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労福協 活動レポート

2021年9月21日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第210号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

自民党総裁選挙始まり4氏が立候補、コロナ禍を無視したメディアジャックへの野党側警戒感も強まる

自民党総裁選挙が始まり、29日には新総裁が決まる。10月4日には新総裁が菅総理大臣の後を受けて衆参の国会で新総理大臣の選出、組閣、新総理による所信表明演説、衆参の代表質問まではほぼ合意されており、その後衆参の予算委員会を野党側が要求するものの、任期満了が近づいていることを理由に予算委員会を開催せず任期満了・総選挙に突入するに違いない。衆議院総選挙日程は、今のところ未確定だが、11月7日とも14日とも予想されているが、どんなに遅くとも11月21日までには実施されることになる。

自民党総裁候補は4名で、河野太郎行革担当大臣、岸田元政策調査会長、高市元総務大臣、それに野田聖子幹事長代行である。既に届出を済ませ、選挙活動を開始しており、共同記者会見や日本記者クラブ主催の討論会など、コロナ下での街頭遊説活動ができないためネットでの様々な取り組みが進められていくようだ。メディアも、自民党の総裁選出が総理大臣に直結するだけに、その動向を実に詳しく(過ぎるのではないか!!)お茶の間に届けている。野党側にしてみれば、菅総理の退陣から新総裁の選出によって国民の間に自民党中心の報道が溢れることにより、11月総選挙に新総裁ブームでの劣勢が余儀なくされる恐れがあるだけに、危機感も強まっている。

このところの世論調査の結果(最新の日経新聞は自民党支持率48%と前回比9%アップ)を見ても、最大野党の立憲民主党の支持率は伸びておらず、大きくリードされている。最近、安倍・菅政権の経済政策である「アベノミクス」についての検証を立憲民主党が進めていくとのこと、総選挙に向けて準備を重ね、大いに政策論争を繰り広げていくべきだろう。

河野太郎候補の書いた『日本を前に進める』を読んで感ずること

4名の候補者はそれぞれ政策を発表しており、それぞれの立場も国民の間に徐々に広がり始めてきている。今回、世論調査で国民に一番支持率の高い河野太郎氏の新著『日本を前に進める』(PHP新書の電子版)を取り上げ、特に国民生活に一番直結する社会保障分野を中心に私なりに問題指摘してみたい。この新著の発刊は総裁選挙直前の9月9日となっており、総裁選挙出馬を大きく意識したものになっていることは間違いない。字数の関係で、主として年金に集中すること、更には時間の関係で「電子版」からの引用も、お許しいただきたい。

河野氏の考える保守主義、「新自由主義」に近いのではないか

社会保障の論点に入る前に、河野氏の政策上の立脚点に触れておこう。自民党の若手政治家であり、河野一郎、河野洋平に続く三代目の世襲政治家である。祖父の一郎氏は自民党内の重鎮だったが志半ばで亡くなり、父洋平氏は自民党総裁から衆議院議長、それだけに河野太郎氏の総理大臣職への挑戦は、政治家一家たる河野家の悲願なのだろう。父親の洋平氏が、告示前に未だに参議院の実力者と呼ばれる青木幹雄元官房長官の事務所に出向く姿が放映されていた。その河野太郎氏は、自分の位置する「保守主義」とは「度量の広い、中庸な、そして温かいものである」と述べたうえで、次のように指摘する。

「平等の機会が提供され、努力した者、汗をかいたものが報われる社会であり、勝者が称えられ、敗者には再び挑戦する機会が与えられ、そして競争に参加することができないものをしっかりと支える国家を目指すのが保守主義です」(電子版41-45)

この文章の行間からは、直接的な表現はされていないものの「新自由主義」に立脚しているのではないかと思われてならない。同様な指摘をしているのが、中島岳志東工大教授や中北浩爾一橋大教授である。それだけに、新自由主義の立場から何かと問題視される社会保障がどのように考えられているのか、大変気になるし、実際にこの著書を読んでみて、社会保障の具体的な政策提言は極めて問題の多いものだと言える。総裁選で間違いなく先頭に立ち、場合によっては第1回目の投票で過半数の得票を得るかもしれないとまで予想されているだけに、その政策についてはしっかりと見ておく必要がある。

河野氏の社会保障観、主として年金論議について感ずる問題点

河野氏は「第6章、国民にわかる社会保障」のなかでいろいろな問題に触れてはいるものの、制度の歴史や理念について十分な理解を持たず、そのまま総理大臣になっても政策に混乱をもたらすことは必至だろう。まず取り上げたいのが、18日の日本記者クラブでの論点になった年金問題である。河野氏は、今の年金制度は三階建ての新年金制度にすると述べる。

