2021年2月1日
独言居士の戯言(第178号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
第三次補正予算とコロナ対策「特措法」は成立にこぎ着けたのだが
国会は第三次補正予算の審議を終え、通常であれば直ちに来年度予算案の審議に入るのだが、新型コロナウイルスに対応する「特別措置法」改正案の審議に入り、先週末には与野党の修正協議によって罰則の削除や軽減で合意し改正案は国会を通過した。その間、自民党の松本純国対委員長代理や公明党の遠山清彦幹事長代理が、いずれも緊急事態宣言下でありながら深夜東京銀座の飲食店を訪問したことが明らかとなり、役職を辞任するという事態もあり、野党案を事実上丸呑みして法案の成立を急いだことがある。新規感染者の拡大増加の勢いは、少し弱まりつつあるようだが、依然として警戒すべき情勢にあるようで、2月7日までに解除される見通しには立っておらず、3月7日まで延長されるのではないかとみられ始めている。さらに、事態打開の特効薬と期待されているワクチン接種も、閣内での情報不一致が露呈したり、接種のスケジュールの遅れが出ているようだ。
コロナ対策の分科会での状況、大竹文雄大阪大教授の発言に驚く
そうした中で、コロナ対策の提言や評価に携わってきた大阪大学の大竹文雄教授の朝日新聞インタビュー記事「手探りコロナ対策の限界 分科会メンバーが明かす誤算」には驚いてしまった。大竹教授は数少ない経済学者として政府の専門家会議に招かれたのち、分科会と基本的対処方針等諮問委員会に参加されている。インタビューアーは朝日新聞社の大牟田透記者であり、1月23日の電子版記事である。
大竹教授は、第2波が下火になった時、「新型コロナは制御可能」との見解を示されていたのに、なぜ今回第3波が起き2度目の緊急事態宣言を出すことになったのか、という点について、「今回2度目の宣言を出すことになった最大の要因は、政府や自治体のメッセージが一本化されていなかった」ことにあり、北海道や大阪のように知事が医療危機をきちんと市民に訴え対応し感染拡大を収めたのに、首都圏の1都3県の知事は積極的な対応をしなかったと批判する。背景には、経済の打撃が想像以上に大きかったことや国民の慣れなどもあったのだろうと、行動経済学者らしく分析されている。
国と地方の情報共有ができない現実、唐突な「GoToトラベル」再開
驚かされたのは「分科会で、政府のコロナ対策はどう論議されているのですか」という問いに対して
「実はメンバーが感じている一番の障害は、感染の実態がよくわからないことです。たとえば、クラスターの情報が個人情報保護法の制約なのか、自治体レベルで止まっていて国に入ってきません。厚生労働省の役人たちは新聞を見てクラスターを把握していました」
さらに、「手探りで感染対策をしているようなものですね」という問いに対して
「専門家会議のころから、ずっと改善の提言を出しているのですが、変わりません。感染対策をつくるのに必要な情報が入ってこないのです」
まさに、手探りのコロナ対策になっていることを指摘されているのだ。さらに、政府が「GoToトラベル」を前倒しで実施し感染が拡大したことに対して、
「昨年7月の分科会に『GoToトラベル』は何の相談もなく、いきなり議題に入ってきました。どこまで変えられるかもわからず、政策として決まったものとするしかなく、感染拡大がステージ3になったら停止するという条件を付けることになりました」
手探りの中の意思決定、国と地方の関係は「橋本行革」の宿題では
