2021年4月26日
独言居士の戯言(第190号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
租税特別措置による減税額と自民党政治献金額が相関、政治の現実
4月22日の東京新聞で、「政策減税の『恩恵』、自民党献金の多い業種ほど手厚く、本紙調査で判明」という記事が掲載された。残念ながら、東京新聞の記事は北海道に住む私にはネット記事でしか読むことができないのだが、この記事を書いた大島宏一朗記者から4月初旬ごろ電話やネットでの取材を受けたことがある。私が政府税制調査会の議論を経て、財務副大臣時代に『租税特別措置透明化法』を策定し、その後租税特別措置を受けている実態についての調査が実施され、毎年公表されてきている。
企業別に租税特別措置による減税額の公表に踏み切るべきだ
今回も、そのデータをもとに政治献金額と租税特別措置による減税の恩典が結びついている現実を赤裸々に示している。本来であれば、業種ごとではなく、租税特別措置として減税の恩典を受けている企業を上位10社でも明らかにすべきだったわけだが、残念ながら民主党政権の与党時代になっても、それぞれの産業・企業からの抵抗を背景に経済産業省を中心にした官僚の側の抵抗も加わり、企業名公表ができないまま今日に至っている。是非とも、今後企業名の公表を進めていくべきだと考える。
なぜ企業名公表が必要なのか、税の恩典(=補助金)を受けている以上当たり前ではないか、ということもさることながら、政治献金との関係を見ることによって日本の民主主義が経済界の意向によって大きく左右されてきていることの一端を垣間見ることができるのだ。つまり、自由な民主主義ではなく、資本主義的な民主主義が税制の世界でも跋扈していることがわかるわけだ。
租税特別措置が本当に成果を上げたのか、科学的な実証をすべき
この記事の中で主として取り上げられているのが研究開発税制という適用金額が最大の租税特別措置だが、その適用を受けたことによって日本のイノベーションがどれだけ向上したのか、残念ながら科学的な研究論文には寡聞にして接したことがない。イノベーションが起きるには、こうした支援措置ではなく、厳しい競争環境こそが重要であり、人材を育成する研究機関や大学などの充実の方が、明らかに効果があるように思われてならない。専門家の中には、製造業に偏している現状をもっと偏りのないものに変えるべきだ、という主張もあるが、こうした租税特別措置がどういう効果を本当に上げているのか、そのことの点検・調査・研究こそ必要になっているのではないだろうか。
バイデン政権誕生から100日へ、想像以上の成果で支持率上昇へ
税の問題について、バイデン政権になって約200兆円にも及ぶコロナ対策関連の財政支出や、それをはるかに越えるインフラ対策など公共支出の拡大が進められようとしている。注意したいのは、単なる財政支出によるバラマキではなく、しっかりとした税収の確保に向けた政策を打ち出していることだ。すでに何度も指摘したように、法人税率の21%から28%への引き上げや、所得税の最高税率の36%から39.6%への引き上げ、日本円にして約1億円を超す所得がある富裕層の株式譲渡益にかかる税率20%から39.6%へと引き上げる方向を打ち出し、国際社会に対してもG20の場で法人税率の引き下げ競争の中止を提起してきている。
貧富の格差縮小に向け、所得再分配政策の強化こそ喫緊の政策だ
こうした動きは、貧富の格差を縮小していくためには実に重要な税による所得再分配政策であり、日本においても同じような改革が求められていることを今まで主張し続けてきただけに、バイデン政権の取り組みには大いに拍手して賛意を表したい。今後の内外の富裕層を中心にした抵抗が予想されるわけだが、是非ともリーダーシップを大いに発揮して欲しい。
そうした動きを見ながら、いよいよバイデン政権発足から100日が経とうとしているわけだが、予想以上に公約にのっとった民主党らしい政策が次々に打ち出されていることに驚きの声が出ているようだ。まさかと思われるが、アメリカ政治史上名を残した4人の偉大な大統領の顔が刻まれたサウスダコダ州にあるラシュモア山に、ひょっとするとバイデン大統領が登場するのではないか、とまでやや大げさな評価がされ始めているやに聞く。
増税の前に、徴税体制強化で年1兆ドル財源の捻出可能、IRS長官
税制に関してもう一つの提言がフィナンシャルタイムズのエドワード・ルースUSナショナル・エディターが、日本経済新聞4月23日付けのオピニオン欄に転載されている。題して「米は増税前に徴税強化を」副題として「インフラ財源も捻出できる」とある。
