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労福協 活動レポート

2020年9月14日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第159号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

いよいよ始まる菅政権VS枝野立憲民主党との対決の構図へ

安倍総理が退陣し、次の総裁が今日14日に選出される。今の党内情勢からすれば、菅官房長官が圧勝するものとみられ、焦点は人事や今後の菅政権の行方にあることは間違いない。コロナ禍の展開次第では解散・総選挙も予想されているだけに、政治の動きには一瞬たりとも目が離せなくなっている。野党の方でも、立憲民主党と国民民主党の一部、それに無所属の方たちが合流した新党が結成され、党首選挙と党名投票が所属する衆参国会議員159名で実施され、枝野幸男氏が予想通り新代表に選出され、党名は立憲民主党としてスタートすることになった。

今後、14日の自民党新総裁選出を経て、16日に臨時国会が開かれ、新総理大臣の選出に移る。新総理選出の前には、新総裁の下で自民党役員の選出があり、国会での首班指名投票後には新閣僚が任命され菅内閣がスタートすることになる。自民党幹事長と内閣の要である官房長官人事が関心の的になっているが、それ以外にも維新の取り込みにつながる橋下徹氏の内閣への登用なども注目されるところなのかもしれない。

その後の展開はまだ見通せないのだが、解散・総選挙をいつ実施するのか、その前に新内閣の所信表明演説とそれに対する質疑、さらには全閣僚出席の予算委員会の実施がなされるのかどうか、未だ不確定な状況にある。

安倍政権の経済政策、世界的な好景気という追い風参考記録では

新内閣の動きについて論評する前に、安倍政権の経済政策についての評価について気になったことを述べてみたい。いわゆる「アベノミクス」と言われた「三本の矢」の評価である。一本目の矢はデフレからの脱却を目指した「金融緩和」、二本目の矢は機動的な「財政出動」、そして三本目の矢である成長を目指す「構造改革」であり、多くの識者は「金融緩和」「財政出動」については、円安と株価の上昇をもたらし、デフレからの脱却とは言えないまでもゼロ以上の物価上昇をもたらし、雇用の改善を勝ち取ったことを好意的に評価している。

果たして円安や株価の上昇は、安倍政権の経済政策がもたらしたものと言えるのだろうか。多くのエコノミストの方たちは、すでに2012年の秋口からリーマンショックから立ち直り始め、ユーロも円と同じく通貨価値が下落、株価の方も景気の好転を反映して世界的に上昇し始めていたことを指摘する。それだけに、アベノミクスの評価としては「追い風参考記録」としてしか評価できない、と述べている専門家が多いし、その通りだと思う。

人口減のもと、雇用は改善すれども実質賃金低下や格差の拡大へ

安倍政権は、数値のうえで「好転」した雇用分野において、失業率低下と47都道府県すべてで有効求人倍率が1を超し、就業者数が増えたことを鬼の首でも取ったかのように成果として挙げている。これも、人口減とりわけ生産年齢人口の減少が続く中で、景気が上向きになれば人手不足が深刻化する。今までであればリタイアしていた高齢者や家庭内にとどまっていた女性が、少しでも生活をよくするために低賃金・短時間労働でも就業していることが、こうした結果になって表れているに過ぎない。それが証拠に日本の労働者の実質賃金水準は、人手不足にもかかわらず上がるどころか低下し続けてきており、付加価値のうちどれだけ賃金に回ったのかを示す労働分配率も低下の一途をたどっている。
つまり、安倍政権の下で経済が回復したものの所得格差が拡大し、国民生活は一向に良くならず、不安定な生活を少しでも改善すべく短時間労働に従事させられているというのが実態であろう。

これからの国会論戦、新自由主義批判をどう展開していくのか

こうした点についての評価は、総裁選挙においてあまり深く論議されることなく終わってしまったわけで、むしろ、野党側が国会での論戦においてより明確にしていく必要がある点であろう。新自由主義とは決別したいと述べ、菅氏の提起した「自助、共助、公助」について新自由主義のスローガンとして激しく批判していた枝野新代表、是非ともその点についての明確な違いを打ち出していくべきだろう。

アベノミクス第三の矢、経済の成長をどう考えていくべきなのか

第一と第二の矢についての評価はまた別の機会に譲るとして、今日は第三の矢について検討してみたい。経済成長を目標とした構造改革である。この経済成長に関して大きな成果があったと主張しているエコノミスト・専門家は、私の知る限りあまりいない。規制改革をはじめ、成長をもたらす改革が不十分だったとみているのが大半のようだ。だが、もう一つ指摘しなければならないのは、高い経済成長を求めること自体の問題もある。安倍政権は、「成長無くして財政再建なし」というスローガンを掲げ、デフレを克服し実質経済成長率3%の成長を目指してきた。結果は、2012年から2019年までの国民一人当たり成長率は実質で1%程度、到底目標に到達できたとは言えないわけだ。

経済成長を牽引するイノベーション、どうすれば実現できるのか誰も明らかにした者はいない

ここで考えたいことは、経済成長はどうやったら引き上げられるのか、ということについての誤解が蔓延していることだろう。経済成長を分析すると、資本の伸び、労働力の伸び、そして「全要素生産性(=TFP)」の伸びを合わせたものである。そのうち全要素生産性は、計測された成長率から資本の伸びと労働力の伸びを差し引いた残差なのである。資本の伸びや労働力の伸びは計算できるのだが、この全要素生産性の伸びはどうしたら伸びるのか、実はよくわからないというのが現実なのだ。シュンペーターが指摘してきた「イノベーション」が大きな役割を果たしていると述べてはいるものの、どうやったらイノベーションを起こせるのか、だれもその点を明らかにした者はいない。

