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労福協 活動レポート

2020年12月15日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第172号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

諸富徹著『グローバルタックス―国境を超える課税権力』(2020年11月刊 岩波新書)を読んで

今年に入って諸富教授の著書の書評を書くのは二度目である。今回の著書は、11月末に岩波新書として発刊されたことを知りながら、コロナ禍で書店に出かける機会を逸していた時、著者から直接贈呈していただいたわけで、この場をお借りして御礼をしておきたい。というより、この新書を読んで、是非とも書評を書きたいと思うほど実に興味深い1冊だと思った次第である。以下の書評は、通常の書評とは打って変わって、私のこの本を読んだ直後の思いを中心に述べさせていただくことにしたい。

10年前、財務大臣・中央銀行総裁会議(プサン)での発言、法人税引き下げ競争をやめよう

一つには、グローバルタックスに関しては様々な思いがあることだ。一つは、鳩山内閣から菅内閣へと移行期に、菅財務大臣の代理として財務副大臣時代に韓国のプサンで開催されたG20財務相・中央銀行総裁会議に出席した時のことだ。2010年6月初旬であったと記憶する。議題はEUのギリシアの財政危機等に焦点が当たっていたのだが、これが財務副大臣として最後の出席の機会になると思い、日頃から思っていたことについて発言したくなり、隣におられた白川日銀総裁に頼んで発言できるよう取り計らってもらうことができた。その場で、法人税の引き下げ競争によって国の財源確保に支障が出ており、引き下げ競争をやめるべきではないか、と発言した。もちろん、事前の根回しもないままの発言だったわけで、ほとんど無視されても仕方がなかったわけだが、諸富教授のこの本を読みながら、つくづく発言しておいてよかったと思っている。というのも、OECDの場で、法人税の引き下げ競争をやめさせることができる改革案が出来上がったことを知ることができたのだ。(この点後述)

国際連帯税の創設に向けた国会議員連盟結成へ

もう一つは、2006年日本とEUの国会議員交流でフランスのストラスブールに出向く機会があった。秋のストラスブ―ルの街は落ち着いたたたずまいの中、30メートルもあろうかというプラタナスの巨木の街路樹を歩きながら、この地域一帯はドイツとフランスが争った地域だったことを思い出したりしていた。

超党派の議員交流で団長は津島雄二自民党衆議院議員だった。交流が終わった後でフランス外務省に出向き、その年の7月に導入された航空券連帯税についてのヒアリングをして帰国の途に就いた。日本に帰って直ちに国際連帯税創設に向け、超党派の議員連盟を立ち上げたのだ。会長には津島雄二自民党税制調査会長に就任していただき、その後幾多の変遷はあったものの、今でもこの流れは続いている。フランスの航空券連帯税とは、航空機による利用者から、域外便(ビジネス40? エコノミー4?) 域内便(ビジネス10? エコノミー1?)を徴収し、その使い道は途上国のマラリア等感染症対策としてユニットエイドというNGOに委託していたことを知る。その後フランス以外にもお隣の韓国などへと広がり今日に至っているようだ。その後、外務省内にも国際連帯税についての専門家を集めたチームが設定されたようだが、芳しい結果は出ていない。誠に残念なのは、2019年から「国際観光旅客税」(通称「出国税」)なるものが設定され、日本から出国する船舶や航空機を利用するお客さんから1回1000円徴収し、国内観光振興整備に充てられるものであった。まるで国際連帯税に足で砂をかけるがごとき姿を見て、情けなくなる思いを感じたことを思い出す。今、コロナ禍で世界の国々、とりわけ新興国の方達がワクチンの確保ができなくなるのではないか、と問題視されているわけで、財源確保の方策としての国際連帯税の必要性を諸富教授のこの著書の中でも言及されていることに大いに勇気づけられる。是非とも、日本においてもコロナ禍が一段落したら新しい支援のスキームを検討してほしい。まさに国際連帯税の出番である。

国際課税の現状はグローバル化とデジタル化へ対応できていない

やや場違いともいえる思い出話から入ってしまったわけだが、今の国際社会が抱えている税制の問題について、次のように指摘されている。

グローバル化とデジタル化の進展が急速に進む中で、税を徴収する課税権は主権国家だけにあるわけで、結果として次の3つの大きな変化が出てきている。①所得税のフラット化 ②資本の軽課と労働・消費の重課 ③法人税率の引き下げ。

更に、多国籍企業はタックスヘイブンを使って租税回避の道を拡大し続け、「移転価格税制」という規制手段も、モノの製造時代は効果があったとしても「無形資産」が収益の柱となる中で効果を失う。2000年代以降はデジタル化の進展により、GAFAにみられるように、そのスケールが拡大していく。どれほどの規模で租税回避が行われているのか、「第3章 立ちはだかる多国籍企業の壁」において詳述されている。先進国での失われた税収は、1980年代以降、税の所得再分配機能の低下となって低所得層を直撃する。しかも、それをアシストする4大会計事務所の存在にも言及されている。

