2021年10月11日
独言居士の戯言(第213号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
岸田総理大臣誕生の背後で起きた自民党内部の確執のドス黒さ
第100代内閣総理大臣の指名をうけ、岸田政権が10月4日発足した。発足後の内閣支持率は、新内閣の発足というご祝儀相場を受けていながら思ったよりも高くなく、中には50%を切る調査も出るなど、あれだけメディアジャックをして成立したにも関わらず、国民は冷静に見ているようだ。背後にいる安倍元総理や麻生財務大臣、更には甘利税調会長などの暗躍や菅前総理や二階前幹事長との確執など、自民党総裁選挙が実質的には4人の候補の争いというよりも、背後にいた黒幕と呼ばれる陰の実力者たちの戦いではなかったか、とみる向きもある。
さらに言えば、党と内閣の人事を通じて、政治とカネの問題を抱えたまま説明責任をせずに居直り続けた甘利氏を、党の事実上の責任者となる幹事長につけ、アベノミクスからの脱却を唱えていた岸田氏の政策とは異なる高市氏を政策調査会長にするなど、党側の布陣を見ても岸田カラーからは程遠い。3回生の福田達夫氏を総務会長にしたことは、まとめ役が必要なポストなのに若手を任命したミス人事ではないかとさえ噂されている。
実質的な党の責任者に甘利氏、要の官房長官に松野氏で大丈夫か
組閣に当たって、要となる官房長官には細田派の事務総長である松野博一氏を任命するなど、本当に岸田総理を支える体制は大丈夫なのか、総裁選でお世話になったお礼人事ではないか、そうしたことが国民から見透かされていたのだろう。なんと、9年近く副総理・財務大臣に居座っていた麻生氏が、副総裁として党の要職に引き続き鎮座し続けているではないか。麻生氏にしてみれば、幹事長ポストも麻生派の甘利氏で確保し、自らは副総裁に座るなど、政権の中枢に居座ったことに満足感を漂わせていたことが、もう一方の安倍元総理が自分の思うような人事配置にならなかった不満を吐露していたことと対比して、実に印象的であった。
それにしても、河野太郎を推薦してきた菅前総理や石破・小泉氏らと、安倍・麻生氏らとの確執は、今後とも続くのだろうか、いよいよ事態は解散・総選挙に移る。日程が1週間早まり、10月19日公示、31日投開票日に設定された。8日の岸田総理の所信表明演税を受けて、11日から13日にかけて衆参の代表質問に移っていく。翌14日には解散するわけで、野党側が要求してきた衆参の予算委員会での質疑はなされず、一気に選挙戦に突入して行く。
そんなに急いでどうするのか、国民の岸田内閣を見る眼は厳しい
なぜ、総選挙日程を急いだのか、自民党に対する支持率が菅内閣から岸田内閣へと交代することを通じて、菅政権や安倍政権時代のマイナスイメージの転換に期待をしているに違いない。過去の自民党が窮地に陥った時に、自民党内のリーダーを交代することによるイメージチェンジ、似非政権交代を演出してきたわけで、今度の自民党総裁選を通じて安倍・菅政権のマイナスイメージを交代させようとしているわけだ。この露骨ともいえる似非政権交代に対して、有権者がどんな反応を示すのか、日本の政党政治の在り方が問われていると思う。
矢野康治財務省事務次官、憂国の論文を『文芸春秋』に寄稿
日本を代表する月刊総合誌『文芸春秋』11月号に、財務省の現役事務次官矢野康治氏が『財務次官、モノ申す』「このままでは国家財政は破綻する」という論文を寄稿している。矢野事務次官とは、議員時代からの付き合いがあり同じ一橋大学を卒業していることもあったが、何よりも率直に自分の信念を貫き通すその行動力・胆力にやや驚嘆してきた者の一人であった。誰が相手であろうと自分の正しいと思ったことを曲げることはなく、時には文書に資料を認めて国会議員に説得を試みる姿を議員会館で見かけることが多かった。
こんなにがん張って筋を通している矢野氏の姿を見るにつけ、東大法学部が幅を利かせる財務省の中で、矢野氏が財務官僚の中で事務次官レースには残れるはずがない、と失礼ながら秘かに思っていただけに、官房長、主税局長、主計局長というポストを経て事務次官になった時には率直に言って驚き以外の何物でもなかった。もちろん、この間、内閣官房にも出向し、仙谷官房長官や菅官房長官の秘書官も務めたことがあり、与野党の中に矢野康治氏は誰に対しても正論をきちんと述べる人材として、評価・尊敬されていたのだとつくづく思う。
それだけに、事務次官に就任して1年を経過したころ、矢野次官は今頃何を考えているのだろうか、と思っていた先週の月曜日だった。久方ぶりに私の出している「チャランケ通信」に対する感想が送られてきて、日本の財政・民主主義・国家に対する警告の言葉が並べられていた。おお、矢野次官も頑張っているし悩んでもいるのだな、と思った矢先の『文芸春秋』論文だったわけだ。
与党だけでなく野党も含めて「無責任な公約」の乱発に警鐘乱打
何が書かれているのか、もう私がここでいちいち解説を加えることではないだろう。国家財政をつかさどる財務官僚のトップとして、憂国の警告文であり、切々とその訴える言葉は、今の与野党政治家の責任者たちの「無責任な政策」に対する痛烈な批判がつづられている。現役の財務官僚トップが、与野党の政策を真っ向から切り込んでいるわけで、まさに命がけの「訴状」と言っても過言ではない。さっそく読んで、本人に対してその姿勢に対して高く評価すると同時に、ここまで書いて大丈夫なのか、という趣旨のメールを出しておいたのだが、報道によれば、あらかじめ麻生財務大臣には了解を取っていたとのことだ。また、新任の鈴木財務大臣も、矢野論文には問題はないと述べていたとのこと。だが、岸田総理大臣は、一度決まったらそれに従うべきだ、と述べたようだし、高市政調会長も不快感を示したと伝えられている。中身についてのコメントはなかったし、痛いところを突かれているのだと思う。
