2022年3月21日
独言居士の戯言(第236号)
北海道労福協政策アドバイザー(元参議院議員) 峰崎 直樹
戦火の続く国際情勢、先進国経済はデフレからインフレへの転換が始まる、日本だけは蚊帳の外という現実
ロシアによるウクライナ侵攻から早くも1か月近く経とうとしている。首都ウクライナを包囲・陥落させるべくロシア軍の猛攻が続いているが、ゼレンスキー大統領を先頭にウクライナ国民の結束も堅そうで、今のところ阻止出来てはいるものの今後の展開いかんでは予断を許さなくなっているようだ。停戦こぎ着けるべく必死の努力が続けられるも、今のところ停戦に至る道は険しそうだ。なんとか一刻も早く、関係者の努力によって停戦実現を進めて欲しいものだ。
こうした国際的な激動が続く中で経済に目を転じてみると、アメリカやヨーロッパにおけるインフレが急速に進展し、欧米先進国は経済政策の目標をデフレ脱却からインフレ抑制へと舵を切り替え始めざるを得なくなっている。アメリカのFRB(連邦準備制度理事会)は16日、予定通りゼロ金利政策からの離脱を開始し0.25%の利上げを決定した。おそらく、今年の年末までに開催される7回のFOMC(連邦公開市場委員会)における会合すべてで利上げを実施し、来年には3%台にまで引き上げるのではないかと予測されている。背景には、昨年来の急激な物価上昇があり、2月には7.9%と40年ぶりの高い上昇率を記録し、ロシアのウクライナ侵攻という国際的な激動の中で、石油や小麦などの資源価格上昇が一段と進むものとみられており、さらなる物価上昇は避けられないと判断したようだ。
バイデン政権、中間選挙に向けて、デフレ阻止が至上命題へ
とりわけ、今年の秋に実施されるアメリカの中間選挙で劣勢を伝えられているバイデン政権にとって、インフレをどう阻止できるのかが大きな勝敗のカギを握っているとも言われており、バイデン大統領によってFRB議長に再選されたパウエル氏、どうインフレ抑制に向けて金融政策をかじ取りできるのか、当面の最大の関心事だろう。アメリカでは金利の引き上げと並んで、量的緩和政策の出口も模索されていて、コロナ禍で4兆ドルから9兆ドルにまで進められたFRB資産の累積を、利上げとともに縮小していくこととなる。どの程度金融緩和縮減が進められるのか、公式には明確にされていないが、ある民間金融機関は9兆ドルから3兆ドル程度削減して6兆ドル程度にまで縮小するとみていると日経紙は報道している。
利上げと基軸通貨の削減は、株式市場の下落や新興国経済に打撃
いずれにせよ、基軸通貨であるドルの利上げと金融縮小の与える影響は大きく、政策変更に敏感に反応する株価が大きく乱高下を繰り返して落ち込み始めている。今後は、金融面で脆弱な新興国はもちろん、ヨーロッパや日本においてもその影響がどう展開していくのか、世界が関心をよせている。既に、イギリスもアメリカと同様金融引き締めに動き、ECBも利上げに進むことは間違いない。
こうした世界的な動きとは全く無縁と思えるのが我が日本である。18日に開催された日銀の政策決定会合では、従来どおりの金融緩和策を継続することを決定し、日本経済が先進国と足並みを揃えることなく「異常な道」を歩んでいるとしかおもえない。
「有事の円」ではなくなった日本、円安が物価上昇に追い打ちへ
一番の問題だと思うのは、かつては有事の「円」といわれ、国際社会が危機的状況になれば「円」が買われ、日本経済の動向とは関係なく円高となっていたのだが、今回のロシアによるウクライナ侵攻においては、「円高」どころか「円安」(18日現在1ドル119円台へ)となり、海外からの輸入物価の更なる上昇が日本経済を襲い国民生活を苦しめ始めている。
