2021年2月22日
独言居士の戯言(第181号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
バブル化が心配され始めた東京株式市場、日経平均3万円越えへ
先週の15日、東京株式市場の日経平均株価は3万円の大台を突破した。1980年代後半のバブル以来のことであり、コロナ禍による実体経済の落ち込みの中で、どうして株価が上がり続けるのか、だれしもバブルではないかと訝しがるのが当たり前であろう。ある経済評論家は、日経平均で3万円台はバブルに関して黄色で、3万9600円なら赤色だとのことだ。1989年12月の大納会で、38、957円という最高値を記録したわけで、今度はそれを目指す展開になるのだろうか。3万円台は19日まで1週間続いており、今週はどうなるのか、アメリカ市場の後追いが続いているだけに、ワクチン接種の開始と効果が喧伝され始めており、短期的には大きく崩れることは考えにくいようだ。
コロナ禍の下、先進国の貯蓄率の急増は需要拡大や金利上昇要因に
経済の動きの中で、コロナ禍の下で世界の先進国では貯蓄率が以上に膨れ上がっており、こうしたぺントアップ(先送り)需要が動き始めると、需要の拡大が加速化することも十分に予想される。その動きの予兆なのだろうかインフレ率が上昇する気配が出始めているようで、バイデン政権の1,9兆ドルの財政支出が決定・実施されれば、インフレ率2%を超え、金利の引き上げによる資産価格の落ち込みにつながる危険性も指摘され始めているだけに、アメリカの実体経済からも目が離せない。
日本の株式市場、2匹の鯨が相場を遊泳しながら株価維持を「忖度」
日本の場合、株式市場という小さな池を、所狭しと「2頭の鯨」が遊泳している。2頭の鯨とは、約170兆円もの公的年金基金を運用するGPIFと今や財政規律を喪失した政府の財政ファイナンス実践中の日銀である。おそらく、この二つの公的組織は、いまや日本の公開株式会社最大の株式保有者となっており、今のところは株価の上昇による含み益が膨れ上がってはいるものの、売却して得た実現益ではないことに注意が必要である。2頭の鯨が一斉に売りに出せば株価は暴落することは間違いない。まして、バブルが崩壊すれば含み益どころか含み損すら抱えかねない。
コロナ禍の下で、失業率が低下していないのは休業者に対する雇用調整助成金を倍額にし、期限付きなのに延長を繰り返し続けてきたわけで、財政的に限界が出ている。やがて、日本経済がコロナ禍から回復したとしても、大量の失業者を生み出すことも予想されるだけに、実体経済の冷厳な事実に目を向けるべきだろう。
菅総理、株価上昇は年金基金の利益増で国民利益、それは含み益だ。
日銀のゼロ金利で、老後は預貯金からNISAやIDECOへシフト
先週の衆議院の予算委員会で立憲民主党の田島要議員の株式市場に関する質問に対して、菅総理は、GPIFの株式投資を取り上げ、株価の上昇は国民全体にとって大きな利益を上げていて、一部の富裕層だけが豊かになっているものではない、という趣旨の答弁をしていた。含み益が永続的に存続し続けることはないわけで、未実現の利益と実現利益との違いを指摘し、貧富の格差拡大に株価の上昇が大きく影響していることの問題点を厳しく問うべきだったと思う。
と同時に、法人が株式を所有しているように見えて、最終的には必ず個人に帰着するわけで、個別企業株への投資は配当目的であったり、株価上昇益(キャピタルゲイン)を得たりするわけだ。最近の金利の低下による銀行の預貯金金利収入の低下は、NISAやIDECOといった株式関連商品への勤労者層の投資が増える要因になっていることは確かである。公的年金だけでは豊かな老後生活には不十分で、預貯金の金利収入が見込めないわけで、それを私的な金融商品で補足しようとされているのだろう。その規模は、働く中間層の方達の自助努力というレベルだろう。
金融資本主義下における格差社会のシンボル、株式所得・資産格差
