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労福協 活動レポート

2020年12月7日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第171号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

令和3年度税制改正大綱とコロナ禍での予算編成作業が佳境へ

国会が閉幕すれば、政府与党側は来年度の予算編成作業が佳境を迎える。予算編成と同時に来年度の税制改正にも着手し始めており、目立つものでは住宅減税で、規模の小さい住宅にまで減税範囲を拡大することなど、租税特別措置について自民党税調内の論議が報道され始めている。脱CO2という観点から注目されたのが炭素税であるが、今ある地球温暖化対策税を抜本的に強化すべきなのに、相も変わらず経済界に迎合した環境配慮型の法人税優遇税制を打ち出しているだけだ。こうした旧態依然とした取り組みでは、到底環境先進国の仲間入りはできないわけで、日本政府の本気度が疑われる。公明党は環境問題に前向きだったわけで、10日に予定されている税制改正大綱の策定に向けてどうなるのか注目していきたい。

桁外れの財政赤字の継続は必至、コロナ禍の赤字分をどう扱うのか

また、コロナ禍の下で、第1次、第2次補正予算に引き続いて第3次補正予算も打ち出されるとのことだが、10兆円という桁外れの予備費がまだ多く残っているわけで、さらなる補正が必要なのかどうか、疑問なしとしない。もちろん、それらの財源は当然のことながら歳入不足であり国債発行で賄われるわけで、今後確定する税収不足も含めれば新規発行額だけでも100兆円近くに達するのではないかと想定される。来年度予算においても、コロナ対策としての予算措置が打ち出されるだけでなく、菅総理は2050年度までにCo2ゼロを目指した環境対策などにも2兆円投入することを明確にしており、来年度は今年度の当初予算を大きく上回るものになることは間違いない。コロナ禍の下での予算編成であり、一時的な財政支出の増加はやむをえないのだろうが、一時的な赤字分をどう処理していくのか方向性だけでも打ち出す必要性がある。

医療保険財政で後期高齢者の医療費1割負担から2割負担問題

そうした中で、社会保障制度の大きな柱である医療保険財政について、75歳以上の後期高齢期の医療費1割負担から2割負担へと引き上げが、政府与党内を中心に議論され大筋で固まろうとしているようだ。私自身、すでに後期高齢者の仲間入りしており、現役並み所得があるので医療にかかった場合の窓口負担は現役世代と同じ3割負担になっているが、75歳という年齢でもって現行1割負担から、先ずは2割負担へと引き上げようという話である。総選挙を控えているので、時期尚早を唱えている与党内での動きなどもあるようだが、どうやら2割負担の方向は確定的なようだ。

2割負担の所得層をどうするのか、自民・公明で不一致のようだ

どのくらいの所得から2割負担にしていくのかをめぐって、政府自民党は年間収入170万円以上としたいのに対して、公明党は240万円以上とするよう主張したと一部マスコミに報じられている。75歳以上という後期高齢者層の方達の生活は、圧倒的に公的年金に依存しているわけで、年金水準の低い方たちの生活をどのようにして維持していけるのか、公的医療保険制度のあるべき原則踏まえながら、制度を維持できることとの兼ね合いで公的保険制度の方向性を打ち出すべき時だと考える。

公的医療保険による皆保険制度、国民の結束をもたらす公共財だ

私自身今の日本において、全国民をカバーする医療保険制度があることで「いつでも、どこでも、誰でも」保険証一枚で診察してもらえることができることは大変重要なことだと思う。格差社会が広がりつつある中で、「医療保険制度があることでかろうじて国民の結束を保つことができている」と考えており、医療保険制度は実に重要な公共財・社会的共通資本といっていいだろう。それだけに、この医療保険制度を崩壊させては絶対にだめだと考えてきた。それだけに、フリーアクセスという「いつでも、どこでも、誰でも」の行き過ぎには、一定の制限がつけられ始めているのだが…。

高齢期の医療負担の在り方について、権丈善一慶応義塾大学教授の『東洋経済オンライン』論文に注目

こうした動きは医療保険制度に問題を提起している、と注意を喚起しておられる権丈善一慶応義塾大学教授の書かれた論文「高齢期の医療費自己負担は何割が妥当なのか~『高齢者』ではなく『高齢期』、世代間対立は不毛だ~」が【東洋経済オンライン】11月25日付で発信されている。関心のある方は是非ともこの論文を直接読んでいただきたいと思う。

