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2022年3月7日独言居士の戯言

独言居士の戯言(第234号)

北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹

ロシアのウクライナ侵攻から1週間以上が経過しようとしている。今のところ、ウクライナの抵抗によって、ロシアの思惑は実現できていないようだが、今後時間の経過とともに事態が悪化しなければ、と思う今日この頃である。ロシア軍による原子力発電所攻撃には驚かされたし、世界は震え上がったに違いない。幸い、火災があったものの原発本体の爆破にはつながっていなかったが、とんでもないことだ。一刻も早い停戦へと持ち込むことを期待したいが、ロシア側の動きを見る限り事態は好転してはいない。

「甦れ、経済論戦」、日本が置かれた深刻な現実を直視し、政策転換を

それにしても、国会での経済論戦が見えない。予算委員会で審議の対象となっているのは、107兆円にも喃々とする一般会計であり、もちろん関連する特別会計などを合わせると優に230兆円超でGDPの半数近くに達する巨額なものとなる。その107兆円の内、税収で賄える金額は60兆円足らずでしかなく、多くは国債発行に頼らざるを得ない。結果として国の発行する財政赤字の累積額は1,000兆円をはるかに超え、GDPの260%近くにまで達っして第二次世界大戦末期レベルを超えている。これだけの財政赤字を、コロナ禍の非常事態とはいえ、ほとんど国会での財政論議を深刻に議論することなく、与野党の危機感の無さには開いた口がふさがらない思いをするのは小生だけではあるまい。東日本大震災の際には、与野党で復興財源について特別会計を設けて国民の負担で賄う方針を出したことを思い出す。今の岸田政権には、そうした動きは感ぜられない。

なぜ日本経済が停滞しているのか、何故金融政策は機能不全なのか

ここで、私自身が日頃感ずる経済財政に関する問題意識の一端を述べてみたい。

第一に、日本経済は何故30年近く停滞し続けているのだろうか。毎年のように経済を支えると称して膨大な国債を発行し続けてきたにもかかわらず、GDPの総額はこの30年間でほとんど横ばい状態である。アメリカをはじめG7の国の中で成長率の停滞した国であり、お隣の韓国に一人当たりGDPでは追いつかれ始めている。1997年をピークに賃金水準も、ほとんど横ばいか、むしろ一人当たりでは少し下がっているのではないか、と思える。もはや先進国とは言えない経済レベルへと落ち込んでいるとみていい。どうしたら膨大な国の借金を返せるのか、深刻な問題である。

第二に、2013年から始まった異次元の金融緩和で2%のインフレを2年以内に実現すると豪語してきたのに、9年経った今も実現できていないのは何故なのか、日銀総裁からの丁寧な解りやすい説明が国会や記者会見などでも聞かれなくなって久しい。黒田総裁は歴代最長の総裁滞在期間となったのだが、その存在感は日に日に乏しく感じる。

世界の先進国は、デフレからインフレへと転換、日本だけが蚊帳の外

確かに、日本社会が人口減少に転じており、それだけにGDP総額が増えにくくなっていることは確かである。だが、人口一人当たりに直したとしても、やはり過去30年という長きにわたって停滞し続けていることは間違いないのだ。(最新の野口悠紀雄一橋大名誉教授の『東洋経済オンライン』の「日本人が直面する『先進国内の地位低下』の深刻さ」によれば、今の一人当たりの水準は先進国の中では1970年代初頭レベルでしかないとのことだ)

こうしたマクロ経済政策について、国会での論戦がもっと厳しくたたかわせられなくなっているのは、国債をこれだけ発行してもインフレになるどころか物価は0~1%前後で低位安定し続けているのだ。その国債についても、日銀が進めているイールドカーブコントロール政策の下で10年国債の利率は0%台前半に抑え込まれ、低位安定しているのだ。先日も世界的に金利が上昇する中で日銀が実施した「指値オペ」(0.25%以下ですべての国債を買い取ること)を実施したものの、誰からも応札がなく日本では欧米各国で起きている金利の上昇からは相変わらず「蚊帳の外」の存在であることを内外に示している。

今の経済政策の継続ではますますジリ貧へ、経済政策の大転換を

では、なぜこのような状態になっているのだろうか。経済を前進させると称して国債発行してきたことが、日本経済の成長力を高めることにはつながっていない。ひょっとすると日銀の進めてきた異次元の金融緩和政策が、効果がないどころか逆に経済成長を阻害し、デフレを定着化することに寄与しているのではないか、という思いが募って仕方がない。少なくとも、2年間で2%の物価上昇を実現するという短期目標が失敗した時点で国民はインフレ期待を持てなかったわけで、政策転換をすべきだったのだ。中長期的に日銀のデフレからの脱却は、どうにもならないまま漂流し続けているわけだ。黒田総裁のやる気のなさを感ずる答弁は、そうした現実を反映しているのだろう。

櫻川昌哉著『バブルの経済理論』の提起している分析と提言に注目

そう思っている時、2021年に第64回『日経・経済図書文化賞』を受賞し、週刊東洋経済の『ベスト経済書・経営書2021』第一位を受賞した『バブルの経済理論』(日本経済新聞出版刊)という経済書を紐解いてみた。著者は櫻川昌哉慶応義塾大学教授である。私自身櫻川教授の論文を今まであまり読んだこともなかっただけに、450ページを超す大著を読みこなせる自信はなかったし、論評できる能力も持ち合わせてはいない。また、どのような学派に属されているのか定かにはないのだが、今の日本経済が陥っている問題がどこにあるのか、バブルという経済現象を通じて明らかにさせようとする意欲的な著作であり、その問題指摘と同時に解決策として提起されていることに耳を傾けていくべきではないかと思えてならない。