とはいえ、大富豪と呼ばれる方達は所有している株式も大きいため、配当も確かに大きいのだろうが、アメリカの株式売買益の税率(20%)が勤労所得の最高税率(37%)よりも低く、所有している株式を必要の都度売却(一度に売却するより、遺産税がほとんど機能しないアメリカでは株式として所有する傾向にあるようだ)しながらキャピタルゲインを得ているわけで、この間のアメリカにおける所得・資産格差のとんでもなく異常な拡大のほとんどすべては、株式によるものであることは間違いない。
株式からの利益は累進課税ではなく一律分離20%課税、金持ち優遇=不公平税制の象徴
日本においても、所得が1億円を超す富裕層の所得に占める株式売買益のウエイトが高く、金融所得が分離課税(今は20%一律、7年前までは10%一律で地方税込み)となっているため、1億円以上の超高額所得者層になればなるほど、総所得に対する税金の割合(実効税率)は1億円前後の約28%から、所得が増えるのに税率は低下し続けるという「累進制」ではなく、「逆進性」という驚くべき現象が目の前に広がるのだ。つまり、株価の上昇は誰のために進められているのか、間違いなく富裕層の利益を拡大するためであり、日本の場合、国民の大部分(貯蓄できるのは高齢層に多い)は資産を株式で保有している割合は極めて少なく、利子が殆んどつかなくなっても預貯金の方が多いのが現実だ。というより、中間層以下の方達の所得が低下する中で、預貯金などとてもできない層が増え続けている。
ストックオプション制度は企業経営者の短期株価上昇志向の元凶
株式所有の中で、一番気になるのがストックオプションと呼ばれる主として企業経営者の方達に、いつでも自由に売買できる株式を購入できる権利を付与することであり、経営者は株主のためだけでなく自分のためにも株価の上昇のために努力することになる。時には、自社株買いというやり方で株価の引き上げのため、利益から支出するならまだしも、借金をしてでも進めることさえありうるわけだ。アメリカの株式市場における自社株買いのウエイトが高まっている背景には、ストックオプションという存在があることを見逃してはならないし、日本においてもストックオプションは広がり始めていることにも注目していく必要がある。株式会社は株主だけのものではなく、従業員や関連産業の方達、さらには地域社会の住民の支えによって、言うところのステークホルダーによって支えられているのだ。何よりも、設備投資意欲を失った企業の存在こそが現代資本主義の問題だと思う。
今日、格差社会が問題視されている中で、株式譲渡益をはじめとする金融所得も含めた所得税の総合課税化と累進性の回復こそ今求められている。そのために、マイナンバーが使われなければ何のためのマイナンバーなのか、鼎の軽重が問われている。
香取照幸著『民主主義のための社会保障』(東洋経済新報社刊 2020年2月)を読んで
民主党政権時代の社会保障・税一体改革を担当した時代、厚労省出身の内閣官房審議官香取照幸さんと一緒に仕事を担当する機会があった。とはいっても、直接机を並べて仕事をしたわけではなく、私の場合はもっぱら税やマイナンバー制度の構築に向けて、内閣官房番号担当室の向井審議官らと汗をかいていた。香取さんとは、2008年の頃からの知り合いで、社会保障国民会議や安心社会実現会議の報告などを、亡くなった仙谷衆議院議員らと社会保障の将来をどうすべきか、議論し始めたころだったと記憶する。
香取照幸さんは、能力はもちろん「忖度」無縁で豪胆な官僚だった
香取さんの名前は、当時の厚生労働省内はもちろん、霞が関界隈でもその優秀さは誰しもが認めるところであり、将来は事務次官になるのだろうと思っていた。政権が自民党の安倍政権に戻ってしまい、2013年の年金局長時代、当時の塩崎恭久厚労大臣とGPIF(年金積立金管理運用独立法人)の改革をめぐって怒鳴り合いの喧嘩をすることとなったようで、結果として雇用均等・児童家庭局長で厚労省を終え、その後はアゼルバイジャン共和国大使として3年間赴任され、昨年から上智大学総合人間科学部教授として教鞭に立たれている。文字通り厚生労働省OBきっての社会保障の専門家であると同時に、今はやりの「忖度」などとは無縁の官僚で、歯に衣せぬ発言は大臣と言えども容赦なかったようだ。すでに、『教養としての社会保障』を2017年東洋経済新報社から上梓されており、これで2冊目の著書になる。
