2021年8月30日
独言居士の戯言(第207号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
菅総理の下では闘えない声が拡がる自民党、総裁選挙の行方に注目
先週投開票された横浜市長選挙の自民党系候補の惨敗により、菅総理の再選に向けた戦略が大きく軋み始めたようだ。当初は、菅政権を事実上作り上げた3派閥(細田派、麻生派、二階派)幹部による思惑では、総裁選挙は実施するものの、事実上菅再選の意向だったと言われていた。だが、さすがに菅政権の支持率がオリンピックが終了しても新型コロナウイルスの爆発的感染拡大に歯止めがかからず、東京都だけでなく首都圏や近畿圏、更には日本列島の過半数以上の都道府県で緊急事態宣言や蔓延防止措置の発令に至る中で、内閣の生命ラインと言われる30%を下回る世論調査結果(最新の毎日新聞調査は26%)が公表され、菅総理の下では解散・総選挙は戦えないという党内の声が強まり始めている。2012年に初当選した多くの衆議院議員3回生らにとって、安倍総理時代には比較的楽に小選挙区で勝てていただけに、自民党に対する国民世論の厳しい風がまともに吹き荒れているわけで、菅総理に変えて新しい総裁の下で総選挙を戦いたい、という声が強くなるのは当然のことだろう。
菅政権支持の三大派閥だが、岸田宏池会会長の出馬でどうなるのか
先ほど指摘した3大派閥の中でも、派閥の領袖である安倍、麻生、二階氏らの菅再選という意向に、若手だけでなく派閥の幹部クラスも批判的な態度を示し始めているとの報道が出始めている。自民党総裁選挙日程が9月17日告示、29日投開票日に決定した8月26日に、岸田前政務調査会長が立候補を正式に発表した。1年前の総裁選挙で初出馬し、菅総理に大差で敗れたものの何とか2位に食い込んだだけに、今度の総裁選挙に出馬しなければやがて宏池会のリーダーも林芳正氏に代替わりするのではないかと噂されるわけで、当選の見込みというよりも「一か八か」の出馬に至ったとみる向きもある。出馬表明の内容を読んでも、それほど国民に向けて岸田カラー(どんな色なのか?)が強く出ているわけではなく、党役員の1期1年、連続3期まで、といった自民党内向けの、しかも二階幹事長降ろしを密かに望む安倍・麻生両氏らの意向に配慮したのではないか、と言われることがやや注目されているに過ぎない。
それでも、岸田氏の出馬は党内にそれなりのインパクトがあったようで、すでに立候補したいと表明している高市前総務相や下村政調会長らも加わり、予定では自民党員の投票による383票と国会議員383票を合わせたフルスペックの総裁選挙になるようだ。国民の支持率の低下に直面した全国の自民党員の声がどの程度反映されるのか、自民党総裁選挙には大きな注目が注がれ始めている。
まさかと思うが、総裁選挙前の解散・総選挙がありうるのか、「臨時国会召集」にみる与野党の「同床異夢」
そうした中で、本当にそう考えているのかどうか疑問とは思うのだが、菅総理が「国会を召集して解散・総選挙に打って出るのではないか」という見込み報道が、28日付の日本経済新聞電子版に掲載されている。題して「臨時国会、9月召集論が浮上、野党は首相に解散促す思惑」で、私が購読している朝日、毎日、道新には未だ報じられていない。野党側が、ホンネのところ「国民的評価の落ちている菅総理と戦いたい」という発想から、国会の召集を呼び水にしているとの報道だが、そこに菅総理側の思惑が加わり、降ってわいたような「9月解散説」が浮上し始めたのだろうか。まだ確定的ではないが、細田派、麻生派、二階派の中から派閥の領袖に対する反乱が起き始めかねない情勢だけに、あり得ない話ではないのかもしれない。「政界は、一寸先は闇」だ、という言葉が頭をよぎるのだが、問題は国民がどう判断するのか、ということだろう。
自民党総裁選挙・総選挙での争点は「コロナ問題」以外、何だろう
