2020年6月29日
独言居士の戯言(第149号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
10万円給付によって、マイナンバー制度への関心が高まる
一人10万円の給付問題を機に、マイナンバーについての関心が一気に増したようだ。先週号は東京・会津への旅行によって、急遽三木義一青山学院大学名誉教授との対談「10万円給付で見えてきたマイナンバーの本当の意義」というユーチューブによる対談を掲載させていただいた。そのユーチューブを見た人もいたからなのだろうか、その後、野党関係者からマイナンバーについての学習会を開催したいので講師をお願いできないだろうか、という問い合わせが来始めている。国会に議席を与えてもらって以来、日本の所得捕捉の不十分性(クロヨンとかトーゴーサンピンという言葉が喧伝されていた)を痛感し、民主党政権時代、財務副大臣から内閣官房参与にかけて、税社会保障一体改革の重要なツールとしてのマイナンバーの制定に向けて努力してきたわけで、自分なりにマイナンバー創設にかけてきた「夢」を語れればと思い、喜んで対応することにしている。
権丈教授『東洋経済オンライン』??刊「総花的な『公的支援給付』が生まれる歴史的背景 コロナ禍に思う『バタフライイフェクト』」を読む
それでは、私がマイナンバーにかけた「夢」とは一体何だったのか、これこそが今一番語られるべきポイントなのだと思う。確かに、10万円の給付の円滑な実現に時間がかかっていることなど、問題が多いわけだが、一番大切なのはマイナンバーなるものを使って実現すべき目標は何なのか、という点だと思う。その点で、私が一番信頼し尊敬している権丈善一慶応義塾大学教授の最新の『東洋経済オンライン』(6月23日)に掲載された「総花的な『公的支援給付』が生まれる歴史的背景 コロナ禍に思う『バタフライイフェクト』」が実に問題の所在を的確に指摘されているので、是非とも直接読んでほしいと思う。
問題は、生存権を保障すべき国が国民生活を把握できていない現実
私なりに問題を整理すれば、不確実な社会に住むものにとって、最優先しなければならないのは「国は生存権の補償として、人命と生活を守るためのインフラを整備すること」なのであり、今回のコロナ禍において生活を守るための所得補償が実施されているが、一体だれが生活に困窮しているのか、つかみ切れていない弱点がある。そのため、今回の10万円給付にみられるように「総花的」となり、「必要な人には不足し、そうでない人には棚からぼた餅が配られる」ことになる。これまで、災害や経済ショックが起きるたびに同じようなことを繰り返してきたのは、生存権を保障すべき国が国民の生活の状態を把握できていないことにあると喝破される。
所得と社会保障に関する情報を結び付けてこそ必要な給付が実現へ
問題の根源はそこにあるわけで、所得や資産の正確な把握をすることによって、本当に困難な生活に陥っている方たちに対して生存権を保障すべくきちんとした給付を実現させなければならないわけで、所得に関する情報と社会保障に関する情報を番号で結びつけることによって必要な給付が実現できるのだ。
大平内閣グリーンカード導入は、何故「廃止」に追い込まれたのか
ところが、こうした改革を進めようとした際に、個人のプライバシーを重視することを重く見た方たちの抵抗によって、番号による正確な所得把握が阻止され続けてきたのが今日の日本の現実である。背後には、富裕層がアングラマネーを秘しておきたいという思いがプライバシーという言葉で覆い隠されてきた。かつて自民党大平内閣時代に、納税者番号となるグリーンカードの導入が法定化された際、その実現を阻止するために富裕層を中心に猛烈な政治陳情が繰り広げられ、結果として廃止になったことを忘れることはできない。
安倍政権時代、財務省「日本型軽減税率」が潰され「軽減税率」へ
権丈教授は、この時のことだけでなく安倍政権になって消費税率を10%へと引き上げる前に、財務省が提案した「日本型軽減税率」なるものを打ち出してきたことに言及。その「日本型軽減税率」なるものは、買い物時にレジでマイナンバーカードをかざし消費税2%分の還元ポイントを得て、後日ポイントに基づいて一定限度内の還付が個人口座に振り込まれるというものだった。しかしながら、公明党の主張する食料品などの軽減税率導入へと舵を切って今に至っているわけだ。
グリーンカードや日本型軽減税率が実現していたら、『バタフライイフェクト』で再分配政策の選択肢が広がったのでは
もし、グリーンカードが廃止されることなく導入されて金融所得まできちんと補足されていたらどうなったであろうか。さらに、この「日本型軽減税率」が導入されていたら、マイナンバーカードが大いに活用され、個人の所得・資産情報と結びついて社会保障給付が必要とされる正確な支給対象者に効果的に給付されることに結びついていたことだろう。コロナ禍の与える影響がいろいろと表れる中で、社会保障と税を通じて社会全体の格差の広がりを抑える効果的な再分配政策という選択肢が、我々の眼前に広がっていたと思えると予測されている。
マイナンバーを「権利と義務が体現された社会保障ナンバー」へ
私自身がマイナンバー制度の導入を考えたのも、権丈教授が述べておられることと共通した考え方であったことは言うまでもない。かつてのグリーンカードが納税者番号であり主として税制を中心にした所得・資産情報を補足しようとしたわけだが、権丈教授が指摘されるように「マイナンバーカードが、権利と義務が体現された社会保障ナンバー」に育つことを願う立場であり、これから打ち続くコロナ禍がもたらす国民の生存権の補償ためのインフラを整備していく必要性を痛感させられる。
