2022年1月17日
独言居士の戯言(第227号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
高齢社会、年金に対する誤解や問題点を正しく理解すべき時だ
今週は、社会保障の年金制度の問題について触れてみたい。たまたま購読している『週刊東洋経済』の最新号と先週号に年金関連の記事が掲載されていて、きちんと問題の把握をすべきだと思った次第だ。
年金制度というものの正確な理解はなかなか難しいようで、専門家と思っている方でも間違えたりすることがよくある、と権丈善一慶応義塾大学教授が指摘されていたことを思い出す。さすがに今では誰も言わなくなっていた民主党政権時代の「基礎年金(最低保障年金)全額税方式(消費税)で月額7万円」という政策を、驚くことに、昨年9月に実施された自民党総裁選挙で、河野太郎氏が同じような主張を提起されていて、これはなかなか根深い誤解が続いていることを感じただけに、今後も年金周りの間違った指摘には十分に注意していきたいものだ。何よりも、実現可能性と持続可能性が制度維持にとって不可欠であることを知るべきだと思う。
日本の年金、60歳から70(75)歳までの受給開始時期選択制だ
『週刊東洋経済』の先週号(1月15日号)の特集は「ライフシフト超入門」であり、人生100年時代に向けてどう生きていくべきなのか、『ライトシフト』に続くリンダ・グラットン教授とアンドリュー・スコット教授(ともにロンドンビジネススクール所属)による共著『ライトシフト2』が東洋経済新報社から発刊されたことを受けて、様々な問題提起がなされ興味深い特集が組まれていた。現に長寿社会は否応なく迫ってきているわけで、それに向けた対応が高齢社会のトップランナー日本にとっても避けて通れない深刻な課題であることは間違いない。
65歳から、支給開始年齢引き上げが必要という櫨教授の間違った指摘
そうした中で、高齢者にとって不可欠な存在が公的年金保険制度だが、ちょっと見逃がせない間違った理解を「経済の専門家」が述べておられることが気になった。経企庁からニッセイ基礎研究所を経て学習院大学特別客員教授をされている櫨浩一氏で、「100年時代の制度設計を」というテーマで、長くなってくる人生で社会保障などの制度を新しくするべきだ、という様々な示唆に富む指摘を展開されている。私が問題だと感じたのは、次の指摘である。
「平均寿命の延びは年金や介護など社会保障制度の収支悪化の大きな原因になる。いずれ年金支給年齢開始を65歳からさらに引き上げることになるはずだ」(64ページ)とある。
確かに、65歳以上の高齢者の数はどんどん増えてきており、2020年の3603万人からピーク時は20年後の2042年で3935万人になると国立社会保障・人口問題研究所は予測している。ただ最近、日本老年学会や老年医療学会などは様々なデータに基づき検証したところ、日本の高齢者の身体機能が5-10年若返っていて、65歳から74歳までは「準高齢者」とし、「75歳以上」を高齢者とするよう定義を変えるべきだと提言されている。この提言は、様々な分野に大きな影響を与えてきており、年金を考えるうえでも重要だ。現実に、まだ元気な65歳以上の「高齢者」は、昨年法改正されて70歳までの雇用延長が何らかの形でできるようになり、現に65歳を超えても働き続ける人が増加しているし、最近では70代でも同じく増加傾向が顕著だ。
こう見てくると、「年金支給開始年齢は引き上げた方がいいし、そうすることで年金財政の好転につながるのではないか」という指摘が出てくることは当たり前のように思われる。
日本の年金制度が転換した2004年改正、「給付建てから拠出建て」へ、
受給時期の60歳から70歳(75歳へと法改正)までの選択制へと転換
だが、日本の年金の支給開始年齢は、60歳から70歳まで間間で自由に選択できる「受給選択性」になっており、普通は定年延長となる目安の65歳を基準にして考えているのだが、もっと早く60歳から受給しても良いし、もっと遅らせて70歳から受給してもいいわけだ。ただし、65歳から受給する年金水準を100とすれば、60歳に支給年齢を繰り下げると約30%減額され、70歳まで支給時期を繰り上げると42%増額されることになる。
解りやすく言えば、60歳受給額対70歳受給額では1対2になるように設計されているのだ。遅くもらう方が余命年齢の長くなる人には断然有利となる。今仮に65歳からでは月額で25万円の厚生年金受給額を受けている人が、もし70歳に受給開始年齢を遅らせれば25万円×1.42=約35万円へ増額が可能となる。さらに、昨年の法律改正で今年4月から75歳までの繰り下げ需給も可能となり、もし75歳から受給とすれば25万円×1.84=約46万円強と、かなりの年金額が終世にわたって支給されるわけだ。
最近では、長く働き受給開始を遅らせ「長生きリスク」に対応するプランが広められている