問題は、物価の動きである。このところの消費者物価指数(CPI)を見る限り世界の先進国の動きとは無縁で、最新の2月のCPIは対前年比0%台で低迷している。石油や小麦など、海外からの輸入物資が値上がりしており、生活感覚からすればもう少し物価は上昇しているのではないか、という疑問が募る。だが、昨年4月からの携帯電話料金の大幅な値下げによるCPI約1.5%の削減効果があり、その削減効果が4月には無くなれば、ようやく目標としていた2%台へのCPIの引き上げが実現するのではないかと関係者はみている。そうなれば、黒田日銀の異次元金融政策が実現するわけで、金融緩和政策は出口戦略へと向かうのではないか、と思う人も出てくるわけだ。
消費者物価指数は2%を超えるだろうか、4月以降の数値に注目
だが、日銀総裁は18日の金融決定会合後の記者会見で、コストプッシュによる2%の物価上昇では金融政策が功を奏して目標達成したとは思っていないわけで、金融緩和政策の転換をしないことを明言している。前号でも紹介させていただいた渡辺努東京大学教授によれば、1年前の携帯電話料金の大幅な値下げによるCPI(消費者物価指数)1.5%の引き下げ効果が、その後1年間も同じ効果として平行移動しているとは思えないわけで、4月になれば急に2%を超えるような物価上昇が実現できるのかどうか、渡辺教授の説がどういう結果になるのか注目してみておきたい。
問題が深刻なのは、「有事の円高」ではなく「円安」がさらに進んでいることだ。ただでさえ輸入物価が上昇している中で、それに拍車をかけるように「円安」が進めば国民生活は圧迫されることは間違いない。アメリカが金利を引き上げればドルと円の金利差を利用して、円売り・ドル買いへと更なる円安が進むことは必至だ。黒田日銀総裁は、円安は日本経済にとって「良い」政策と判断しているとの国会答弁などで繰り返しているし、今度の政策決定会合後の記者会見でも同じ趣旨の発言を繰り返している。
日本経済は「成熟国家」から「衰退国家」への道に落ち込んだのか
本当にそうなのだろうか。日本経済は輸出によって外貨を稼げる時代は終焉し、もっぱら海外への投資によって経常黒字を稼いできたわけで、その経常収支ですら最近では黒字から赤字へと転換し始めているのだ。とすれば、輸入物価の引き上げを加速する「円安」への転換が、日本の経済、とりわけ国民生活にとって良いことと言えるのかどうか、資源輸入国日本にとって「交易条件の悪化」による海外への付加価値の流出を防ぐ必要がある。それたけに、「円安」よりも「円高」こそ今求められているのだと思う。
日本経済は既に貿易収支の黒字でもって賄う段階から、対外資本進出による経常収支の黒字に依存する成熟化経済へと進んできたのだが、いまやその経常収支すら赤字に転化した「衰退国家」への道に転落しつつあるのではないかと思えてならない。円安は輸出や海外投資で稼げる一部大企業を潤すだけでしかないのだ。
GDPの2.5倍を超す財政赤字の重圧、財政破綻の危険性に警戒
考えなければならないことは、日本経済は財政赤字が先進国中最悪のGDP比約250%超、金額にして1.000兆円を超す膨大な水準に達していることだ。今のところ、10年国債でゼロ近傍に金利が抑えられているが、何時この金利が上昇していくのか、まったく予断を許さなくなっている。アメリカの金利引き上げは、来年に向けて継続して進められていくわけで、日本の金利が何時までもゼロであり続けることは考えられない。ここで問題になるのは、今は金利よりも経済成長率の方が高いのだが、1980年代以前においては成長率よりも金利の上昇が高いのが当たり前で、そうなれば国債の利払い費が財政を圧迫する。内閣府の試算(ベースラインケース)で2030年には利回りが1.4%、利払い費増は9兆円台半ばに達すると予測している。消費税率に換算して4%弱だが、この数値は控えめなものだろう。もっと金利上昇が高まり、もっと毎年の財政赤字が累積していけば、国民の税負担は急増しデフォルトの危機すら案ぜられる。
一刻も早い段階で、持続可能な財政への復帰に向け真剣に取り組むべきだし、そのために専門家を結集した財政問題の調査検討委員会の設置が必要になっているのかもしれない。