ところで、あるかないかの解散による総選挙において、また解散がなければ29日に実施される自民党総裁選挙において、野党側や自民党総裁候補は何を訴えて戦おうとしていくのだろうか。いま国民が求めているのは「新型コロナウイルスをどのように沈静化させ、ワクチン接種の拡大だけでなくどう感染拡大を防ぎ、医療体制を充実していくのか」という点がメインになるのだろう。横浜市長選挙で圧勝した山中竹春氏は、横浜市立大学医学部の教授で自称コロナ対策の専門家という触れ込みだったことが大きく有権者にアッピールしたからだともいえる。この問題で、菅総理以上に国民が納得できる政策を打ち出せるのか、残念ながら、いまのところあまり期待できないのではないだろうか。
「この国のかたち」と「3S政治」の下での「大きなビジョン」こそ
岸田前政調会長の自民党総裁選出馬の際の記者会見を聞いても、「3つの約束、3つの政策」として国民の声を丁寧に聞く、個性と多様性の尊重、みんなで助け合う社会という約束の下、政策面で第一に掲げるコロナ対策には目新しいものはあまりない。今、求められているのは、前号で指摘したように「説明する」「説得する」「責任を取る」という「3S」政治の実現ではないだろうか。あの河井案里選挙の「1億5千万円」の政治資金の透明化を求めているようだが、まさに「3S」を実践することなのだと思う。もちろん、総理・総裁を目指すわけで、この国のかたちをどうするのか、格差の拡大が進展する中で、民主主義が揺らぎ始めているわけで、グローバル化や情報化が急速に進展する中で「「大きなビジョン」が求められていることも確かである。バイデン大統領の政策転換に大いに見習ったらどうかと思うのだが、与野党リーダーからはあまり聞こえてこない。
野党側は、対抗政党として実現可能性と維持可能性ある公約提起を
さて、野党側であるが、一般論としてコロナ対策についての臨時国会の開催を要求することには異存はないのだが、任期満了が近くなっているだけに国民からはどう受け止められるだろうか。さらに、本当に解散・総選挙に向けての選挙態勢づくりは進んでいるのだろうか。野党共闘の行方はどうなっているのか、その際、実現可能性や維持可能性のある国民に「責任が持てる公約」作りは本格的に進んでいるのか、何よりも野党側の一致結束が実現できるのかどうか、国民は野党側をまとめ上げられる力が本当にあるのかどうか、あまり期待できないものの、しっかりとみているに違いない。それができなければ政権交代などは絵空事なのだということを理解すべきだろう。野党にとっても、まさに「3S」政治が与党以上に求められているのだ。
ジャクソンホール会合の歴史、世界の金融・経済政策の目が集まる
毎年8月末恒例の米国カンサスシティー連銀主宰「ジャクソンホール会合」は、これまでも金融政策を巡る大きな転換となったことのある会合だけに、世界の金融・経済当局・専門家が絶えず注目する会合となってきた。今年もまた、コロナ禍の下で展開された高圧経済によって、インフレ率の上昇や雇用の拡大が続く中で、FRBの動向が注目の的であった。
私自身、この会合での出来事として印象に残っているのは、2000年代半ば当時マエストロとまで称され崇められていたグリーンスパン議長時代の会合での出来事だった。後にリーマンショックと称される大きな金融危機を招いた問題について、ヒュン・サン・シンら若い研究者がFRBの進めてきた金融政策批判を展開したことを、竹村俊平慶応大教授の『資本主義は嫌いですか』の中でビビッドに表現されていたからである。当時、グリーンスパン議長に対する異議申し立てをした若い研究者たちが居たということに驚いたのだが、その後のリーマンショックによってその問題指摘が的確なものであったことが証明されたわけで、やけに印象に残っている。その後も、時代はバーナンキ議長らへと変わっていくわけだが、日本の陥ったデフレからの脱却と同じような問題に各国中央銀行が直面してきただけに、注目し続けてきた。
パウエル議長の冒頭講演、予想通り年内に金融緩和縮小開始へ
