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労福協 活動レポート

2021年5月24日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第194号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

マーティン・ウルフ氏の「財政出動で民主主義守る」を読んで

私が日本経済新聞を購読する大きな理由の一つに、コラム欄で英国フィナンシャル・タイムズのコメンテーターの書く優れた記事に興味をそそられるからである。そのコメンテーターの一人であるマーティン・ウルフ氏が、5月21日付で「財政出動で民主主義守る」と題するアメリカ・バイデン政権を中心にした今の政治が、民主主義の存亡についての大変重大な局面にあることを指摘する論文を掲載している。新聞には副題として「インフレ進めば逆効果も」とあるように、バイデン政権の下で進められている巨額の財政支出についての行方が一つの重要な論点として問題提起している。

バイデン政権が直面している「米民主主義の危機」打開への挑戦

バイデン政権が発足して最初の100日が順調に過ぎ、4月末上下両院での初めての施政方針演説が行われたこと、その中でバイデン大統領が、自分の政権が民主主義にとってどれほど重大な課題に直面していることを自覚し、世界の独裁者たちが、米民主主義は「我々を分断してきた嘘や怒り、憎悪、恐怖を克服できない」とみていると述べたことに、ウルフ氏は「この認識は正しい。独裁者らの見方が正しい可能性さえある」ことを指摘する。というのも、アメリカの二大政党の一つ共和党は反民主主義的になり、「事態はいまや米民主主義をどこに導くかを巡る2人の年老いた男の戦いとなっている」とみているからに他ならない。2人の年老いた男とは、言うまでもなくバイデン現大統領とトランプ前大統領のことであり、いずれも70代でバイデン氏は4年後には80代となる。

トランプに支配された共和党、ヒトラーに近似する民主主義の否定へ走り始めていると警告

ウルフ氏はトランプ前大統領に対して、「彼は米国を独裁国家に変えようとした」が、昨年の選挙では敗れたものの戦いは始まったばかりで、今ではSNSを利用できなくなっていても共和党指導部を支配しており、先日下院共和党ナンバー3の要職にあったリズ・チェイニー氏を解任するとともに、今でもトランプ氏の別荘に忠誠を誓う共和党所属議員が馳せ参じていることを指摘する。チェイニー氏が解任されたのは、トランプ氏が昨年の大統領選挙の結果について「大?をついた」と批判したからだ。今やトランプ氏が嘘をつくのは目新しいことではなく、驚くべきことは共和党にとっての「真実とは何か」をトランプ氏が決めていることだ、と指摘する。

その共和党について、いまやヒトラーに忠誠を尽くすかのごとき振る舞いに至っており、アメリカ国内各州レベルで次の大統領選挙に向けて、選挙を骨抜きにする改悪の数々を進め始めていることを指摘。そのやり方について、ウルフ氏は「そもそも民主党員など非米国的なのだから、彼らに権力を握らせないためなら、どんな手段を使っても正当化されると考えている」とまで厳しく指摘する。

バイデンの民主党、圧倒的な支持基盤の構築へ全力を、ワクチン接種の成功から財政支出による格差社会解決へ

こうしたトランプ主導の共和党の動きに対して、バイデン大統領側は対抗しなければならないわけだが、そのために民主党は過半数を少し上回る程度のそこそこの支持から、圧倒的な高さへと支持基盤を引き上げなければならず、先ずは「非大卒の白人をどっさり民主党陣営に引き込む必要がある」ことを指摘する。その唯一の方法は「現政権が全国民のために効果ある施策を実行できることを証明することだ」し、ワクチン接種では見事な展開を示したが、巨額の財政支出を通じても、その能力を証明しようとしているとみている。

だが、この巨額の財政支出に対して、ブランシャール元IMF首席エコノミストやサマーズ元財務長官などは、財政支出が過大すぎてインフレ率が急上昇し、引き締めが後手に回れば金融危機となり、トランプ氏もしくはもっと問題ある人物が次期大統領になる可能性を懸念視する。

反民主的なカルト集団化する共和党、独裁者を選出しないアメリカに向けて、賭けに出たバイデン大統領

この巨額の財政支出についての狙いはどこに据えるべきなのか、「民主主義の根幹である選挙結果を平和的に受け入れる社会に米国を作り直す」ことだとウルフ氏は明言。共和党は、もはや普通の民主主義政党ではなく、反民主的なカルト集団に変質しつつあり、独裁者になりたいと考えている人物を指導者にしているわけで、バイデン大統領は「計画を成功させるべく大きな賭けに出た」とみる。ウルフ氏は、自分が生まれてから民主主義の指導者が、これほど重大な賭けに出た例はなく、成功を祈っている。この賭けは「民主主義の存続がかかっている」とまで明言されている。