最近のフィナンシャルプランナーの皆さん方は、こうした正確な事実を宣伝し始めており、出来れば長く働き、必要とあらばIDECOなど税制の恩典のついた私的年金制度を活用しながら受給時期を遅らせ、70歳や今年秋からは75歳に受給開始時期を近づけていく長生きプランを提案されるようになっている。先週8日の日経新聞日曜版付録『日経プラスワン』で、今年一年で「くらしの制度こんなに変わる」のベストテン三位に「年金、75歳まで繰り下げ可能に」が取り上げられている。ちなみに1位はこれまた年金制度で、「厚生年金、適用広く(10月)」が挙げられている。(もっとも、それは制度に組み込まれた対象中小企業が限定されていて、不十分極まりない代物だ。)
人生100年時代となりつつある「長生きリスク」への対応こそが、公的年金保険のもつ大きな役割である。
櫨教授はぜひ「マクロ経済スライド」による自動調節の仕組みの理解を
櫨教授は、65歳という基準年の引き上げと述べておられるが、2004年の年金改正によって、日本の年金制度には確定給付から確定拠出へと大転換し、予定されていた厚生年年金保険料率18.3%(国民年金保険料月額16、610円)に到達している。高齢化や少子化の進展については、「マクロ経済スライド」という仕組みによって自動的に調整されることになっているのだ。それだけに、65歳の支給開始年齢を制度的に国が法改正して引き上げることがないことだけは、是非とも正しておいて欲しいものだ。
もっとも、今のマクロ経済スライドは不完全で、直ちに本来の仕組みへ
問題は、このマクロ経済スライドという仕組みが、人口動態の変化とデフレや物価上昇率の低下によって名目支給金額を下げなければならないのに、名目支給額は削減しない(直近では過去の引き下げ分に到達するまでキャリーオーバーする方式を採用)という政治決定が続いており、まともに発動されていない。その結果、将来世代の年金受給額がその分だけ低くなるわけで、一刻も早くマクロ経済スライドの完全実施を進めるべきことが当面の課題だと思う。高齢化社会においては、働けるうちは働き続け、年金支給金額の増額を確保することの大切さに目を向けて欲しいものだ。つまり、今の年金制度には、少子高齢化が進んでも既裁定年金受給者にも対応できる仕組みがビルトインされているわけで、支給開始年齢の引き上げは問題にならないわけだ。
藤森克彦教授の指摘する在職老齢年金制度(在老)廃止を急ぐべきだ
同じ『週刊東洋経済』の最新号(1月22日号)で、藤森克彦日本福祉大学教授が「経済を見る眼」というコラム欄で「『高齢者』の変容と在職老齢年金の弊害」と題する公的年金制度の問題を提起されている。藤森教授の場合は、65歳以上の公的年金を受給されつつ働いておられる方に対して、合計月額が47万円(基準額)を超える時には年金が一部または全額が支給停止となる制度(「在職老齢年金制度(在老)」と称される)を批判され、廃止すべきと主張されている。その理由として、
第一に、従前の保険料拠出に見合った年金額を受給できないのは社会保険の原則に反すること。
第二に、高在老は資産所得を対象としておらず、給与所得者に不公平感を抱かせること。
第三に、今後、現役期に近い働き方をする高齢者の増加が予想され、年金不信を持たせてしまうこと。現に、2010年から20年にかけて正規雇用で働く高齢者は62%も増えているとのことだ。
もちろん、高在老を廃止すればそれだけ財源は必要となるが、厚生年金の適用拡大や年金課税の見直しとセットでやれば十分に対応可能を指摘され、また「高賃金者優遇」という批判に対して、対象者は必ずしも「高賃金者」に限られないことを主張されている。
特に強調すべきは公的保険制度の原則、
「負担は能力に応じ、支給は必要に応じ」は、制度維持のためには不可欠のはず!!
藤森教授の指摘は実に重要な問題指摘であり、公的年金制度を保険制度として維持していくためには、富裕層とそれ以外で分断されるような事態は避けなければならないわけで、同じような問題である医療保険制度においても「負担は能力に応じて、サービス給付は必要に応じて」でなければならないのに、現実はサービス受給時に高額所得者にさらなる負担憎を強いている。医療や介護、さらには年金など、公的社会保険制度がいかに国民全体の「連帯」でもって支えられているかを考えたとき、保険原則から逸脱する運用は「分断」をもたらし、中間層の生活安定を目指す社会保険制度をやがて崩壊させてしまうことにもつながりかねないわけで、変える必要のある問題を一刻も早く解消していくべきである。
今の日本、国民皆保険制度で辛うじて「連帯」を維持できている現実
今の日本において、国民の連帯が辛うじて保たれている背景には、医療や介護といった公的社会保険制度が大きく作用しているとみており、制度を維持することの価値は誠に大きいものがある。それだけに、年金をはじめとする各制度の在り方をより公平なものにしていく普段の努力が欠かせない。