2021年5月17日
独言居士の戯言(第193号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
菅内閣支持率の急落、3道県補欠選挙全敗、コロナ対策への不満増
菅内閣の支持率が再び低下し始めてきた。時事通信が7~10日に実施した5月の世論調査で、32.2%と前月比で4.4ポイント減、不支持率は6.9%増の44.6%となり、支持率は政権発足以来半年間で最低、不支持率は最高を記録し、不支持率が支持率を上回るのは5か月連続とのこと。さらに5月のNHK世論調査で見ると、菅内閣の支持率は35%と先月から9ポイント低下し、これまた過去最低となっている。不支持率は43%と前月比で5ポイント増え、時事通信の調査と同じ傾向を示している。これでは4月25日に実施された3つの補欠選挙で全敗したことも当然といえるだろう。
内閣支持率低下の大きな要因として、新型コロナウイルスに対する政府の対応に不満を強めており、昨年末から年始にかけての第3波、さらに今回の4~5月の第4波が、菅政権にダメージを与えたことが浮き彫りになっている。NHKの世論調査結果では、コロナ対策への政府の対応を「評価しない」比率が「評価する」を4月から5月にかけて大きく上回り、感染の不安も8割を大きく超え、ワクチン接種について「遅い」が82%と答えている。
政府提案を覆した専門家会議、あまりにも甘すぎる事態への認識
そこにもってきて14日の専門家会議での北海道、広島県、岡山県の緊急事態宣言に追加指定を専門家から迫られ、当初の政府側の方針変更を余儀なくされるに至ったことが報道されている。コロナウイルスの変異型の急増に対応するためとされているが、政府の新型コロナウイルス対策の認識のお粗末さをはしなくも露呈させられ、菅内閣への更なるダメージが加わったとみてよいだろう。
肝心のワクチンの接種についても、遅々として進んでいないわけで、7月末までに高齢者に接種が終えられることは絶望的、にもかかわらず東京オリンピック開催については依然として強行しようとしているわけで、このまま強行すれば、国民の政府に対する不信感は内閣自体の存続にまで響きかねないことは言うまでもない。
政府と東京都知事の政治的な対立を赤裸々に指摘した「記者の目」
菅内閣に対して、かつて経済対策としてGoToキャンペーンに固執することが、感染対策を中途半端なものにしているという批判が指摘されてきたが、それと同時にコロナ対策の先頭に立つ都道府県知事との政治的な対立も指摘されてきた。
5月14日付毎日新聞の「記者の目」欄で、「国の責任あいまい新型コロナ」について竹地広憲記者は「自治体と一丸対応を」という見出しの下で。政府側と小池東京都知事の間で繰り広げられた「徒労感が漂う主導権争い」について言及されている。竹地記者は1年余り官邸記者として感じたこととして「コロナ対応に対する政府の責任があいまいで、そのことが政策決定の遅れを招いているのではないか」という指摘をされている。
小池東京都知事と菅政権の政治的な角逐は、かねてから噂されていたわけだが、第一線の記者から具体的な言質でもって改めて指摘されたことには驚かされる。中央政府と地方自治体が一体になってコロナ対策に邁進しなければならない時、政治的な思惑によって国民の命や暮らしが犠牲になってはならないことは当然のことだろう。これから7月4日の都議会議員選挙もあり、解散総選挙すら何時あってもおかしくない時期に入りつつあるわけで、もう一度コロナ危機からの脱却に向けて国・地方一体での取り組みを強く求めたいものだ。
牧原出東大教授の『ウエブ論座論文』「自滅に向かう政治主導と『内政の司令塔』不在が招いたコロナ対策の破綻」を読んで
こうした現実に対して、牧原出東京大学教授は5月8日付の『ウエブ論座』で「自滅に向かう政治主導と『内政の司令塔』不在が招いたコロナ対策の破綻」と題するかなり長い論文を書かれている。副題として「抑えの効いた『官邸主導』と内政での『官僚主導』の再生が急務」とある。
冒頭、コロナ危機に対する菅政権の対応のお粗末さに触れ、昨年末の懸案であった重傷者用病床の確保ができず、世界最低水準のワクチン接種率、経済活動の落ち込みの下、清算無き東京オリンピックの準備だけは進むという「目を覆わんばかりの事態」だと厳しく批判する。この事態を招いた要因は構造的なもので、牧原教授は「政治主導がもたらす政治の劣化」と「内政の司令塔不在」の二つを指摘する。解決策としては、「政治主導の旗を降ろす」ことと「内政の司令塔をつくる」しかないということになる。かなりの長文なので、詳しくは是非とも本文を一読して欲しい。