そのほか、分科会の問題についていろいろと指摘されているのだが、これほど情報がない中で、コロナ対策の重大な政策が決定されているとは知らなかったし、共産党の小池書記局長が参議院で専門家の多くは「GoToトラベル」再開に反対していたのではないか、ということと併せて考える時、これではまともな決定になっていないことを実感させられる。国と地方の情報共有といった問題にこそ、官邸主導なるものが必要になっているにもかかわらず、ほとんど機能していないことがわかる。これでは、国民の生活と命がないがしろにされているわけで、何としても、こうした政策決定過程の情報をきちんと公文書として残していくよう強く政府に求めていくべきだろう。と同時に、橋本龍太郎内閣の下で進められた行政改革の中で、参議院改革と並んで国と地方の関係についても改革は大きく前進してはいるものの、政治・行政・財政面での改革課題が残されたままだという指摘(待鳥聡史『政治改革再考』新潮選書)があるわけで、今後の改革の課題として検討するべき点なのだと思う。
株式市場のバブル化の下で、アメリカの個人投資家の反乱に注目
アメリカ株式市場が、バブル化しつつあるとの指摘がされ始めている。東京株式市場はアメリカニューヨークの動きに連動しており、コロナ禍の下で一時的に落ち込んだもののV字回復しながら日経平均株価3万円の大台にまで迫ろうとしている。今年に入って、1990年のバブル崩壊後の最高値を更新している。
そうした中で、アメリカの最近の株式市場では29日ニューヨークダウが600ドル以上値下げを記録し、大きく乱高下しつつあることに注目が集まっている。その背景としてヘッジファンドと個人投資家の対立の構図があり、個人投資家が主な株式売買をしているスマホ証券のロビンフッドというアプリを使って、ヘッジファンドのカラ売りに対抗すべく、一部銘柄に赤字でありながら投資を集中させ、1日で株価が2-4倍へと値上がりする銘柄が続出し、ネット証券では接続障害が出る状況になっているとのことだ。前例のない混乱に、ホワイトハウスや証券取引所も警戒を強めているとの報道に接する。この動きは、かつて「ウオール街を占拠せよ」に類似し、投資という手段で株式市場を利用した金融資本を攻撃しているという見方も出ている。
アメリカの個人投資家の急増、背景には一律現金給付や失業手当憎
ちなみに、2020年の株式売買額に占める個人の売買シェアは19.5%と1年前の19年に比較して4.6%も増えている。株式売買アプリであるロビンフッド経由には、短期売買で未成年者が多いと言われ、コロナ禍の下で支給された2回の一律現金給付1200ドル、600ドルや失業補償額の引き上げが、こうした株式投資に回ったのではないかと言われている。また、SPAC(特別買収目的会社)を使ってナスダック市場に、十分な時間をかけないで上場する企業が急増していることも最近の特徴として指摘されている。コロナ禍の下で、経済の落ち込みから立ち直りつつあるとはいえ、株式市場の高騰は異常であり、バブル化しつつあるとの見方が広がりつつある。アメリカ金融市場のこうした混迷状況に注目していく必要がありそうだ。
新財務長官に前FRB議長イエレン氏、財政と金融の難問解決に期待
そうした懸念がある中で、バイデン政権になって3度目の一律現金給付(一人1400ドルと言われている)が実施されれば、ロビンフッド等を通じた個人株主の投資がさらに急増し、本格的な株式バブル発生を招くのではないかと懸念される。生活に困窮している低所得者層だけに支給対象を絞ることが必要ではないかと思うが、前FRB総裁だったイエレン新財務長官はそのあたりを熟知しているはずであり、さっそくその手腕が試される局面に直面しているようだ。
日本の株式市場、日銀や公的年金基金の存在もあり、当分は安泰か?
