2022年1月10日
独言居士の戯言(第226号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
団塊世代は後期高齢時代へ、上野千鶴子教授のインタビュー記事
団塊の世代が今年からいよいよ75歳へと突入し、これからの医療や介護需要が大きくなろうとしている。1月5日の毎日新聞の「論点」は、「『後期高齢』迎える団塊世代」と題して上野千鶴子東大名誉教授へのインタビュー記事を掲載しており、例によってズバズバと本質的な問題を指摘していて一気に読み終えてしまった。
インタビューの冒頭は次の様なやり取りから始まる。
<団塊世代として、戦後日本を振り返っていただけますか>
「この世代は、戦後の共学教育を受けたのだけれども、大人になって、非常に固定的な性別役割分担のある家庭をつくりました。男たちはホモソーシャル(男性同士のつながり)な企業組織で長時間働き、女たちは無業の主婦になった。高度成長期に10代を過ごし、30代でバブル景気を迎え、その果実を味わい、持ち家も手に入れた。『いい学校』『いい会社』といった社会的成功や金銭的価値に重きを置く価値観に染まっていくとともに、世の中は時間がたてば確実によくなるという、根拠のない楽観性を持った」
と実に的確な高度成長期とバブル期までの描写があり、それは自分たちの世代だけ、団塊ジュニア世代は全く逆で、「世の中は時間がたてば確実に悪くなるという悲観性を持つことに・・・・。この世代間の意識のギャップはとても大きい」と指摘。この点について、インタビューは追い打ちをかけて<団塊世代とジュニア世代で、何が決定的に違うのでしょうか>と問う。それに対して上野教授は、
団塊世代と団塊ジュニア世代で決定的な違いは何か、格差とジェンダーを造ってきた政官労使の「オヤジ連合による人災」
「日本の労働市場は、待遇の有利な層とそうではない層からなる二重労働市場です。かつては企業規模と学歴で分けられていました。それでも、高度成長期は分配が大きかったので、学歴や職種に関係なく、テレビ・冷蔵庫・洗濯機の『三種の神器』をすべてそろえられるし、住宅ローンを組めました。でも今は正規・非正規という待遇差の大きい雇用形態による二重労働市場です。しかも、そこにジェンダーが組み込まれています。今、生産年齢人口の女性の7割が働いていますが、その6割が非正規です。日本は30年かけて格差社会を作ってきたんです。政界、財界、官界、労働界、政官労使のオヤジ連合による『人災』です」と、これでもかとばかりに鋭く問題の根源を切り裂いてその責任を指摘する。コロナ禍でそのジェンダー格差が「見える化」し問題を指摘しているのに、政治が受け止めていない現実を厳しく告発する。
「介護保険制度」を実現させた、政治的な力を持った団塊世代への評価
だが他方で、全共闘世代であり、若いころの異議申し立てをした世代でもあり、共助の世界で市民運動やNPOなどを担ってきたし、生活に直結する草の根の政治でも頑張ってきたこと、その象徴的な出来事が2000年の国会で制定された「介護保険制度」成立とみて高く評価している。介護保険制度制定について、同僚の故今井澄参議院議員や自治労の関係者たちの努力を見てきただけに、こういう評価は同時代人として率直に喜びたい。
上野教授の理想は北欧型高福祉高負担社会、岸田総理の本気度を疑う
高齢社会の進展する今後の医療や介護の費用増大について、年齢でひとくくりにするのではなく働ける人は働き学びたい人は学べばいいと指摘。最後に、どんな社会を日本は目指すべきか、と問われた上野教授は、ズバリ「希望的に言えば、北欧福祉先進国のように、再分配を重視した高福祉高負担社会になってほしいと思」うが、現実には格差社会へ向かうだろうと「分配」を重視すると主張している岸田政権の本気度を疑い、最後は国民の選択にかかっていると結んでいる。
最近多くの各界各層のフロントランナーたちのインタビュー記事を読む機会があるが、ここまで見事に日本の抱える問題を指摘した記事をお目にかかるのも珍しい。読み終えて、己の責任の重さを通り越してすがすがしさを感じたのだが、こうした日本社会の構造的な欠陥をどう解決していけるのか、政管労使のオヤジ連合が招いた「人災」と批判された各界のリーダーたちに突き付けられた大きな課題ではなかろうか。
政治のリーダー岸田総理の『文芸春秋』2月号にみる「新しい資本主義」
