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労福協 活動レポート

2021年10月25日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第215号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

総選挙序盤戦の動向、与野党逆転は困難だが、伯仲状況が焦点か

解散から1週間経った21日、朝日新聞や共同通信、更には日経新聞など全国紙の多くが一斉に総選挙序盤での世論調査結果を報道していた。その内容は、自民党や公明党を合わせて与党が過半数維持の議席確保ができるとの見通しだ。朝日の調査では、自民中心の政権を望むのが46%、立憲中心の政権は22%というもので、序盤戦の段階ではあるが、政権交代は国民が求めるに至っていないようだ。また、次の首相には誰が相応しいか、という問いに対して、岸田氏が54%で、枝野氏は14%でしかない。直前まで繰り広げられた自民党の総裁選もあり、新総理就任直後の総選挙だけにご祝儀相場もあるのだろうが、党首「力」の差の方が大きいことにも注目させられる。

もっとも、岸田内閣の支持率は、発足時の45%から41%へと落ち込んでおり、今後の選挙戦でどう変わるのか、注目すべきポイントである。おそらく各紙とも中盤に入った有権者の投票動向調査を実施して、序盤戦に比べてどのように推移しているのか、当落の判断や全体の動向を見る時の材料がやがて報道されるだろう。

肝腎の選挙の最終議席予想であるが、自民党の議席は少し減り、立憲が微増、維新や共産も増加しそうだと序盤の調査からは伺われる。おそらく、このまま波乱なくいけばそんな結果になるのかもしれない。今回の総選挙では、野党側がかなり多くの小選挙区での統一候補擁立が進んだことを、どのように有権者から評価されていくのか、注目すべきだろう。とはいえ、今のところ大きな政局の波乱が起きるとは想像しにくく、自民党は単独で過半数が確保し安定多数を維持できるかどうか、立憲民主党は野党全体として与野党伯仲状況を作り出せるかどうかに焦点がありそうだ。私個人としても、なんとか緊張感を持った国会での競い合いが演じられるよう、「与野党伯仲」状態を実現して欲しいと思う。

消費税減税に対する国民の過半数が批判へ、健全な意識こそ重要

一番感じたことは、朝日新聞調査で実施された、消費税の在り方についての結果である。10%の消費税はそのまま維持するのか、それとも野党が主張している引き下げが良いのか、「維持する」が57%、「一時的にでも引き下げるほうがいい」は35%という結果だった。何と、比例代表で立憲民主党に投票する人でも54%、共産党投票者でも42%が維持するべきと答えている。この数値を見たとき、「日本国民は想像以上に健全なのだ」と思った。国の財政の中核をなしている消費税を下げることは、社会保障や教育の引き下げにまで波及することは間違いないし、何時までも赤字国債発行に頼ることはできないと考えているのだろう。ましてや、立憲民主党の所得1000万円以下の所得税を取らない、などという馬鹿げた減税案には、驚いているのではないだろうか。平均賃金が420万円(国税庁調査)程度でしかない国民にとって、1000万円という所得は中流の上とみていい水準まで減税するとは驚きであり、大半の所得税納税者がカバーされるほどのレベルなのだ。

税金の引き下げ競争は辞めるべきだ、再分配の財源は重要だ

もういい加減、選挙向けに「税の引き下げ競争は辞めるべき」ではないだろうか。野党の立場にある人たちに、民主党政権が政権交代した時の貴重な失敗の経験を思い出してほしい。自分たちが政権を掌握した時、政策を打とうにも財源がないために実現できないことが頭に浮かび上がらないだろうか。分配・再分配を成長戦略の基軸に置こうとする政党が、再分配する原資を少なくしてどんな政策ができるのだろうか。一度下げた税率を引き上げることがどれほど大変なことか、過去の消費税率の引き上げを想像してみただけでも、その政治的困難さがわかろうというものだ。赤字国債、建設国債と言い換えても同じだが、借金に依存する「おかしさ」を国民は感じ始めているに違いない。もう手遅れかもしれないが、国民は安易にばらまいてくれる政治にいかがわしさを感じ始めているのかもしれない、と思えたりする。

その意味で、『文芸春秋』矢野康治論文は、実に的を得ていて国民の心理を案外強くゆすぶっているように思える。それは、今後の国の在り方を巡る論議において、一つの目指すべき問題提起として「いぶし銀」のごとく輝き続けていくに違いない。