問題は、バイデン政権が進めている超金融緩和政策下における財政支出の巨額化で、イエレン財務長官主導の「高圧経済」と称する政策の評価であり、ウルフ氏はそれが正しいとも、間違っているとも明言は避けている。ただ、「筆者はバイデン氏の成功を切望している」とだけ述べているに過ぎない。

直近ではインフレ懸念の物価上昇だが、雇用面では心配は杞憂だ

確かに、4月の消費者物価の動きについて対前年比で4.2%の引き上げとなったが、このまま目標としている2%超え続けるインフレが継続していくのかどうか、さらにそれが長期金利にまで波及していくのかどうかが問題である。先ほど述べたように、ブランシャール元IMF専務理事やサマーズ元財務長官などが危惧している「財政支出の急増に伴うインフレ上昇の懸念」が現実化したとみるべきかどうか。いろいろな専門家が注目するのは、雇用の動向であり、新型コロナウイルスによる経済的な落ち込みによって、2020年2月の1億3000万人をピークに4月にかけてわずか2か月で2200万人(マイナス17%)減少し、その後急速に回復に向かうものの、今年になってその回復のテンポは緩やかになっている。最新の雇用増加は26万人で、このままの推移で行けばコロナ前の雇用水準に戻るには1年以上かかりそうだ。

アメリカはサービス業が全就業者の86%、その賃金動向が鍵を握る

もっとも、コロナ禍の下で失業保険支給額への上乗せが続いているため、元の雇用に戻るインセンティブが弱いことも影響しているのかもしれない。さらに、銅や鉄鉱石などの値上がりはあるものの、全就業者の86%を占めるサービス業での賃上げ上昇が加速しない限りインフレは加速していかないとみるべきだろう。一時的な現金給付や失業手当の増加など所得移転が増えたことに伴う需要拡大で景気は好転しているものの、企業部門の設備投資の拡大がどのように進んでいくのか、今後の経済の動きから目が離せなくなっている。

格差社会からの脱却、所得再分配政策の強化と最低賃金の底上げへ

それよりも、心配なのは金融市場を中心にした金融緩和の持続に伴うバブルと思しき動きがどう転がるのか、という点にあるのかもしれない。

いずれにせよ、格差の拡大が進む中で、どのようにしてやせ細ってきていた中産階級の労働者を豊かにしていけるのか、所得再分配政策の出番であり、富裕層からの負担を強化するとともに、最低賃金の15ドルへの引き上げなど、出来る限り早く実現させたいものだ。

幸運だったバイデン大統領、F・ルーズベルトやR・ジョンソンに続く偉大な大統領に名を連ねられるか、「バイデノミクス」の賭け

考えてみれば、ワクチンの接種がうまく行ったことの背景にはトランプ政権時代から手掛けてきた政策があったことや、今年1月の政権発足直前の上院議員補欠選挙2名が、当初は共和党の強い地盤であったにもかかわらず、幸運にも民主党が勝利して辛うじて50対50に持ち込み、実質的に上下両院での多数を維持するという神業的な出来事もあったわけで、バイデン大統領にはそうした幸運が付きまとっているのかもしれない。

もっとも、ただ単に運に任せているだけでなく、バイデン大統領が目指しているのがニューディール政策で名高いるフランクリン・ルーズベルト大統領であり、偉大な社会建設を打ち出したリンドン・ジョンソン大統領なわけで、「大きな政府」による格差社会の是正を前面に出し、問題の非大卒の白人労働者層の雇用と生活の安定に向けて努力していることは間違いない。財源の調達だけを見ても、レーガン以来進んできていた法人減税から法人税の増税へ、富裕層減税から最高税率の増税や、富裕層のキャピタルゲイン課税の増税へと再分配政策強化へと大きく転換させようとしているわけで、「バイデンノミクス」とでも呼んでいいものになろうとしている。

アメリカの結果は、世界の民主主義と権威主義の行方に影響する

問題は民主党内の結束と議会での野党側の抵抗をどのように跳ね返していけるのか、注目しながら来年の中間選挙までの進展を見ていきたいものだ。それまでの間、「バイデノミクス」が着実に実施され、民主党の支持基盤が盤石なものになっていくのかどうか、アメリカだけでなく世界が注目しているのだ。中国の台頭が急速に進むだけに、アメリカにおいて民主主義が健全に機能していることが示されることの世界史的な意義は実に大きい。

それにしても、このコラムを読みながら、今年1月のトランプ支持者たちの議事堂乱入事件が、ナチスが政権を奪取する1933年の国会議事堂放火事件と重なって見えてくる。今は、そんな時代なのかもしれない。


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