2020年8月31日
独言居士の戯言(第157号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
安倍総理、健康問題で総理辞任へ、後継総理選出へ動く自民各派
安倍総理が難病の潰瘍性大腸炎が再発したことにより、28日辞任を表明した。どうも顔色が良くないし、精彩を欠いているようだという印象は持っていたものの、ここまで悪くなっているとは思わなかった。17日に慶応大学付属病院に5台の車を連ねたテレビ放映を見たとき、普通はマスコミ関係者に気が付かれないように配慮するものだが、どうも様子がおかしいと思っていた。その日の7時間半にも及ぶ病院滞在は、かなり深刻なものを想定させてくれる。
そうした中で、朝日新聞社のウエブ雑誌「論座」(21日付)に、ジャーナリストの佐藤章さんが、首相在任最長記録を記録した後で今月中にも辞任する情報を掴んだ、との文章を目にしていただけに、やっぱりそうだったのだ、と納得した次第だった。
それにしても、2007年の第一次安倍内閣といい今回の辞任といい、健康による辞任にはいろいろと考えさせられる。大変な難病とのことだが、今はこれから健康に留意をされ回復を祈るばかりである。激動する内外情勢のもと、長い期間一国の総理大臣という重責を担ったわけで、政治的立場は別にして、本当に大変だったと思う。私自身安倍総理との国会での論戦はほとんど記憶にないが、各省大臣を経験されることなく、官房副長官から官房長官、そして総理大臣に就任されたやや特異なキャリアの政治家だったのかもしれない。
これから自民党内においては新総裁を選出し、安倍後継の総理大臣を選出していくことになるわけだが、当初副総理の麻生財務大臣が残りの残任期間を務めるのではないか、等と噂されていたようだが、どうやら国会議員394人と47都道府県代表者141人でもって選出することになりそうである。今のところ出馬に向けて準備をしているのは、国民的評価の高い石破元幹事長や総理が後継にと考えていたといわれる岸田政策調査会長、さらには現在の菅官房長官らがノミネートされているが、それぞれの派閥がどう動くのか、まだ大勢は不明のようだ。いずれにせよ、直面しているコロナ危機にどう対処していくのか、まずは新総裁の手腕が問われるのだろう。その前に、解散・総選挙が1年以内にあるわけで、選挙にどう勝利していくのかが政党や政治家の一番の問題なのだろう。
安倍政権の経済政策(アベノミクス)、「三本の矢」どう評価するのか?
異次元の金融緩和は効果がなかったことが明白では!!
さて、やはり安倍政権の8年近い実績をどう評価するべきなのか、主として経済政策を中心にやや思いつくままに述べてみたい。2012年の総裁選挙、総選挙を勝利して政権に復帰し、通称「アベノミクス」と呼ばれる3つの政策を打ち出していく。デフレからの脱却を目指した異次元金融緩和、機動的な財政運営、成長戦略というもので、特に異次元の金融緩和は黒田日銀総裁の就任とともに全面展開され、2%のインフレターゲットを定め、2年間で2倍の国債買い入れ実施を宣言し、当初はうまく行くかのように見えたものの、結果として2%のインフレは実現することなく今日に至っている。デフレは貨幣現象であるという貨幣数量説を根拠として、大量の国債を買い入れることによってマネーを市場に投入し続けてきたわけだが、効果がないことが誰の目にも明らかになってきている。途中、2016年には長短イールドカーブをコントロールする方向転換はなされたものの、十分な総括もないままに金融緩和政策だけは継続して実施され続けている。経済界も、円安と株価の上昇に満足しているのだろう、何も新しい問題提起を聞いたことがない。
「やってる感」を演出し続けたのが「アベノミクス」の正体か
ここで、この問題だけを深堀するわけにはいかないのだが、要はアベノミクスとして展開されてきた政策についてのきちんとした総括がないままに、次から次へと政策の重点が転換し続けていく。安倍政権が掲げてきた看板政策を歴史的に綴ってみると、【ウエブ『論座』8月27日号、原真人「歴代最長政権を生み出した『アベノミクス』の真実~国民の未来を食い物にした罪」より】
2012年 アベノミクス「3本の矢」(異次元金融緩和、機動的財政運営、成長戦略)
2013年 待機児童ゼロ
2014年 女性活躍、地方創生
2015年 アベノミクス「新3本の矢」(GDP600兆円、出生率1.8、介護離職ゼロ) 1億総活躍社会
2016年 働き方改革 観光立国(訪日外国人2020年4000万人、2030年6000万人)
2017年 人づくり革命
2018年 戦後日本外交の総決算
と、毎年のように重点政策と称して大風呂敷を広げ続けている。原真人朝日新聞編集委員が指摘するように、「やってる感」連発で政権の延命に力が注がれ、それが弱体化した野党勢力や好転した内外経済環境等に助けられながら、国政選挙に勝ち続けて今日まで来たということなのだろう。
『千に三つ官庁=経産省官僚』が動かしてきた重要看板政策では
もっと言えば、総理の取り巻きとして背後に控える経済産業省出身の高級官僚の存在が指摘されるわけだが、経済産業省の体質として霞が関界隈で喧伝されているのが「千に三つ官庁」という言葉があるそうだ。それは、政策を次から次へと1000連発して、そのうち3つでも採用されれば御の字というものだという。ちょうど安倍総理の発する政策も「1000に3つ」当たればよい、という経産省流の展開の仕方になっているのではないだろうか。一つ一つの政策についてのしっかりとした検証・総括抜きで、根幹は財界の要望に沿う形で政策展開してきたのが安倍政権の経済政策の軸だったと思えてならない。
