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労福協 活動レポート

2020年6月8日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第147号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

「コロナ危機の経済学」(『週刊エコノミスト』6月2日号)を読む

少し前のことになるが『週刊エコノミスト』6月2日号で、特集「コロナ危機の経済学」が取り上げられ、多くの著名なエコノミストがインタビューや論文を掲載されていて、実に興味深い特集記事が多かった。その中で、竹中平蔵東洋大学教授のインタビュー「教育や医療、規制緩和の議論を、デジタル化の遅れ挽回する好機」が目に入ってきた。今回のようなコロナショックに対して、どのような対応をとるべきなのか、小泉政権時代から規制緩和を重視し市場原理主義による政策をリードしてきた張本人だったわけで、そうした立場から見てどのようなことを主張するのか、注目して読んでみた。

医療をまず取り上げ、医師の数が少ないことは既得権益者(医師会のことか?)や厚労省が医学部を作らせなかったり、遠隔診療に反対してきたことを取り上げ批判している。そうした問題点についての是非について、ここでは触れないでおきたい。医療資源をどのように充実させてきたのか、小泉内閣時代の財政削減の対象として医療費をやり玉にあげ、診療報酬や薬価など強引に引き下げられてきたことを忘れることはできない。

竹中平蔵教授の「ベーシックインカム月額5万円」という提案???

それよりも今回問題視したいのは、「政府は全国民への一律10万円の現金給付を実施」への竹中氏の次のコメントである。

「これまでの現金給付は、消費刺激効果がなかったと言われるが間違いだ。これは景気刺激策ではなく、生活救済策だ。10万円の給付はうれしいが、1回では将来への不安も残るだろう。例えば、月に5万円を国民全員に差し上げたらどうか。その代わりにマイナンバー取得を義務付け、所得が一定以上の人には後で返してもらう。これはベーシックインカム(最低所得補償)といえる。実現すれば、生活保護や年金給付が必要なくなる。年金を今まで積み立てた人はどうなるのかという問題が残るが、後で考えればいい」(19ページ)

これを読んで率直に驚いてしまった。社会保障の問題について、もう一度「ベーシックインカムとは何なのか」、きちんと理解したうえで論議をしてほしいと思う。もともとベーシックインカムという考え方の生まれる背景には、ミルトン・フリードマンが唱えた「負の所得税」があったようだが、結論から言えば竹中氏の提案にもフリードマン流の「市場原理主義による小さな政府」論が色濃く反映しているようだ。

多くの専門家と称する方たちの社会保障理解がなぜ間違えるのか

前号では、社会学者である大澤真幸さんのベーシックインカム論について、それがコモンズや社会的共通資本にシンパシーを抱く立場からの提言で、竹中氏とは真逆の立場からの問題提起だったわけだが、社会保障という立場から大澤氏の考えておられることの問題点を指摘させていただいた。こうした日本でも著名な「学者」の方たちが、今回の「国民一人10万円支給」について、あまりにも十分な理解をされないままに「ベーシックインカム」として位置づけておられることの問題を指摘する必要性を感ずる。特に、竹中氏の発言には腹立たしさを覚えるし、無責任極まりないと思う。

社会保障にとって代わろうとするベーシックインカムとは何か

もう一度、ベーシックインカムについての定義をしておきたい。ここでは私が一番信頼している社会保障の専門家である権丈善一慶応義塾大学教授が述べておられることを借用させていただこう(以下、権丈善一「頑張れ!?元気の出るベーシックインカム」『東洋経済オンライン』2018年5月24日号を参照)。権丈教授は「①人が生活を営むのに必要な額の基礎的な生計費の水準を、②国民全員に、年齢や性別、婚姻状態、雇用状況にかかわらず、権利として支給する」というものとされ、①をベーシックインカムの給付水準条件②を給付対象条件と整理される。そのうえで、①基礎的な生活水準については憲法25条に基づく生活保護費が取り上げられ、ペーシックインカムでは付随する資力調査(ミーンズテスト)がなくなるメリットとともに議論されることが多い。

この生活保護は今の時点で計算すれば月額約13万円となり、1億2700万人もの国民全員に給付すれば約200兆円に達する巨額となる。今、日本の社会保障費は一般会計だけでなく社会保障基金会計などを含めて約120兆円でしかなく、社会保障制度を全廃しても大きく不足する。様々な事務費や人件費などが必要なくなることも入れたとしても、到底足りないことは間違いない。この財源をどうするのか、ベーシックインカムを提起される方たちから、きちんとした財源についてのフィージビリティを聞くことがほとんどないことを指摘しておきたい。(権丈教授は、先ほどの①②を満たす給付をベーシックインカムと呼ぶがその実現可能性があまりに怪しいため、その条件を緩めた議論がされることが多い点にも触れられている)