冒頭から、アメリカにおいて「脱税額が年1兆ドル」に達すると明言。その大半は、米国納税者の上位1%によるものと断定。それゆえ、バイデン大統領が優先すべきは「現行税率できちんと徴税すること」であり、4月13日議会で証言したIRSのレティグ長官が「脱税の規模は年1兆ドルに上がると推定される」と述べたという。この中には、合法的節税となる優遇措置や課税回避は含まれていないとのことだ。
アメリカ大手企業55社の利益約400億ドル、だが納税額はゼロ
1兆ドルと言えば日本円にして約110兆円、アメリカのGDPは日本の約3倍と考えれば日本でいえば30~40兆もの脱税があるわけで、日本の財政赤字の大半を賄える金額であることに驚かされる。ルース氏が最初に指摘しているのがやはり企業の税負担の低さであり、2020年に米ナイキや米フェデックスを含む大手55社は約400億ドルもの利益を上げたにもかかわらず、全く税を納めていないし、法人税率は表面上21%だが、実行法人税率は11.2%と先進国では最低と言われるアイルランドの12%より低いのだ。背景には、様々な税の抜け穴を利用した合法的な税逃れがあるという。
「国税調査官削減による税務調査半減、脱税者天国」からの脱却へ
ここで重要な指摘が出てくる。それは、IRSが徴税面でもっと能力を発揮しない限り、いくら税率を上げても、上げただけの税収増を見込むことはできないと指摘。この間、IRSの予算削減が進められ優秀な熟達専門家は削減され続けてきたため、法人に対する調査が2011年にはすべての大企業で実施されたものの今では半分以下へ。個人の所得税についての調査では、最低所得層の調査は自動化されているのに対して、所得の大半を投資から得る人の過少申告や、どう見ても脱税しているといったケースを見つけ出すのには時間と専門知識が必要となる。徴税面での人的予算的削減により、これまでは大手企業と富裕層は「課税逃れの黄金時代を謳歌してきた」のだが、バイデン政権からIRS予算の増額へと転換し始め、今その転換を迎えつつある事を指摘する。大手企業と富裕層は、これからどんな税務調査が進められるのか、戦々恐々としているに違いない。トランプ前大統領個人の納税に関する問題も解明されるのかもしれない。
税の複雑さが合法的脱税の誘因に、わかりやすい税制こそが重要
最後に指摘していることは、日本でも共通するのではないかと思えてならない。それは、税に関する法律や規則などがあまりにも複雑になりすぎており、弁護士や会計士を雇う余裕のある人々にとっては税制の複雑さがむしろプラスに働いている、という指摘である。米国における税法は全部で約400万語あるとのこと。その複雑さこそが、合法的脱税を生み出す大きな誘因になっているのだ。徴税体制の強化とともに、税の簡素化・透明化こそ税制において大変重要な事なのだと思う。公平・簡素・中立という租税の三原則が思い出されてくる。
宮本太郎著『貧困・介護・育児の政治』(朝日選書)を読んで
宮本太郎中央大学教授の書かれた『貧困・介護・育児の政治』(朝日選書2021年4月刊)をざっと一読した。副題として「ベーシックアセットの福祉国家へ」とある。宮本太郎教授とは、民主党政権が誕生する前あたりからのお付き合いがあり、私の住んでいる北海道大学の教授をされていたし、これまた旧知の山口二郎法政大学教授とともに、北大時代は「太郎さん、二郎さんコンビ」と仲間内では呼ばれていたこともある。お二人が同時に北大を辞められ、東京に出向かれてしまい、その後来道された新進気鋭の政治学者吉田徹教授もまた今年4月に同志社大学に転出されるなど、北海道に生活しているものにとって、優秀な専門家が定着してくださりにくいのは何故なのか、ふと考えてしまった。今では国立大学法人よりは、首都圏や関西圏の私立大学の方が研究者の置かれた環境としては優位にあるのかもしれない。私の古い頭の中には、国立大学一期校・二期校、そして私立大学というエモ言われない序列が依然として残存しているのだ。もうとっくの昔に消えて無くなったはずなのだが、時に頭をもたげてくる。
平成の社会保障制度改革の実質的な牽引車の一人、見事な分析の書
そんな4月初旬に、たまたま紀伊国屋書店で見つけたのがこの朝日選書であり、奥付の発行日は何と2021年4月25日とある。発行日とは何なのか、ちょっと目を疑ったわけだ。ともあれ、民主党政権への移行の前後から「社会保障・税一体改革」の三党合意、そして安倍第二次政権という平成30年間の政治的な激動期における、社会保障政策の政治的展開を文字どおり渦中にいてその有為転変を一番よく見てこられた研究者であり、私自身の与党時代の時期とも重なる部分が多く、さっそく手に取って一読させていただいた。
さすがに、この分野を分析する第一人者であり、平成の社会保障政策の貧困、介護、育児分野の政治が見事に描かれているし、私自身の頭の整理ができたことを感謝したいと思う。社会保障について関心を持たれる方にとって、見逃すことのできない好著であることを先ずは宣伝させてほしい。