その「オヤジ連合」のリーダーたちが、相次いでその抱負を語っているので、それを紹介したい。先ずは、政界のトップリーダーである岸田総理の『文芸春秋』2月号の「私が目指す『新しい資本主義』のグランドデザイン」から見てみたい。8日発売した直後にざっと流し読みしただけであるが、今までの国会での発言などからそれほど大胆に逸れておらず、新自由主義が齎した「格差や貧困」「気候変動問題の深刻化」の解決に向けて、DXやGXを通じて官民一体になって投資し成長させ、特に人への投資を重視した「新しい資本主義」を世界に発信できるように進めていくと宣言している。
格差拡大に向けて、税や社会保障による再分配政策への言及は殆んど無く、ジェンダー問題もゼロ回答
格差の拡大をどうしていくのか、そこには「分配」の重視とはあるが、「再分配」政策としての税制による累進性の強化や社会保障制度の充実は殆んど正面から捉えられていないし、ましてや深刻化する雇用面をはじめとするジェンダーの視点などは全くと言っていいほど言及されていない。資本主義社会が抱えている「合成の誤謬」問題という観点は無く、環境問題など外部不経済の指摘だけにとどまっている。さらに、賃上げ税制や財界への賃上げ要請をしてはいるものの、最低賃金の引上げという政府も関与できる分野への言及はない。さらに、これだけ肥大化した国家財政の健全化に向けた具体的な方向性には何も触れていない。
経済界リーダー、十倉経団連会長、NHKインタビュー(1月5日)に注目
次に、財界のトップリーダーである経団連の十倉雅和会長のNHKによる単独インタビューの報道(1月5日)から見てみたい。十倉会長は住友化学の会長で、前会長中西宏明氏が病気で昨年6月急遽交代され、私が注目したのは宇沢弘文名誉教授の「社会的共通資本」という考え方に共鳴しておられる点であった。確かに、会社は誰のものなのか、という点については「株主だけでなく、あらゆるステークホルダー(利害関係者)の価値を重視すると述べ、「中でも従業員は最も大切なステークホルダーで、成果を還元するのは当たり前ではないか」と断言される。
株主重視からステークホルダー重視、とりわけ従業員重視を強調へ
今の時代が「千載一遇の機会」でDXとGXによる変革期で、国内での投資拡大、企業の成長による賃上げ実現のチャンスだと述べ、「賃上げがきちんと消費に向かうよう、やはり安心で持続可能な社会保障制度を作らないといけません」と、従来の経団連会長では到底出てこないような考え方を開陳されている。ただし、賃上げについては『国家資本主義ではないですから、国からの賃上げを求められても民間は対応するのはおかしい』し、政府の要請は「期待表明」として受け止めているとのこと。
格差問題と環境問題について、
「私の問題意識は、市場一辺倒の新自由主義が大きな2つの副作用を生んだことです。一つは『格差』、もう一つは『生態系の崩壊』です」
それゆえ、岸田総理の「新しい資本主義」への十倉会長の見解は「公的部門の出番だ」と政府の役割を強調されていた。はたして、「合成の誤謬」の是正に向けた政府の取り組みに、どのような態度が取れるのか、個別企業経営者の反発をどう取りまとめられるのか、そり手腕こそが注目されるべきだろう。
十倉会長は宇沢弘文名誉教授「社会的共通資本」に共鳴された経営者
短いインタビューでしかないので、これ以上の突っ込んだ問題の展開はなく、宇沢弘文名誉教授の「社会的共通資本」がどのように生かされるべきなのか、今後の経団連会長としての行動を注目していく以外にない。ただ、連合との間で、話し合いや交渉への進展ができないのかどうか、最後は労使の交渉・力関係によって賃金・労働条件が決まってくるわけで、民主主義を安定化させるためにもそうした労使関係の健全化に向けて努力して欲しいと思う。
連合も岸田・十倉体制時代をチャンスと捉えられるのか、「政労使」による民主主義の質を高める時期では
連合も、どうすれば日本の労働者の生活と権利を高めることができるのか、労使の力関係で労働側の力が落ち込んでいるだけに、どうすれば力を強化できるのか、やはりそこが一番大きな課題に思えてならない。ただ、岸田総理と十倉経団連会長という考え方が酷似しているこのチャンスに、労働組合の存在感を高めて行けるような制度的改革への努力を進めていく時ではないだろうか。旧い「政労使のオヤジ連合」から、新しい「政労使のリベラル連合」へと、脱皮する時なのかもしれない。
おっととっと、「リベラル」という言葉は手垢がつき過ぎているので、何かいい言葉がないだろうか?!