生活保護費月額13万円を下回るベーシックインカムはあり得ない

ここで、竹中発言の問題点について指摘したい。月額10万円ではなく5万円を毎月給付し、マイナンバー取得を義務付け、所得が一定以上の人には返してもらうことにすればよい、これをベーシックインカムといえるとされているわけだが、果たして5万円で最低生活ができるのだろうか。ただでさえ生活保護費月額約13万円では少なすぎるのではないか、といわれているだけにベーシックインカムがそれを下回ることはあり得ない。この点だけを見ても、なんだか最低生活すら保障できないベーシックインカムがあたかも可能であるように述べておられるようだが、それをベーシックインカムとは言わないのだ。

マイナンバー制度についての無理解もあるのでは

それだけでも失格なのだが、「マイナンバー取得を義務付け、所得が一定以上の人には後で返してもらう」ということもよくわからない。マイナンバーとは既に国民全員に附番されているのだが、それがカード化されている比率が低いことと、マイナンバーと所得情報の紐づけができていないため、今回の10万円の給付にはマイナンバーカードは有効ではなかった。つまり、マイナンバーと預金通帳などの紐づけができていないのだ。こうした問題をどうするのかは、大きな問題ではあるが、制度の現状に対する無理解を指摘しておきたい。

社会保障制度を無くしてベーシックインカムだけで自助努力とは!!!

何より問題なのは、5万円で打ち切られる生活保護者や年金生活者の老後生活がどうなるのか、という点である。5万円のベーシックインカムでは絶対に無理なわけで、もしそれを実施すれば暴動が起きることは必至である。今までの年金の積立てた人について問題が残る、と竹中氏は指摘するが、今の年金は積立方式ではなく、賦課方式で実施しており、過去の拠出記録によって給付額が決定するわけで、5万円で打ち切られたら国家賠償請求が国民から出てくることも必至だ。さらに、前号でも指摘させていただいたが、重篤な病気にでもなれば高額医療費が重くのしかかってくる。ベーシックインカムの中でそれを負担できないわけで、国民皆保険制度がなくなることに伴う国民生活の破壊が進むに違いない。

おそらく竹中氏の考えていることは、5万円出すので、あとは働いて稼いでください、ということを主張しているのだろう。「所得が一定以上の人には後で返してもらう」と主張されていることからもうかがい知ることができる。これでは、まるでアメリカのように公的医療保険制度をはじめとする社会保障制度を無くして、月額5万円のベーシックインカムを出すのであとは「自助努力」で頑張ってほしい、と述べているとしか思えない。相も変わらず新自由主義を全面展開しているわけだ。

ベーシックインカムとは、「防貧」機能を廃止し「救貧」機能化へ

先に紹介させていただいた権丈教授の論文の中で、社会保障は国民生活を貧困になることを防ぐ「防貧」機能を持つことであり、生活保護のような公的支出は貧困から引き上げる「救貧」とは異なることを指摘され、ベーシックインカムとは「防貧」機能を「救貧」機能に置き換えるものでしかない、と喝破されている。竹中氏の発言の狙いも、まさに社会保障機能が持つ「防貧」機能を廃止し、「救貧」機能化することを目指そうとしていると言えよう。

NHKは、「ベーシックインカム」について正確な理解できる番組を企画せよ

6月6日午後9時から放映されたNHKスペシャル「生討論!令和未来会議 コロナ時代の働き方は 迫る失業をどう回避? 定着する?テレワーク」の中でも、視聴者からの声としてベーシックインカムに期待するものが多く出されていた。その場合、時間の関係もあったのだろうか、だれもベーシックインカムについての異論もなかったようだが、今後とも政府からの給付金をベーシックインカムとして安直に理解し、導入賛成論が高まることが懸念される。正確なベーシックインカムについての理解を持ってこれからの論議に参加してほしいわけで、NHKたるもの、ベーシックインカムについての正しい理解をきちんと番組として取り上げてほしい。社会保障をしっかりと構築し「防貧機能」を強化することこそが中産階級を育み、デモクラシーの砦を作り上げることに通ずるわけで、ポストコロナ時代の大きな課題となってきたようだ。


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