2021年6月14日
独言居士の戯言(第197号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
東芝はどうなるのか、経産省・官邸の介入を指摘する調査報告書
かつて経団連会長を輩出した名門企業「東芝」は一体どうなっているのだろうか。11日の新聞各紙に、昨年7月に実施された株主総会で、「東芝が経済産業省と緊密に連携」しアクティビスト(物言う株主)の提案した「議決権行使を妨害した」とみて「公正に運営されたものではない」と結論付ける「調査報告書」が公表されたと報じている。その調査報告書は、今年3月に開催された臨時株主総会で3人の弁護士が選定され調査に当たったもので、最大株主のエフィッシモ・キャピタル・マネージメントの求めに応じたものだ。
『報告書』は会社法316条に基づく調査であり、軽いものではない
ただし、この調査報告書は単なる調査ではなく、3人の弁護士は、会社法316条に基づく「総会提出資料調査者」として総会で選出されており、取締役が調査者による調査を妨げた場合100万円以下の過料の対象となる本格的なものであることに注意すべきだろう。昨年7月の株主総会において,エフィッシモと3Dインベストメント・パートナーズが推薦する取締役を選任するよう求めたものの否決され、車谷氏再任の賛成比率はかろうじて過半数を上回る約57%にとどまっていた。ちなみに、エフィッシモ・キャピタル・マネージメントは2006年設立の旧村上ファンドの流れを汲んだ投資ファンドで、拠点はシンガポールに置かれている。
梶山経産相、国会での答弁との違いをどう説明するのか、菅総理は
もしこの調査報告書通りに経済産業省が介入(改正されたばかりの外為法行使をちらつかせていたとされる)していたとすれば、コーポレートガバナンスの観点から到底許されることではない。今年5月に衆議院の経済産業委員会で、東芝経営陣と一体になって株主総会に介入したのではないか、との野党質問に対して真っ向から否定していたことが崩れるわけで、事の真相を解明する必要があろう。報道が明らかになった11日、梶山経産大臣は「関与したことはなく今後の東芝側の事実解明に委ねる」とのことだが、問題を指摘された省の最高責任者としてなんとも責任感の無い発言と言えよう。
さらにこの報告書の中で、G7に出席中の菅総理が官房長官時代に、当時の車谷社長から昨年7月の株主総会の対処方針を説明したと「推認される」ことも明記されているが、菅総理本人は否定したとのことだ。13日付の北海道新聞社説によれば、「強引にやれば外為で捕まえられるんだろ」と述べたと言われているとしている。
問題は法治国家日本の在り方が問われている。問題は深刻だ
こうした経過を見たとき、一体事実はどうなのだろうかと疑問が募るし、是非とも総理の発言の有無とともに経産省の答弁と調査報告書との食い違いに対して、国会の場だけでなく関係者の間でもしっかりとした事実の解明を進めるべきだろう。民間企業のコーポレートガバナンスに、もし経産省が法の趣旨とは異なるやり方を強引に使って介入するということが許されれば、日本の会社法制はどうなっているのか、と疑われることは間違いないわけで、法治国家としての正当性が問われていると言えよう。
ただし、この調査を求めたのは旧村上ファンドの流れをくむエフィッシモ・キャピタル・マネージメントだったことに注意
ただ、この調査を担当したのはエフィッシモの頼んだ3人の弁護士だったわけで、この調査報告の事実や評価にアクティビスト側のバイアスがかかっていないかどうか、よくよく吟味する必要があることもまた間違いない。
全ては2015年に発覚した不正会計問題から、ファンドにもてあそばれ続けた東芝、旧経営陣の責任は追及されたのか