一方、日本の株式市場だが、ゼロ金利下において日銀のETF買いだけでなくGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)という巨大な鯨が、市場内で所狭しとばかりにうごめいており、株式市場が大きく下落し続けることは今のところ考えられない。株式投資家は、ここ当分の間は安心していることだろう。菅政権の下で、アメリカとは異なり2度目の一律現金給付は考えていないと国会で答弁しているが、それがなくても順調にいけば、株式相場はやがて3万円の大台に乗るに違いない。
コロナ禍で、株価の上昇のメリットは富裕層へ、税負担強化を拒否
株価の上昇によるキャピタルゲインによって、1億円以上の所得がある富裕層の税負担は金融所得が一律20%の分離課税となっているため、実効税率は逓減するわけだが、コロナ禍の下でこうした富裕層だけが税の恩典を受け取ることに対して、腹立たしい思いを感ずるのは自分一人だけではあるまい。やがてコロナ対策の赤字分の負担を考える際には、真っ先に負担増を実施していくべきだとおもう。
だが、菅総理が官房長官時代に、財務省事務当局が金融所得の分離課税の税率引き上げを持ちかけても、「二度とこの問題を持ち込むな」と跳ね返したとのことだ。菅総理にとっては安倍政権時代の経験から、円安と株価の上昇が政権に対する支持率の源泉だという意識が強いのかもしれない。同じような問題に「ふるさと納税」があるが、これも地方税を多く収める高額所得者層に有利になる仕組みであり、格差が拡大している時、真っ先に廃止・改正すべき制度であることは言うまでもない。格差社会において、富裕層が優遇され続けることをかたくなに固執する背景には、竹中平蔵氏当たりの影響があるのだろうか。
中国だけがプラス2.3%成長維持、だが中国も成長は鈍化するはず
次に株価から実体経済の動きについて考えてみたい。世界におけるコロナ禍の下での経済を見るとき、アメリカやEU更には日本においてGDPの伸びはマイナスとなることは確実だが、コロナウイルスの発生の地といわれる中国だけはG20の中で唯一2.3%のプラス成長を記録している。
中国の経済力はGDPでアメリカについて世界第2位の規模にまで達しているが、購買力平価に換算すればすでに世界一の規模に達しているとされている。その中国とアメリカの「覇権」争いはし烈になろうとしているわけだが、経済成長という観点から見たとき、中国経済が先進国の生活水準に追いつけた時には、成長力は今の先進国と同様これまでのような高い伸びを維持していくことは困難であろう。これまでの成長は先進国の技術やノウハウを模倣してきたことによるものが多かったわけで、これから独自にイノベーションを起こしていけるのか、それはなかなか困難なことだし、例えできたとしても高い成長は望めないとみるべきだ。
ゴードン教授、1970年代以降は低経済成長は不可避、中国も同じ道
というのも、アメリカの成長率が1870年代から1970年代まで高まり、その後は成長率を落としてしまったことについて、アメリカのロバート・J・ゴードン教授は『アメリカ経済
成長の終焉(下)』(日経BP社刊)の「あとがき アメリカの成長の到達点と今後の展望」の中で、次のように語っておられる。
「アメリカの成長が1970以降、鈍化したのは、発明家がひらめかなくなったわけではないし、新しいアイディアが枯渇したわけでもない。食料、衣服、住宅、輸送、娯楽、通信、医療、労働環境など、生活の基本的な部分が、その時点で一定の水準に達してしまったからだ」「1970年以降、イノベーションが目立つのは、娯楽や通信技術の分野である」(引用文はともに491ページ)
とのべ、全面的な生活改善に結び付くイノベーションから、部分的なイノベーションでしか進んでいないわけで、GAFAといった巨大プラットフォーマーが伸びたとしても、それは国民生活のほんの一部にすぎないわけだ。
アメリカの成長引き下げ圧力、4つの逆風(格差拡大、教育水準停滞、労働時間減少、高齢社会の到来)の存在、では中国はどうなのか
それどころか、ゴードン教授は、成長を引き下げる圧力が加わり、4つの逆風がアメリカの成長のエンジンを蝕んでいることを指摘する。格差の拡大、教育水準の停滞、労働時間の減少、高齢社会の到来という問題である。
中国の経済はこれからどうなるのだろうか。「一人っ子政策」による人口の減少や高齢化が到来することは確実だし、深刻な貧富の格差も指摘されている。社会保障による再分配政策は、どのようなものになっているのだろうか。それだけに、中国経済の停滞は不可避なのであり、そのことの中国社会に与える影響は甚大なものになると予想される。経済の停滞が進めば、中国共産党の支配の正当性が揺らぎ、権威主義的な政治からの脱却が求められるのではないかと予測する。そうした中国と、これから隣国としてどう付き合っていくべきなのか、なかなかの難問ではある。