2020年5月18日
独言居士の戯言(第144号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
中村秀一教授『週刊社会保障』のインタビュー記事を読んで思う事
民主党政権時代から、社会保障・税一体改革(以下「一体改革」とする)の中心になって進めてこられた中村秀一国際医療福祉大学教授が、最新号の『週刊社会保障』(2020年5月4~11日)で「ポスト消費税10%の社会保障について議論を」と題するインタビュー記事を読む機会があった。ちょうど連合総研の依頼で「財政再建とMMT」というテーマで、消費税率10%後の財政再建問題について書く機会があり、同じような時期・問題意識で述べておられ大変参考になった。
考えてみれば、中村教授とは、民主党菅内閣の下で「一体改革」を推進していくことになり、私の場合はどちらかといえば税やマイナンバー制度の導入を中心に取りまとめを進め、社会保障については専門家である中村教授にほとんど任せきり(丸投げ)の状態からスタートしていた。中村教授は厚労省出身のキャリア官僚で、社会保障の内容についてはその本質はもとより細部にわたって精通されており、とてもとても同じレベルでの議論をする立場ではなかったことは言うまでもない。ちなみに中村教授は、横路道政時代の北海道庁に赴任され、なんと畑違いの水産部漁政課長としても力を発揮された方である。文字通りお人柄も含めて、人望の厚い方であった。
4年遅れの消費税率10%への引き上げ等、安倍政権への批判
その中村教授がこのインタビューの冒頭で述べておられることは、当然のことながら私の考えと一致している。すなわち、2013年に決定した消費税率10%への引き上げが4年遅れで実現したわけだが、この4年遅れたことは実に大きな痛手であり、本来2015年に完了していれば、今頃2025年を目指した次の10年計画のスタートを切れていたのではないか、と指摘されている。まったく同感であり、安倍政権の2度にわたる10%への引き上げ延期や、消費税の使い道についても法改正することなく幼児教育・保育の無償化、高等教育の無償化が実施されたり、「一体改革」の路線から外れてしまったことに対しても実に的確な批判をしておられる。結果として、財政健全化が後退したことについても、当初2020年にはプライマリーバランスを黒字化する目標が20年代半ばへと後退させられ、今ではコロナウイルス感染症の拡大に伴う経済危機もあり、それ自体も先行き不透明になっていることを指摘されている。もともと「一体改革」については谷垣総裁が担当していたわけで、この政策に対する責任感の度合いが異なるのは当然のことなのかもしれない。ましてや、厚生労働省には年金問題というトラウマがあり、当初は首相秘書官には同省出身者はいないとされていたが、その後任命されているだろうか。
「一体改革」から次のロケットへ、燃料=財源が必要となるのだが
ただ、10%への引き上げをもって「一体改革」は制度的には完了し、燃料を使い果たした状況であり、次のロケットを打ち上げるには新しい燃料をどうするのか、必要となる財源問題の見通しが重要になることを指摘されている。この道の専門家として、社会保障にとってもっとも重要なのは財源問題であることをよく理解されているからであろう。
「全世代型社会保障検討会議の中間報告」について、
日本型雇用の改革が前面に、社会保障では医療がメインか
続いて、安倍内閣の下で昨年末に取りまとめられた「全世代型社会保障検討会議」の中間報告(以下「中間報告」とする)について述べておられる。この中では、狭義の社会保障というよりは「人生100年時代を見据えて多様性を重んじる社会にするという哲学を掲げ、終身雇用制や年功賃金といった日本型の雇用システムを変えていく方向を示して」いるとみておられる。「一体改革」との関係では医療が大きな課題になることを指摘され、「中間報告」で指摘されている「後期高齢者の窓口負担」「紹介状なし患者の大病院の受診時定額負担」の方向性をどう詰めていくのかの課題とともに、社会保障予算確保が大きな課題となるようだ。ただ最終報告に向け、医療については「三位一体」とされている地域医療構想、医師の働き方改革、医師偏在対策が鍵になるとみておられ、特に一番大きいのが「医師の働き方改革」の重要さを指摘している。また、地域医療について、「一体改革」の報告書で指摘した”かかりつけ医の普及”が必須の課題で、介護保険制度のケアマネージャーと同じような位置づけで医療版ケアマネージャーにしていくべきことを指摘されている。