何が問題だったのか、今の東芝を考えた時2015年4月に発覚した不正会計問題にまで遡るようで、東芝の経営を大きく揺るがせたのは2016年12月に子会社であるアメリカ原子力発電会社の巨額損失が発覚したことだろう。東芝は、株式上場廃止を阻止するために6000億円と言われる巨額の増資を実施し、その多くを物言う株主らが引き受け、車谷氏が社長兼CEOに、それまで社長だった綱川氏が会長に就任してきた。
車谷社長は英投資ファンドのCVCキャピタル・パートナーズ出身で、そのCVCが車谷社長になって東芝を非上場化にする提案をし、さまざまな議論を経ながら結果として車谷社長の辞任、再び綱川社長の体制に戻ったわけだ。これ以降も東芝をめぐるコーポレートガバナンスは混乱し続け、6月25日に予定されている定時株主総会を前にして、指名委員会の委員である社外取締役4名から、取締役13名の選任に対して異議申し立てが報道されている。今後、定期株主総会がどのように展開していくのか、予測もつかない事態に入っているが、背景にはどんな問題があるのか、しっかりとみておく必要がある。東芝のコーポレートガバナンスの行方に注目し続けていきたい。
会社法の重鎮、上村達男教授の『日経ビジネス』(4/28)記事に注目
こうした調査報告書が出る前の4月28日付の『日経ビジネス』誌上で早稲田大学名誉教授上村達男氏の記事に注目した。題して「日本が『ファンドの遊び場』に 東芝問題で露呈した法制度の不備」という小原擁記者とのインタビュー記事である。
上村教授は、「日本はファンドがやりたい放題の状況」にあり、「東芝問題」は、新たに株主になったファンドやアクティビストが想定したとおりに物事が進んでいるとみておられる。2017年12月に上場廃止にならないための6000億円の増資に彼らが応じた半年後、虎の子ともいうべき東芝メモリーの株式売却益1兆円の内、7000億円を自社株買いによる株価上昇でファンドに報いている。資本が不足していた東芝が半年後に自社株買いに応じたというのも、どう説明できるのだろうか、偽計取引と疑われても仕方がないと批判される。
日本の会社法制、ここ30年で劣化し続けてきた歴史に厳しい警告
それにしても、東芝が粉飾決算した経営者たちの刑事責任は追及されていないことも問題である。何よりも、「物言う株主」の「物言う」資格とは何なのか問われるべきで、日本には企業買収法が存在していないし、「実質株主は誰なのか」を明快に確認できる手段はなく、「株主平等原則」によって欧米ではありえないファンドを人間並みに扱っているのだ。株主としての属性に疑問のある株主が「責任なき支配」を享受する事すら可能になっていると厳しく批判する。
こうした背景には世界的なカネ余りがあり、罪を犯しても課せられる制裁はほぼなく、不当に得られた利益の何倍も?奪されることもなく、業界から永久に追放されることもない日本、そこには法律が機能しなくなっていることを指摘する。
上村教授の提言「金融資本市場と一体の機動的な法制度の構築」を
どうすればよいのか、上村教授は次のように問題提起される。
「今必要なのは、会社法制の最大の壁である金融資本市場と一体の機動的な法制度の構築を日本の文明的課題と捉え、恒常的に企業に関係する法制度全般の見直しを検討し、すぐに立法提言が可能な独立性の高い立法政策提言機構を構築すること」だと述べておられる。かつて民主党政権時代に「公開株式会社法」の制定に向けて、千葉法務大臣時代に頑張ってこられたこともあり、かねてからの主張でもある。日本の株式会社の在り方が厳しく問われている今日、法治国家日本の会社法制の改革は急務と言えないだろうか。
日本近現代史研究の進展と幕末の外交交渉、日ロの国境問題を考える