政府・自民党のマイナンバー活用策は、私の「夢」とは程遠い
一方、政府自民党内で考えられていることは、残念ながらそうした「権利と義務が体現された社会保障ナンバー」とは程遠い。
自民党内には、10万円の給付が遅れていることや、せっかく導入されたマイナンバーによる申請がかえって時間がかかりすぎることとなり、マイナンバーによる申請を受け付けない自治体も出てくるなど、混乱に拍車をかけたことを問題視する意見が出てきたようだ。これを機に、国民への給付先となる銀行預金口座とマイナンバーの結びつきを進めるべきだとする声も出始め、1つの銀行口座と結び付ける方向での意見集約を高市総務大臣は打ち出す方向のようだ。銀行口座は国内に8億冊とも10億冊とも存在しているわけで、一人で複数の銀行預金口座を持っている。1つの口座だけでは、所得・資産情報は正確に捕捉することができないわけで、やはりすべての口座に附番していく必要がある。銀行がいろいろとクレームをつけてくることが予想されるだろうが、預金保険機構がペイオフに対処するためにも預金口座とマイナンバーとの附番を強力に進めていくべきだ。
発足した「マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループ」は、的外れで期待できない
政府のほうも6月23日「マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループ」(主査・古谷一之官房副長官補)の第1回会合を官邸で開催し行政のデジタル化推進に向けた課題について協議を始め、年内には工程表策定を目指すようだ。会合で菅義偉官房長官から「我が国の成長力、国際競争力を維持するため、抜本的な改善を図る必要がある」と挨拶をしたようだ。また会合にはIT企業や財務関係の有識者が参加したとの報道があるが、固有名詞は明らかにされていない。問題は何を課題にしていくのかなのだが、(1)マイナンバーカードの普及、(2)運転免許証や国家資格のデジタル化、在留カードとマイナンバーカードの一体化、(3)学校検診などの教育分野への活用、(4)地方自治体の業務システムの標準化―などが議論されたと報じられている。
菅官房長官の発言やこれから年内にも取りまとめていく課題を見ても、「成長力や国際競争力」が前面に出ているわけで、「権利と義務が体現された社会保障ナンバー」といった問題意識の片鱗すらうかがわれない代物でしかないことは間違いない。われわれは、何時になったら的確な「公的支援給付」が実現できるのか、今の安倍政権の時代には期待できそうにないことは間違いなさそうである。
世界経済は世界大恐慌期を超える深刻な経済危機に突入か???
IMF(国際通貨基金)は24日改定した世界経済見通しで2020年の成長率をマイナス4.9%と予測し4月時点から1.9ポイントさらに下方修正した。もし、新型コロナウイルスによる感染第二波が発生すれば、2021年はゼロ成長にとどまると警告。景気対策としての公的債務も第2次世界大戦時の水準を大きく超えそうで、今後の政策余地は狭まりつつあるようだ。世銀やOECDの予測も2020年はそれぞれマイナス5.2%,6.0%と予想しており、第二次感染が起きれば21年も1%、2.8%とほぼ横ばいとなる。ということは戦前の世界大恐慌に匹敵する長期停滞を余儀なくされることになるとみているわけだ。最近のアメリカは経済再開を進めて州では感染者数の拡大が続いており、予断許さない展開となっているようだ。また、新興・途上国は感染そのものが止まらなくなっているし、サウジアラビアやナイジェリアといった産油国は、世界的な需要低迷で原油価格が大きく下落しており、大幅なマイナス成長を余儀なくされている。
世界の2020年公債残高は対GDP比100%を突破し過去最大へ
こうした先進国経済の低迷の中で、金融市場だけは乱高下を繰り返してはいるが比較的明るさを取り戻しているようで、背景には主要国の巨額な財政出動や異次元といってもよい金融緩和があることは間違いない。こうしたマクロ経済政策がいつまで取り続けられるのか、すでに財政出動の余地は大きく狭まってきたとIMFも観ているようで、世界の公的債務残高は2020年にGDP比100%を突破し過去最大を記録することは確実のようだ。もちろん、日本は世界最大規模の268%と前年から30%も上昇するわけで、これからどのような財政・金融政策がとり続けられるのか、大いに注目していかなければなるまい。MMF(現代貨幣理論)に名を借りて、放漫財政になることの愚は避けなければならない。まさに。ワイズ・スペンディングこそ今求められているのだ。
コロナ危機を防ぐ医療制度の拡充こそワイズ・スペンディングだ
特に、コロナウイルスの第二次感染と経済の再建との関係では、経済活動の再開による感染の拡大のリスクによって再び医療危機に追い込まれるかもしれないわけで、医療体制の充実こそが経済再建のためにも求められていることを深く考えなければなるまい。これからの医療供給体制の強化こそが、当面の経済再建への道につながることを深く理解して財政支出を惜しんではなるまい。まさに、医療分野をはじめとした社会保障分野こそ、ワイズ・スペンディングであることをもっともっと強調していくべきだろう。
もともと医療は故宇沢弘文氏の「社会的共通資本」と位置付けられるべき分野であって、市場原理で運営すべきものでないことは言うまでもない。ただ、新型コロナ危機に直面して、改めてその重要性を認識させられたと言えよう。もっとも、コロナ危機が終息に至れば、再び医療に市場原理を導入する動きが出ることも予想されるだけに、しっかりと監視警戒していく必要があることは間違いない。