ピケティ教授、戦後の高度成長はアメリカの技術を模倣したから実現できた現実、
追いついたヨーロッパと日本は成長率鈍化を実証へ

かつて、トマ・ピケティが『21世紀の資本』で明らかにしたのは、人類が今日まで経済成長してきた200年近い歴史の中で、先進国が4%近い成長を挙げたのは、第2次世界大戦後のヨーロッパと日本において、アメリカの技術を模倣して国民の求めた電化製品をはじめとする耐久消費財を作り上げた時だけであり、アメリカの生活水準に追いつき追い越して以降(1980年以降)は、ほぼ1-1.5%程度の成長率に再び収斂して今日に至っているという事であった。(ピケティ『21世紀の資本』みすず書房99ページより)

アバジーMIT教授、経済成長はコントロールできない、日本の1990年代は失敗の実例と明言

この点について、同じようなことを指摘しているのが昨年ノーベル経済学賞を受賞したアビジッド・バナジー米マサチューセッツ工科大学(MIT)経済学部教授である。9月7日号の『日経ビジネス』「再興ニッポン」欄で、広野彩子副編集長との対談形式で彼の主張が掲載されている。その中で、バナジー教授は冒頭で「経済成長はコントロールできない」と述べ、「成長スピードを(人為的に)変えようとして失敗した良い例が、1990年代前半の日本でしょう」とのべ、引き続いてアベノミクスについての評価を広野副編集長が質問したら、「我々経済学者が言いたいのは、もう成長戦略にこだわるのはやめましょうということです。成長戦略がうまくいく科学的根拠はないからです。(中略) 研究によれば、すでに裕福な国の経済成長は、基本的に国家戦略には左右されないようなのです」とピケティとは別の観点から同じような結論を述べている。

イノベーションを起こせば自動的に成長に直結するとは限らない

広野副編集長は、さらに成長するためにはイノベーションが必要ではないか、と質問をするのだが、バナジー教授は「イノベーションを起こせば、確かに国は豊かになるでしょう。しかし自動的に豊かになれるわけではありません。(中略) どうイノベーションを起こすかという議論が盛んですが、そのやり方は誰にもわからない。(中略) イノベーションが起きてもTFPの成長率は全体として容易に変化しないようです」

このインタビュー記事はまだまだ続き、格差の問題やベーシックインカムの評価など多くの興味深い論点について自由に語っておられる。同時にノーベル賞を受賞されたエステル・デュフロ女史との共著である『絶望を希望に変える経済学』(村井章子訳 日本経済新聞社刊)において、こうした論点が詳述されているようで、さっそく取り寄せて直ぐにでも読んでみたい。

経済成長のパイオニア、ソローMIT教授も全要素生産性を向上させる方法はよくわからないと明言

経済成長の問題についてのとらえ方は、バナジー教授だけではない。先ほど指摘したトマ・ピケティ教授もそうだし、成長論のパイオニアと呼ばれているロバート・ソローMIT教授も、全要素生産性を向上させる方法はよくわからないと公言しているとのことだ。また、よく引用させてもらう権丈善一慶応義塾大学教授も、昨年10月31日の東洋経済オンラインに「日本経済はどんな病気にかかっているのか」の中で、こうした論点を縦横に展開されている。ぜひとも、参考にしてほしい。

ただ、そうはいっても、経済人の方たちは「アニマルスピリット」をもって果敢に挑戦してイノベーションを実現させており、1980年以降においても先進国では年率に換算して一人当たりの実質成長率で1-1.5%の成長を達成している。1%の成長率が30年間続くと1.35倍、1.5%が30年間続くと1.5倍にまでGDPは拡大する。その成長が人々にもたらす果実は、実にライフスタイルを大きく変えるにまで達っするのだ。これからも、かつてのような高い成長は望めないにしても、1-1.5%程度の成長の下で、国民生活の向上を図っていくことは大変重要だと思う。

GAFAの巨大化するアメリカ、全要素生産性は伸びていない、分配に問題があるのでは

アメリカにおいては、先進国では珍しく人口増加が続く中で、周知のようにGAFAと呼ばれる巨大IT企業をはじめユニコーンと呼ばれる新興企業が成長し巨額の収益を上げているのだが、そのアメリカ全体のTFP=全要素生産性はあまり伸びていない。ということは、生産の問題というよりも分配に問題があるようで、その改革こそが問題のカギを握っているようだ。一握りの経営者やIT技術のスペシャリストには高給が支給され、他方で多くの中低所得者の賃金水準は落ち込んでいるわけで、こうした分配問題をどのように改革していけるのか、アメリカだけでなく日本においても今後の大きな課題といえよう。アメリカにおいて、昨年8月のラウンドテーブルといわれる経営者団体のトップの方たちの集まりの中で、企業は株主のものというとらえ方から、ステークホルダーの物という宣言が出されている。これから世界の流れは、こうした方向への転換が進むことが期待されよう。日本も、遅ればせながらこうした流れに参加していくべき時だ。

この経済成長の問題は、引き続き検討していくことにしたい。


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