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労福協 活動レポート

2020年6月15日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第148号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

神野直彦学長の『世界』論文「『危機の時代』と財政の使命」読む

神野直彦日本社会事業大学長(東大名誉教授)の「『危機の時代』と財政の使命」〈ポストコロナの「新しき時代」のために〉と題する論文が、月刊誌『世界』7月号に掲載されている。日本の財政学会をけん引してこられ、政府税制調査会をはじめとする多くの政府委員を歴任してこられた神野先生が、コロナ危機に置かれた今の時代についてどんな問題を指摘されるのか、さっそく一読させていただいた。

先生の持論である財政の果たす役割について「財政の使命は政治システム・経済システム・社会システムという社会全体を構成する3つのサブシステムを統合する」ことにあり、「危機の時代」とはこの3つのサブシステム間の相関関係が崩れ再編成が必要になっている時代なのだと述べておられる。そして、コロナ危機が発生する以前に「危機の時代」となっており、人間の絆が寸断され、憎悪と暴力が溢れ出し「国家原理主義」が台頭している危機の様相に触れる。そして、危機をあおられて自ら自由を捨て「自由からの逃走」に突き進むことは危険だ、と警鐘を乱打される。

安倍政権の第一次補正予算批判、問題の根源は新自由主義による「財政縮小―市場拡大」戦略にこそある

日本のコロナ危機への第一次の対応策として、4月20日に25兆6914億円の補正予算をすべて国債の起債によって賄うことになったが、その内訳の中で全国民への10万円給付で12兆8803億円を含む「雇用の維持と事業の継続」のための経費が19兆4905億円になっているのに対して、「感染防止策と医療体制整備」のための経費は「観光・消費支援」の経費1兆8482億円をも下回る1兆8097億円に過ぎないことを指摘。医療サービスの供給体制の整備不足が指摘されるにもかかわらず、その整備ではなく経済活動の自粛要請を強化することで対応しようとしていると批判される。

コロナ危機以前における「危機の時代」は、グローバリゼーションを推進した新自由主義が「財政縮小―市場拡大」戦略をとってきたことに由来する。その財政縮小戦略は、社会保障関係費に絞られてきたことを強調される。結果としてパンデミックへの備えを軽視する傾向を強め、グローバリゼーションの進展によるパンデミックの襲来が現実化し、眼前に大混乱を巻き起こしているのだ。

かくして、「コロナ危機」という大災害を克服するには「財政縮小―市場拡大」戦略に代替するシナリオを描かなければならない、と問題を提起される。

神野学長はスウェーデンの取った「コロナ危機対応」に注目する

ここから先が、実は大変興味深い問題提起となっている。神野先生は、「コロナ危機対応」として世界の潮流に従わないスウェーデンの取ったやり方に注目される。スウェーデンでは、ロックダウンどころか「休業・休校も、外出禁止も実施しない。ただし、50人以上規模のイベントや高齢者施設への立ち入りも禁止」されている。発熱や咳など軽度でも症状があれば自宅待機が要請される。レストランも休業は要請されず、高校や大学はオンライン授業で小中校は通常通り開校、いずれの要請も上からの「規制・統制」ではなく、「理性ある国民へ呼びかける形」で行われているとのことだ。

スウェーデンの取った「持久戦型戦略」に非難の集中砲火が

こうしたスウェーデンのやり方は世界中のメディアから非難の集中砲火を浴びているが、スウェーデン政府は動じていない。こうした政策を独立行政機関である公衆衛生庁において専門家が科学的根拠に基づいて指揮しており、そのリーダーはエボラ出血熱の収束に携わった「偉大な免疫学者テグネル医師」で、一言で表せば「新型コロナウイルスの制圧には長期を要すると覚悟した持久戦型の戦略」を取ってきている。つまり、「規制・統制」による行動制約の要請は最小限にとどめ、あとは理性ある国民の責任ある行動を信じて、それに委ねるという持続可能な戦略が採用されている。