政治主導は民主党政権時代から始まったとみるべきなのか、疑問だ
気になるのは、政治主導について民主党政権時代から始まったと述べているくだりだが、これはそれ以前からの自民党長期政権の下で進んだ日本政治の劣化をどう解決していくのか、さまざまな論議の中から政治主導へと展開されてきたわけで、民主党政権から始まったととらえるのは無理がある。現に、牧原教授も政治主導が可能となったのは「1994年の政治改革関連法成立と2001年の省庁再編でもたらされた」と書かれており、当時の日本の政治改革論議における与野党共通した認識であったとみるべきだろう。
もちろん、政治主導の具体的なあり方の問題点については、これからも改革していくべきことは言うまでもないが、かつての派閥政治と官僚主導で政治責任の曖昧な統治に戻ることが果たして本当にいいのかどうか、疑問と言わざるを得ない。当時の民間政治臨調の提言など、多くの学者・専門家の方達の発言などにも目を向けて欲しいものだ。
安倍第二次政権、司令塔が機能し経済がうまく行ったのか、疑問だ
さらに、安倍政権の時代に外交と経済は、司令塔がしっかりしていてうまく運営されてきたという前提についてである。外交のことは別にして、安倍政権の下で経済財政諮問会議が再び機能し始め、好況をもたらしたと評価している。2%のインフレ目標は達成できなかったと指摘はしているが、日本経済が2012年秋からの立ち直りは、安倍政権による経済政策、すなわちアベノミクスによるものだと言えるのかどうか、世界経済、とりわけEU経済の立ち直りとお隣の中国の躍進による国際的な経済環境の好転に助けられ、円安による輸出環境の好転や株価の上昇が始まり、経済界をとりまく気分の好転が進んだのではなかったか。
また赤字国債の増発による財政支出の拡大も、その背景には消費税率の10%への引き上げで民主・自民・公明三党の合意があったことが安心感を与えたことは間違いない。それで、日本経済は牧原教授が評価されるような成功した経済実態と言えるのだろうか。小泉竹中改革以降の新自由主義による日本社会での格差の拡大は言うまでもなく、世界経済における日本のポジションは大きく低下し、国民一人当たり実質GDPの水準で見ても、今やIMFの2020年統計によれば23位にまで落ち込んでいるのが現実だ。
こうした現実を厳しく見ないで、あたかもアベノミクスが成功したなどと簡単に評価する姿勢には、学者としての誠実さが感ぜられない。
牧原教授の野党評価、あまりに硬直的で偏りすぎていないか疑問だ
それにしても、次の指摘についてはあまりにも偏った見方と言えないだろうか。政権交代という経験をした野党の政治家の中には、これから政権を担うにあたって牧原氏が危惧される面が全くないとはいえないが、かなり真剣に悩み学習し続けてきた政治家たちが存在していることも見ておくべきだと思う。
「新型コロナが政権をさらに消耗させるならば、次の衆院選や来年の参院選の結果次第で、統治能力に欠けたままの野党が多数の議席を得るという大番狂わせが起こらないとも限らない。それは、日本の政治・経済・社会のすべてにおいて悲劇である」
内閣人事局の弊害は、自民党長期政権時代に戻ることでよいのか
最後に、内閣人事局による官僚の人事を官邸が中心になって進めてきた問題について次のように指摘する。
「安倍政権では首相の限界を補うはずの官邸官僚が、正論を言う有能な各省官僚を排斥し、官邸の意に沿う官僚ばかりを登用し、長期にわたる行政の劣化を招いた」
どうすればよいのか、官僚に内部の人事を任せて行けば良いし、内政で指導力を発揮できる官僚を育てていくことだとされる。内政系のチームで政治を支えていくことを提言されている。また、官僚からの異論は「政治が現場を無視して施策を急ぐよう強行すること」から生じるわけで、政治は「構造的に何が無理であるかを十分わきまえるべきなのである」と提言する。
「政治主導は政権を継続する力を生まない」との指摘はどうなのか
牧原教授は、「政治主導は前政権を否定する力は生んでも、政権を継続する力を生まない」し、「日本の政治リーダーの水準では、政権の劣化を招くだけ」と断言されている。結論として、「抑えの効いた政治主導への転換」という、かつての自民党長期政権時代に復帰すべきとも受け取れる趣旨を述べておられる。かつての自民党長期政権時代に舞い戻るとすれば、どんな政治が展開されていくのだろうか。なんとも、理解しにくい問題提起の論文だったように思えてならない。今後、こうした提起に対する専門家や政治家の側からの論戦に大いに期待したいと思う。