平成政治の3潮流、「社会民主主義」「新自由主義」「保守主義」の織り成す展開は見事だ
何が一番感心させられたのか、それは社会保障政策をめぐる福祉政治の3つのイデオロギー潮流、「社会民主主義」「新自由主義」「保守主義」が織り成す展開を見事に腑分けしつつ、今日の社会保障という現実に至っているのかを見事に描き切っておられることだろう。「社会民主主義」という政治潮流は、細川連立政権から自社さ政権、更には自公政権末期から民主党政権時代という「例外的な政治的枠組み」になった時、介護保険とか子供子育て新システムとして提起され、増税する理屈の欲しい大蔵・財務省が、これまた「例外的にそれを応援するという例外的な状況下」で実現する。ところが、そうした例外的状況は長続きせず、すぐに「新自由主義」政治が頭を持ち上げてくる。財政の厳しさから、福祉分野の削減を軸にした「磁力としての新自由主義」政治が出てくるし、他方で、やっぱり家族が面倒を見ろ、という「日常的現実としての保守主義」がじわっと広がってくる。そうした展開の中で、コロナ禍が生活不安を追い打ちし、やはり福祉政策こそが根本であり、著者の主張である「ベーシックアセットの保障」へと今後の政策方向に向けて結論付けていかれる。
野心的な「ベーシックアセット」論、「準市場」と「社会的投資」
ここで、ベーシックアセットなる新造語が登場してくる。ベーシックインカムやそれに対抗するベーシックサービスという言葉を聞いたことはある人も多いが、ベーシックアセットというのは初めて聞く方が多いと思う。宮本教授は次のように説明しておられる。
その前に、「準市場」と「社会的投資」という概念が出てくる。「準市場」は公的財源による福祉制度の中で、福祉受給者の市場的な選択の自由を実現しようとする仕組みで、行政が一方的に保護するのではなく、福祉受給者の力を引き出し高めながら社会参加を広げる福祉のかたちを社会的投資と呼んでいる。この2つの仕組みが目指すのは、当事者の事情に適したサービスと所得補償を実現し、人々が積極的に社会参加できる条件を提供していくことであり、こうした保障がベーシックアセットなのだとのことだ。介護保険制度の中で、民間の営利法人やNPO法人がサービス提供主体として認められたことなどを考えれば、なんとなくわかるような気がするが、今一つ分かりにくい概念なのかもしれない。
ベーシックアセットはコモンズのアセット重視、今後の福祉政治軸
フィンランドのシンクタンクの解説を引用して、ベーシックインカムは私的アセットとしての現金給付を、ベーシックサービスは国と自治体の公共アセットを全ての市民に行き渡らせようとするのに対して、ベーシックアセットとは私的、公共的アセットに加えコモンズのアセットを重視するとのことだ。
コモンズという言葉は最近よく使われ、斎藤幸平著の『人新世の「資本論」』のキー概念として登場しており、宮本教授と斎藤准教授のこれからの時代認識の近似性が出ているのだろうか。
いずれにせよ、このベーシックアセットによる福祉国家の再生を目標にして行くべきことを宮本教授は主張されているわけで、この著書の中でもベーシックアセットについてかなり克明に説明されている。この点の理解こそが、重要なのだろう。
自由民主党内には社会民主主義の潮流が存在していたのではないか
さて、読んでいるうちに疑問点が少しく出てきた。それは、日本の社会民主主義に対する理解の問題である。「例外的な社会民主主義」として自社さ政権や細川政権、さらには民主党政権が取り上げられているのだが、自由民主党という政党内においては「社会民主主義」に分類してもおかしくない潮流が存在していたのではないか、ということである。さらに言えば、日本社会党が再分配政策を重視して「大きな政府」による社会民主主義を目指そうとしていたのかどうか、という点についてである。残念ながら、戦後の政治体制をめぐる与野党の対立軸は、安全保障をめぐる対米重視か否かという憲法9条をめぐる論点が中心であり、社会保障をめぐる大きい政府か市場重視の小さい政府かどうかは、あまり重視されてこなかったのではないか。むしろ、大平内閣時代の「家」重視の日本型福祉社会論の方が影響力は根強かったのかもしれない。
日本の雇用制度の特質は、福祉政治との関係でどう整理されるのか
もう一つは、日本の雇用問題であり、最近の言葉でいえば「ジョブ型」と「メンバーシップ型」の問題と社会保障や福祉国家との関係である。宮本教授はこれらの問題に関してどのような考え方をされているのか、是非とも聞いてみたい気がする。欧米の世界では、労働組合が横断的に組織化され、福祉国家を支える力になってきたわけだが、日本の場合企業別労働組合として連帯機能の弱い組織となっているわけで、こうした問題がこれからのベーシックアセットとの関係でどんな役割を果たしていけるのか、是非とも今後解明して欲しい点の一つだと思う。今後の宮本教授のご健闘に期待したい。