こうした租税競争を進める背景に『租税競争は善であり、それがなければ政府は膨張してしまう』という新自由主義理論が存在する。

他方で、フランスを先頭にGAFAをはじめとする多国籍企業相手に独自の課税を模索する国々が出始めている。

BEPS(課税浸食と利益移転)検討委員会がOECDに設置、新しい国際課税ルールの制定へ、浅川財務官が責任者に

こうした中で、OECD内での「新しい国際課税ルール」策定への模索が始まる。BEPSが設置されたのは2012年であり、日本の財務省の浅川財務官が最初の責任者を務め、鋭意作業に当たって改革のためのルールを策定する。2019年OECDによる新しいルールとしてイギリス(利用者参加)、アメリカ(マーケティング無形資産)、インドなど新興国(定式配分)の三案の要素を取り入れているが、アメリカ案をベースにしていて「デジタルビジネスにおける無形資産投資が生み出す利益に対し、どのように国家間で課税権を配分すべきか提示」(100ページ)している。そして、この案の前提として「多国籍企業課税ベースの共有化」と「グローバル最低税率の設定」が租税情報の国際的な交換・共有が進められるまで合意が出来上がっている。

他方、課税権力として「権力の世界化」の道と「課税権力のネットワーク型」すなわち国際協調体制が模索されているのだ。諸富教授は10年前では考えられなかったことだ、と述べておられるが、ちょうど10年前プサンでの私のG20プサン会議における発言時の雰囲気を考えれば、けだし隔世の感があると思う。

グローバル化とデジタル化の下、「定式配分法」による課税権の各国への配分と最低税率設定へ、100年に一度の大改正

ちょっとまた横道に外れてしまったが、課税ベースの共有化において、「独立企業原則」という時代に合わなくなっていたルールから、グローバル化とデジタル化の進展の下で「定式配分法」の考え方がやや折衷主義的とはいえ導入されたことは画期的なことと諸富教授は高く評価する。この「定式配分法」によって多国籍企業に課税権が各国に配分されていけば、タックスヘイブンの存在は意味を失うわけで、もう一つの「グローバル最低税率」導入と相まって実現すれば100年に一度の大改革が実現する寸前にまで到達できつつあったのだ。

突然のアメリカムニューシン財務大臣からの「適用除外」要請

ところが、アメリカのムニューシン財務長官は2019年12月OECDに「適用除外」規定を設置してほしいと提案してきた。GAFAは反対を示していない中で、おそらく製薬・保険業界の圧力があったのだろうと諸富教授は推定しておられる。一筋縄ではいかないことは間違いないが、バイデン政権へと交代する中で、アメリカがこれからどんな態度をとっていくのか、グローバルタックスをめぐる攻防はコロナ禍が一定の目途をつけるとともに行方が確定するに違いない。

グローバルタックスの有力候補、金融取引税に注目

コロナ禍による国際社会の抱える課題は、ワクチンや特効薬の公共財としての途上国への無償・低価格での頒布がある。国境を超えるグローバルタックスの理念からして、フランスの国際連帯税が登場する。この考え方を新型コロナウイルスに適用すべきことを諸富教授は提唱する。さらに、EUの金融取引税もこれから必要となる巨額の対策のための有力な財源となりうることも上げておられる。もっとも、金融取引税については2013年に承認されていながらいまだに実施には至っていない。

グローバル権力としてのEU、財政同盟へ一歩踏み出し始めた

もう一つ注目すべきこととして、EUが財政同盟に一歩踏み込んだことを挙げておられる。今回のコロナ禍によってEU各国は財政支出を余儀なくされ、2020年5月「EU経済復興計画案」を公表、その中で補助金3900億ユーロ、融資3600億ユーロ合わせて7500億ユーロを7月に決定した。事実上ドイツや北部諸国が反対してきた南部諸国救済の財政措置の決定である。財源として①排出権取引制度の海運や航空への対象拡大②炭素税の国境調整メカニズム③共通連結法人税④大企業へのデジタル課税を候補として挙げている。実現すれば、まさにグローバルタックスの実現であると最大限の評価を下しておられる。

国境を超える課税権の動き、EUは民主主義の仕組みを備える

このEUの動きは、租税民主主義の観点から見ても国境を超える課税権力への道をたどり始めたもので、それは19世紀のドイツの歴史をEUというレベルにおいて再び繰り返し始めたのではないか、とみておられる。ドイツの課税権の連邦ヘの引き上げは第一次世界大戦の敗北という中でようやく実現したのだが、今回はコロナ禍のもとでようやく実現できるかもしれないとみておられる。課税主権のグローバル化に対応した民主主義の仕組みとしてEUは欧州議会、欧州委員会、欧州閣僚理事会を設置しており、それを機能させればよいのだが、ネットワーク型の課税権力の場合、民主主義をどう機能させていけるのか、大変な道だが、努力していく以外にないと述べておられる。日本のような国民の民主主義レベルの弱い国において、その努力は特に重視されなければならないのではないかと思った次第だ。

諸富教授、志賀桜さんの遺志を受け継がれた事を述懐へ

この著書の「あとがき」についても少し触れておく必要がある。というのも、志賀櫻さんと諸富先生との関係が書かれている。志賀さんとは、政権交代前後からのお付き合いで、民主党政権下の政府税制調査会専門家委員会のメンバーとして税制全般について学ばせていただいた方である。岩波新書では『タックスヘイブン』『タックスイーター』2冊を出され、『タックスオブザーバー』(エヌピー新書)を書かれた直後、アメリカに留学された時その書評を頼まれたとのことだ。残念ながらその2か月後の2015年12月20日に亡くなられた。その時、志賀さんの精神を受け継ぎ発展させることを自身の課題として引き受けたいとの思いを志賀さんに伝えられたとのことだった。本書は、その意味でも志賀桜さんの思いを受け継いだ著書だと言えよう。


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