「年金の一階部分は、老後の最低生活を保障するためのもので、消費税を財源として、年金受給年齢に達したすべての日本人に支給されます。ただし、所得制限があり、一定以上の所得、資産のある高齢者には支給されません」(電子版No1786-1790)

政権交代時の民主党の年金改革案に酷似している河野氏の年金論

これだけ読んだ人は、どこかで見聞きした内容だと感ずるはずである。12年前の民主党が、政権交代に向けて年金制度の抜本的な改革を打ち出してきた時の「最低保障年金7万円、財源は全額消費税」と同じ発想である。明日にでも最低保障年金7万円が実現できると思った人たちから、何時から支給されるのか、という問い合わせが民主党に殺到し、その後民主党案に基づき厚労省内で試算させたところ、とても実現可能性や維持可能性に欠けた「トンでもない代物」だと幹部も理解し封印(のちにリークされ国会での追及にあい、幹部が反省した)せざるを得なかった代物だ。

年金制度は半世紀以上経過しており、抜本的に変えるのは不可能

既に年金保険料をかけてきた人たちにとって、消費税ですべての国民に直ちに支給されるのであれば、今までかけてきた保険料はどうなるのか大問題になる。もし、これから保険料を毎年消費税に置き換えるとすれば、実現するまでには最低でも40年かかることになる。とても年金保険料が支払えない人たちの救済には資することができない。さらに、この支給に当たって所得制限や資産制限などが必要になるとのことだが、所得(公的年金以外の所得)や資産把握はどうやって進めるのか、かなり所得や資産が高い層からは、年金制度そのものや消費税引き上げに批判的になることは間違いない。

賦課方式から積み立て方式への提案、制度についての勉強不足だ

それでも、二階建て部分は所得比例年金だとされているが、なんとそれは積立方式だとのことだ。積立方式にすれば、少子高齢社会でも持続可能だと述べておられるが、賦課方式であれ積立方式であれ、老後の生活確保に当たって重要なのはその年金額で購入できる現物(衣食住やサービス等)なのであり、現物を貯蓄し続けることは不可能だし意味がなくなってしまうわけで、今の賦課方式を積立方式に変えることはナンセンスである。

少し考えてみれば、積み立て方式で仮に40-50年間積み立てたお金はどのくらいの金額になるのだろうか。日本全体では間違いなくGDPの何年分にも達する巨額の積立金ができるわけで、それを何十年以上にもわたってどう安全に運用できるのか、今のGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は、積立金約186兆円(2020年の実績で、世界的にこれだけの積立金を持っている公的年金制度は無い)を株式や社債などで運用に回しているが、どう安全に運用できるのか、リスクを抱えながら苦労しているのが現実だ。それが、何千兆円もの財源を安全に運用できるのか、考えただけでもそれがいかに無謀であるのか理解していただけるだろう。さらに、長生きをした人に平均余命年数より早く亡くなった人には遺産相続の対象とはせず、残された人たちに年金財源を分配するとのことだ。はてさて、100歳を超えた長寿の方達にどれくらいの年金額が支給されることになるのだろうか、余計な妄想だろうか。

私的年金活用は年金水準引き上げに意味を持つ、「WPP」の道

最後の、三階建てについては、民間の私的年金商品であり、一定の年齢までしか支給されず、老後生活の安定には不安定さがあることは河野氏も指摘している通りだ。できる限り永く働き、民間の私的年金保険を活用して受給開始年齢を遅らせ、その間の生活費に充てることで受給年金額の引き上げ(1年あたり8.4%アップとなり、仮に70歳受給であれば42%アップする、来年4月から可能となる75歳まで引き上げとなれば84%も引き上がる)によって、マクロ経済スライドの適用によって低くなる年金の引き上げに回せるという考えも権丈善一慶応大学教授によって提唱されている。その際、IDeCoやNISAも役に立てていけば良い。河野氏が、年金額が低くなることの問題を指摘されているだけに、一つの解決策だと言えよう。つまり、WPP(Work-longer, Private-pension,Public-pension)を進めていくことで老後の年金が充実可能になるのだ。

河野氏は、社会保障の理解が余りにも地に足がついていないのでは

はたして、こういう年金制度を堂々と提起している河野氏の社会保障理解には大いに問題だと思うのが自然であろう。果たして河野氏は、年金制度についての理念や歴史などきちんと勉強してきたのだろうか。基礎年金の税方式論者に多いのは、無年金者の救済に資するという人が多い。生活保護と年金を一体化した考え方だが、生活保護は「救貧」の役割を、年金は「防貧」に役割を果たすべく考えられているのだが、河野氏はそうした理念など理解されていないのではないかと思われて仕方がない。

