2020年11月25日
独言居士の戯言(第169号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
アメリカのバイデン政権移行は波乱含みで安定政権も厳しいようだ
アメリカ大統領選挙の結果は既にすべての州での大勢が決しているものの、トランプ陣営は敗北を認めることなく訴訟戦術をはじめ様々な手を尽くして抵抗しているようだ。12月8日までに各州の選挙人の確定ができるのかどうか、更には翌年1月初めの議会での当選人の確定から1月20日の大統領就任式までバイデン勝利で順調に進むことができるのかどうか、多くの関係者はトランプ逆転の目がなくなったとする意見が大勢を占めていると報じられている。共和党関係者の中からも、依然として敗北を認めないトランプ氏に対して批判的な声が上がっているとのことだが、トランプ氏の性格からしてなかなか簡単には引き下がらないのではないかとみる向きもあり、これから2か月間はバイデン氏の政権移行と、現職大統領としてのトランプ政権の末期的な動きとのせめぎ合いが続くのだろう。
アメリカという世界の「覇権国家」だった国の動きに、世界の国々が国益をかけた外交戦略が既に展開され始めているようだ。外交分野はアメリカ大統領の専権的な分野だけに、現職の残された期間にトランプ大統領が不測の事態を引き起こすのではないか、とまで危惧され始めている。アメリカの再生に向けたバイデン政権の船出は大変な逆風に遭遇しているわけで、民主党優位にならなかった上下両院のねじれもあるだけに、安定政権の船出とはいかなかったようだ。もっとも、年明けのジョージア州再選挙で上院での50議席の道は残され、副大統領の1票で過半数になりうる可能性は残っているだけに、この再選挙の結果は極めて重要な選挙になることは間違いない。
菅総理、バイデン氏との電話会談に踏み切る、尖閣での確約に注目
日本の菅総理も、トランプ大統領が敗北を認めていない中で11月12日にバイデン氏との15分間という短い電話会談が実施され、日米同盟を基軸にしてインド洋からアジア太平洋の自由で開かれた外交を共に展開していく方向で一致し、大統領就任以降の2月以降アメリカに出向いて日米首脳会談を実施することを約束したとのことだ。特に注目されるのは、バイデン氏の方から日中間の領土問題となっている尖閣問題について、日米安全保障条約第5条の適用について「コミットする」と確約したと日本側は説明していることだろう。中国の海洋進出の動きが強まる中で、尖閣問題での日米の合意のもたらす影響は、日本を含む北東アジアの安全保障にとって重大だ。さらに、今後の朝鮮半島の情勢を考えたとき、日韓関係の改善に向けた動きが出始めたことも含め、菅外交なるものがどのように展開していくのか、大いに注目していく必要がありそうだ。
原彬久著『戦後日本を問いなおす―日米非対称のダイナミズム』(ちくま新書)を読んで感ずること
この点について、最近発刊された原彬久東京国際大学名誉教授の書かれた『戦後日本を問いなおす—–日米非対称のダイナミズム』(ちくま新書)を読み、戦後日本外交の大きな柱となっている日米安全保障体制をどう戦略的に組み立てていこうとしているのか、菅総理自身これまであまり考えたことのない領域なのかもしれないが、大変重要な論点だけに注目させられた。何を隠そう、私自身もこの安全保障分野については十分に勉強してこなかったわけで、国民の「生存」に直接かかわる分野だけにしっかりとした考え方を確立していく必要があると痛感させられた。
日米非対称システムである日米安保条約にみる支配・従属関係
原名誉教授がこの著書の中で強調されていることは、戦後の日米非対称システムが産み落とした3つの基層、すなわち「天皇制」「憲法」「日米安保条約」がどのようにして形成され、特に日米安保条約が改定され、米ソ冷戦が終焉して以降もアメリカが自らの国益に沿って安保条約の運用をなお一層広域化し日米一体化してきていること、そしてそれを敗戦国日本は支え続けてきていることを指摘されている。その際、原名誉教授は戦後75年となる今日、安保条約第5条(米国は「日本防衛義務」を持つが、日本は『米国防衛義務』を持たない)にかかわる「対米依存」が、米国の国力の相対的衰退と中国の経済・軍事大国化によって明らかに行き詰まりを見せている中で、日本は軍事力の強化が求められ、徐々に防衛力強化に進み始めているわけで、どう「文民統制」を進められる政治の力、民主主義の力が求められていることを強調されている。
つまり、本書の中で、原名誉教授が強調したかったことは、「戦後における日米関係の仕組みを歴史的に俯瞰しつつ、安全保障にかかわる米日権力関係すなわち米日間の支配・従属(あるいは依存―以下同じ)のダイナミズムが、戦後日本の『国のかたち』をつくるについていかなる衝撃力ないし造形力を持ったか、その相貌を整序すること」(008ページ)にあると「はじめに」の下で明記されている。
日米安保条約は「瓶のふた」、日本軍国主義化の防波堤でもある
