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労福協 活動レポート

2020年10月5日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第162号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

東西ドイツの統一から30年、冷戦終焉以降の世界史の始まりへ

東西ドイツの統一から早いもので30年が経つ。10月3日がその記念すべき日に該当する。30年と言えばほぼ1世代に相当するわけで、私自身のことを考えても未だ40代半ば、労働組合の専従者として連合の地方組織統一に向けた努力を進めているころで、政治の世界に足を踏み入れる直前だった。前年の1989年にはベルリンの壁が崩壊し、ソ連を中心にした社会主義世界体制が大きく崩れようとし始めたころだ。もっとも、1989年の6月4日には中国で「天安門事件」が起きて、中国の民主化の目が潰されたことも忘れることはできない。まさに、激動の時代の渦中にいたわけだ。

振り返ってみると初めて東ドイツ(「ドイツ民主主義共和国」の略称、以下原則「略称」を使う)に行ったのは1976年の秋であった。当時東ドイツとの友好交流団体の一員としてモスクワ経由でベルリンに出向き、ブランデンブルク門の界隈を散策したことを思い出す。10月だったので菩提樹の葉が黄色く色づき、気のせいかどんよりとした首都ベルリン(東ドイツの領域だけだが)の佇まいに日本とは異なる活気の無さ・陰鬱さを感じたのだが、道を歩く人たちと会話をすることもなかった。ベルリンでの友好関係の方たちとの会合を終え、ロストック市に近いバルト海の近くの町に2泊して地元の方たちとの交流後、帰国の途に就いた。

資本主義の優位性に対する自信はどこへ、台頭するポピュリズム

それ以降も、北海道における東ドイツとの友好団体事務局長を務めたこともあり、東ドイツからの交流団の方たちとの懇談を持つ機会が比較的多かった。それでも、80年代の半ば過ぎあたりから「東ドイツが民主主義共和国と名乗っているが、民主主義とドイツ社会主義統一党の事実上の独裁政治はどう理解したらよいのか」といった質問を投げかけたりしたが、当然のことながらあまり納得のゆく答えが得られなかったと記憶する。そうした代表団との交流が続く中で、ベルリンの壁の崩壊、そして東ドイツの西ドイツによる吸収・併合へと目まぐるしく展開していく。91年には、ソ連の崩壊へと連鎖的につながり、社会主義世界体制の崩壊が誰の目にも明らかとなる。資本主義の優位性に対する西側の国々のリーダーたちは、自信に満ちた思いにふけったに違いない。だが事態はそんなに甘いものではなかったのだ。

30年後のドイツ、旧東ドイツと西ドイツの経済格差は縮小したとはいえ未だに西の方が経済水準としては上回っているようだ(東の一人当たりGDPは西の約4分の3だという)。そういえば、メルケル首相は東ドイツの牧師の家で育ち、理工系の大学を卒業した技術者だったことを思い出す。旧東ドイツからは西側に若者が流出し、民主化に裏切られたと感じる人々にポピュリズムが忍び寄る。旧共産党系の政党と極右政党の支持が5割を超える州も出ているようだ。とくに、2015年の難民受け入れ以降、極右政党の躍進が目立ち「連立政権」が求められるドイツにおいて、議会がうまく機能しなくなる危険性が指摘され始めている。それにしても、ドイツ社会民主党の凋落には唖然とさせられる。緑の党の後塵を拝しているようだが、ここまで落ちるとは想像できなかった。

ドイツだけでなく、あの福祉国家の優等生スウェーデンをはじめ、多くの先進国で抱える民主主義の揺らぎ

こうした動きは、ドイツだけにとどまらない。かつての社会主義体制の中にあったハンガリーでは、89年の民主化をリードしてきたオルパン氏が今では独裁政治を展開しているし、ポーランドでも年金改革に伴い極右政党の台頭を招いている。さらに、北欧の福祉国家の優等生と言われたスウェーデンにおいても、最近では排外主義的な民主党が躍進して安定的な民主主義が揺らぎ始めているし、イタリアでも極右政党が第1党になるなど、社会主義に勝利したと宣言したはずの民主主義諸国が大きく揺らぎ始めている。

中国の経済発展はできたものの、しかし民主化は進展しない現実

こうしたヨーロッパの動きは他の世界でも例外ではないわけで、アメリカのトランプ政権にしても、イギリスのブレグジットにしても、国際社会での先進国において民主主義を支える基盤が大きく転換し始めているのではないか、と専門家の間でも論議が始まっている。とくに、お隣の中国が、経済発展すれば権威主義的な政治体制から民主主義化が進むはずだと思っていたのに、現実には習近平を頂点とする独裁体制が強化され始め、香港に次いで台湾まで露骨に併合を宣言し始めていることへの危機感が強まっている。

それに引き換え、冷戦に勝利したと思った民主主義的資本主義国の側において、グローバル化した経済の下で所得格差の拡大や民主主義を支えていた膨大な中間層の分解など、だれの目にも矛盾が激化していることを見逃すことはできない。今先進国といわれてきた国では何が起きているのか、どうすればよいのか、さまざまな論議が展開されていることは間違いない。