総選挙の争点、「分配と成長」についてどう考えたらよいのか

今回の総選挙の経済政策上の争点として、「分配と成長」の問題を取り上げてみたい。アベノミクスと称される経済政策によって目標とした3%成長できたのかどうか、8年近い政権を通じて平均すれば1%弱の低成長でしかできなかった。「悪夢のような」と安倍氏が批判・罵倒する民主党政権時代の方が、実質成長率が1%強と僅かではあるが高かったことにみられるように、「3本の矢」の成長政策は、とても自慢できる代物ではなかったことは間違いない。もっとも、第1第2の矢である金融緩和や積極財政政策は、円安と株高をもたらしただけ、賃金水準も自ら率先して経済界に賃上げ要請したのだが、それほど見るべき成果は上げられなかった。一言でいえば、安倍政権の成長戦略は失敗であり、その間、民主主義を支える柱となっている膨大な中間所得層が痩せ細って低所得層が増加し、格差の拡大となって日本社会の上に暗雲が漂っている。この間、官邸における安倍政権を実質的に主導したのが、経済産業省出身の官僚だったことを忘れてはなるまい。

岸田政権を支える官邸官僚は、安倍政権時代と同じ経産省主導だ

コロナ対策の不手際もあり、行き詰まった安倍政権を継いだ菅政権だったが、国民からの不信感の高まる中で総理辞任を余儀なくされ、支持率回復に向けた総裁選挙という「似非政権交代」を目指した「茶番劇」が実施される。結果生まれた岸田政権になって直ぐに迎えた総選挙、「成長なくして分配なし」というキャッチフレーズのもとで「新自由主義から脱却」を目指した「新しい資本主義」なるものを提起し、「分配」を強調するという歌い文句であるが、突き詰めると「成長がなければ分配しない」事のようで、その限りではアベノミクスに近いものを感ずる。岸田政権の背後に控える官邸をリードするのが安倍政権と同様、経産省出身者であることを見失ってはなるまい。一見すると労働者寄りに見えるが本気度が弱く、本音として経済界寄りの立場が貫かれようとしているのだ。

労働者の賃上げに成長の果実を結び付けるのか、筋道が見えない

どう成長の成果を働く者に分配していくのか、その政策的な筋道が見えない。ただ一つ、賃上げをした企業には法人税を減税するとの考え方だが、すでに安倍政権時代に同じ政策が実施され、ほとんど見るべき成果が上がっていないわけで、二番煎じとなるのが落ちだろう。企業のうち法人税が支払えているのは中堅・大企業中心のごく僅かでしかない。やはり、最低賃金の底上げが政府にできる王道だが、企業サイドからの抵抗を跳ね返して実現できるだろうか。

枝野代表、真っ当な保守で宏池会が自分の立ち位置、近似する政策

他方で、立憲民主党の枝野代表は「分配なくして成長なし」と述べている。つまり分配・再分配を変えることで成長ができるという考え方だが、両者の考え方はどう違うのか、有権者・国民にとって判りにくい。かつて、枝野代表の抱く政治理念として「真っ当な保守」を語り、「宏池会」の考え方に近いと主張していたわけで、経済政策が似るのもむべなるかな、というところだろうか。

ここで考えてみたいのは、成長は政府の成長政策で実現できるものかどうか、バブル経済崩壊以降、成長政策として様々な「成長戦略」なるものが歴代政権によって打ち出されてきたが、それらが実現したことは無く、計画倒れに終わっている。規制緩和によって成長するということを強く主張する「日本維新の会」のような政党もあるが、どんな規制緩和が成長に寄与するのか、農業の規制を緩和することを例に挙げているが、うまく生産性を高めえたとしても、あまりにも力不足である。

先進国にとって、イノベーションによる成長する力は弱体化へ

確かに、成長することが我々の生活水準向上に大きな役割を果たすことは確かであり、成長は要らないという立場には立たない。だが、成長がどうしたらできるのか、生活するうえで必要な物の生産が飽和化した先進国にとって、国民の生活を大きく変えるだけのインパクトのあるイノベーションは、残念ながら起きていない。GAFAによるIT化を通じたイノベーションがどの程度成長に寄与しているのか、かつての電気洗濯機や掃除機、テレビ、乗用車といった工業製品の拡大の時期(高度成長期)と比較して、それを上回る爆発的な需要拡大になっているとは到底思えない。トマ・ピケティ氏が『21世紀の資本』で喝破したように「先進国の人口一人当たり実質成長率は1?1.5%」程度でしかないのだ。その1-1.5%の成長が30-50年近く続けば、我々の生活は大きく様変わりすることは間違いない。