今年は昨年同様コロナ禍の下、急遽オンライン形式で開催された。その冒頭27日の講演でFRBパウエル議長が、「緩和縮小、年内開始が適当」と言明。ほぼ市場関係者の予想通りの展開であり、7月に実施されたFRBのFOMC(米連邦公開市場委員会)の会合では、ほとんどの参加者から「年内の量的緩和の縮小(テーパリング)開始が適当」との発言があったことが18日公表の議事録で明らかになっていたからである。
何よりも、直近のインフレ率は目標である2%をはるかに超えて5%台に到達、食品やエネルギー関係商品を除いたコアのインフレ率も3%台となっているし、一番重視されている雇用についても5%台と、まだ完全雇用(3%と言われている)には至っていないものの、7月の雇用者数も約94万人の伸びを記録するなど、雇用の完全雇用化に向けて大きく前進しており、経済の改善傾向がこのまま進めば「年内テーパリング実施」を宣言したわけだ。
それでも利上せず金融緩和継続、慎重に「日本化」のリスクを警戒
もちろん、テーパリング後もFRBによる高水準の債券保有は継続され緩和的な金融環境で支え、利上げとは直結させないし、雇用の最大化と物価の2%越えまで、政策金利は据え置くことも明言している。また、ワクチン接種が進んだものの、新型コロナの変異腫による感染拡大が、再び経済停滞のリスク要因として取り上げられているが、慎重なFRBパウエル議長ではあるが、好調なアメリカ経済の下での金融政策の転換の始まりと見ていいのだろう。
こうしたFRBによる極めて慎重な金融政策がとられているのにも、日本の1990年代のバブル後のデフレ経済への転落の背景に金融政策の誤り(日本化と呼ばれる)があったという判断があることは間違いない。先進国では、インフレ率が2%の目標を設定し量的金融緩和を実施しながら、なかなか到達できなかったことが脳裏に焼き付いているのかもしれない。できれば、このジャクソンホール会合に、白川方明元日銀総裁が出席され、日本の経験と理論化についてきちんと提案して欲しいと思うのは、私だけではないだろう。イギリス上院では実現されているわけで、次はアメリカでぜひ実施して欲しい。
このテーパリングの影響は、特に新興国にとってドル高となって大きな打撃を与えるのだろうが、アメリカの株式市場にはどう影響していくのか、今週の株式市場は注目すべきだろう。アメリカのニューヨークダウの水準は、このところ史上最高値を超えて上昇(先週末35.455ドル)し続けており、バブル状態にあるのではないかとさえ言われてきただけに、このパウエル発言の行方に注目が集まる。
アメリカと好対照な日本、黒田日銀は無為無策で「円」の価値低下
これに引き換え、日本の株式市場は日銀の大規模な買い入れにもかかわらず、日経平均で3万円の大台から落ち込んで2万7千円台で停滞しており、世界に先駆けて始めた金融緩和政策からの脱出は当分の間望むべくもない。黒田日銀は、無為無策のまま現状維持を繰り返しているだけで、この間、円安が進み、1971年8月のニクソン大統領の「ドルと金の交換停止」以来50年、1ドル360円から最高で1ドル70円台にまで上昇した円の価値は、今では名目では1ドル110円前後となっているものの、実質価値は大きく下落し、実質的にはニクソンショック時代のレベルにまで落ち込んだと言われている。
経済大国から衰退国家への転落を象徴する「円安」、それでいいのか
それが、今日の世界における日本の経済的ポジションの下落となっているわけで、経済大国日本から、没落しつつある衰退国家日本を象徴するものとなっている。1ドル110円前後でそれほど円安が進んでいるようには見えないのは、物価が日本は停滞し続けているのに、先進国は毎年のように上昇しているわけで、その分円高となって調整するはずなのにできていない。それは、世界から日本にカネが流入することなく、日本企業が海外から稼いだカネも、国内投資に向かうことなく世界に向けて投資が増大し続けているからにほかならない。衰退する老大国が見捨てられつつある冷厳な事実だろう。