私がこの著書の中で一番印象に残ったことは、アメリカは戦後の日米安保条約を締結した時から一貫して日本がアメリカにとって「強い国」になることは求めても、自ら核武装するなどの「強すぎる日本」には警戒し続けてきたということである。それは、日本が安倍政権時代に内閣法制局長官を更迭して「集団的自衛権は合憲」解釈に変更させ、一連の「安保関連法」を成立させたとしても、日米非対称システムを強化することはあっても弱めることにはならないと明言される。それは、政治システムとして「強者アメリカ対弱者日本の基層」が変化しない以上変わらないわけだ。その際、日本側にとって最大の問題の一つが中国との領土問題となっている尖閣問題であり、アメリカが日米安保条約第5条で最後まで日本の側に立って一緒に戦ってくれるかどうか、そのことがあるが故に安保条約の日米非対称システムを日本側から強化する側に回ったのだとみておられる。
日米非対称関係の解消は、主体的な構想力・実践力を持つことが鍵
それにしても、この日米の非対称システムが、戦後75年間続いてきたという事実は実に重いものがあることを認識させられる。こうした現実は、アメリカにとっての国益になるがゆえに継続できているわけで、どうしたら「非対称システム」を変えていけるのか、それについて原名誉教授は様々な問題提起をされているが詳しくは直接著書を読んでいただきたい。一番感銘を受けたのは、「あとがき」のなかで次のように整理されていることだった。
「問題は、その時果たして日本が国家国民を守るため、すなわち安全保障のための主体的な構想力・実践力を持ち合わせているだろうか、ということです」「はっきりしているのは、安全保障面で負担・リスクを引き受けずに国際社会を生きていくとなれば『従属』という代償を払って他国に『依存』するほか道はないということです」(277ページ)
リアルに考えれば、その通りなのだろう。これまで、日本はアメリカに一方的に従属させられ続けているのだろうか、と考えてきた。特に最近では米軍基地の集中している沖縄での米軍の犯罪問題の扱いでは、同じ第2次世界大戦で敗けたドイツやイタリアでは考えられないような「地位協定」がまかり通っていることに怒りすら覚えてきただけに、それを変えていくために必要な日本外交を展開していくことの重大性に目を覚まさせられた思いである。
社民党の分党劇を見ながら思い出したこと、社会党から民主党へ
この原名誉教授の著書を読みながら、社会民主党が11月14日大会を開催して分党方針を決定したことが頭をよぎった。私が参議院議員として当選した4年後1996年に、日本社会党から社会民主党へと看板を掛けかえることになった。党首は村山前総理大臣であり、村山氏は自らが総理大臣となって自社さ政権による連立を組むにあたり、「自衛隊合憲・日米安保条約堅持」へと国の安全保障政策の大転換を進め、95年の参議院選挙で大敗北したことを思い出したのだ。社会民主党と党名を変えた時の中央執行委員として選出され、佐藤観樹幹事長補佐の任につくことになったが、仕事らしい仕事はなく半年ばかりいたものの民主党結党と同時に新党へと参加することになり、社会党から離党した。もし、社会党が村山政権前に党の基本路線を大転換していれば離党しなかったかもしれないが、安全保障問題でのこの大転換はどうにも説明のつかない事態であったことは確かである。その社会民主党内では、その後再び政策の揺り戻しがあったようだが、あまり詳しく知るところではない。おそらく、4人の国会議員の内福島党首を除く3人は立憲民主党へと合流していくのだろう。これからの社民党が政党要件を満たすことができ続けるかどうか、実に暗い展望しか描き切れないのが現実だろう。
戦後史の歩みにみるドイツと日本の違い、しっかりと学ぶ必要が
原名誉教授は2000年に中公新書『戦後史の中の日本社会党』を書かれていることを知り、アマゾンで取り寄せて読んでみた。そこでは、完膚なきまでに日本社会党の「非武装中立論」を批判され、日本社会党こそが自由民主党がどんなに問題を起こしたとしても国民は政権を付託する政党としては認知されず、結果として政治不信を増幅され続けてきたと厳しい。原名誉教授は同じ敗戦国西ドイツの戦後の歴史と対比され、1959年のバードゴーデスベルク大会での大転換と対称的に日本社会党の江田構革路線の破綻を取り上げておられる。なぜ日本社会党は転換できなかったのか、今でも重たい問題として、日本社会党の中に籍を置いた者にのしかかってくる。
それとともに、新党として出発した民主党においても、実は安全保障の問題はしっかりとした現実に立脚した政策が確立されることなく2009年の政権交代となったわけで、今再び立憲民主党にとっても、国民から見て自分たち命を預けるに足る安全保障政策を持っているのかどうか、残念ながら依然として不透明でしかない。政権交代が可能な強力な野党(対抗政党)の必要性が求められているだけに、一刻も早い日本の安全保障戦略の構築をすすめ、自民党政権が緊張感を持ち続けられる民主政治の確立こそ今求められているのだろう。なかなか荷が重いが、やり遂げなければなるまい。