人口減少と高齢化の進展による経済の需要減、供給過剰の常態化

そうした中で、菅政権時代の成長戦略会議メンバーとして登用されたデビッド・アトキンソン氏が、『東洋経済オンライン』誌上で様々な提言を提起されている。同意できることもあるが、どうにも納得できない点もあるわけで、今回はそうした点について述べてみたい。(主として9月22日付「次期総理に伝えたい『世界標準の財政政策』の正解」という論文を中心に検討する)

先ずは、納得的できる点である。それは、日本経済が世界の先進国の中で先駆けて人口減少とともに、最も高齢化の進んだ国になっていることと経済成長との関係である。日本経済が2%のインフレ目標を達成できず、デフレ基調になっている背景には人口減少がある。その結果マクロで見た時、需要が絶えず減少し続けて過剰供給になりやすく、日本経済は恒常的にデフレになりやすいことを指摘する。

さらに、高齢化率が30%近い日本経済においては、一人当たりの消費額が減少することにより需要は落ち込むわけで、この点からも企業行動が供給過剰による競争激化=デフレを招きやすいことに言及している。それゆえ、景気を上昇させるためだけの量的な財政支出を拡大させても、その効果は一過性でしかなく、日本経済が順調に発展できないと指摘する。この間、日本が不況からの脱出を図るべく財政支出を拡大させたにもかかわらず、その後の経済成長に結びつくことなく、また労働者の賃金上昇をもたらすことなく財政赤字だけが累増した背景についてこのように分析する。

アトキンソン氏は、財政でワイズスペンディングを提唱するのだが

ここからは問題だと思う点に移りたい。アトキンソン氏は、その財政支出の在り方=中身に問題があったことを指摘する。それは、財政支出先が高齢社会を反映して社会保障給付に多くが割かれ、生産性の引き上げに通ずる「生産的政府支出=PGS(Productive Government Spending)」、すなわち「研究開発、設備投資、人材投資」という「三大基礎投資」を増やさないことこそが問題であることを強調する。世界の国を見たとき、日本のPGSの対GDP比率は10%以下で、他の先進国平均24.4%の3分の1程度でしかない低さを問題視する。要は、経産省が言う「新たな経済・財政運営のルール」として「単なる量的な景気刺激策ではなく、成長を促す分野や気候変動対策などへの効果的な財政支出(ワイズスペンディング、生産的政府支出(PGS))による成長戦略が、新たな経済・財政運営のルール」の必要性を強調している。

新たな財政支出が、成長に寄与するイノベーションを起こせるのか

では本当にこうした分野への財政支出が、確実にイノベーションを起こして経済成長を牽引していけるのだろうか。確かに、こうした分野はアメリカなどに比べて日本の遅れた分野でもあり、必要な投資先であることは確かであろう。しかし、その分野の模倣ではなく、さらなる独創的イノベーションを起こして経済が成長率を高められるという保証はないし、そもそも成長を進めるアニマルスピリットを発揮できるのは民間の起業家の人たちではないだろうか。政府によってそれができるのかどうか、かつての産業政策の延長として生き延びんとする経産省主導の極めて怪しい議論だと思えてならない。安倍政権の次々に繰り出す政策が、猫の目のように転変を繰り返したことを忘れてはなるまい。それ等の総括が、しっかりとできているのだろうか。

確実に需要がある社会保障分野への財政支出こそ、経済成長へ寄与

それよりも、考えてみるべきは、国際的にみて不十分な社会保障分野の充実である。戦略的には、この分野での再分配政策を強化すれば、確実に需要がある(特に中・低所得層にとって大きい)分支出が増え、需要不足に悩まされる日本経済を安定化させることができる。政府が責任を持って国民の生活を安定化させることによる国民不安の解消は、経済の安定的な発展にも通ずるに違いない。同じPGSではあるが、再分配政策を通じた社会保障や教育分野の充実の方がワイズスペンディングではないだろうか。社会的共通資本の充実・強化こそ、今求められている成長戦略なのかもしれない。

確かに、アトキンソン氏の言うように、社会保障分野の乗数効果は民間部門のイノベーションに比べて低いかもしれないが、確実に需要が存在するだけに、政府が責任をもって進めていくべき課題であり、格差社会の解消が進み経済成長に寄与する「一石二鳥」の効果を持った道である。枝野代表は、そうしたことを説得力を持って語るべきだと思うが、中長期的な財源の裏付けがない中では絵空事にしか響かないのが致命的である。


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