社会保障の充実が日本経済を安定化させ、民主主義の発展へ道拓く
前著もそうだったが、本書もまた大変読みやすく、それでいて内容が濃いものとなっている。全体は4部7章で構成され、1部は「社会保障の基礎」として前著のおさらいと今後の課題の整理、第2部は「到達点から考える ポスト社会保障・税一体改革の課題」で、ここでは今後の少子高齢化・人口減少社会の下で30年後の2050年に向けて「持続可能な社会」をつくっていくための課題は何なのか、整理されている。特に、第5章は家族支援の拡充であり、これからの日本の社会保障の中で一番充実させていくべきことを強調されている。
第3部は「経済財政をどう立て直すか」で、中身は「第6章日本再生の基本条件 経済・財政・社会保障を一体で考える」において、日本は「名ばかり先進国」でしかない現実を指摘し、日本の社会保障改革を進めていくためにも日本経済再生と財政再建を同時に考える必要性を強調している。新自由主義に立脚したいわゆる主流派の経済学者たちが誤解していることとして、社会保障は日本経済の発展にとってお荷物どころか、必要不可欠なものであることも強調する。特に、日本の労働力の質は高いのに、付加価値を高める企業側の努力が不足していることや、格差社会こそが経済発展を阻害する要因でもあり、社会保障による格差の縮小は日本経済発展にとっても重要課題であることを強調している。
「変わらないためには、変わらなければならない」憂国の一冊
そして、最後の第4部は「民主主義のための社会保障」で、章立てとしては「第7章 ガラパゴス日本『精神鎖国』 2つの海外勤務経験から見えてきたこと」で、ある意味ではこの本の一番強調したかったところでもあるのだろう。香取氏は、アゼルバイジャン大使になって、日本という国を海外から見つめなおす中で「日本のガラパゴスぶり、ズレまくりぶり」を連日歯がゆい思いをしながら痛感したこと、さらに「今回のCOVID-19禍をめぐる世界各国の対応と日本のそれとを見ていると、リーダーの力量差、民主主義への感覚の差、ガバナンス、マネジメント能力、あらゆる面で『ガラパゴス』化している日本の問題が、一気に露呈している」(4ページ)ことを痛感し、「変わらないためには、変わらなければならない」(『山猫』ランぺドゥサ)という言葉を2度も引用している。まさに、「憂国の書」と言ってよいだろう。経済成長と民主主義は車の両輪で、「両者を結び付けているのが社会保障」(282ページ)という指摘が、心にぐさりとのしかかる。
出来れば欲しかった出典や脚注の充実
ただ、一つだけ要望しておきたいことは、出典を巻末であれ章末であれ、作成して欲しかったことだろう。例えば、「第6章日本再生の基本条件」の中で次のような指摘がある。
「実はこんなことは、社会保障の世界ではほぼ『常識』に属する話なのですが、分配や需要の側面にあまり重きを置かない右側の経済学が支配する現代の経済学(経済学者)にはなかなか理解してもらえません」(235ページ、太字は峰崎)
ここで指摘されている「右側の経済学」は何なのか、すぐには理解されないかもしれない。既に香取氏は『東洋経済オンライン』誌に「経済学を学ぶ人が絶対に知っておくべきこと」という論文を2019年1月20日付で書かれており、そこでは権丈善一慶応義塾大学教授の書かれた『ちょっと気になる政策思想 社会保障と関わる経済学の系譜』(勁草書房刊)を「わくわくするような知的刺激を読者に与えてくれる」本と紹介され、「右側の経済学と左側の経済学」の項を立てて紹介されている。また問題提起や解説などでも、誰が最初にその考え方を述べてきたのか、内容が素晴らしいだけに、出典などを整備してほしかったと思う。