NHK大河ドラマ「天を衝く」は、日本資本主義の生みの親ともいうべき渋沢栄一の生涯を描いている。幕末から明治維新を経て日本の近代化を進めていく渋沢だが、幕末の尊王攘夷論など国際社会とどのように向き合うのか、なかなか興味深い。私自身は大学のゼミで「日本経済史」を学んだのだが、特に明治維新以降の日本資本主義の発展をどう見るのか、戦前からの講座派と労農派の党派的対立も含めて、今は懐かしい思い出である。
幕府の外交は、当時のレベルからすれば最善を尽くしていたのでは
そうした中で、岩波新書のシリーズ「日本近現代史」⑩『日本の近現代史をどう見るか』を読んで、幕末から明治維新にかけて幕府の外交力なるものが見直されている事に少しばかり驚いている。大学時代のことなので既に50年以上前の日本近代史の定説しか頭になかったわけで、「第1章 幕末期、欧米に対し日本の自立はどのように守られたか」を書かれた井上勝生北海道大学名誉教授の論文を読んで、幕末から明治維新にかけて江戸幕府の外交能力が弱く、結果として不平等条約を締結せざるを得なかったという固定観念を抱いていた。だが、どうしてどうして、日本の国益をしっかりと守るために、老中安倍正弘の下でペリーやハリスの対米交渉やブーチャーチンとの対ロ交渉など、川路聖謨らの幕閣の奮闘した事を知る。
吉村昭著『落日の宴 勘定奉行川路聖謨』を読んで考えること
日本近現代史の研究水準が、50年以上経てば大きく変わってくるのも当然のことだろう。これは相当遅れている自分の歴史認識を正していくべく、井上教授の推薦された5冊の本のうち、吉村昭著『落日の宴 勘定奉行川路聖謨』(講談社刊) をさっそく読み始めたところである。日ロの国境交渉が択捉島と得撫島の間に惹かれたことなど、実に興味深いやり取りが生き生きと描かれている。川路聖謨の交渉は当時の国際情勢をできる限り正確に掴む努力をしながら、相手の言い分に唯々諾々と従うのではなく、実に堂々としていて頼もしく描かれている。吉村昭氏の時代考証なども確かなものなのだろう。
150年前の日ロ国境画定交渉、戦後75年後なのに未確定とは異常だ
今から150年以上も前の出来事だった日ロの国境交渉は、いまだに決着がついていない。もちろん、この間に日清・日露・第1次世界大戦や第二次世界大戦があり、日本は最終的に敗北したものの、旧ソ連時代の1956年に平和条約を締結して歯舞群島・色丹島を日本に返還することを約束するものの、アメリカのダレスの横やりもあり、紆余曲折を辿り「国後・択捉を含む4島返還論」に長い間固執する。その後、ソ連邦が崩壊後の継承国家ロシアとの間で国境線はまだ確定していない。
佐藤優元外交官「シンガポール合意」を菅総理はどう考えいるのか
戦後75年を経過し、この間、いやというほど交渉がもたれたにもかかわらず進展していないようだが、『東洋経済』6月19日付の最新号の定時コラム欄で、元外交官の佐藤優氏は、ロシア側は2島返還での平和条約締結が可能というクレムリンからのシグナルを発したとみている。そのシグナルとは4月23日に共同通信が正規のルートで得た資料をクレムリンも承認して提出したことにあり、安倍前総理とプーチン大統領との間で交わした「シンガポール合意(表向きの合意だけでなく踏み込んだ議論も含めて)」が生きているとみて、菅総理はこの「シンガポール合意」をどのように考えているのか、その反応を待っているのだという見方である。
もう決着をつけるべき時ではないのか、日ロの国境画定問題
果たして、佐藤優氏が鈴木宗男氏とともに「二島返還論」に立脚して日ロ外交を展開するよう安倍前総理時代に求めてきたわけで、それが表面的にはうまく行かなかったのではないかと思っていたが、安倍・プーチンの「約束事(?)」があるはずで、それを菅政権がどのように扱っていくのか、注目しているとのことだ。150年以上も前の幕末におけるプーチャーチンと川路聖謨との会談を思い出しつつ、対ロ外交はどのように決着がつけられるのか、そろそろ結論を出すべき時ではないだろうか。