総選挙に向けて、与野党ともに財源問題に真正面から向き合うことなく、バラマキ財政を放置しながら公約を展開しているわけで、矢野事務次官の思いをどう受け止めているのか、国民の目の前で、マスコミも含めて大いに論戦を戦わしてほしいものだ。
税を巡る国際的潮流、法人税の引き下げ競争にブレーキがかかる
『税とは、文明の対価である』と述べたのは、19世紀の米連邦最高裁判事オリバー・ウェンデル・ホームズ・ジュニアであるが、最近は税に関する国際的に大きな動きが報道されることが多く、日本での論議の遅れが気になる。
まず指摘しなければならないのが、経済協力開発機構OECDにおいて法人税の最低税率を15%に統一することとデジタル課税の採用を決めたことだろう。グローバル化の進展により、長い間法人税率の引き下げ競争が続いてきたことに初めてストップがかけられたことの歴史的意義は実に大きいものがある。2023年までに15%以下の低い税率では、世界の大規模多国籍企業が自分たちの納税地を選択することが許されなくなったわけで、これまでOECD内でも12.5%という低税率を採用してきたアイルランドも同意したようだ。今回決まった最低税率15%の対象となる法人は、年間総収入が7.5億ユーロ以上の多国籍企業に適用され、税対象所得から工場などの有形資産と支払い給与の一部を除外したものが課税対象になるとされている。だが、課税ベースをどうするのか、日本でも租税特別措置によって実効税率が15%以下に引き下がっている企業も多く、世界的な法人税率の決め方など会計基準も含めて今後論議すべき課題が多く残されているのだろう。いかに公正な法人税率にしていけるのか、技術的な問題など速やかに整理して、国際社会としての結束を図っていくべきだろう。
GAFAを始め、巨大多国籍企業に対するデジタル課税の実施も進む
もう一つのデジタル課税の導入は売上高200億ユーロ、利益率が10%超の多国籍企業が対象で、GAFAなど約100社程度を念頭に置き、富の偏在を是正する狙いがある。こうした巨大企業が自分たちの国で大きな売り上げや利益を得ていながら、納税額が極めて少ない国から問題提起されてきたわけで、すでにフランスを始めEU諸国では独自に課税する動きを進めてきたわけだが、国際的な課税強化で合意した意義は誠に大きい。今後、どのようなデジタル課税にしていくのか、しっかりと見ておく必要がありそうだ。アメリカの政権がバイデン政権に代わって以降、特にイエレン財務長官のリーダーシップの発揮によってようやくこうしたグローバル社会での公平な課税が実現したことを高く評価すべきだろう。
金融課税の強化も進む、日本の「1億円の壁」も解消するべきだ
さらに、巨額の利益を実現している法人だけにとどまらない。個人の金融所得税に関してアメリカのバイデン政権は金融所得について20%の課税になっているのを、39.6%という水準(所得税の最高税率と同じ)にまで高めようとしている。日本においても、1億円の壁として株式の配当や譲渡益に対する税率が20%の一律分離課税となっていて、1億円を超えるような超高額所得者の税負担率が28%という実効税率から徐々に低下し、20%へと収斂していくことを改革すべき課題として与野党ともに一致し始めている。残念ながら、マイナンバー制度による所得捕捉ができていないために総合課税にして累進税率で負担を求めることができないわけだが、少なくとも30%以上の一律分離課税に高めて行く必要があろう。もし、それでも不服の場合は、申告納税で総合課税に合算していく道も切り開いて選択制を残しても良いのだろう。
岸田総理は金融所得課税改革に後ろ向き、これでは前進できない
日本においても、是非とも改革を実現して欲しいのだが、岸田総理大臣は10日のテレビで当面改革をすることはしないと明言したようだ。この総理は、良いことを述べていながら、いざという時には何時も尻込みしてしまう傾向があるのではないか。実に、残念なことである。選挙戦を通じて、こうした問題点を追及して欲しいものだ。
「パンドラ文書」にみるタックスヘイブンの現実、国際監視強化を
それにしても、またまたタックスヘイブンが問題になっている。朝日新聞や共同通信が日本では提携している国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)が入手した「パンドラ文書」には、タックスヘイブンの法人を利用する多くの芸能人・スポーツ選手と並んで政財界の大物や大企業も利用していることが明らかになった。元ビートルズのリンゴ・スター氏や英国の歌手エルトン・ジョン氏らとともに、イギリスの元首相トニー・ブレア氏の名前なども出ていてがっかりさせられてしまった。入手した内部文書は1190万件以上含まれており、パンドラ文書と名づけられた。こうしたタックスヘイブンを無くしていくためにも国際的な資金移動を監視していく必要があるわけで、国際社会の一致した努力が不可欠である。