月刊誌『思想』8月号「資本主義の未来」読み応えのある特集だ

こうした時、岩波書店から発刊されている『世界』8月号で「資本主義の未来」が特集されていて、何号か前に書評を掲載させていただいた諸富教授が「資本主義の『新しい形』とは何か」と題して問題提起をされ、それを受けて石川健治、大澤真幸、宮本太郎の3氏とともにディスカッションされた報告が掲載されている。このディスカッション自体は2018年11月22日に実施されているようで、それを受けて諸富教授の著書『資本主義の新しい形』(2020年1月岩波書店刊)が書かれている。

また、そのほかの専門家の方たちがこの『世界』の特集に寄稿され、なかなか読み応えのある特集となっている。残念なことに8月号は完売で売り切れとのことだ。以下、この4人のディスカッションの中で、注目すべき論点についてが付いたことに触れてみたい。

第二次大戦後からの30年、資本主義と福祉国家と民主主義の幸運な連携が実現した時代

この中で一番問題の焦点になると思ったのは、第2次世界大戦終了後からオイルショックの1974年頃までの30年間、資本主義と福祉国家と民主主義が幸運な連携ができていた時代だったが、その後の資本主義の「非物質主義的」発展によって民主主義と福祉国家の危機を生み出していることの問題指摘だろう。資本主義が「物質主義」だった時代はIMF・GATT体制やブレトンウッズ体制の下でフォーディズムが展開され、大量生産・大量消費が実現、比較的高い成長率を実現させ、労働組合も組織化が進み福祉国家が充実していく。

資本主義の非物質主義的転回の下での民主主義や福祉国家の揺らぎ

ところが1980年代ぐらいから掘り崩され、非物質主義的転回によって労働組合が影響力を失い福祉国家のほころびが生じ、飽和化した需要の落ち込みによる成長力を失った企業の救済へ(シュトレーク『時間稼ぎの資本主義』)力を注ぐ民主主義の現実。もちろん、この背景にはケインズ経済学に基づく福祉国家から、フリードマン流の新自由主義的な経済の流れへと大転換があることは言うまでもない。日本においても、中曽根流の第二臨調・行革路線による国鉄民営化や90年代の小泉・竹中路線による新自由主義的改革の進展があったことを忘れてはなるまい。一言でいえば、グローバル化した資本主義が民主主義や福祉国家よりも強くなりすぎてしまい、どう民主主義と福祉国家をもう一度資本主義の中に埋め戻していけるのか、ということにかかっているとみている。

スウェーデンの積極的労働市場政策の効果も限界に直面する現実

そこで、スウェーデンの積極的労働市場政策に焦点があてられる。1950年代初頭に始まったレーン・メイドナーモデルにより連帯賃金政策(同一労働同一賃金)を土台にして、国際競争力を失った企業は淘汰され、そこに従事していた労働者を生産性の高い分野の仕事に従事できるよう再訓練し、新しい仕事につけていくという政策である。ところが、今の非物質主義的な資本主義においては、生産性の高いところにはあまり労働者を必要としなくなっており、介護や保育といった人的サービス分野へと移らざるを得なくなっているのが現実だという。そこでの生産性はそれほど高いものではなく、以前の仕事に比較しても労働条件は悪化してしまう。

それでは、高い所得が得られる高額所得者から低い所得しか得られない低所得者への所得再分配政策を強化すれば良いのではないか、という案が出てくる。所得税の累進性の強化を通じた税による再分配である。残念ながら、グローバル化した経済の下では高額所得者や企業は国境を簡単に超えることが可能となっており、税負担の強化よりも税負担軽減の方向へと先進国間のトレンドが進んでいるのが現実だ。結果として、税自体には累進性が弱い消費税(付加価値税)がウエイトを高めている。

所得再分配より「事前分配」による社会的共通資本充実の提起へ

そこで視点を変えて、所得再分配ではなく、「事前分配」という概念を持ち出して、「就学前教育」の充実・無償化といった貧富の格差なく競争条件のイクオールフッティングを目指す方向を打ち出すことなどを提起しておられる。こうした所得よりもユニバーサルなサービスの無償化などを通じて結果として格差社会の解消を進めていくのはどうなのか、という提起がなされている。やはり、ここでも財源をどのように調達できるのかが一番の問題なのであり、故宇沢弘文教授の「社会的共通資本」の充実を進めていくというすでに多くの人たちが提起していることに収斂するのかもしれない。

「社会的投資国家」によるヒューマンキャピタル充実は解決策か

ここで提起されてくるのが「社会的投資国家」である。諸富教授は社会人も対象にする積極的労働市場政策に注目され、ヒューマンキャピタルの充実による解決策を提示されているが、今まで以上の高い労働条件が保障できなくなっているだけに、その実現をどうしたら可能となるのか、さまざまな所得補償政策との連携や資本主義の下での営利企業だけでなく協同組合や非営利組織の雇用の在り方など、今後とも模索が続くに違いない。なんとかして、資本主義と民主主義、福祉国家をうまく連携していける仕組みを考えていく以外にはなさそうだ。それにしても、中国が民主化抜きの経済発展に成功しているように見えるのだが、今後どう国民の支持を取り付けていけるのか、気になるところではある。


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