また、税と保険料の違いを厳密に分けておられるが、過去の日本において、消費税などの大衆課税の引き上げがいかに難しいことなのか、政治家であればだれでも痛感しているはずである。北欧の国の中には、医療など全額税で賄っている国もある。労働組合などの組織率の高い連帯感の強い国では、社会保障財源を税で負担することも十分可能だろう。日本では、残念ながら税財源問題は選挙前にはタブー視されてしまい、総裁選挙でも、更には総選挙で財政問題には無責任になるのが常である。

マクロ経済スライドで年金支給が低下するのは、年金制度が原因ではなく経済成長、雇用、賃金などに主因がある

さすがに、17日に立候補した際の立会演説会では、年金について少子高齢化における年金水準(これから年金受給する人だけでなく既に受給している人にも適用)を自動的に調整するメカニズムである「マクロ経済スライド」を持ち出し、年金水準が低下して高齢者の生活が維持できないことが問題なのだ、という主張となって少しく変化したように見える。さらに、18日の記者クラブでの討論会では、基礎年金の水準が低すぎて、生活保護に流れてしまうことを強調されていた。その点は、もちろん大切な視点なのだが、はたして年金制度内で救済できるのかどうか。雇用の在り方が非正規であったり、中小零細企業で厚生年金ではなく国民年金に自らの掛け金のみで入らなければならない低賃金労働者といった不安定雇用や低賃金の方を、先に解決しなければ無理である。

河野氏と枝野氏との年金論争が実現したら、どう展開するのか?!

自民党の総裁候補の間でも年金問題が議論になるとは思わなかったのだが、これからどんな年金論議が進められていくのか、かつての民主党内で同じような主張をしていた枝野立憲民主党代表などが、仮に河野総理が実現した場合、どんな論戦をされるのか、大いに注目したいものだ

保険料の制度間財源移転問題について、いきなり廃止ができるのか

そのほか、この社会保障を論じた第6章の中では、様々な問題が指摘できる。たとえば、「保険料を制度間の財政調整などに流用することは廃止するべきです」とのべ、介護保険や後期高齢者医療制度を含む医療保険制度間の財源移転制度は廃止し、国民にコストを理解したもらうため、保険料を引き上げ、負担できない世帯に税を投入すればよい、と述べておられる。

たしかに、医療保険は組合健保や協会けんぽ、更には国民健康保険と後期高齢者医療制度に分かれており、それぞれの保険料率は異なっているし、後期高齢者医療制度等は税金と各制度からの財源移転によって賄われている。現役の組合健保に所属する現役労働者は比較的賃金水準が高く医療にかかることも相対的に少ないこともあり、組合健保財政は比較的定率負担で賄われてきたことは確かである。

人生80年時代、現役労働者からの引退後まで視野に入れた論議を

しかしやがて自分たちも企業から退職し、加齢とともに国民健保から後期高齢者になるわけで、それを考えたとき、制度間の財源移転制度が現状では必要不可欠であることは言うまでもあるまい。介護保険でいえば、保険料がようやく総報酬割へと転換したわけで、現在の40歳からの保険料徴収ではなく、他の保険料徴収と同様、20歳から保険料徴収していくべきだと考える。

もちろん、医療保険制度の将来像でいえば、主として大企業の労働者が多い組合健保、中小企業が多い協会けんぽ、自営業や退職者が中心の国民健保を一本化し、一律の保険料率にすることが将来的には重要なのであり、その際は、支払えない低所得層をきちんと把握する体制を整備したうえで、河野氏の言うようにその層の方達に対して税による補填を進めるべきだろう。

繰り返しになるが、いくら現役時代は大企業の組合健保に加入して比較的低い保険料率で賄えていたとしても、退職して国民健保になり、後期高齢者となれば後期高齢者医療制度の厄介になるわけで、人生80年、いや90年となる中での医療制度を考えていくべきだと思う。どうも、河野氏のこの著書の中での政策提起を読む限り、過去の制度の歴史や理念などが十分に理解されておらず、もしこのままの考え方で日本の社会保障を変えていこうとされれば、年金問題でみたように民主党政権時代と同様の問題を引き起こすことは必至だろう。

「歴史は繰り返す、一度目は悲劇として、二度目は喜劇として」にして欲しくないものだ。


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