介護においては、全世代型で支える普遍的な制度を目指すべきとされ、20歳以上からの保険料徴収範囲を広げていくことを想定されているようだ。少子化対策としては、子供の貧困対策を取り上げておられるが、母子家庭や障害児に対する政策も財源を伴う改革を提起されている。
社会保障の将来像、新型コロナ試練は「自己責任」か「連帯」かを図るリトマス試験紙とみる
最後に、社会保障の将来像について、新型コロナウイルスがリトマス試験紙だとみておられ、「この試練を経たあと、自己責任を重視し、市場の力に委ねる社会が強いのか、連帯を大切にする社会が強いのかが問われる」ことを指摘。現状はなかなか「連帯」が得られない社会になっているが、もう一度考え直す必要があると指摘されている。前号で引用させていただいた二木立教授の場合、コロナ危機を経て医療に対しては緩やかな追い風が吹くのではないか、と予測されていたのだが、中村教授の場合は社会保障全体に対して、「連帯」意識が回復するかどうか、明言はされていない。もちろん、そうあってほしいということは当然お持ちであることは間違いない。リトマス試験紙がどんな反応を示すのか、しっかりと注視していきたい。
諸富徹京大教授、ポストコロナの経済・産業構造の大転換を強調
社会保障から経済・産業政策の在り方について、視点を変えて時代の流れを考えてみたい。新型コロナウイルス感染の拡大による産業構造の大転換が進んでいることを強調されているのが諸富徹京都大学教授である。諸富教授は、月刊誌『世界』6月号で「日本資本主義とグリーン・ニューディール」と題する論文を書かれている。副題は「パンデミックが促す構造転換」とあり、眼前で進行しているパンデミックにより急速に経済が収縮していること、そしてそのもとで避けられなくなっているのが経済構造の変化、すなわち「非接触経済」への移行である。
「非接触経済」への移行によって、対面接触をできる限り避けつつ円滑な経済活動を可能にする新しい経済システムの樹立をもたらすものと捉え、歴史を振り返った時、今回のパンデミックが「分岐点」だったといえる変化を引き起こす可能性が高いとみておられる。
「非接触経済」は「資本主義の非物質主義的転回」の加速化を促進
と同時に、それは諸富教授の最新の著書『資本主義の新しい形』(岩波書店2020年1月刊)の中で提起されている新しい概念〈資本主義の非物質主義的転回〉の加速として捉えられるべきことを強調される。詳しくは新著を読んでほしいのだが、〈資本主義の非物質主義的転回〉とは「肉体労働や機械設備による物質生産から、知識と無形資産による非物質主義的な生産へと、資本主義の在り方が変化していくこと」を指し、経済のデジタル化は、こうした意向を促す中核的要素ととらえておられる。
EU・アメリカで進む「グリーン・ニューディール」に追い付けるチャンス、
ポストコロナで進む、鉄鋼や紙パルプ産業の衰退
今度のパンデミックで紙パルプ産業や鉄鋼産業の衰退をとりあげ、もう一つの大きな副次的な効果として「温室効果ガス排出の減少」をもたらしながら、経済成長を促す経済システムへの移行に向けた契機になることも予想している。それは、EUがフォン・デア・ライエン新委員長の下で、新たに掲げた「ヨーロッパ・グリーン・ニューディール」や、アメリカのオカシオ=コルテス下院議員らの提唱した「グリーン・ニューディール」で具体的に提案されており、温室効果ガス排出を実質的にゼロにもっていくことなど、極めて野心的な「グリーン産業政策」を提起している。こういった動きから遅れを取ってきた日本において、「鉄は国家なり」を自任してきた鉄鋼産業がようやく撤退し始めてきたわけで、日本資本主義にとって大きな転換点にしていかなければならないことを強調する。
グリーンニューディール政策への転換、脱炭素化投資だけでなく人的資本・無形資産投資の持つ重要性
そのためには日本においても「グリーン・ニューディール政策」を日本経済の新しい成長軌道にまで高めて行く必要があり、企業による脱炭素化投資とともに、人的資本への投資、無形資産への投資が必要になるとみる。今までの日本企業が、人的資本への投資を節約し、賃金を抑制し環境保全への積極的な取り組みを控えることによってコストを削減し、利潤を確保しようとしてきたことから脱却していかなければならないことを力説される。そして諸富教授は、最後に次のような言葉を述べておられる。
「短期的にはパンデミックからの脱却、そして中長期的には脱炭素化によって、究極的には『人類が生き延びる』ことに寄与する産業こそが生き残る。グリーン・ニューディールがこうした新しい経済発展の道を切り開く転轍手となることを期待したい」(『世界』論文155ページより)
新型コロナウイルスによるショックが、こうした新しい経済・産業政策への転換をもたらすことに期待したいものだ。