少子化や財政問題など、重要問題の結末が曖昧模糊としている
私が、今の日本の国にとって一番大きな問題だと思っているのが「少子化」問題なのだが、2015年の「新3本の矢」にある「出生率1.8」などは、是非とも実現してほしい最大の課題にもかかわらず、今では誰もその問題を指摘することもないまま放置されている。
また、私が重視し続けてきた財政規律問題について、プライマリー黒字の実現を当初は2020年に設定していたが、簡単に2025年に延期されたものの、これまた今では誰も国会で論議されたとは報じられていない。消費税率を、何とか10%へと引き上げたことをもってよし、とする評価があるようだが、日本の財政赤字の規模はグロスでGDPの230%を超え、更にはコロナ対策の補正予算が加わり250%を超えることは確実であろう。
この財政赤字が膨れ上がっていても、シムズ理論やMMT理論なるものが出始めたこともあるのだろうか、赤字国債をいくら発行しても自国通貨建てで発行している限り、一定のインフレ以下であればデフォルトすることはない、という主張が蔓延し始めているようだ。政府が国債を発行して、市中銀行などに販売し、それを日銀が買い入れていけば高いインフレにならなければ何も問題はないし、現に日本の現実はMMT理論が正しいことを証明しているのではないか、とさえ主張する向きもある。さらに、財政について、今は赤字国債を出して医療・介護など社会保障や教育の充実に振り向け、国民の政府に対する信頼が出てきたら、その時税を引き上げればよいではないか、という見解すら出てくる状況にある。
出口学長・権丈教授の『東洋経済オンライン』誌上での対談に注目、
「国債は国民の資産」の国民とは誰なのか
こうした時、『東洋経済オンライン』誌(8月20日、27日)で出口治明立命館アジア太平洋大学学長と権丈善一慶応義塾大学教授の対談「『歴史好き』がいずれ来るコロナ後の時代を語る」「『国債は国民の資産だ』と叫ぶ人に教えたいこと」という2回に分けた対談記事に注目した。いずれ収まるだろうポストコロナの時代を見据えた、歴史認識や今後の日本の在り方について、縦横に語られている。その中で、一番多くの方たちに理解してほしいことが27日付の「『国債は国民の資産だ』と叫ぶ人に教えたいこと」のなかで権丈教授が指摘されていることである。少し勝手に要約すれば、
「将来は不確実」という前提で、政府が財政を維持していこうとすれば、中・低所得者から高資産家・高所得者へ所得が逆に流れてしまう。それは、もし金利が上昇した場合、財政を維持していくには増税か給付(大半が社会保障費)のカットを行い、そこから得たお金を国債費(元利払い費)に振り向けることになる。つまり、高資産家・高所得者が金融機関などを通じてたくさん保有する国債などの金融資産を守るために、増税や給付カットが行われ、中・低所得者の生活に大きく影響することになるわけだ。つまり、中・低所得者から高所得者へと「逆所得再分配」が起きてしまうというわけだ。
良く、国債は日本国民が買っているので「国民の負担ではなく、国民の資産だ」と主張されるが、大半を外国人が所有しているわけではないので確かに国民の資産だが、国民にも「リッチ」と「プア」がいるわけで(ミドルも)、その間の「分配問題の存在」を見抜かなければだめだと権丈教授は指摘する。この点は、主流派経済学などがほとんど指摘しないだけに、これからも強調していく必要が大いにある点である。(ちなみに権丈教授は、「再分配政策の政治経済学」を全面的に展開し続けてこられているので、氏の書かれた一連の著作の一読をお勧めしたい)
その他、財源の裏付けのないままに「給付だけを先行させた日本」にとって、増税分をそのまま給付増に充てられない現実を指摘し、増税分をすべて給付に充てるというポピュリズムに惑わされてはならないことや、一刻も早くプライマリーバランスの回復を進める必要性を強調されている。
マイナンバーは「社会権・生存権を守る社会保障ナンバー」に昇華を
そのうえで、コロナ対策に要する財源問題について、権丈教授は「本当に支援が必要な人に対して必要な額の給付を行う一方、コロナ禍による経済的打撃を受けていない人たちにはそれを支えてもらうことが大切だ。そのような所得の再分配の必要性が一段と強まった時代だと言える」とのべ、マイナンバー制度を行政の効率や生産性を高めるために活用するだけではなく、「社会権・生存権を守る社会保障のために必要だ」という主張をもっと全面に出し、「マイナンバー」を「社会保障ナンバー」に「昇華」させるよう求めている。
民主主義社会では、国民が政府(代理人)つくるもの、良き政府をつくり上げよう
そうした主張に対して「政府なんか信用できない」という反論が多く出されるが、出口学長は「民主主義社会においては、政府はわれわれ市民がつくるもので、政府はわれわれのエージェント(代理人)だ」という理解を広める必要性を強調される。権丈教授はプライバシーの問題などについても、かつてのグリーンカードを潰したことをとりあげ、だれが正確な所得把握を恐れていたのか、間違いなく当時の富裕層だったことを指摘。今度のコロナ禍における特別定額給付金が本来支えるべき人にまで支給されたことを是正できるよう、一刻も早くマイナンバーによる所得(資産)捕捉を進めていけるようにする必要性を強調されている。そのためには、国民が「良い政府をつくることの重要性」を強く自覚していくことを指摘されている。1年以内には確実にある総選挙に向けて、良き政府をつくるための努力がわれわれ国民にも求められているのだと思う。