バブル崩壊から金融危機、そしてデフレ経済からの脱却を国会論戦

実は、自分が国会に議席を得た1992年から2010年は、バブルの崩壊から金融危機、デフレ経済への突入、経済成長率の停滞と続く中で、最後は民主党の政権交代へと連なったわけで、この本の中で真っ先に読んだのも「第4章 巨大土地バブルと日本」からであった。自分が一人の国会議員として経済論戦に参加してきた問題は、まさにバブルの崩壊とデフレ下の経済をどうすべきなのか、という点にあったし、1995年3月6日の参議院予算委員会で、バブル崩壊以降日本経済がデフレに陥っているのではないかと、国会議員の中で初めて日本経済のデフレ化を指摘したことを思い出す。

バブルを起こす「低金利経済(r<g)」が持続し続ける日本経済は異常か

こうした問題意識を持ちつつ、改めて「序章『低金利の経済学』から見えてくるもの」から読み始め、今の日本が陥っているのも「形を変えたバブル」が持続しているのではないかとの指摘が胸に刺さってきた。と同時に、世界的なリーマンショック以降の金融・財政政策がもたらしたマクロ経済環境が、トマ・ピケティが『21世紀の資本』で長期統計から実証してきた利子率(r)>成長率(g)がこれまで一般的だとされてきたのに、利子率(r)<成長率(g)へと転換している。このことは、「低金利の経済学」としてバブルが生じている時には必ずみられることを指摘し、ピケティも指摘した状態を「高金利の経済学」と区別してこの本の中でのキーワードになっている。実は、日本の80年代末のバブル期において、地価や株価の急上昇がありながら、消費者物価の上昇率は2%前後と低く、成長率は4~5%に達していたことを指摘されている。アメリカとの経済摩擦なども指摘しながら、バブルが起きる経済環境にあったことを指摘される。

ゼロ金利国債の増発は成長に繋がらず、長期停滞からの脱出は遠のく

一番感心したのはこの「序章」の最後に述べておられる次の文章だった。

「一本調子で増加する国債残高は、国内の資本ストック形成を阻害して、長期的な経済成長を押し下げる。資本ストックの形成は長期的な成長に繋がる一方、国債や現金などバブル資産の購入は、政府の信用を基にした一方的な財の供与、つまり贈与でしかなく、成長にはつながらない。財政拡大が続く限り、成長資金は細り、経済の贈与化は進行し、長期停滞からの脱出は遠のく」(17ページ)

ここで指摘されていることは、次のような現実となって眼前に展開されている。銀行の企業向け貸し出しは2018年の時点で約320兆円、預金総額706兆円の半分にも満たないのだ。さらに、金利がゼロとなって以降「タンス預金」が増え続け、櫻川教授の試算ではGDPの約12%、60兆円近い現金が退蔵されているとのことだ。

何時まで続くのか「低金利経済」、「高金利経済」へ逆転すれば財政破綻

かくして貨幣や国債は、バブル資産として累積され続け、経済成長にほとんど寄与しないまま日本経済を蝕み続けている。こうした背景には、先ほど見たg>r、すなわち成長率が1%内外といえども、金利が0%と抑えられているわけで、「低金利の経済」が持続し続けているのだ。こうなると日銀発行の貨幣と政府の発行する国債は同じものとなり、結果として日銀は政府の財政ファイナンスの役割を果たすこととなる。「低金利の経済」が続く限り、国債発行をしても借換債を発行すれば財政赤字は持続できるし、成長率が金利よりも上回れば、その差額だけ貨幣発行益(シニョレッジ)すら生まれてくる。

だが、「低金利の経済」は、日本経済を確実に国債漬けにし、成長資金を縮小させ、経済成長力にはつながらない。それどころか、ひとたび金利(r)が成長率(g)を上回るようになれば、財政破綻は確実に起こることになる。世界の経済史を振り返った時、r>gが一般的であり、r<gはバブル期かリーマンショック以降の先進国でしか出ていない。トマ・ピケティが『21世紀の資本』で歴史的なデータを基にr>gを論証しており、戦後の高度成長を除けばr=4%前後、g=1~1.5%となっている。

日本経済が情報通信主導への転換に対応できなかった「有担保」融資

それにしても、なぜ日本の経済はここまで落ち込んだのか、もう一つの要因として経済が重化学工業から情報通信産業主導へと転換する中で、日本の金融仲介の主力をなしてきた銀行の有担保主義が重化学工業ではうまく機能したのだが、情報通信では無形資産の担保がうまく確保できないため、有り余る預金をバブル資産である土地、そして今では国債(現金)へと回すしかできなくなっているのだ。そこには、「円」の国際化が進んでいないため、ますます国内での閉塞状態から脱却できなくなっているようだ。

櫻川教授、ゼロ金利からの転換と財政健全化を伴う「円」の国際化提起

さて、あまりにも複雑な問題を解き明かすために紙数を増やしてしまったが、櫻川教授は、今後どうしたらこうした「ゆでガエル状態」から脱却できるのか、この書の中で提起されている。一言でいえば、ゼロ金利政策から脱却して長期国債の金利を1%ターゲットにし、財政政策の健全化を進めて日本国債の国際化をすすめ、国債・現金の需要を削減し実質利子率の下落による投資刺激を作り出し、「利子率>成長率」の世界に戻していくべきとのことだ。なかなか困難を極める課題ばかりだが、最大の問題は政治家のあまりにも脳天気な認識不足にあると思う。

「甦れ、21世紀の経済論戦」を叫び続けたい。


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