来年度の年金制度の改正がロスジェネ世代にとって最後の改革のチャンスになると思われるからに他ならない。
年金制度改革の最重要問題としての「適用拡大」問題
年金の将来については、5年に一度の年金財政検証が2019年度に実施され、その結果いろいろと改革しなければならない問題が出ている。その中でも一番必要なのは、被用者でありながら国民年金だけしか入っていない非正規労働者・中小零細企業に従事している労働者等を厚生年金に適用拡大させる問題である。
現在「全世代型社会保障検討会議」の場で、この問題が論議されていて、11月いっぱいが山場になっているとのことだ。本来、自営業や農漁業従事者など、定年制度がない対象の方達中心に考えられた国民年金制度だが、今では増え続ける非正規労働者や事業規模500名以下中小企業労働者に適用され、老後に満額で月額6万円そこそこの国民年金支給額では生活を賄えず、魅力の無いため未納したり月額保険料18,300円(全額本人負担で厚生年金の場合は所得金額の18,3%で企業が半分負担)すら払えない窮状を抱えている人も多い。この人たちをそのままにしておけば、やがて老後の生活は最終的に生活保護に頼らざるを得なくなる可能性が大きいわけで、何とか国民年金から厚生年金に適用拡大させられないか、年金関係専門家の多くの方達が強く訴えている。
「適用拡大」は実に大きな効果を持つ改革だが、中小企業の負担増による反発・抵抗も大きい、カギを握るは官邸を牛耳る経産官僚
実は、この適用拡大は実に大きな効果を持つ改革になるのだが、あまりそのことが良く知られていない。というのは、国民年金に加入している人が厚生年金に適用拡大する事によって、不安定な低賃金労働者の年金支給額が増え国民年金だけしかない時よりも老後生活の安定に繋がることは言うまでもない。厚生年金は定額の基礎年金(国民年金)を持つが故に低所得層程有利になるわけで、所得再分配機能が組み込まれている事も見逃せない。
それだけでなく、国民年金加入者が厚生年金の側に移ることによって、国民年金の持っている年金積立金の一人当たり金額が増え、国民年金の保険料部分の給付水準が上がるとともに、同額の国庫負担分(税)が投入される仕組みになっている。それゆえ、基礎年金の給付水準は相当上がり、その恩恵は基礎年金受給者全員に及ぶのだ。しかも、それに要する国庫負担額は、適用拡大によって国民健康保険の人達も被用者保険に移ることになるため、国民健康保険に入っている国庫負担額の減少額で相殺される事になる。
かくして、適用拡大を行い、「同一労働・同一保険」を実行すれば、保険料の半分を負担する企業側の支出が増える。故に、新たに適用される企業の経営者たちは、懸命にレントシーキング(企業が自らに都合がよくなるように規制や制度を変更させることで利益を得ようとする活動)を展開するわけだ。それが、現に中小企業関係団体のロビー活動として展開され続けているわけだ。
中小企業の従業員51人以上適用は抜本改革にならない、企業規模要件の撤廃こそ重要だ
労働組合の連合も経済界では経団連や経済同友会もその必要性を訴えているのだが、残念ながら、中小企業関係やパートタイマーなどに多く依存している団体などは猛烈な反対活動を展開しており、今のところ企業規模に関係なく厚生年金への移行という改革案は、企業規模50人以上に限定される可能性が強まっているやに聞く。これでは、未来永劫50人以下の中小企業には厚生年金の適用が外されるわけで、ここは断固として企業規模要件を無くすべきだと主張したい。
ちなみに、もし企業規模の適用条件を外したらどのくらいの人達が救済できるのか、次の図を参照して欲しい。
企業規模で以て適用非適用が決められれば、企業規模を分割したり、子会社化したりして年金保険料負担を逃れようとするインセンティブを残してしまうわけで、日本という国で「業」を起こす以上は、雇い入れる労働者に保険料を支払えなければ経営者として失格だ、という厳しい姿勢が求められる。
サービス業は企業規模と生産性は製造業と真逆という現実に注目
さらに、驚くべき数字が示されていて、企業規模が低いから生産性が低いというのがサービス業では当てはまらなくなっている現実を知るべきだろう。
藤森克彦日本福祉大学教授が経産省「2019年企業活動基本調査」から作成された下記の図表を見ると、企業規模50~99人と500~999人の従業員一人当たり付加価値額でみると、製造業は7,1と9,5で規模が大きい程生産性が高くなっているが、サービス業では小売業で6,4と5,4、飲食・サービス業で4,5と2,9とサービス業の場合には企業規模が小さい程付加価値額が高くなっていて、支払い能力という点で問題にならなくなっているのだ。(下記図表参照、単位は100万円か? )
年金制度の改革は、来年度の法改正案が提起される事になっており、この厚生年金適用拡大問題は、極めて重要な改革であり、ロスジェネ世代だけに適用されるのではなく、これから高齢社会を迎えるすべての日本国民にとって極めて重大な問題なのだ。こうした改革の問題について、是非とも「老後レス時代」における重要な論点として取り上げて欲しいものだ。
(この小論について、権丈善一慶応義塾大学教授の書かれた『ダイヤモンドオンライン』11月16日付の「今すぐ読んでもらう必要のない年金改革の話 言ってどうなる物でもない世界はある」を参考にさせて頂いた。2枚の表はそこからの引用である。この論文は、前号のアトキンソン氏の問題意識と共通するものがあり、実に貴重な内容となっている)