「規制・統制」による行動規制は、短期決着できる前提でなければ無謀な戦略になる

つまり、「規制・統制」による行動規制の強化は1~2か月が限度で長くは続けられず、「短期で制圧できるという確信がなければ無謀な戦略となる」と喝破する。スウェーデンから言わせれば、ロックダウン型の行動制約によって短期間で制圧できると考えることこそ「甘い」ということになるわけだ。日本においても、4月初めから始まった外出禁止状態が2か月近く経過したわけで、国民には我慢の限界になっていたのではないだろうか。ロックダウンをしなかった日本においてすらそんな状況になっているわけで、強硬なロックダウンをはじめとした「規制・統制」下に置かれた国民は、徐々にではあれ規制が緩和され始めているものの、極限状態に追い込まれていたに違いない。それにともなう様々な経済的・社会的・精神的弊害が指摘されていたことを見失ってはなるまい。

スウェーデンの現実、問題があったことは認めつつ「希望のヴィジョン」を連帯・参加で挑戦・克服することに着目へ

では、スウェーデンにおけるコロナ危機対応の現実はどんなものだったのだろうか。スウェーデン公衆衛生庁は、死亡者が多かったことや高齢者特別住宅での感染対応が不十分だったことを認め是正している。

神野先生は「ロックダウン型の短期決戦が有効なのか、権力的「規制・統制」を最小限にしようとするスウェーデンの持久戦型戦略が適切なのかを評価する能力は、私にはない。それはいずれ歴史が裁くことになろう」(94ページ)と述べておられる。ただ、スウェーデンにおけるコロナ危機対策は、「この危機を克服して、どのような新しき時代を形成するかという希望のヴィジョンと結びつけていること」にあり「国民が連帯してコロナ危機に立ち向かい、国民の手であらためて民主主義的統治を取り戻そうという意思表明・挑戦」であることに注目すべきだと述べておられる。

1930年代危機を乗り切ったスウェーデン、社民党政権が「国民の家」を掲げて危機を乗り切った歴史に学ぶ

もともとスウェーデンは国民の政府に対する信頼が高い国であり、その「信頼」と「自発的規律性」高めて危機を克服していこうとしているわけで、1929年以降の世界大恐慌に見舞われた際、政権をゆだねられた社会民主労働党のハンソン首相は、「国民の家」を掲げて「危機の時代」を乗り越えてきた歴史を取り上げ、現代の「危機の時代」においても、国民と政府との関係を近づけるべく民主主義の再創造に努めていることを神野先生は強調される。つまり、現在抱えている危機を、社会の構成員全員で乗り切るべく未来の決定権限の委譲を試みようとしていることに活路を見出されようとしている。

評論家中野剛志氏の論文「『ポスト新自由主義』の到来を暗示するコロナ集団免疫戦略の失敗」は、神野論文を正面から批判

これに対して、評論家中野剛志氏は『ダイヤモンドオンライン(6月11日号)』において、「『ポスト新自由主義』の到来を暗示するコロナ集団免疫戦略の失敗」という論文を寄稿されている。この論文は「コロナ後の世界」特集(1)とされており、もしかすると中野氏によってこの論文はまだまだ継続するものなのかもしれない。

この論文の冒頭、世界は、国境管理を強化し医療物資を奪い合い、財政規律を捨てて巨額の財政出動を行ったことを取り上げ「新自由主義というイデオロギーの終わりを意味する現象」かもしれないと述べ、さらに「スウェーデンなど一部の国で試みられた『集団免疫』戦略の失敗もまた、新自由主義の終焉を暗示しているように思える」と明言されている。果たしてスウェーデンが「新自由主義」路線を展開したのか、神野教授と真っ向から異なる論文を目にしたわけで、何がどうなっているのか、きちんと明らかにしておく必要があると思う。現に、中野氏は神野先生が指摘されている「国民の理性的な行動に新型コロナウイルス感染症への対応を委ねている」ことを批判されている。

スウェーデンで起きている現実についての誤解はないのだが

中野氏は、スウェーデンの取っている政策は「恐るべきことに、集団免疫を積極的に獲得し、犠牲者をできるだけ少なくしつつ、感染の早期終息を図るためには、80歳以上の患者らが犠牲になるのはやむを得ないという思想に立っているのだ」と指摘されているのだが、だれが、いつどのような場で発言したものかの引用はない。たしかに、これまでの結果を見るとき、当初予定した十分な成果が上がっていないことはテグネル氏らも認めているし、指摘されている高齢者への十分な対処が遅れたことも反省している。また、テグネル氏自身が「命の選別」を否定した発言を引用しているものの、病院では実際に選別が行われていると中野氏は断言する。また、「集団免疫」獲得に向けて抗体保有率も低率だったことを挙げている。さらに、経済成長率が2020年1~3月の実質で前期比0,3%減(通年で7%減)と芳しくないことも上げている(前期比度-0,3%が通年で-7%になる理屈がなかなか理解できない)。ここまでは、事実の問題が中心であり、「命の選別」以外は大きな違いはない。問題は、「新自由主義と相似する論理”自由放任”の疫学」の項で述べておられるスウェーデン批判である。