「能力に応じて負担、必要に応じて給付」原則からの逸脱が問題

何が一番の問題なのか、権丈教授は「負担は能力に応じて、給付は必要(ニーズ)に応じて」が社会保険の原則なのに、高齢者の中での所得が高いからと言って負担率の格差を設けたことを指摘される。1973年の田中角栄総理の時代に導入された老人医療費無料化という歴史的大失策から28年目の2001年、ようやく1割という定率負担を導入するところまでこぎつけた翌2002年に、現役並み所得のある高齢者には2割負担(今は3割)にしてしまったのだ。保険料負担で高額所得者は応能負担にしているのに、診察を受ける時にも応能負担を入れていることの問題だ。国民統合を図るための統治システムとしての社会保険の在り方としては問題で、こうしたことを続けていれば高額所得者達から「民営化だ、混合診療だ」という声が出てくる危険性がある。そうなれば、私が一番恐れていた国民皆保険制度の崩壊へと進む危険性がでてくるわけだ。

高齢者負担増が医療財政健全化の核心か、高額医療費制度こそ中核的問題だ

では、高齢者の負担を上げれば医療財政は健全化するのか、一時的には医療費の値上げの効果があったとしても、それはすぐに消失し元に戻ってしまう。公的医療保険で中核的な役割を果たしているのは、実は高額療養費制度で、100万円の医療費がかかっても9万円程度の負担で済んでいる事との関係で自己負担率を考えるべき点が重要なのだ。私たちの周りには、高額所得者でも人工透析を受けるとなれば、こうした高額療養費制度の恩典を受けることができている事例を散見する。高齢者の保険料が1割から2割へと2倍になったとしても、2倍になるのは自己負担が低い人たちであり、大きなリスクを抱えた医療費が高くなる重病の人たちは高額療養費制度のおかげで2倍にはならないのだ。さらに、コロナ禍で低賃金に苦労させられている現役世代も3割負担なのだ。

日本のように、フリーアクセス、民間の医療機関、出来高払いという医療制度の特徴の下で財政に余裕がない中では、将来的には3割に医療費負担がならざるを得ず、2割はその通過点なのかもしれないとみておられる。

高齢期をやがて迎える現役期、不毛な世代間対立を克服すべきだ

問題は高齢者が日本の医療の多くの財源を使っていることは確かだが、高齢期の自己負担問題を現役対高齢者という対立の構図で見ると問題の本質を見誤ると指摘される。つまり、今の現役の方達はいずれ高齢期を迎えるわけだが、人の生涯における現役期の医療負担が高くなりすぎることは消費の平準化策としては役に立たないわけで、現役期と高齢期の負担のバランスを考えることが重要になると指摘され、高齢期の方達にも現役世代(苦しい生活を強いられていても3割負担なのだ)の生活の苦しさを理解することへの配慮が求められる。それ故、自己負担率を年齢と関係なく統一しておくのが望ましいと述べておられる。

もちろん、低所得にあえぐ国民は増え続けており、特にコロナ禍の下で急増しているわけで、負担率の影響を受けやすい低所得者層に対する配慮を別途しっかりと実施し、皆保険での自己負担率は一律にしていくべきだと述べておられる。とはいえ、税制での公的年金控除や高在老(65歳以降の高年齢者在職老齢年金)といった過去の間違った制度の歪みの是正も課題として指摘されている。

一度先人が政策の大失策をしでかすと、後輩たちが後片付けを何年にもわたってやることになった老人医療の無料化以外にも、こうしたゆがみの是正に後輩の政治家や官僚たちが苦労させられることを強調されていることが重要であろう。そういえば、元厚生労働省の役人だった人が、いかに役人時代に過酷な長時間労働に従事させられていたのか、体験談を新書で書かれていたと記憶する。政治家においても、間違った過去の政策の修正に実に多くのエネルギーを費やしてきたことか、私自身も狭い体験のなかで身にしみて感じてきたことではある。


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