中野氏は「レーン・メイドナーモデル」を新自由主義と批判し、「集団免疫戦略」もそれに基づいたものと批判へ

中野氏は次のように問題を指摘する。

「市場競争によって、競争力を失った産業や企業は淘汰され、その結果、失業者が増えるかもしれない。しかし、新自由主義者は、旧来の産業や非効率な企業が淘汰されれば、経済全体は効率化し活性化するとし、したがって失業者はいずれ新しい産業や企業で職を見つけることができると、主張する」「政府が介入して倒産や失業を防ぐのではなく、自由放任にして市場原理に任せた方がよいというのだ」

確かに、スウェーデンでは不況に陥って立ち直れなくなった企業や産業に対して、安易に手を差し伸べることはない。しかし、企業や産業に対して厳しい姿勢を取るがそこに働く労働者に対しては、手厚い対策を取る。より競争力のある企業や産業への雇用転換を手助けするべく、職業訓練を施して転職をあっせんする。「積極的労働市場政策」といわれるもので、かつてスウェーデン労働総同盟のスタッフだったレーンとメイドナーの名前にちなんで「レーン・メイドナーモデル」と呼ばれる政策をとってきた70年近い歴史がある。労働者に対して解雇して放置したままではなく、きちんとして職をうるべく新しい技能獲得に向け全力を挙げているのだ。これをサッチャーやレーガン流の「新自由主義」と同列に並べることは到底許されない。

このような立場に立って、スウェーデンの今度の措置が新自由主義による「集団免疫」戦略と位置付けることには同意することはできない。中野氏は、スウェーデンにおける社会民主労働党を中心にしたスウェーデン型の福祉国家の現実を、新自由主義と一刀両断されているわけだが、どうしてこのような理解になるのか、まったく理解できない。引き続きの論考に注目したい。

アメリカの『フォーリン・アフェアーズ』日本語版6月号に掲載された3人による論文「集団免疫作戦しか道はない」は興味深い

このスウェーデンの取った新型コロナウイルス対策について、アメリカの国際情報誌『Foreign Affairs Report』日本版7月号において、「集団免疫作戦しか道はない―スウェーデンは第2波を回避できる?」という論文が掲載されている。書いておられるのはニルス・カールソン(リンショーピング大学教授)、シャロッタ・スターン(ストックホルム大学教授)、ダニエル・B・クライン(ジョージ・メイソン大学教授)の3教授である。この3教授は、それぞれ政治学、社会学、経済学が専門のようだが日本ではあまりなじみのない方たちのようで、正直私はどのような考え方を持った専門家なのかよく知らない。
この論文の中で事実として指摘されていることは、神野先生や中野氏が述べておられることと違いはない。ただこの取り組みの評価という点では、現段階では賛否両論あることに言及する。だが、「世界の多くが致命的な第2波を経験する時、スウェーデンは(集団免疫のおかげで)パンデミックの最悪の事態をある程度やりすごすことができる」(58ページ)というスウェーデン当局の見方を提示する。短期的ではなく、中長期的な視点で今回の危機を見ていることを示している点では神野教授と同じである。

スウェーデン国民の国家への信頼や責任感の強さ=「民度」の高さに注目すべきかもしれない

今回の危機に対して、現在都市封鎖をしている国は経済的な縮小が毎月2%ずつ進むとOECDは推定し、失業率も1930年代以降かつてない水準に上昇し、政治的な反動も起き社会的分断が大きくなっていることを指摘する。ワクチンが開発されるまで都市封鎖を続けるわけにはいかないわけで、最終的にはスウェーデンが取った集団的免疫」アプローチがコロナウイルスに対する唯一の実行可能な防御なのかもしれない、と結んでいる。もちろん、スウェーデンという国が政府への信頼や個人責任感の強さで特有なものがあり、スカンジナビアを超えた地域では受け入れられないかもしれないし、健康弱者が十分に保護される限り、という前提付きではあるのだが。

ただ、少なくとも中野氏のように「新自由主義路線による自由放任の疫学」とは言えないのではないかと思う。


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